第四話 『火のオーブを手に入れたい』
俺が『オーブ』という素敵アイテムについて最初に聞いたのははずれの町。忘れもしないデイジー様からだ。詳しい説明は聞けていないが、このアイテムさえあれば魔法を使えるようになるというのが俺の理解だった。
ずっと憧れていた魔法。ずっと使ってみたかった魔法。自然科学の世界ではあり得ないファンタジーの奇跡に猛烈に憧れた。素っ気ない顔をしながら、隣でステラが風魔法を使うのをそわそわした気分で見ていた。
だから内から溢れ出る感情を抑えられない。
「オーブだオーブ!」
「耳元でうるさい!」
ステラにアホ毛をグイっと引っ張られて涙目になる。
しかしその程度で今の俺が止まろうものか。
「――――!」
俺は自分の小指を抓んで高速で思考を開始する。
魔法使いへなるためには、何としてでも『オーブ』とやらを手に入れなければならない。ならないのだ!
ポスターの報酬欄にあるのは『火のオーブ』だから、恐らく火魔法が使えるようになるタイプなのだろう。属性ごとに種類があるに違いない。他の属性にも興味はあるが、まずは火でいいだろう。寧ろ火がいい!
この依頼主と連絡を取るのは難しくない。ポスターに連絡先が載ってあるのだから。ならばこの可愛い依頼書に従うのがベスト!
それ即ち、俺が今すべきことは――。
「この『世界樹の涙』って一体何なんだ? これがあれば『火のオーブ』が貰えるんだ! 頼む! 教えてくれ先生!」
「いつもより圧がすごい!」
「今度頑張って肩揉みするから!」
「お小遣いねだる子供か!」
ポスターの『世界樹の涙の情報を求む』の一文を指差して俺が勢いよく質問に迫ると、「末期ですね」「手遅れ」という心外な声が。
ぞんざいな反応に頬を膨らませると、ステラはやれやれと溜息を吐いた。そして俺の前でビシッと人差し指を立てて、こう言うのだ。
「悪いこと言わないからやめときなって」
「何でさ?」
眉を顰める俺にステラは言う。
「この依頼主が探してる『世界樹の涙』はアイテムの一種。飲むとどんな病や怪我でも治せるっていう伝説級の代物だよ。要は万能薬。――でも勿論そのレア度も伝説級。古い文献の中くらいでしか知られていないようなものなの。それこそ新しい情報を探すより、普通に『オーブ』を探す方がずっと楽なほどにね」
「つまり『世界樹の涙』はSSR?」
「因みに『オーブ』だとRくらいですよ、お兄さん」
ステラが「何の呪文?」と首を傾げる一方で、トオルには昨晩語り明かしたお陰でソシャゲのレア度が通じた。
それを嬉しく思う反面じわじわ込み上げるのは悲しみだ。
――魔法使いへの道が!
「そんなに魔法が使いたいなら正攻法で行ったら?」
「そうです。お客さんはその方がお似合いですよ!」
仕方ないなあという雰囲気を纏わせたステラの声を継ぐように、明るい第三者の声が不意に割り込んだ。顔を横に向けると、旅館のエントランスに立っていたのは楽しそうに微笑んでいるキャロルだ。
白いシャツの清楚さと、少し見えるインナーの黒い肩紐のセクシーさが、綺麗な金髪少女の美しさを際立たせている。
キャロルはにっこり微笑むと面白い提案をした。
「もっと現実的な方法でせしめましょう。『世界樹の涙の情報』でなくとも『オーブ』と等価の物なら交換してくれるかもしれませんよ?」
「そ、それだあ!!」
「色々と取り扱ってるお婆ちゃんのお店、案内しましょうか?」
「キャロル上官!!」
それは正攻法と言えるのだろうか。一瞬疑問が浮かんだが、邪道でも魔法が使えるようになれば勝ちと割り切って俺は意気揚々とキャロルに続いた。
彼女がトラブルメーカーであることをすっかり忘れて。
「アイテムに頼らなくても適性さえあれば魔法使えるのにね」
「先にアイテムが気になっちゃうあたりお兄さんらしいです」
――背後でこんな会話があったことは知らない。
§§§
キャロルオススメの店は本通りから外れた路地にあるようで、店というよりは倉庫ばかりがあるような細い道へと俺たちは進んだ。
道中驚いたのが、キャロルへ声をかける人の多さだ。
「おおキャロちゃん今日は案内所のバイトか?」
「おはようキャロル!」
「ほうキャロルの友達さんか!」
「困ったらいつでも言ってねキャロル!」
四人に一人は必ず声を掛けてくる。
それもみんなが明るくだ。
「えへへ、仕事柄顔が広いんですよ私」
「そりゃそんなにバイトの掛け持ちしてればな」
「いえいえ本職の方ですよ」
本職もあったのかと驚いた俺は深く尋ねようとしたのだが、その前に「ここが話したお店ですよ」とキャロルが前方を指差す。
見れば人気のない閑散とした路地に堂々佇む和風建築。
この古い建物には、がら空きの電車の中で、誰も座っていない長椅子のど真ん中に股を開いて座るような豪快さが感じられた。見た目は近所の駄菓子屋のような素朴さなのにそう感じてしまうのはどうしてだろうか。
その理由は奥から店主が現れてすぐに分かった。
「――へーい! ふぅー! らっしゃーっい!」
ああヤバいタイプだ。すぐに悟った。
白いパーマをこれでもかと言うほど爆発させた陽気なお婆さんは、気圧されている俺たちを烏のような目で順に睨んだ。
最後にキャロルを視認すると更にギアを上げるではないか。
「お~う誰かと思えばキャロルじゃないかいっ! 本当バーバラさんそっくりな顔だねえ! 瓜二つとはまさにこのこと!」
「それは親子なんだから似て当然ですよ」
軽く会釈してからお婆さんとキャロルの行動は早かった。俺たち三人は満面の笑みのキャロルに背中を押されて店舗の中に押し込まれ、それを確認したお婆さんはニヤリと笑って店のシャッターを半分閉めた。
その鉛色はまるで獲物を逃がさない檻のようで。
「あ、あの」
隣でステラが怯えた声を出す。
それに被せるよう陽気な声で。
「よ~こそキャロルのお客様っ! 我が『贅沢老舗』は世界各地から様々な商品を揃えてるよ。さあ存分にご堪能あれっ!」
「楽しんでいってく~ださいねっ!」
――カモにされた!
理解に時間は掛からなかった。俺の馬鹿。キャロルが絡むと厄介な方へ話がもつれると覗き未遂の一件で習ったではないか。
このままでは財布が根こそぎやられる!
「おいステラトオル」
「大丈夫だよ分かってる」
「乗り越えましょう」
幸いにも運命を共にする仲間たちは察してくれたらしい。
今から始まるのは聖戦である。
カモりたい者とカモられたくない者による聖戦だ。
魂を懸けた聖戦なのである。
「何でこうなった?」
――ただ『オーブ』が欲しかっただけなのだが。
俺たちは十二畳ほどの店内をゆっくりと歩く。無論三人全員が緊張感剥き出しである。正直に言えば目を引くものはところどころにあるのだ。狭い店ながらもキャロルが紹介するだけあって品揃えは悪くない。何気ない日用雑貨から衣服や資材まで。お弁当まで販売しているのにはさすがに驚いた。
それでも一つ所に留まってはならない。足を止めれば最後、白髪パーマのお婆さん通称『山姥』に「この商品が気になるのか~いっ?」などと近寄られ、たちまち購入させられてしまうに違いないのだ。
考えすぎではない。ぎらついた視線が今もこちらに向いている。
あの欲深い目から逃れる術はただ一つ。
この店に目当ての商品がなかったと印象付けること。
つまりはこの店にない物を探すことだ。
――先鋒はステラだ。
「こ、ここって短剣とか売ってないかな?」
「短剣ですか?」
「うん、前持ってたのが少し錆びちゃって」
さすが判断が早いなと俺は感心する。ぐるりと店内を一周するだけでステラはここにはない物を見つけたらしい。
しかしキャロルに話しかけたのは『山姥』が怖かったからだろうか。ものすごく気持ちが分かるので揶揄えない。
上手くいくなら前ならえだ。
俺とトオルもドキドキしながら様子を見守る。
「短剣かい? そ~れならっ! こいつはどうだいっ! かの英雄ボルケが使ったとされる最強の『聖剣アロンダイト』――に似せたデザインの短剣! こいつ一つで火の中だろうが水の中だろうが気になるあの子のスカートの中だろうが切り開いていけるっ! 嬢ちゃん、こいつと一緒に探検してみないかいっ!」
「ええええええええ!」
パチンとお婆さんが指を鳴らすと天井から格子状の板が降りてきた。靴やお面が並んでいそうなそこにあるのは無数の武器。
唖然とするステラを、キャロルが「危ない物はお子さんの手の届かない場所に隠してあるんですよ」と笑って止めを刺した。
――中堅は俺が行く。
「キャロル、灯油はあるか?」
「灯油、ですか?」
「ああ。俺、大好き、灯油!」
「なぜカタコト?」
魔獣の脅威が近いこの異世界では刃物を売る際の制限がない。だから雑貨屋のような場所にでも武器は売っている。
一方で灯油などの燃料を扱うには異世界でも免許がいるのだ。
ただの雑貨屋が危険物取扱免許を持っているものか。
「ならこの『灯油ボトル』を買ってきなっ! 野営で簡単に薪に火を付けられる優れモノだよっ! 手持ちサイズで持ち運びも楽ちんっ! いやあ気まぐれで免許取っといて良かったよ。これで気になるあの子の心に火をつけなっ!」
「いやああああああ!」
老婆のポケットからまさかの灯油登場。
俺もあえなく撃沈してしまった。
――ここで大将トオルが動く。
「――――!」
「――――!」
俺とステラの眼差しに期待がこもる。トオルはステラよりも計算高く、俺のように安易な勝負に出ることもない。その証拠に少女はしゃんと胸を張って『山姥』へと立ち向かっていくではないか。
もはや尊敬だ。格好いい。
「嬢ちゃん何かお探しか~いっ?」
「では『封印玉』はありますか?」
「――あれかい?」
「はい、あの『封印玉』ですよ」
聞き馴染みのない単語が出てきた。
こういう時はステラ先生の出番だ。
「何かのアイテム?」
「察しがいいじゃん」
ステラはニヤリと笑って説明を始める。
「ぶつけた相手の力を奪って封じる特殊なアイテムだよ。簡単に言えばこの世界でレベルドレインができる唯一のアイテム。上手く使えば敵の行動も封じることができるらしいよ。まあこれもレア度は高いよ。さすがに『世界樹の涙』みたいな秘宝と比べたら一段劣るんだけどね」
「じゃあ『オーブ』よりは?」
「上だよ」
「つまりSRくらいか!」
またソシャゲのレア度で例えた俺にステラは苦笑。
なるほどと俺は微笑を浮かべて腕を組んだ。
俺もステラも「この店にはなさそうな物」を選んで墓穴を掘った。だから「どの店にもない物」を選んだという訳か。
さすがはトオル。可愛い顔して大人げない。
「――それに」
それにだ。もし『封印玉』なる物が出てきても問題ない。『オーブ』と交換できそうな物なら喜んで買わせて頂こう。
俺の名前は七瀬沙智。魔法のためなら散財も許す男だ。
果たしてどうなるか。
「そう言えば昔は、恐ろしい化け物の力を封じた『封印玉』がジェムニ神国のどこかに保管されてるって噂をよく聞いたねえ」
「噂は噂ですよ、お婆ちゃん」
「――――?」
「最近はめっきり聞かなくなったからそうなんだろうねえ」
――何だ?
そういう噂話があっても不思議ではないだろうが、気になるのはキャロルの反応である。彼女なら「面白い噂ですよね!」などと肯定的な反応、もしくはより面白くなりそうな反応をすると思ったのだが。
個人的にはやや気になる反応である。
まあ最大の関心事は別にある。
どうなるトオルの作戦――!
「話が逸れちゃって悪いねえ。それとごめんよ。さすがに『封印玉』なんて代物はうちでも取り扱ってないんだよ」
「おお!」
「――だがっ!」
「だが?」
勝ったと思ったその瞬間、婆さんが声帯に力を込める。
不吉な予感がした。そして予感は不幸にも当たる。
「相手の力を封じたいならば、この特性ロープは如何だろうかっ! 何と二十四本もの細い紐を強力に編み込んだ一点物! これで縛れば、例え魔王でも抜け出すことはできないだろうっ! ――さあ今なら通常価格一万五千トピアのところ、な、な、なんと! 九千九百トピア! ふうー! 安いっ! 今から三十分の間だけだよっ! これで気になるあの子のスカートを切り開いた後で縛っちまいなっ!」
「ひいいいいいいい!」
この婆さん『封印玉』がないからって代替品持ち出してきやがった!
商売上手と言うべきか何というべきか。想定外の反応にトオルも悲鳴をあげてステラの後ろに隠れてしまったではないか。
もはや完全に戦意喪失している。可哀そう。
「どうですか? 面白いお店でしょう?」
――全く面白くないです。
「さあ買うのはこの三品でいいんだね!」
――何もよくありません。
逃げ場のない崖っぷちへ追い込まれた気分だった。ギラギラと鋭い光を瞳に宿すお婆さん。小さく震えあがる俺たち三人。
もうおしまいだ。財布の中身は全て持って行かれる。一文無しになった俺は魔法使いへの道を完全に見失ってしまうのだ。
そう悲観したその時。
「やっぱりここだったのねキャロル。教会の方が呼んでたわよ。相談したい案件ができたからすぐに来て欲しいって」
「お、女将さん!」
俺たちはここぞとばかりにキャロルを急かす。
こうして奇跡の脱出は成ったのである。
§§§
なお教会への道中――。
俺はステラから「魔法適性」についてご高説賜った。
簡単に要約すると、魔法の各属性それぞれに対して、人は生まれながらに使えるかどうかの適性を持っているらしい。例えば風と火の適性を持っている人間はアイテムに頼らずとも風魔法や火魔法を使える。逆に水の適性を持っていないので、その人が水魔法を使おうには適性を増やす『水のオーブ』が必要となるらしい。
つまり『オーブ』が必要か否かは適性のあるなしに依るとのこと。
それを知った俺がこう叫んだのは言うまでもない。
「じゃあ俺の適性調べてくれー!!」
【封印玉】
沙智「出た、SRのレアアイテムだ!」
トオル「アイテムチケットなら千円の課金で出せますよ!」
ステラ「意味分かんない話してる」
沙智「で、これがあれば何ができるんだっけ?」
ステラ「レベルドレインして相手の力や魔力を封印できます」
沙智「わお!」
ステラ「でも奪われた力は触れるだけで簡単に取り戻せるから保管には注意ね」
沙智「分かった。ジップロックに入れよう!」
※2022年1月8日
加筆修正
・沙智もカモられてくださいということで
・ステラの首飾りの話を第八話に移動
・ステラとギニーの接触を第九話に移動
表記の変更




