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これは俺が勇者になるための物語  作者: 七瀬 桜雲
第二章 ジェムニ神国
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閑話    『桜舞い散る雲の果て(4)』

「準備は整った。N23――この魔王を俺は倒しに行く」


 ボルケが理由もなしに来るとは思っていなかった。しかし、彼は私の想像以上に早く、『勇者』の責務を果たすつもりらしい。開発が進むレレーレ村を一望できる丘の上で私に背を向けたまま話す彼の姿が、何だか遠く感じた。


「あっそ」


 自分でも釣れない返事だとは思う。

 でも、言葉が全く思い浮かばないのだから仕方がない。

 私は代わりにユニークスキルを発動して魔力を結晶化した。


「あげるわ、餞別よ」


「ああ?」


 私から聖剣を受け取ったボルケは果てしなく微妙な顔で柄の青い装飾を眺めていた。何か文句でもと眉を細めると、彼は大きく溜息をついた。


「はぁ。俺、剣は捨てたって言わなかったか?」


 彼は今でこそ炎獄王と『赤』を奪い合う強力な勇者と言われるようになったが、昔は酷いものだったらしい。勇者は剣で戦うのが常識とされていたこの時代で彼は剣を持たなかった。でも、“モノストラテジー”は確実にいつか躓くことになる。


「いい加減ピーマン嫌い、剣嫌いって時代はおしまいにしないと」


「うっせー」


 彼は不満を露わにしながらも、その剣を突き返さなかった。

 本当に素直じゃない男で、当然礼も言わない。しかし、彼は一方的に借りを作るのを嫌っている。懐から私に投げつけたそれが彼のそんな性格を証明していた。


「……代わりにやるよ」


「わ――っ」


 危ないなあ。

 私の手に収まったのは、まるで水晶のように透き通った、透明感のある宝石だった。確かに多くの女性は手をあげて喜びそうなものだけど、価値の分からない私にはガラスと変わりない。


「私、光り物には興味ないんだけど?」


「そいつは封印玉というアイテムだ。魔力を込めてやばい敵にぶつけな。そうすりゃ敵の魔力を奪って封じることができる。ついでにレベルやいくつかのスキルも同時にな」


 へぇー。

 役に立ちそうなアイテムではある。

 ただ、私も素直にお礼は言えなかった。


 徐々に陽が沈んでいき、空は浮かれて赤く染まる。地面についた腕にゆらゆらと擦れる草葉がほんのり湿っていて、少し冷たい風が厳かに一日を締める。遠くの山から聞こえるコゲラの鳴き声がさよならを告げているようだった。


「直に悪夢の五日間が始まるぞ。炎獄王もそうだが、お前、身内の件もさっさと済ませろよ」


「心配されなくても結構」


 これが、ボルケとの最後である。

 結局、別れの時が来ても素直に自分の思いを伝えることは叶わなかった。それが何だか情けなくて、乱暴に辺りの葉を毟っては赤い空へと投げつけた。


「ばーか」


 これが誰に向けた言葉なのか、自分が一番理解していたんだ。





§§§





 翌日、賑やかだった町に少しずつ緊張が走り始める。この国の人々はとある称号のせいで、明日から五日間、この国を出てはならない決まりになっている。つまり、ここで炎獄王が到来すれば大惨事となるのだ。過去二年、炎獄王はやって来なかったが、だからと言って準備を怠ってはならない。それは村の総意だった。


 そんな緊張に呼応するかのように昨日から村の各地で街灯の調子が悪く、点滅を繰り返していた。私は畑の傍に立つ、故障中と看板が立てられた街灯をぼんやりと眺めながらとある民家の扉をノックした。


「ララ。炎獄王対策の武器を作りたいから鉄鉱石を貰いに行くけど一緒に来る?」


「はいはーい」


 本当に元気がいい少女だな。


 村の南東にしばらく進んだ場所に小さな鉱山がある。ここは私がレイファと知恵を出し合ってこっそり発明を行ったり、ランスが修行場として駆けまわったり、あるいはララが新しい武器の材料を求めてふらふらとやって来る、そんな馴染みの深い場所となっていた。


 小さな洞窟を抜けると、テニスコートほどの縦穴の底に辿り着く。少しじめじめして、ほんのりと鉄臭い採掘場だ。辺りを見回すと『鉱員』たちが汗をかきながら必死に採掘した鉄鉱石の山が幾つもあった。それを見るや否や、ララは「我が愛しの赤鉄鉱~!」と目を輝かせて走り出す。


「いやぁ、不謹慎ですけど、この鉄鉱石の山を見ていると、炎獄王相手に作った武器が通じるのか今からワクワクが止まりませんね!」


 さすがは変人。

 両手に赤っぽい鉱石を持ちながら山を物色するララの顔を見ると、石に食いつきそうな勢いで涎を垂らしていた。恐ろしい子である。


「ララと出会ってもう一月か。最初はこんなオタだとは思わなかったんだけどな」


「ミリオタのサクさんに言われたくないですよ~」


 名前を知ってるだけの私がミリオタを名乗るとその道の人たちに怒られそうだからやめとくよ。私に背を向けたまま鉱石を漁る金髪の少女に少し距離を取って、少しドキドキ鳴る胸を何とか抑えながら私は本題に入った。


「いやいや、ララの方が変わり者だよ。そんな鋳鉄マニアを()()()のはさぞ大変でしょ?」


 ほんの少し踏み込んだ発言。

 しかし、ララは大して動揺する様子もなく、毅然とした態度を続けた。


「何のことですか? 私の武器に対する愛情は――」


 この期に及んで見苦しい。

 私が何の考えもなくここへ連れてきた訳ないと彼女だってすでに理解しているはずだ。

 だから、私は彼女の弁明を遮った。


「ねえ、ララ。それは何番目の名前なの?」


 その言葉を最後にララは長い金髪の女性の後ろ姿から完全に消えた。しかし、抜け殻ではない、その肉体には下劣な何者かがまだ宿っている。予め刀身を鉄鉱石の山の中に隠していた剣を抜いて、得体の知れない何者かに向けると、彼女は見たこともないほど妖しい光を瞳に映して私を睨んだ。


「……はぁ。『鉱員』の連中が一人もいないのはおかしいと思ってはいたが……どうやらお前らはある種の確信をもって私を敵と見定めたらしいな」


 ララという少女は出会った時から不思議な少女だった。

 こうあるべき――自分の中に描いたもう一人の自分の像に必死になり切ろうとする少女に私はどうしてか親近感を覚えた一方で同族嫌悪にも近しい感情も抱いた。ゼイムらと彼女について色々調べていくうちに、彼女が故郷と証言する場所にララという少女を知っている人物は一人もいなかった。


 スパイというのは、どこの世界にもいるものだ。


「あなたは……?」


 ララだった人に私は問いかける。

 どれだけ調べても、彼女の正体だけは最後まで分からなかった。順当に進めるなら彼女の詳細をより調べるべきなのだが、彼女が炎獄王と協力する可能性がある以上、悪夢の五日間が始まる前に決着をつけなければならないというジレンマ。私たちのそんな葛藤なんて知らないのだろう、女は厭らしい笑みとともに名乗りをあげた。


「私か? 私は雷を鬼の如く統べる王――『雷鬼王』だっ!!」


「――っ」


 こいつが雷鬼王っ!?

 炎獄王とともに近年名をあげる魔王の一体。炎獄王が圧倒的な力を誇示するのなら、雷鬼王の武器は知略である。無駄な戦闘は避け、陰に潜んで暗躍を続ける者。しかし、その実力は魔神から『雷鬼』を与えられている以上、折紙付きである。


 長期戦は分が悪いかもしれない。

 そんな一瞬の不安に駆られた私の隙をついて、雷鬼王はすかさず攻撃を仕掛けた。


「『五月雨落雷』」


 頭上に丸く空いた縦穴の空から降ってきたのは無数の雷の矛。

 私もそれに応じるために魔法を詠唱する。


「『コヒオドシ』」


 空中に飛び散った無数の水飛沫は雷を弾き、あるいは誘導し、大地に吸収された。電気のコンダクタである雷鬼王が接地している以上、大地を伝う雷で私たちが感電することはない。


 これは挨拶代わりの攻防である。

 雷鬼王としてはあわよくばという思いがあったのかもしれないが、私からすれば丁度いい準備運動になった。雷鬼王という名の大きさの前に竦んで僅かに震えていた脚は、今や水魔法を極めし『青』の看板に恥じないよう堂々と体を支えている。


「鉄は数パーセント不純物を含んだ方が固くなる。でも、水は鉄と違って単純よ。だって不純物ゼロで伝導性を失うんだから。ちょいちょいっと誘電率を変えれば雷の落下軌道を再設定することなんて容易いわ」


 大丈夫。

 この異世界での三年で私が手に入れたのは、雷鬼王にもタメを張れる力!


「やっぱお前だけは最後まで未知数だったよ、サク」


「ディレイ、イレブン」


「あ?」


 どういう敵なのか判明した。

 ゆえに、私は指示を下す。

 聞きなれない単語に雷鬼王が表情を険しくする中、雷鬼王の両脇の鉄鉱石の山から奇襲が始まる。これが十一秒前。


「ぶはーっ! サっちゃん後で覚えとけよー! 『鉄鋼球』!」


「全くじゃ。この貸しは高くつくぞ? 『エクスプロージョン』!」


 数時間くらい我慢して待ってて欲しいものだよ。


 ランスの土魔法とレイファの最上位魔法による奇襲。いくら雷鬼王と言えども軽々しく防ぎきれるわけがない。より一層厳しい顔つきになった雷鬼王は両手を左右に伸ばし、掌から溢れんばかりの雷光を弾き出した。


「ちっ、『ディスチャージ』」


 さすがは雷鬼王といったところか。

 しかし、彼女の迎撃によって巻き上がった砂塵で前は見えない。それは雷鬼王にとっても不利に働く。なぜなら視界の通じない暗闇こそ、我が老兵の真骨頂なのだから。


「――『ライトニング』っ」


 八秒前――いち早く砂塵の中に浮かぶ足音に気づいた雷鬼王が雷魔法でゼイムを炙り出そうとするが、この男は老いた体を巧みに動かし、最小限の負担で刀身を突きつけた。


「馬鹿でないなら戦闘で髪は結んでおけ」


 ねえゼイム。

 それは髪を伸ばしてる私が馬鹿だと言いたいの?


 ゼイムが放った一撃は雷鬼王の前髪をかすめ取り、煙が晴れた時の次善策として機能した。反応が遅れた雷鬼王は視界を塞ぐ自分の髪を鬱陶しく振り払って、浮かべたのは驚くことに笑みだ。


 彼女はゼイムの放った一撃でこう判断した。

 この砂塵はゼイムを動きやすくするためだけに用意された。今のままじゃ他の敵は攻勢に出られない。だからこそのゼイムの目つぶしである、と。この煙が晴れた時、未だに視界を失っている雷鬼王に対して優位な態勢を作り上げようとしている。


「問題ねーよ。『ルミナス』」


 だからこそ、この煙が晴れるまでが勝負である。

 雷鬼王がそう判断し、光魔法で煙の中に影を暴いたのが二秒前。


「……三つ? あと一人はどこだ?」


「伸ばせ――『アメノハバキリ』!」


 その声が聞こえた時が最後である。

 レイファが『テレポート』で雷鬼王の背後に飛ばした封印玉を、私は聖剣で雷鬼王に押し込んだ――。





 煙が晴れるまでが勝負――それは私たちも同じだった。


「封印玉、ボルケも偶には役に立つものを寄越すじゃない」


 雷鬼王の力を奪って真っ黒に染まった封印玉を片手に私は溜息を溢した。敵を深く調べたいのにそれだけの時間がない、そんなジレンマの中でこの宝玉は一番の解決策を叩き出した。敵が強いなら、隙をついて力を奪えばいい。私が封印玉をぶつけるまでの十一秒を用意せよ――仲間たちはそんな無茶ぶりに最高の働きで答えてくれた。その証拠に……。


「……サ、サク~ッ!!」


 この雷鬼王の顔である。

 先ほどまでの平静さは欠片もなく、怒りに歯をギシギシと鳴らしている。雷鬼王ともてはやされる力に自惚れた女が、たった十一秒の間にその力を奪われたのだ。尤も、それでもまだレベル50もあり、強力なスキルを有しているのは彼女の侮れない所以である。


 最盛期と力の齟齬がある今しか雷鬼王を倒す機会はないだろう。

 それは仲間たちも同意のようで、私たちは無言で頷き合った。


「これであなたはそこらの魔王と変わらない。どうする? 何なら援軍だって呼ぶけど……私たちに挑むなら、その『雷鬼』を捨てる覚悟はあるんでしょうね?」


 『人類未踏』のゼイムに『悪魔』のレイファ、ランスは複数の適性を持つ有能な魔法使い『賢者』だし、私だっている。負ける気はしない。そんな自信に溢れた言葉に雷鬼王は一度は怒りを露わにしたものの、両手で頬を叩いて冷静さを取り戻した。


「はぁ。人族、獣人、妖精、青目族、エルフ、ダークエルフに魔族……あらゆる種族を繋ぎ、国と国を仲介し、最大戦力を築き上げた正体不明の勇者。お前の作り上げた友好の網を上手く利用できればと潜り込んだが、完全に失敗だったな」


 ララとして私たちの仲間に潜り込んだ理由の暴露、これは事実上の白旗だ。僅かに緊張は解け、それを隣で見ていたゼイムが目を細めて糾弾したのを気まずく思った時、雷鬼王は一段と凶悪な笑みを浮かべて私に宣言した。


「この借りは必ず()()返すぜ、サク。だから炎獄王には殺されないことだな」


「な――っ」


 閃光。

 そう、この時にはすっかり失念していたのだけど、雷鬼王は光魔法――要するに目晦ましが使えるのだ。


「あ、あれ? 消えたっ!?」


 光が弱まった時にはすでに雷鬼王の姿はない。

 誰もいなくなった採掘場を完全に呆然と眺める私の背後で何時間も鉄鉱石の山の中で待たされた仲間たちが抗議の声をあげた。


「サク、詰めが甘い」


『これだから若造は』


「ええーっ!?」


 不満もあるだろうけどこればかりは仕方がない。

 しかし、レイファは悪魔になってから成長が止まっているらしいし、ランスは成長速度の遅いエルフだから見た目よりずっと年上である。その点も加味してよくよく考えれば私より年下の子ってパーティーにいないんじゃ……。


「……ぁ」


 一番年が近いのが、二十七歳のえっちいダークエルフさんである件について。





◇◇  レレーレ村





 サクたちが雷鬼王退治に挑んでいることを知らないサクの仲間たちはレレーレ村でこっそりとある計画を企んでいた。企むといっても別にサクを困らせようとするものではない。自分の誕生日を覚えていないとサクが言った日から、彼らは密かにこの計画を進めていたのだ。


 村の中心の広場には住民と協力して作った大きな誕生日ケーキ。

 彼らは抜かりなく、事前にレイファたちと相談してサクへのプレゼントも用意してある。


「サクさんたち返ってくるのそろそろかな?」


「そう不安になるなって。レイファやランスはともかく、ゼイム老師が上手くやってくれてるよ」


「だな。サクさん、帰ってきたらビックリするだろうな」


「な」


 彼らは笑う。

 帰ってきた時のサクの反応を今から想像すると頬が緩む。


 少しずつ外は暗くなり、他の仲間たちが忙しなく誕生日パーティーの準備を推し進める。ケーキを前にイアはドキドキワクワクしながら右往左往、アイビーは今夜ばかりはジュースに媚薬を混ぜるのを我慢した。パーティーはもうじき始まる。ますます暗くなると、先んじて拍手で祝福するかのように村の街灯たちは一斉に拍手を開始した。


 街灯は点滅する。


 街灯は拍手する。


 人が気にならない周波数の音で拍手する。


 拍手を。


『――ジリジリジリジリうるせーな』


 雷鬼王が村に残した悪意の破片に巨体が目覚めたのは数十分後。

 街灯が鬱陶しく叫び続ける方角へ、巨体は炎を纏って蹂躙を開始した。


※加筆・修正しました。

2019年9月25日  加筆・修正

         表記の変更


※Twitter始めました。

「七瀬桜雲@小説家になろう」で探してみてください。よく分からないけど多分検索できると思います。また、第一章の第一話から第十二話までの加筆・修正が完了しました。話の本筋は変わっていませんが、大幅に加筆している部分もあるのでよろしければご覧ください。


※2018年9月17日

申し訳ありません。Twitterの設定ミスりました。フォローしていただいた方、フォローしようと思っていただいた方、申し訳ありません。馬鹿な作者を笑ってください。

新たに「七瀬桜雲2@小説家になろう」でアカウントを作成しましたのでよろしければご確認ください。

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