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これは俺が勇者になるための物語  作者: 七瀬 桜雲
第一章 はずれの町
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第十八話  『猫が喋れるはずがない』

 ヤマトのもはや人間を逸脱したような戦いに色々と騒ぎ立てたあと、俺はゆっくりと左側にある平屋へ視線を遣った。正面のウッドデッキは見る影もなく、通りからでも瓦解した内装が見える。天井は無事のようだが他は滅茶苦茶だ。まるで店内から通りへ向けて、横向きの爆風を起こしたような有様だった。

 俺たちビエール作戦班も大変な死闘を繰り広げる結果となったが、こっちもこっちで相当厄介なことが起きていそうだった。


 ――本当にステラは無事なんだろうな?


 ヤマトに何があったのか尋ねると「奥の資料室にステラとフィスがいるはずだから二人に聞け」と半壊の店の奥を指差された。

 彼の気遣いだ。有難く受け取ろう。コクリと頷いた俺たちは一足先に、未だ火薬の匂いが燻ぶる平屋の中へと足を踏み入れた。


「そこのガラス気をつけてください」


「うわ、危ないな!」


「何かが燃えた跡もありますね」


「やっぱバトったのかな?」


 ヤマトの平然とした態度からステラは無事だと分かるのだが、この有様を見ると不安は絶えない。


 無秩序に散らばるシャンデリアの破片。青薔薇模様の和紙の照明も燃え移ったのか黒い墨になって散らばっている。当然明かりはない。まだ午前中なのにボロボロの店内は薄暗く、まるで得体の知らない何かが暗闇に息を潜めているみたいに感じて不気味だった。

 俺は胸のドキドキだけを頼りに自分の所在を確かめた。


「お兄さん、この扉の奥ですよ」


 この小さき戦友は俺と違い物怖じしないので本当に感心する。どんどん先に進んでトオルは一番にカウンター奥へと辿り着いた。

 あとから俺とアリアが追い付いたのを確認して扉を開ける。


 そこに広がっていたのは――。


「ほお、図書館みたいだな」


「ですね」


 本。本。本。たくさんの本棚が整列するジュエリーの資料室だ。


 部屋の壁沿いは勿論のこと、部屋の中心にもドミノのように本棚が並ぶ。床の青い絨毯と天井のウッディな雰囲気に挟まれて、色とりどりの背表紙がこの部屋の独特な雰囲気を作り出している。

 ここは本がちらほらと散らばっている程度で、正面の接客部屋をボロボロにした何かからは免れた様子だった。


「魔法陣」


「え?」


 無色透明なアリアの呟きに導かれて足元を見る。すると幾何学模様が描かれた五十センチメートル四方の古紙が視界に入った。

 なるほど、確かにこれは魔法陣というやつだ。


 これが何なのか気になるが、アリアに説明を求めるのは酷だろう。俺はトオルと一緒に肩を竦める。


「私は左側を見ていきますね」


「じゃあ俺は右側を探そう」


 次の目的地をジェムニ神国の教会図書館としている俺からすれば、この本の羅列を見ると妙にそわそわする。

 ここには異世界に関する資料はないのだろうか。


 そう考えながら、四列ほど本棚を横切って――。


「あ」


 不意に瞳に飛び込んできた紅葉のような赤。


 ――ステラだ!


 自分の胸の中に喜びが広がっていくのを感じる。

 その赤毛の少女は本棚の前に座り込んで一冊の本をペラペラと捲っている最中だった。彼女の周りには十数冊の本がバラバラの角度で積み上げられている。

 見た限り怪我をしている様子はない。


 安心した俺は興奮気味で彼女に喋りかけた。


「ステラ先生! 『オーブ』とかいう神アイテムについて説明プリーズ! 俺も魔法使いっぽいことしてみたいんだ!」


 整っていた空気を遠慮なくぶった切る俺。

 それを片目にステラは呆れて吐息した。


「あんた、開口一番にそれ?」


「これが何よりも重要だと判断した!」


「もっと他にあるでしょ!?」


 えへへと頭を掻いて誤魔化すとステラは溜息を溢した。その割に彼女の表情は和らいだように見えるが。


 ステラは両手で持っていた本を二つ折りにして、その小豆色の瞳で俺を下から上までじっくりと検分し始める。

 これと言って彼女を不安にさせるような見た目にはなっていないはずだ。肌が青黒く変色した訳でもなければ、ズボンにエッチな本を挟んでいる訳でもない。強いて挙げれば左肩の擦り傷があるが、トオルから借りたチャーミングな水色タオルを巻いているお陰で全く痛々しさは感じられないはず。


 しばらくしてステラも満足したのか、頬を緩めた。


「ちゃんとアンテナは死守できたみたいだね」


「危険信号を受信してな。――ってアホ毛!」


 俺が声を荒げるとステラは笑いを堪えるように口元に手を当てた。いつもの反応と言えばいつもの反応だが何か引っ掛かる。

 笑顔を躊躇している。そんな風に感じたのだ。何かを気にして、頬が緩むのを無意識に抑えようとしているみたいで。


 俺はやや目を細めて首を傾げた。


「何かあったか?」


「ちょっと嫌味を言われてしょげてただけだよ。それよりそっちの作戦は上手くいった? あの子は?」


「ああ、それなら」


 返答しようとして、俺はすぐに口を閉ざした。

 絶妙なタイミングで足音が聞こえたからだ。


「――お兄さん、フィスさんが怪我を見てくれるそうですよ」


 本棚の角からちょろりと現れた桑色髪の少女を背に、俺はニヤリと笑った。少女の口から「あ」と声が漏れ、ステラもゆっくりと目を見開いていく。

 その小豆色の瞳に輝いたのは驚きと感動だった。


 誰よりも少女の身を案じていたステラだ。トオルの首から忌々しい金属光沢がなくなっているのを見てどう思ったかは聞くまでもない。


「――――!」


「どうしてステラさんがそんなに泣きそうなんですか?」


 さっと駆け寄ってトオルを抱き締めるステラ。その抱擁を恥ずかしがりながらもトオルは目立った抵抗をしない。

 感情に溢れたその温もりの中にいて。


「頑張ったね」


「私、は」


「頑張ったね」


「――――」


 服にしわができるほど強く抱き締めるステラと言葉を失くしたトオル。その二人の時間は、冷たい雪の中に小さな春が咲いているのを見つけた時のような温かさと優しさがあって。この感動をもう少しだけ傍で感じていたい。そう思うのと同じくらい、これ以上じろじろと眺めているのは悪い気がした。


 まあ情報の共有はフィスとすればいいか。

 俺は頬を緩め、その場をあとにした。





§§§





 結論から言うと、ジュエリー作戦班も失敗に終わったらしい。


 冒険者に扮して情報屋に潜り込んでいたフィスと、呪い調査の経過確認という名目で訪れたステラの二段構えで、ジュエリーから情報を掠め取る算段だった。

 ただジュエリーの方が一枚上手だった。「これが容疑者リストよ」とステラに渡した資料に何と爆薬を挟んでいたそうだ。とんでもない真似をする女である。幸い爆薬自体は、火薬の匂いで悟ったフィスがユニークスキルでヤマトを呼んだお陰で対処できたそうだが、資料室へと逃げ込んだジュエリーを、倒壊の危険がある状況ではすぐに追えず。安全が確認できたらできたで『ゾンビ』の発生で足止め。

 みすみす黒幕を逃がしてしまったという状況なのだそうだ。


「――で、問題のジュエリーが資料室から出てきた様子がないから、ここに何かあるんじゃないかと調査中って訳か」


「パーフェクトだよ~!」


 ようやく疲れる事情聴取が終わって俺は溜息。


 おかっぱ少女フィスは資料室の西側にいた。そこにはアリアの姿もあって、ギコギコと鳴るロッキングチェアを無表情で楽しんでいた。

 まずは情報屋の惨状について知りたくて尋ねたのだが、ここにいるのは常にマイペースなフィスと無口なアリア。説明下手な二人である。


 ――メイリィさんの紙芝居プリーズ!!


 と、心底叫びたくなるような気分だった。


「その癖、お前ら二人はこの短時間で完璧に情報共有できてるんだもんな。どうやって擦り合わせたのか小一時間問いただしたいよ」


「通訳」

「にゃあ」


「それはもっとおかしい!」


 ハチ公様様ではないか。アリアに持ち上げられる黒猫ハチ公。やり切ったという表情だ。ゆっくり休んで欲しい。

 俺が心の中で敬礼していると、フィスが近付いてくる。


「さ~てと! 痛いのはその左肩かな~?」


「ふ、実は名誉の負傷でな」


「こけて擦って涙目だった」


「――――」


 そっと視線を逸らす。


 ――アリアさん、なぜこんな時ばかり饒舌に?


 今まで一番長かった「ゴーハチ公」の二文節から一文節だけ更新。ビエール相手に予断を許さない状況だったにも拘らずよく見ていらっしゃる。

 名誉の負傷ということにしておけば良いのに。


 不貞腐れる俺に対して、フィスは七福神のような笑みだ。


「そのタオル解いて~!」


「ほいほい」


「『ヒール』ゥ~!」


「ちょっと待てい!」


 フィスが俺の傷口に触れた瞬間、患部が紫苑色の魔力を帯びてみるみるうちに再生していった。魔法の奇跡。消毒して絆創膏を張るだけと思っていたので、正直目玉を引ん剥いた。

 そうだった。ここはこういう世界だった。


 魔力光が消えるともはやどこに傷があったのか分からない。

 狐に化かされたような気分である。


「すごいでしょ~! 私の回復魔法は一級品だよ~?」


「本当に、能力だけは無駄に優秀だよなお前」


 スマホのない世界で遠隔通話を可能にするユニークスキル『テレパシー』に、指で揺れるだけで怪我を治せる回復魔法。

 彼女が最初の自己紹介の時に後方支援担当だと言った意味が分かった。


 一息ついたところで戦闘凶が合流してくる。


「何だつまらん。ここに敵がいる訳ではないのか」


「デイジー様。それは?」


 背中に二本の大剣を背負って悠々とやって来たデイジー様は、右手に折り畳まれた大きな紙を持っていた。

 彼女は「これか?」と持ち上げてみせると――。


「部屋の入り口に置いてあった魔法陣だ。恐らくは呪殺した人間を『ゾンビ』に転生させる際に使ったものだろう。だが、ただでさえ成功率の低い転生魔法をこれだけ大規模に発動できるとは、超魔法的と言わざるを得ない」


「そう言えばあったな」


「――是非ともジュエリーという女とは戦ってみたいものだ!」


 難しいことは分からないが、デイジー様が絶好調ということは分かった。やる気を削ぐ必要もないのでそのままにしておこう。


 目を閉じた俺に代わって、今度はフィスが口を開く。


「外の『ゾンビ』はどうなったの~?」


「ヤマトとバリケードを張ったから中には入って来ないだろう。だが数が多すぎるから放置だ放置。どうせ熱くなれん相手だしな」


「そっか~!」


「それよりジュエリーの逃走ルート調査はステラらに任せきりか? 早く追いかけて一戦交えたいんだが」


 手応えのある相手と戦いたくてうずうずし始める戦闘凶。確か『ゾンビ』に対しては『勇者の魔力』『聖水』『魔法』しか効果がなく、どれも持っていないデイジー様にとっては弱いだけで面倒な相手だったなと思い返す。

 そんなことを考えていると、満面の笑みでフィスはこう言った。


「――隠し通路ならもう見つけたよ~!」


「にゃふ!?」


「それは早く言えよ!!」


 相変わらず癖の強い勇者パーティーなこと。

 期待は裏切らない様子である。





§§§





 油に放り込んだ海老のように宙を跳ねたハチ公が、慌ててヤマトやステラたちを呼んできたことにより再び全員集合する。

 そして俺たちの目の前には今、地下へと続く青灰色の階段があった。

 絨毯の片隅を捲ると、冬のような冷気と一緒に現れたのだ。


「ここが問題の隠し通路か」


「シェルター?」


「ああ、多分繋がってるんだろう」


 短いアリアの問いかけにヤマトは厳しい表情で首肯する。

 ここをジュエリーが通って行ったのは間違いない。


 俺は慎重な方だ。この怪しい入り口を見るとどうしても罠が仕掛けられているのではと考えてしまう。少なくとも「切り込むか?」とワクワク顔になっているデイジー様のような短絡的な言葉は吐けない。

 そういうところはヤマトも同じようだった。


「呪いではずれの町に大量の死体を作り出し、その死体を魔法陣を利用した特殊なスキルで『ゾンビ』に作り変え町を破壊させた。――これだけで終わるならジュエリーは相当の猟奇的殺人犯ってことで済むんだろうが」


 彼の言いたいことは分かる。ジュエリーの企みがこれで終わるはずがないとヤマトは考えているのだ。

 その懸念は俺の中にもある。彼女が猟奇的というのは間違いないのだろうが、何か矛盾も感じていて。


「実際にあいつと顔を合わせたお前らはどう思う?」


 ヤマトが俺たち三人に意見を求めてきた。


「まあちょっと変だよね」


「あ、ステラもまたまたそう思う?」


「苦労に対価が見合っていませんね」


「「それだ!」」


 トオルの言葉に俺とステラが声を揃える。


 その通りだ。あのジュエリーが採算の取れない行動をするはずがない。ポーションを大量に購入するためのお金を用意して、はずれの町を大混乱に陥れるだけの魔力を消耗し、計画を阻止されるかもしれないというリスクまで背負ったのに、彼女が何も手に入れないまま引き下がるとは思えなかった。

 私怨や鬱憤を晴らすためだけに投資する女ではない。


 あいつは必ず、この策謀の果てに何かを求めている。

 彼女が愛してやまない金のような。


 つまり――。


「――つまり、まだ何かあるって訳だ」


 地下の暗闇に視線を遣ってヤマトは目を細めた。


 罠か、はたまた次の一手か。

 どちらにせよ簡単には進めないはず。


 自然と俺も表情を険しくした。隣でステラとトオルの息を呑む音も聞こえる。静寂の中に漂うのは緊張感だけ。

 その空気を刺激しないような穏やかな声でヤマトが口を開く。「沙智、ステラ、トオル、よく聞いてくれ」と。


「俺は『勇者』で、こいつらは『勇者』の仲間だ。だからまだ呪いで死んでいない住民がいる可能性を考えて進まなきゃいけないし、この先にいる危険因子も放っておくことはできない。――だがお前らは違う。お前らは巻き込まれただけだ。それなのにたくさん協力してくれた。充分だ」


「ヤマト?」


「ここは俺たちに預けてジェムニ神国に向かったらどうだ?」


 ドキリとした。それはとても魅惑的な提案だ。何も考えずに飛び付きたくなるほどキラキラと輝いていた。

 僅かな沈黙。その間にヤマトは色々思い出したのか力強く言い直す。


「俺はそうするべきだと思う」


「――――」


 また沈黙が流れた。


 ステラとトオルは気づかわしげに俺を見ている。俺の弱さ臆病さを知っている二人は俺に判断を委ねたようだった。

 二人の目はヤマトと同じだ。もう充分頑張ったよと言ってくれている。


 だが、それで良いのだろうか?


 分かっている。俺が付いて行っても足手纏いになるだけだろうし、俺だけができる役目がある訳でもない。

 そんなことは分かっているのだ。


 それでも俺はもう自覚してしまった。


 頑張りたいと願ったのは『霧の怪物』だ。

 その霧の正体は間違いなく俺だった。


「なあ、ヤマト」


「――――」


「俺は、俺はさ」


 ――そうだ。今だけは憧れた物語の主人公のように。


「――行く」


 胸に手を当てて小さく発する。それを見たヤマトは目を丸くしたあと、「なら守ってやるよ」と爽やかに微笑んだ。


【ハチ公】

ハチ公「にゃあ」

ステラ「うんうん」

ハチ公「にゃあ」

ステラ「そうなんだ!」

ハチ公「にゃあ」

ステラ「大変だね!」

沙智「ハチ公何言ってるの?」

ステラ「さあ?」



※加筆修正しました(2021年5月21日)

表記の変更

ストーリーの変更

サブタイトル変更


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