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これは俺が勇者になるための物語  作者: 七瀬 桜雲
第二章 ジェムニ神国
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第十五話  『金魚すくいで勝負したい』

途中からトオル視点です


◇◇  沙智





 絡まれていた金髪エルフの少女ソフィーを助けたお礼に、ケーキバイキングをご馳走になっていた俺たち。エルフのことを聞いたり、ソフィー自身のことを聞いたり、逆に俺たちのことを話したりと、和やかな時間を過ごしていた。しかし楽しい時間というのは得てして早く過ぎ去るものだ。


 店の古時計が正午を報せる音色を鳴らした。鳩の代わりに竜が出てくる辺り異世界らしくて面白いところである。

 ソフィーは最初、時計の音色に気付かなかった。それだけ会話を楽しんでくれていたなら嬉しい限りだ。正午の針に気付いたのは桃色熊のルビーで、主人の注意を惹こうと卓上でおかしな回転を始めたのには笑わせてもらった。


 ――バレリーナみたいだな。


 ソフィーが遅れて熊型リマインダーに気付く。


「あれ、もうそんな時間なのお?」


「用事がありましたか?」


 トオルの問いかけにソフィーは「ん」と愛らしく答えて、例のカラフルポスターをひらひらと振った。


「これから情報提供者とのお話があるんだあ」


「はあ、凝りませんね」


「大丈夫う。次はきっと良い人だからさあ!」


 良い笑顔のところ悪いが俺もトオルと全く同じ意見である。根拠のない自信が垣間見えたのは幻覚と思いたいが。


 呆れの混じった眼差しを三方向から受けても、ソフィーはどこ吹く風で出発の準備を進める。隣の椅子に置いていた灰色の羽織を着て、その内側にすっと桃色熊のぬいぐるみを仕舞い込んだ。そうして最後に、フードを被ってエルフ特有の耳と一緒に折角の綺麗な金髪を隠すと。


「色々ありがとね。それじゃあ!」


「またね」


 そのまま「さよなら」と手を振ってしまった。


 ――風の子元気の子。


 俺は微笑ましい気持ちでその背中を見送る。その小さな姿が無性に懐かしく思うのはなぜなのだろうか。

 思い出す。忘れていた一時を。のんびり朝食を食べる俺を放って、蝶々のストラップの付いた鞄片手に、元気よく玄関から飛び出るセーラー服姿の妹。

 その姿を重ねてしまうのは、突然の記憶にまだ心が不安定だからか。


「ん?」


 そんな風に柄にもなく感傷に浸っていると、不意に少女の足が止まった。そしてたたっと反転してくるではないか。


「忘れ物でもしたか?」


「沙智さん」


 肩肘ついて「おっちょこちょいさんだなあ」と笑う俺の耳元に、少女はすっと顔を近づけた。ふわりとフードの隙間から髪の香りが漂う。これまでの距離を完璧に無視した何とも大胆な行動だ。俺は内心あたふたと慌てる。だけど真に驚かされたのは、そっと耳に囁かれた少女の言葉だ。


 無邪気な誘惑が、俺の耳をくすぐった。


「本当に欲しかったらあげるからね」


「――――!」


 何をなんて言わない。

 言わなくても分かる。


 固まる俺の手にソフィーは小さな紙きれを握らせて、「じゃあ!」と今度こそ良い笑顔で去って行った。


「何だったの?」


 ステラが不思議そうに首を傾げた。

 だが悪いが、答えるつもりはない。


 紙切れにはソフィーが泊っている宿の地図。女子から連絡先を貰うという素敵イベント発生だが、当然のように俺の中に邪な気持ちはなかった。いや、ある意味では邪と言えるかもしれないが。


「やっぱり天使はいたんだ!」


「はい?」


 こうして、俺は滝を登って竜になりそうなくらいご機嫌な気分で、ジェムニ神国八日目の朝を終えたのだった。





◇◇  トオル





 私はエルフの店員さんからお水を一杯貰って、咳止めの薬を喉に流し込んだ。いつもの苦い味がしない。きっと甘いものを食べ過ぎたせいだ。普段はあっさりした感覚に慣れている舌が、糖度の高い海に溺れて麻痺しているのだろう。でもケーキの食べ放題は叶えたかった夢の一つなので仕方ない。


 噛まずに飲み込んだ感触が気持ち悪くて喉を摩っていると、「トオル」とステラが私の名前を呼んだ。


「具合、悪くなったりしてない?」


「平気ですよ」


「ホントにダメだったら言ってね」


「心配し過ぎですよ」


 もう十五年も連れ添っている体だ。

 どんな状態にあるかくらい分かる。


「夜には咳も収まっていると思いますよ。ステラには、お兄さんくらい泰然と構えていてもらいたいですね」


「あはは、さすがにそれは」


 私は食べ終えた後のお皿をまとめながら、対角線にある、先程までお兄さんが座っていた空間を見て肩を竦めた。


 そこに、お兄さんの姿はない。


 曰く「ここからは別行動にしよう」だそうだ。


「ジャンブルドストリートの北限を目指そうって提案した直後だったから、さすがに付き合い切れないぞって思ったんじゃないかな?」


「メルポイを訪ねて三千里の旅に出かけたのでは?」


 私が首を傾げると、ステラもお兄さんのメルポイに対する異常な執着を思い出したのか「そっちの可能性もあったか」と苦笑した。

 後からどちらが正解か尋ねたところ、お兄さんの答えは「両方」だった。

 目を逸らして気まずそうに自白する姿は、何ともお兄さんらしかった。


 まあ何が言いたいかというと、それくらい放っておいてくれても私は大丈夫だという話である。


「まあ、沙智の分も思いっきり楽しんじゃおっか!」


「そうですね」


 私たちはエルフの店員さんに「美味しかったです。ご馳走様でした」と頭を下げてから店を出た。





 ジャンブルドストリートは今日も賑やかだ。商人は飽きもせずによく響き渡る声で売り込みをし、人はたまに白熱した値引き交渉を見学しに集まる。きっとここは毎日がお祭り騒ぎなのだろう。世界最大の歓楽街ということもあって、しっかり見て回るのは三度目にもなるが、まだまだ目を惹くものは多い。小さな出店なんかは入れ替わりも激しいようで、一度通った場所に見慣れない外国のお菓子を焼く露店なんかも見つかるので、実に飽きさせない場所だと感じる。


 リオネルも、商売するならジェムニだって――。


「――――」


 ふと懐かしい友人の顔が浮かんだ。色鮮やかな視界に薄っすらと灰が掛かる。それを私は一度きつく目を閉じて払った。


「わお、お客様方ではありませんか」


「キャロル?」


「はーい。みんなのキャロルですよ」


 意識を遠くへ遣っていると、ステラがキャロルとエンカウントしていた。

 この近郊に住む人間は、ジャンブルドストリートで大体何でも揃うので、活動圏が狭い傾向にあるのだ。


 明るい笑顔で「こんにちは」と手を振ってくるキャロルに、私もこくりと頭を下げて挨拶に応じる。


 正直、この方は少し苦手だ。


 どうも彼女とは波長が合わない感じがする。特に、お兄さんを覗きの道に引きずり込んだ時もそうだが、他人を自分のノリだけで動かそうとするところがだ。

 とは言え、別に険悪というほどでもない。

 私はまた妙なことに巻き込まれる前に先制打を放った。


「今日はどちらのバイトへ行かれるんですか?」


「よくバイトって分かりましたね!」


「そんなイメージがあるので」


「それって私が勤勉ってことですかね。えへへ」


 キャロルはわざとらしく照れた。


「今日は門番のお手伝いに行くんですよ」


「門番ですか?」


「はい。知り合いから忙しくて死にそうって泣きつかれまして!」


「大変そうですね」


「いえいえ、とてもハッピーな毎日です」


 私は苦笑した。彼女の言っていることが謙遜ではないと分かったからだ。


 キャロルは教会の仕事がマッチ一本も買えないほど儲からない(誇張)からバイトをしていると嘯いたが、恐らくそれは違う。それなら儲かる一つだけの場所でバイトをすればいいからだ。そうしないのは彼女が、単に、様々な経験を積むのが好きな人種だからだろう。こうして「毎日が充実しています」というような笑顔を見ると間違っていないと思う。


「では、私は行きますね」


「頑張ってね」


「あ、そうだ。向こうにお婆ちゃんの出張屋台が――」


「頑張ってくださいね」


 ――カモられるのは一度で充分です。


 案の定と言うべきか、またノリで面倒事に巻き込もうとしてきた彼女を、私たちは熱いエールの言葉で追い払った。


「行こっか」


「ええ」


 キャロルを見送ってから、私たちは北限を目指してまた歩き出した。

 しかし、この道のりが遠いこと遠いこと。

 さすがは文化の坩堝。気になるものが多くて中々前へ進めなかった。


「トオル。何か変な顔の人形が並んでる」

「クリスティアの名産品ですか」

「あ、この人形、トオルに似てない?」

「ステラっぽい赤毛の人形はいませんか」


「明日リトルエッグで演劇やるらしいよ」

「へえ、『旅する約束』ですか」

「私、あの話好きなんだ」

「なら、予定は開けとかなくちゃですね」


「世界の名物食べ物大集合ですか」

「折り紙パスタ?」

「ユニークな名前ですね」

「あ、あのマカロン美味しそう!」


 看板が、店先に並ぶ商品が、展示が、鮮やかな声を上げて私たちの歩みを止めようとする。とても楽しそうな響きばかりだ。

 私はステラの隣で密かに苦笑した。

 このペースだと、北の終点まで辿り着けないかもしれない。


「まあ、それも醍醐味ですね」


 そんな中で、一際興味の引くものがあった。


「金魚すくいですか」


「ホント縁日みたい」


 あれも期間限定の出店だろう。水面を思わせる水色の屋根の露店には、小さな子供たちがたくさん集まっている。丁度若い女性の店主が、「全然掬えない」と地団太を踏んでいる女の子を「やはは、うちのは活きが良いだろ!」と揶揄っているところだった。大人げないことである。


 私は密かに笑みを深めた。子供の仇討ちではないが、どうしてもあの女店主の鼻を明かしてやりたく思ってしまった。


「ちょっと参加してきますね」


「へえ意外」


「ああいうの好きなんですよ」


 金魚すくいの本場はロブ島だ。

 本場出身者として挑ませてもらう。


「チャレンジさせていただきます」


「子分の仇は打たせてもらうわ!」


 威勢の良い声が聞こえて隣を見る。そこには絵本に出てくるような魔法使いらしいとんがり帽子を被った水色髪の少女が、魔法使いらしいローブを纏って、魔法使いらしい杖を肩に担いで、私の方を見て「え?」と目を瞬かせていた。子供たちが彼女を「クイーンの降臨だ!」と担ぎ上げている。親玉らしい。


 彼女はしばらくきょとんとしたあと、ふっと頬を緩めて、私に対して挑発的なウインクを決めた。


「勝負しちゃう?」


「望むところです」


 こういうイベントも懐かしい。ロブ島にいた頃はよくあった。


 良い笑顔で「うちの看板奪ってみな!」と笑う女店主を前に、私と魔法使いの子は揃って構える。


「さてと――」


 お兄さんによると、お兄さんの世界にも「金魚すくい」というものがあって、赤や黒の淡水魚を、破けやすい紙が張られた「ポイ」なるもので掬う遊びらしい。

 けれど、この世界の「金魚すくい」は少し違っている。

 まず「金魚」というのは品種改良された淡水魚ではなく、ロブ島近海に生息するモンスターである。呼び方も「キンギョ」ではなく「キンザカナ」だ。色も頭から尾鰭まで金色一色で、美しいけれど、バリエーションはない。そして最大の特徴は非常に噛む力が強いこと。水に指でも入れようものなら齧り取られる。この話をしたらお兄さんは「ピラニアみたいで怖い」と顔を顰めていた。どうやら異世界にも船を一日で解体するような魔魚がいるらしい。

 ともかく、そういう獰猛な生き物なので、紙で掬うような繊細な作業は必要とされない。この世界の「金魚すくい」は木製のスプーンで掬うのが一般的であり、スプーンの口が齧り取られたら終わり、という遊びなのだ。


 ロブ島の子供はみんなこれをやる。


 鬼ごっこ、かくれんぼ、そして金魚すくいなのである。


 ――さあ、勝負です!


「一匹、二匹、三匹、四匹――!」


 わっと歓声が上がった。子供たちの声だ。


「すげえええええええ!」

「クイーンと良い勝負してる!」

「プロがいるぞ!」

「プロが降臨なされた!」


 実際にやるのは七年振りだが腕はしっかり覚えている。顔側から掬ってはダメなのだ。尾からでないと齧られる。


 お手玉を放るようにボールに金魚を移していく。その合間にちらりと隣の戦況を窺うと、驚くべきことに数は拮抗していた。手強い。笑みが更に深まる。柄にもなくワクワクしてしまう。


「やるわね!」


「そちらこそ」


 私たちは笑い合った。


 このまま、勝負はますます白熱していくかに思えた。子供たちは可愛らしく声援を飛ばし、女店主はぐぬぬと悔しそうに唸り、白昼に突如現れた異様な光景に見物人が集まってくる。結果がどうであろうと、勝者には、ここにいる全員が惜しみない拍手を送るはずだ。誰もがそう思っていた。


 ――でも、幕引きなんて呆気ないものです。


「あの、舟に穴空いてますけど?」


「何いい!?」


 背後で静かに見学していたステラが舟の端に空いた穴から水が漏れ出しているのを見つけて、その場は騒然となる。


 実はこの「金魚」というモンスター。鰓呼吸も肺呼吸もできる。そして数分以上陸に上げておくと「あ、オレ空泳げるや」と気付いて、ぱたぱた飛び去ってしまうのである。噛み癖はそのままなので、住居が被害を受けることになる。金魚を陸に上げてはいけない。これは鉄則だ。


 ――よく泳いでましたね、空を。


 また懐かしい光景を思い出して私は遠くを見つめた。


「復旧まで待ちますか?」


「ごめん。時間切れっぽいや」


 前向きな返事が返ってくると思っていた私は、魔法使いの少女の残念そうな言葉に驚いた。少女が見ている通りの方へ目を遣ると、和装の女性が「メルさん、お仲間さんがまた問題行動を」と叫びながらやってくるのが見えた。どうやら急用ができてしまったらしい。残念だ。


「決着はまた今度ね」


「ええ、待ってます」


 少女は「御見それしたぜ!」と豪快に笑う女店主から金魚を一匹受け取って、そのまま走り去ってしまった。


 ――ふう。


 楽しい時間はやっぱりあっという間だ。「あんたもいるか?」と金魚の入った袋を掲げる店主に「飼えないので」とお断りを申し入れると、私は人の海を割ってステラが待つところへと――。


「そのにやにやは何です?」


「何でもないよ!」


「――――?」


「トオルも楽しそうで何よりです!」


「――――あ」


 ロブ島を故郷とする青目族。金魚すくいのことになると、幼い頃の負けず嫌いな自分に自覚なく戻る傾向あり。


「お兄さんには内緒でお願いします」


「いいよ!」


 ――それは、大抵の場合とても恥ずかしいことなんです。


 なお、時を同じくしてお兄さんはと言えば。


『そう言わずにさあ。ちょこっとだけだから』

『その通りでい』

『良いホテルを知ってるんだっぽ』

『もお、興味ないってばあ!』


『――この光景今朝も見た!』


 またトラブルに見舞われていたそうな――。





※※※





『調査対象は優れた狙撃能力を持っているもののレベルは低い。留意点は青目族であること。ただし<裏>のレベルが<表>の倍以上あるとは過去の青目族の例を見ても考えづらく、スキル構成が変わるとは言え魔法適性が増えるという話も聞かないので、影響は誤差の範囲と考えられる。また奴隷として劣悪な環境で育ったせいか、やや病弱な模様。脅威は感じられない。よって結論付ける』


『調査対象:トオル』


『――ノープロブレム』


【キンザカナ】

ステラ「海に住んでます。肺呼吸できます。空も泳げます」

沙智「俺の知ってる金魚と違う」

ステラ「草食だけど、噛み癖があるので大変危険です」

沙智「俺の知ってる(以下略」

ステラ「沖合に出た船がよく食い壊されるみたいです」

沙智「俺の(以下略」

ステラ「でも沙智の世界の金魚も船壊せるって聞いたけど?」

沙智「誰だ誤情報流したやつ!」



※2022年6月27日

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