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これは俺が勇者になるための物語  作者: 七瀬 桜雲
第二章 ジェムニ神国
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特別編   『沙智は不満をぶつけたい(後日譚)』

 ジェムニ神国の魔獣騒動から数日経ち、世間が新たなる勇者の登場にざわめく中、事件の渦中にいた俺たちは今何をしているかと言うと……。


「なあ、俺のポロシャツちゃんと綺麗になりそう?」


「うーん。破れたところは縫い直せるけど……血の染みがなぁ」


 まだ国内にいた。

 ロブ島目指して出発できなかった理由? 簡単さ。


 出国料、一人千トピアだとさ。


 事件前の豪遊でヤマトから貰った亀の財布は、鍋ですっかり煮込まれたみたいに頼りない姿になっている。ステラやトオルは一応残金を考えて買い物を楽しんでいたようだが、それも事件後の治療費に呆気なく消えた。要するに、足止めを食らっている訳だ。


 ステラはギニーとの戦いでズタボロになった俺のポロシャツの具合を確かめながら、さっきからずっと難しい表情をしている。迷惑をかけたから何かしたいとステラが申し出たので、それならと言ってポロシャツを渡したのだが、さすがのステラでも執刀できないほど俺の相棒は酷い様態らしい。


「血がすっかり固まって取れないんだよねー。騒動の時に知り合った水魔法を使える子に聞いてみるよ。沙智も来る?」


「いや、それなら任せるよ。この国を出る前にどうしてもやらなくちゃいけないことがあるんだ」


「そう?」


 普段は散々ゴロゴロしたいと欲望をぶっちゃけてるお前に本当に用事なんてあるのかって思い切り顔に書いてあるステラを無視し、俺は久々に募らせていた激情に従って動き出す。少ない残金をやりくりして買った例の物を起動させる時がついに来たのだ。


「じゃ、俺はもう行くよ」


「う、うん」


 俺は確固たる決意をもって病院を後にした。


 ――どんなに素早い魔獣もスローモーションっぽ。


 ――最近でかい山に当たってなあ!


 ターゲットは六人。

 嘘、やっぱ山姥の婆さんは怖いから五人。


 全部終わったら全員に復讐しに行く。

 突如俺の頭の中で無責任な応援を繰り広げて、魔王に挑むという重大な決断をさせた全ての馬鹿たちへ。その決断の裏で、密かに生まれたもう一つの願いを今日叶えよう。





◇◇  チャド





 テスル地区のとある場所にある小さな食事処、私の友人がオーナーを務めるその店で私は約束の時間まで、テーブルに並べた重要書類と睨めっこしていた。そう、魔獣騒動の第一次レポートである。


「魔王に敵対する魔王の少女と、教会の地下で保護された妙な衣装の少年――恐らくは六人目の勇者」


「お客様、ご注文をどうぞ」


 しかし、このレポートは不完全で未完成である。

 もっと正確に言うならば、私が知っている事実とは異なる記述が大部分を占めている。その理由になっているのが、私が今しがた呟いた二人の存在だ。


「彼らはどうやら表舞台に立つのを嫌っている。勇者と魔王が手を組むことに一部の人間は忌避感を覚えるかもしれないということを考えての事だろう。それに、恩を仇で返すような真似はしたくない」


「お客様? あのー、ご注文を……」


 どちらも異例中の異例なのだ。

 『勇者』の唐突な出現もそうだが、魔王同士が敵対した例は六百年前に一度会った『再生王』と『隷術の大魔王』の衝突以来だ。私としても、あまり表沙汰にすべきでないと考えるのだが、頭にチラつくのは私が仕える主君の影だ。


「国王様にどう説明すればいいんだ……? あのお方は聡明な方だ。私の嘘など簡単に見破ってしまうだろう。しかし、ありのままを話すと、国王様は天罰の可能性との天秤の末、公表することを選ぶかもしれない」


 国家は勇者に協力してはならない――これが大原則である。

 もしも情報を公開しないことが、勇者に協力していると見なされれば我が国はレイジリアと同じ運命を辿る恐れがある。何よりも天罰を恐れる国王様が全てを知った時に何を判断するかと考えれば……。


「やはり国王様にも気づかれないような嘘を何としてでも……!」


「ではぼったくり栗のランチセットにトロピカルパフェ、季節限定の高級メルポイジュースで勝手に伝票打っときますねー」


 私は再び、未完成のレポートを食い込むように覗き込んだ。明らかになっている事実と事実を滑らかに繋げる虚構が必要だ。しかし、途中から現場に合流した私だけの力ではそれは不可能。


 だからこそ……。


 からんとベルの音が鳴り、顔をあげると、透明なガラス窓とテーブルがずっと続く先に、季節外れのニット帽を被って耳を隠す待ち人が時間通りにやって来た。事件の裏を知る彼女の協力が不可欠である。


「待っていたよ。悪いね、時間を取ってもらって。偽を記すには、真を知る必要があるんだよ」


「ん、私の知ってることならだけどねえ。病院を手配してくれたあなたが、沙智さんたちに不利なことをするとは思ってないからあ……ん?」


 しかし、彼女の注意はすぐに私から逸れた。私も釣られて少女が視線を向ける窓の外に目を遣るとそこには……件の少年が何やら頭を抱えてグネグネと葛藤していた。それを指差して少女は私に苦笑を向ける。


「ははは、丁度いいかもね」





◇◇  沙智





「メルは間違いなくおったまげるだろうな……お?」


 頭の中で奴らが泣き叫ぶ姿を思い描きながら町を歩いていると、とある店のガラス張りの外壁の向こうに丁度いいタイミングでソフィーを発見した。不審者のように思われるフードで耳を隠すよりこっちの方が可愛いでしょ、とステラとトオルがあげた水玉模様のニット帽をすでに愛用しているその少女は、ガラスを挟んで俺を見つけるとそれはもう嬉しそうに笑うのだ。


「……ぅ」


 彼女もまた、俺に無責任な応援をした一人である。

 しかし、あの天使のような女の子に俺は嫌がらせしたいのか?


 答えはノーである。

 いつから自分の心はこんなにも醜く腐ってしまったんだろうと嘆きながら、俺はソフィーが手招きするままに店に入った。


「沙智さん、何してたのお?」


「ちょっと野暮用でな」


 言えない。

 ソフィーにも例のあれを使って泣かせようとしていたとか言えない。


 きょとんと首を傾げる天使の向こう側では、主に騒動終結後に大変お世話になった男が愛想笑いを浮かべていたが、何だか甚く疲弊しているように感じる。


「……チャドさんとお話?」


「ん、事件のことを詳しく聞きたいってえ。ついでに報告書を偽造するのに付き合ってくれないか、だってさあ。沙智さんも関係あるし協力してよお」


「それなら喜んで。チャドさんにはトオルも世話になったって言ってたし、騒ぎの中心から離れたテスル地区の病院をオーウェンと探してくれたりで俺たちも世話になってますから」


「ありがたいよ」


 彼にもお礼をしたいと思っていたところだったのだ。

 一体誰に報告するのか知らないが、「偽造」という辺り、彼の苦労が窺えて何だか放っとけない。


「で、何を偽造するんですか?」


 俺がウエイターに軽くジュースを注文しながら尋ねると、彼はテーブルにあったところどころ虫食いの報告書を差し出した。


「事件に深く関わっているであろう勇者一行の詳細をどうにか省けないか、とな」


「……何はとは言わないけどありがとうございます」


「あははは」


 ひょっとしてと思っていたが、チャドさんはすでに色々と知っていそうだ。

 トオルがギニーを騙してやり過ごす時に協力してもらったと言っていたからステラとギニーの戦闘を彼が見ていても何ら不思議ではないし、教会の地下で倒れる俺をステラたちが見つけてくれた時も一緒にいたらしいから、彼が諸々の真実に辿り着くのは難しくないだろう。


 その上で、俺たちの心中を察して報告書を偽造すると言ってくれているのだ。

 それってどうなのと指摘する前にまずは深々と頭を下げるべきである。


 俺はやって来たジュースをちまちま飲みながら、あくまで伝聞形式で事実を話していった。俺だけでは伝わらないところをソフィーが上手く補足してくれたお陰で話は実にスムーズに進む。彼も深くは追求せず、時折難しい顔をしながら手記にペンを走らせた。


 その結果どうなったかと言うと……。


「あの方を納得させられる嘘が思いつかないっ!!」


 チャドさんがますます苦悩することになった。

 誰を納得させたいのか分からないが、相手は相当の曲者のようだ。


「ソフィー君。何か思いつかないか?」


「これっぽっちもお」


 無慈悲な。

 せめてステラかトオルがいれば、こういう時は役に立つのだが。

 そう思ったのは俺だけではなかったようで、ソフィーがつんつんと俺の脇を突いた。


「ところでトオルちゃんとステラさんはあ?」


「ステラは友達んちに洗濯へ、トオルは野原に犀狩りへ」


「ん? じゃあ沙智さん何してたのお?」


 どうしてか、この少女の前では素直になってしまう。

 俺はリュックから例のあれを取り出して高らかにこう宣言した。


「メルたちを泣かせる! これを使ってな!」


「な、何だそれは?」


 テーブルの上に置いたそれに注目が集まる。

 中々に良い気分だと、すっかり調子づいた俺は手で覆い隠している箱の正面をさっと露わにして意気揚々と捲し立てた。


「ふふふ、いかにも人類が嫌がりそうな黒い光沢のある節々、何本もの脚の動きを見れば人は身の毛のよだつ思いをすること間違いなし。これはなけなしの金で手に入れた超機動型嫌がらせアイテム『近寄りまっせムカデ君』だっ!」


 さあ、まずは景気づけにソフィーの反応を見て勢いづくとしよう。

 チャドさんは保護フィルムの向こうでてらっと光る黒い殻に渋そうな表情を浮かべ、ソフィーに抱えられたぬいぐるみ、ルビーはぶるぶると彼女にしがみ付いた。そして、ソフィーは――。


「煮込んだら美味しそうだね」


『え?』


 俺とチャドさんは雷に打たれたような衝撃を受けて固まった。


 煮込む? 何を?

 美味しそう? 何が?


 聞き間違えかと目を見張っても、瞳には無邪気に微笑む少女が映るだけである。


「ど、どこが?」


 思わず聞いてしまったが、これは完全に失言だったと言わざるを得ない。

 少女の発言は、これさえあれば奴らを恐怖のどん底に叩き落せると考えて大万歳しながら買ったこの「近寄りまっせムカデ君」が可愛らしく思えるほど、理解不能で、狂気に満ちていた。


「えー、だってさあ。このムカデ君の節々から漏れる緑色の体液とお、森の……<ここから先は非常に禍々しい発言のため控えさせていただきます>」


 俺は確信した。

 この恐ろしい少女の発言で阿鼻叫喚の様相を見せる店内を見て確信した。


「ソフィー、一緒にメルたちを泣かせよう」


「ん?」


 「近寄りまっせムカデ君」の気持ち悪い動き。

 天使のような笑顔から繰り出される無邪気で無慈悲な言葉の槍。


 きっとこの二つがあれば、俺たちはどこまでも勝ち進んでいける。


「よし、早速行動開始だ!」


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 店を出ようとすると背後からチャドさんの絶望するような声が聞こえてきた。そういえばレポートの偽造作戦決行中だったな。俺はソフィーの腕を引っ張りながらこう叫んで店を出た。


「チャドさん。レポートだけど『セセホキーテ、チヤモツエ』って書けば万事解決だから!」


 え? この呪文に意味があるのか?

 それは考察をお楽しみください。


「あ、ちょ――」


「お客様、こちらお代金になります」


「ああ、お釣りはいいから……って高っ!?」


 こうして、俺とソフィーによる攻撃が始まった。





§§§





 冒険団『永遠なる夏のクーラー』。

 奴らは普段はベスル地区、ジェムニ神国の南部で活動しているのだが、それは近くに大きな稼ぎ場があるという理由からである。元々はテスル地区に屋敷を持っているらしく、魔獣騒動の後は安寧を求めてこちらに帰ってきているらしい。


「ソフィー、ザキとマルコはどうだった?」


「近くの銭湯で女湯を覗こうとしてるところを見つけたよお。沙智さんに言われたように素直に意見しただけなのにい、気絶して運ばれちゃった。私ね、こう言ったのお。あのねえ、あなたたちは――」


「分かった、皆まで言うな」


 どうやら首尾は上々らしい。

 あのエロ餓鬼二名はわざわざムカデ君を利用するまでもないと思い、ソフィーに一任したが、この判断は正しかったようだ。


「オルグさんは倒せたあ?」


「ああ。ま、あいつにもムカデ君の出番はなかったがな」


 オルグの攻略法は実に簡単だった。

 ハンバーガーにこれでもかというほどピクルスを混入させ、知らぬ振りして渡すだけ。喜んで噛みついたオルグはその後……帰らぬ人となった。


「恐らく一番厄介な敵はこの生垣を越えた先にいる」


「心臓に毛が生えてそうだもんねえ」


「これより、メル討伐作戦を実行する」


「ラジャあ!」


 この子も意外と悪乗りするなぁ。





§§§





 屋敷に侵入するのは意外と簡単だった。

 男三人組が玄関の施錠しなかったお蔭である。予め、メルがいると思われるリビングの場所はオルグから聞き出している。俺とソフィーは抜き足差し足忍び足でリビングのドアの前まで進み、中の様子を窺った。


『でね、メルポイの果汁とぬるま湯を混ぜて浸しておけば完璧!』


『へぇー。血液を分解する酵素か。なるほどなぁ』


『他にもショウガとかでもいいらしいよ。ま、ちょっとお高いけど血の汚れをちゃんと落とせる洗剤も売ってるし。どんとアタシに任せなさい!』


 客人がいるのか?

 ソフィーがどうするのと首を傾げるが、トオルの狩りは今日中に終わるだろう。それはつまり、襲撃の機会は今しかないということである。客人には悪いが、ここで作戦を中止するわけにはいかない。


 俺は覚悟を決め、ソフィーと頷きあった。

 ドアの隙間にそっとムカデ君をセットし、手元のリモコンのスイッチを押す。


「行け、ムカデ君」


 ムカデ君は俺の指示に忠実に起動し、長い体をグネグネとくねらせながら、無数の脚を交互にしゃかしゃか動かしながら、実に気持ち悪い動きでターゲットに接近していく。ちょっぴりドアを開けて俺は親のような気持ちで彼を見守った。


 どんなに大きな敵にも文句さえ言わず、果敢に挑むその雄姿、見上げたものよ。

 この短期間であいつは間違いなく、リュックやポロシャツに並ぶ相棒となった。


 さあ、行け!


『あ』


 メルがムカデに気づく声。

 なぜか近くにあった風呂場の盥でムカデを容赦なくドカンと叩く。


「あ」


 俺が絶望する声。

 心の中から大切な相棒の居場所が渦を描きながら消えていく。


『どっから入り込んだんだろう。アタシ、こういうの苦手なんだよね――って何、今の物音っ!?』


 あまりのショックにドアの前でへたり込んだ俺にメルと客人が気づき、それが俺たちだと分かると彼女らは呆れたように溜息をついた。俺の視線の先には無残な姿のムカデ君。ソフィーが小刻みに震える俺をどう扱おうかと戸惑っていた時に、俺の目の前に屈み込んだその客人は間違いなく救いの女神であり、裁きの女神だった。


「……沙智、ソフィー、何やってるの?」


「あ、あれ? ス、ステラ?」


 そこにいたのは、真っ白爽快綺麗になったポロシャツを大事そうに抱えながら、形だけの笑みを固定するステラだった。ああ……水魔法を使える友達って……メルだったのね。


「ド、ドッキリ、大成功……」


「あんたのやらなきゃいけないことってのは……こーれーかぁーっ!!」


 この日、血が染み付いたポロシャツは綺麗になった。

 この日、心の中に一つ、墓標が立った。





§§§  ジェムニ神国 北門前





 すっかり夕方だ。

 ステラが探し出した赤の国行の馬車を北門前に止めて待つこと数十分、遠くから小さな少女の影が段々と近づいて来た。


「遅くなってすみません。これでまた数日は不自由なく過ごせるくらいには稼いで……お兄さん、どうしたんですか? その頭のこぶ」


「気にするな。言わぬが仏、聞かぬが天使、だ」


「はぁ」


 この国で出来た俺の悪友たちは嫌がらせに屈することなく、こうして見送りにやって来てくれる。ああ、分かってるよ、彼女らが本当は良い奴なんだってことくらい。でも、どうしても嫌がらせはしてみたかったんだ。こうして、どうしようもなくありふれた日常を取り戻すことができたって実感したかったんだ。


 出発の時が来た。

 今、元の世界へ帰るための旅は再び始まり、同時に一つの旅が終わる。


「じゃあな、愛しのソフィーに永遠なる夏のクーラー諸君」


『永劫なる時のルーラーだっ!』


「あれ? そうだっけ?」


 隣でステラが、トオルがまた笑ってる。

 メルやマルコたちが目一杯手を振ってくれている。

 ソフィーが天使みたいに笑顔で送ってくれる。


「じゃあねえ」


「兄貴ー! またいつでもっ!」


 そのことに幸せを感じた時、何だかそれが無性に恥ずかしくて、俺は荷台から思い切り手を振りながら笑って誤魔化した。笑って、笑って、誤魔化した。





◇◇





「あのー、お客様。そろそろ営業終了時間なんですが……」


「セ、セセホキーテ、チヤモツエ?」


※加筆・修正しました

2020年7月24日  一部キャラの口調変更


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