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これは俺が勇者になるための物語  作者: 七瀬 桜雲
第五章 スターツ自然保護区
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第二十四話 『小さな箱を探しに行こう』

◇◇





 ハイエナの襲撃を受けて、三日目の夜。

 互いにハイエナとの関与を疑うエルフとダークエルフは、今なお『均衡ライン』を挟んで対峙していた。両者ともに攫われた仲間の捜索にも当然人員を割いているのだが、その間に寝首は掻かれまいと大半をこの白線付近に駐兵させていた。

 ほんのふとした拍子で、彼らは戦争を始めてしまうのだ。


 その様子を一本木の丘から眺める二つの影があった。


「ようハロルド、もう戻ってきていいのか?」


「ええバジルさん、護衛隊にはエルフより先に行方不明の聖女様を確保したいと言ったら、すぐに単独行動を認められましたよ。ダークエルフの聖女は、エルフの勇者に唯一対抗できる存在だと、勝手に期待されてますからね」


「アルフという兎の少女についてはどうだ?」


「問題ありません。ダークエルフたちは、アルフさんに襲撃犯と策謀を巡らせることができるほど能はないと判断しています。きっと、他のダークエルフたち同様に襲撃犯に攫われたのではないかと。ですから、まあ大丈夫です」


「そりゃあ、不幸中の幸いだな」


 秘密裏に接触していた、青年隊のバジルと護衛隊のハロルドである。

 穏健派の二人は、沙智らとは別口で両種族の対立を押さえ込んでいた。


「つい先刻、ベリンダ以下数名がダークエルフ領への奇襲を画策していた。スコットのお陰で何とか抑え込めたが、そう時間はないぞ」


「ええ、何としてでもこの衝突を防がなければ」


 衝突が起これば、それが引き返せない一線となる。

 それが二人の共通の認識だった。


 五年前に死んだ弟のためにも、そして弟と一緒に苦しんだ少女のためにも、この衝突だけは避けねばならない。そう思いを強くするハロルドはふと、対立の現場にいると思っていた人影がいないことに気づいて、同士に問いかけた。


「ところで、エルフの眼は?」


「ああ、姉御か?」


 ハロルドの問いに、バジルは苦虫を噛んだような表情をする。

 それから姉と同じ色の髪を掻き毟って、唾を吐くように。


「――襲撃の主犯格とされるバリーという男の特徴を聞くなり、難しい顔をしてどっか行っちまった」


 結界の向こう側を見て、そう吐き捨てた。





◇◇  沙智





「――メデューサ」


 厩舎の藁部屋に鳴った声は、部屋にいる者に然したる驚きを与えなかった。

 ステラとソフィーは互いに顔を合わせて首を傾げ合い、トオルはこれまでの内容と同列に考えてメモ帳にすらすらペンを走らせるだけ。アルフに至っては、途中から理解を諦めて、ルビーの鼻先を突いて暇を持て余している。

 誰も、レイファの言葉の重大性を理解していなかった。


 ――彼女と同じ異世界人である、俺だけを除いて。


『わしが知っとるのはこれくらいじゃ』


「ありがとう、レイファ」


『よう分からんが頑張れよ、じゃあの』


 藁の上に戻された『オータイ』の通話は途切れて、内側から文字を浮かばせていた液晶の光はプツリと消えた。代わりに黒ずんだ液晶には、俺の表情が映った。

 まるで世界がひっくり返ったような衝撃に固まる、俺の瞳が映った。


 神獣『玄武』を石化した何者かがいるのだという前提で、俺たちは犯人を探そうとしていた。願わくば、その犯人がエルフでもダークエルフでもなければと。

 だが、違う。全く以て、そうではなかったのだ。


 俺たちは、大きな考え違いをしていたのだ。


「お兄さん、メデューサとは何なんです?」


 俺の瞳に浮かぶ驚愕の色を目敏く見つけたトオルが、俺に問いかける。

 遅れて全員の視線が、唇を固く結んだ俺の表情に集まる。


 この衝撃が、ふとした弾みで破裂してしまわないように。

 俺は驚愕を鎮めながら、丁寧に口を開いた。


「メデューサは、俺やレイファの世界にある伝承の魔女だ。実在はしない。ゴルゴン三姉妹と呼ばれる姉妹の末っ子で、瞳は宝石、髪の毛は毒蛇」


「何それ怖いー!」


「その最大の特徴は、見た者を石に変える力だ」


 俺の発言を、ソフィーらは真剣な表情でゆっくり咀嚼する。

 サクが、その名を巨大な亀に付けようとしたことの意味を。


 次第に、彼女らの表情に衝撃が差し込んで。


「ちょ、ちょっと待ってえ」


「――――」


「石化能力を持ってたのはあ、まさかあ」


「――――」


 俺たちは、大きな考え違いをしていた。


 最初から、神獣を石化させたエルフなんていなかった。

 最初から、神獣を石化させたダークエルフなんていなかった。

 あの神獣を、石化させたのはつまり――。


「カメさんの方ってことお!?」


 つまり、神獣自身だ。


 衝撃の可能性に一同は愕然と固まる。

 メデューサは、見る者を石に変容させた。そんな存在と巨大な亀の名をサクが紐づけたのは、果たして体の一部が蛇という共通点だけなのか。

 現在の神獣を姿を見たら、それだけとは思えない。


 あったのだ。あの神獣にも。

 生き物を、石化する能力が。


「でも、なぜ神獣にはそんな摩訶不思議な力があったのでしょう?」


 沈黙の中、恐る恐るトオルが口を開く。

 それは信じられないものを否定したいというより、神獣の魔法のような能力を信じるための確証を欲しているように聞こえた。

 そして、その問いに対してはステラが答える。


「これは推測だけど、食事に必要だったんじゃないかな?」


「食事にですか?」


「特殊な食性を持っていたってレイファも言ってたでしょ。『玄武』はその巨体が故に、小さくてすばっしこい獲物を狩るのに苦労した。だから獲物を石化することで動けなくして捕らえ、何らかの方法で解除してから口に運んだ。どうかな?」


 ステラの推論に、一同が顔を見合わせて大きく頷く。

 狩りの手段としての石化、充分にあり得る話だ。


 あるいは、その石化の役割を蛇が果たしていたのかもしれない。日中に活動する亀のために、三本の蛇が夜行性の小動物や魔獣を石化して捕らえておく。そんな生活様式だったのならば、魔獣の巣窟たる森に夜中は出歩かないエルフやダークエルフが、神獣『玄武』の石化能力について何も知らないのも頷ける。


 ただ、一つ疑問なのは――。


「でもさ、おかしくないー?」


「何です、ほえ子?」


「それだと神獣は自分自身を食べようとしたのー?」


 白兎の指摘は、皆が同様に抱える疑問だった。


 石化能力を有していると推測される神獣『玄武』が、現在石化しているという本末転倒な事実。神獣を石化させたのがエルフでも、ダークエルフでもなく、神獣自身だったならば、なぜ自分を石化させるような間抜けな真似をしたのか。

 そこに納得のいく回答が思い浮かばなかったからこそ、レイファは不確かな言及を避けたのだろう。それが、一度目の呟きの後の空白に違いない。


 俺は小指を抓んで目を瞑り、深い思考の海へと一人潜り込む。


「――何かが、あったはずだ」


 何か、何かがあったはずなのである。

 予期せぬ何かで、過って自身を石とした。

 さもなくば『玄武』は大間抜けだ。


「――何かが、あったはずだ」


 八百年前。エルフ。亀。石化の真実。結界。

 ダークエルフ。蛇。昼と夜。変わった食性。


 様々なキーワードを思い浮かべながら、考える。

 石化能力を持つメデューサを、石化するにはどうすればよいか。

 石化能力を持つ神獣を、石化するにはどうすればよいか。


「――何かが、あったはずで」


 いつものように、散っていた可能性のピースを、一本の糸が鋭く貫き留めていくような感覚はなかった。圧倒的に、情報が足りない気がする。


 そもそも、今回の思考は今までとはまるで形質が異なる。

 対ギニー戦の時も、赤の大魔王攻略戦の時も、流れ星大作戦の時でさえ、そこにあるものを自由に使った未来の創造だった。転がっている積木を自由に積んで良かった。形には拘らなかったのだ。目的となる天上に届きさえすれば。

 言ってしまえば、その時その瞬間に閃くかどうかの問題だ。


 今回は違う。今回は過去の再構築で、自由なセンスなんて寧ろ邪魔だ。

 過去にどのような形で積木が積み上げられていたのかを、転がっているパーツを見るだけでトレースしなければならない。寸分狂わずに積む必要はないが、重要な部分、ストーリーの芯だけは完璧に捉えなければ、それは失敗作だ。

 その上情報が、本来あったはずの積木がないのだから、難しくて当然だ。


 ふと瞼を開いて、左隣に視線を遣る。

 小さなエルフの少女は――。


「――ぃ」


 唇を千切れるほど噛んで、必死に思考の中にいた。


「――――」


 もう少しだけ、踏み込んで考えてみよう。

 俺は目を開いたまま、自分の思考に戻る。


 メデューサの場合、その宝石の瞳を見ることで石になる。見た者の恐怖心でそうなるのか、あるいは目から何か恐ろしい物質が放射されているのか。

 だが、見なければならない。彼女の瞳を見なければ、石化はしない。事実、彼女が討たれたのは、神が鏡を使って彼女の瞳を見ないようにしたからだ。


 ――見るとは、つまり何だ?


 俺は藁の上に置かれた『オータイ』の液晶に映るもう一人の自分との間で、一人自問自答を繰り返した。


 ――見るとは、つまり何だ?


「目を合わせること」


 ――見るとは、つまり何だ?


「認識すること」


 ――見るとは、つまり何だ?


「光を受け取るこ――」


 声は、途中でピタリと途切れた。


 俺は、目が合っていたのだ。

 黒い液晶に映り続ける、思考する瞳と。

 自分を反射する、光の像と。


「――――ッ」


「さ、沙智?」


 突如、雷のように強い衝撃に打たれた俺は、急に立ち上がって皆を驚かせ、藁の部屋から勢いよく飛び出た。その勢いのままに左肩を厩舎の壁にぶつけ、廊下を思い切り駆け抜ける。最後には、厩舎の腐った戸を果実の裂果のように開け放った。


 突き動かしたのは、一心不乱の衝動。

 体の奥底から求める、強い探求心だ。


「――ぃ!」


 そして、空を仰いだ。


 綺麗な空だと思う。午後七時を過ぎた晩秋の夜空には、深い黒の布地に、魔法花の淡い紫苑を絞って染色したような、繊細な美しさがあった。閉ざされた暗色の中に、どこまでも澄み渡った世界があり、永遠とも思える広がりを感じた。

 だが、その綺麗な夜空には、どうしてもあるはずのものがなかった。


 いや、夜空に限った話ではない。

 その感覚は、いつだってあった。


 ――あー、結界の中ってあんまり朝って実感しないな。


 ――いんや、あるはずのものがない気がして。


 魔法花が足元に眩しい星空を描いていたせいで、異種族の暮らす閉ざされた奥森が別世界のような空気を生み出していたせいで、ずっと、ずっと、俺たちは気づかなかった。だけど、体だけははっきりと、失われた感覚を覚えていた。

 ないのだ。どこを見渡しても、空にあるはずのものが。


 厳しい表情で空を睨む俺の隣に、小さな少女が並ぶ。

 俺はその少女に、視線を合わせず尋ねた。


「ソフィー、この里には月も太陽もないのか?」


「あ」


 この里から星々が見えない理由。

 そのことに、俺はある種の確信を持って問いかけた。

 それこそが神獣を石化させたと、確信を持って。


 少女は、少し寂しそうに答える。


「結界のせいだよお。この里の結界ってえ、外から見つけられないように鏡みたいになってるのお。森の自然物だけを反射してえ、そこに結界なんてないんだよってカモフラージュしてるんだよお。だから里の内側から星の光は見えないのお」


「あれ、でも木々が透けて見えますよ?」


「あれはただの模様。透けてる訳じゃないのお」


 満点の星空を拝めないとは何とも悲しいことだが、別に憐むために尋ねた訳ではない。そこに確信があると信じて、尋ねたのだ。

 実際に、少女の返答の中に、俺の欲しかった単語はあった。


 くるりと俺は向き直る。

 俺を追って飛び出したのは、ソフィーにステラにトオル。

 ここにいないアルフには後で話せばいいだろう。


「一つ、仮説がある」


 指を一本立てた後、俺はゆっくりと結界入り口へ歩き出した。

 無論、思い浮かんだ仮説を口にしながらである。


「まず、神獣『玄武』は石化ビームを放つことができた」


「何ですか、石化ビームって」


「露骨に呆れるなよトオル、続けるぞ」


 この際、俺のネーミングセンスには口を噤んでもらおう。

 俺がビームと呼ぶのは、その方が分かりやすいからだ。


「『玄武』が石化ビームを放てたのは、ステラの推測通り、自分よりも小型で素早い得物を確実に捕らえるためだろう。その役目はきっと三本の蛇が担っていた。夜の間に蛇が獲物を石化して動けなくし、日が出て亀が活動する時間になったら、何らかの手段で石化を解除して喰らっていたんだ。無論、魔獣の巣窟たるスターツ自然保護区の森を夜には出歩かないエルフらは、蛇の石化ビームを知らなかった」


 なるべくゆっくりと説明して、俺は結界入り口の蛇の石像に触れた。

 それから星のない夜空を仰いで、僅かに悲しく声色を変えた。


「八百年前の夜も、そうだったんだろうな」


「沙智さん?」


 俺は、石像から手を離すと、踵を返してまた少し歩く。俺の声に悲哀を感じ取って瞳を潤ませる繊細な少女の両肩を掴んで、俺は口を開いた。

 丁寧に、はっきりと、少女が自分で結論を出せるように。


「良いかソフィー。もしもだ。もしも蛇が獲物に石化ビームを浴びせようとしたタイミングで、その間に巨大な鏡ができたらどうなる?」


「それはあ、石化ビームが反射されてえ――」


 そう答えかけた少女の唇が、不意に途切れる。

 可憐な顔に、様々な感情がじわりと広がって。


 石化能力を持つ神獣を、石化するにはどうすればよいか。

 得物を見つけた神獣が石化ビームを放ち、それを知らないエルフとダークエルフが同時期に偶然、森の自然物だけを反射する結界を構築する。

 太陽光のように自然物と認識された石化ビーム。結界表面に反射されて、まっすぐに折り返していった先で何に当たるかといえば。


 石化ビームを放った神獣、そのものだ。 

 それが意味することは、即ち。


「まさかあ」


 衝撃、動揺、様々な感情が織り成す魔法花の紫苑色の世界。

 その地上に咲き誇る星空から、何も輝かぬ空を指差して。


「――神獣『玄武』を石化したのは、里の結界だ」





§§§





 一通り語り終えた後、俺たちは早足で厩舎の藁部屋へと戻った。今になって、一人残してきたアルフがまた迷子になっていないか心配になったのである。

 なお俺の仮説に関しては、皆から一定の評価は貰ったのだが。


「結局、神獣の石化を解く方法が分からない、か」


 仮説が如何に真実と近かろうと、エルフとダークエルフが聞き入れてくれなければ意味がない。彼らの猜疑心は本物だ。それを引っ込めさせるには、実際に石化を解いて、俺たちの仮説が本物だったと証明する必要がある。

 ところが問題の、どうしたら石化が解けるのかという部分に関して、俺たちはあまりにも無知だった。情報が足りなかった。


「沙智、あんたのアンテナビームで石化解いてよ」


「無茶言うな!」


「や、やってみるう?」


「ソフィーはアホ毛を作ってからにしましょうね」


 そんなこんなで話しながら藁部屋前に辿り着き、アルフが寝そべっているのを発見して一安心。同時に、その呑気な雰囲気に若干の苛立ち。

 アルフは、難しい表情の俺たちに、陽気に尋ねてきた。


「どうー? 何か分かったー?」


「いや、結局『玄武』がどうやって石化を解除していたかが分からない限り、袋小路なのは変わらない。まさか岩のまま食べてたとは思えないしな」


「ふーん」


 なお、今のは冗談で言ったのだが、本当に岩のまま咀嚼していた場合は、最悪石化を解く方法が存在しない可能性もある。

 あまり考えたくないが、その場合はジエンドだ。


 渋い表情をする俺に、アルフは少し拗ねた表情でごろりと寝転がって、手持無沙汰に足元の黒い段ボール箱を蹴った。それから、明後日を見て一言。


「レイファ以外に昔のこと知ってる人がいればねー!」


 まるで何かを言いたげに、そう宣った。


 兎の足元で弾んだ段ボール箱に、ぬいぐるみ姿のルビーが貼り付く。

 その様子を無言で見つめていた俺とステラとトオルの三人は、ゆっくりと、しかし確かに、内側から溢れ出る数日前の記憶に表情を歪めて。

 そして噴き出したマグマのように、一斉に叫んだ。


『あああああああああ!!』


「な、なあに!?」


 あった。人ではないが、過去を知っている者が。

 天敵を追い払うため、歴史を記憶する箱型生物。


「――あの時の『ビックリボックス』!!」


 このスターツ自然保護区には、あるヘンテコな魔獣が生息する。

 手に収まるほどの黒いキューブ状で、生き物とは到底思えないビジュアルのそれは、冒険者の間では倒すと膨大な経験値を貰えるレア魔獣と知られている。木々の根元で生活し、コロコロと拙く移動するのだ。またメルポイという極上の果実の近縁種でもあり、一部地域には肝と一緒に煮込む郷土料理まで存在しているそうだ。


 そんな摩訶不思議な箱型生物は、極めて珍しい生態を持っている。

 過去に起きた恐ろしい光景を記憶し、天敵に襲われた時にはその光景を立体映像として展開して追い払うというのだ。


「そうだ『ビックリボックス』、あの魔獣だよ!!」


 目前の藁の上に転がる黒い段ボール箱は、あの珍妙な魔獣との邂逅の記憶を俺たちの脳裏に強烈に蘇らせた。記憶の中の黒い箱の中には、千年生きた悪魔ですら知らなかった、現状を打開するためのヒントが仕舞ってあるはずなのだ。

 俺たちが願い求める、運命の輪廻を突き崩す可能性の雫が。


 その記憶の煌めきに高揚したのは俺だけではなかった。俺と顔を合わせて力強く頷いたステラとトオルの瞳にも、爛々と輝く希望の光があった。

 とても細く、だけど確かに目前に開かれた道への、喜びがあった。


「ど、どぶ汁の話い?」


「だから私の人脈をー!!」


「シャラップ!!」


 あの場面で一緒にいなかったソフィーや察しの悪いアルフの言葉を、俺は手を叩いて強い口調で遮る。その続きを請け負ったのはトオルだ。


「いいですか! 私たちはエルフの里に招かれた当日、森で一頭の『ビックリボックス』と出くわしました! 私たちが森で逸れたのも『ビックリボックス』の威嚇映像のせいなんですが、問題はあの魔獣が映し出したものです! 巨大な二対の蛇が頭上で獲物らしき何かを噛み潰した瞬間――もしもあれが、神獣『玄武』の貴重な食事シーンを記録したものだったなら、映ってるかもしれないんですよ!」


「あ、ああああ!」


「――ええ、神獣『玄武』が石化を解除する瞬間が!!」


 両手の拳を胸の前で小さく振るって、トオルが声を弾ませる。普段は落ち着いた調子の彼女が、これほど興奮した様子なのは珍しかった。

 難しそうな表情で白い耳を傾けていたアルフも、ステラから補足で説明を受けると、一気に表情を明るくした。


 あの箱型カメラ魔獣が映し出した「二対の蛇」は、まず間違いなく神獣『玄武』の尾から生える三本の蛇の内の二本だろう。無関係とは思えない。

 もしも本当に、あの立体映像に神獣『玄武』が石化を解除する瞬間が映っているとしたら、それは盤面をひっくり返す可能性の一手だ。実際に神獣『玄武』の石化を解除できれば、結界の反射で神獣『玄武』が石化したという説をエルフとダークエルフは信じることができるだろう。それは即ち、両種族がお互いに向けていた悪感情の始まりを解くことに繋がり、エルフとダークエルフは前へ踏み出せる。その関係は恐らく最初はぎこちないだろうが、ハイエナという共通の敵を撃退していく中で、お互いをちゃんと見て、知って、本物へと昇華させていくだろう。


 そしていつか、真っ暗に思えた盤面が白く光り出す。

 全てがひっくり返って、真っ白に。


「ふふふ」


「いけますね」


「うん!」


 幸い、『玄武』に関する記憶を持つあの『ビックリボックス』には俺がステラから借りた短剣で傷を付けている。それは、森を探す上で、他の個体と差別点になるだろう。意図した訳ではなかったが、好都合だ。


 俺たちは顔を見合わせて不敵に笑い合う。

 探すと決まれば時間が惜しい。エルフとダークエルフは直に衝突する。そこが両種族にとって、俺たちにとって、引き返せない一線となる。

 即ちそれが、和睦の可能性を芽吹かせるタイムリミットだ。


 俺たちは力強く頷き合って――。


「よっしゃー、このアルフが見つけてやるのだーぜ!」


「待てい、お前は絶対に里の外に出るな!」

「お願いだから留守番してて!」

「偶には弁えてください、ほえ子!」


「おざなりぃー!!」


 一斉に、吹き出したのだった。


※2020年12月2日  「――あの時の『ビックリボックス』!!」以降を加筆しました。

          サブタイトルを変更しました。


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