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これは俺が勇者になるための物語  作者: 七瀬 桜雲
第一章 はずれの町
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第十七話  『勇者が弱いはずがない』

 潮目が変わったので合流を。


 具体的に何がどう変わったのか尋ねる必要はなかった。周囲で起きている異変を見れば一目で分かる。状況が一気に動いてしまった。

 フィスやステラがいる情報屋は噴水広場西出入口から手作り感溢れる看板が立つ町の玄関までの直線状にある。本来ならば数分走れば着く距離なのだが、そう容易くなさそうなのも潮目が変わったからだと言えるだろう。


『ワタシトデートヲー!』

『ナマニククイテェェエ』


 ――そら、また来た。


「デイジーさん! いやデイジー様! 前お願いしますー!!」


「その呼び方良いな。もう一度――」


「デイジー様ああああ!! お願いしますうううう!」


 前方の曲がり角から二体。飛び出してきたのは元はずれの町住民の『ゾンビ』共である。妙にテンションが高くて変なことを喋っているが、彼らに意思は残っていない。ただ命ある者に嫉妬し襲い掛かって来るだけだ。


 そう、目下この『ゾンビ』共が障害なのだ。


 問題は彼らが不死性を持っていること。いや、一度死んでいるのだから不死性と言うと変かもしれないが、ともかく倒せないのだ。何でも『ゾンビ』を倒すには魔法や特殊なアイテムが必要らしい。

 だが残念なことに「ビエール作戦班」の俺たちにはどちらもなかった。そうなるとできる対処は必然的に、脚を狙って行動を封じるというものになる。倒すことはできないが、これで追っては来られなくなるのだ。


「――ああ、爽快感がまるで足りないいい!!」


 倒せないというのは戦闘凶にとって苦痛らしい。


 今はまだ、問題のビエールゾンビが自身の体に馴染めていないためか追って来ていないので対応し切れる。

 だが追いかけて来られたら――。


「だから今のうちに情報屋まで逃げ切るぞ!」


「にゃあ!」


 俺の叫びにハチ公が力強く鳴いて答えた。


 先頭は黒猫ハチ公だ。嗅覚を頼りに『ゾンビ』の少ない道を選んで案内してくれるというファインプレー。正直俺より有能だ。

 ただハチ公の案内があっても完璧に戦闘を回避できる訳ではない。そういう時は二番目を突っ走るデイジーの――訂正する、デイジー様の役目だ。新しく手に入れた大剣片手に嬉々とした表情で突っ込み敵を排除してくれる。

 俺とトオルを抜かして最後尾が仕事人アリア。追いかけてくる敵を軽やかなステップでいなし、一切の追撃を許さない。


 ――遅れたら俺だけ餌食になりそうだ。


「くっそ俺もステラみたいな魔法が使えたらな!」


「TIPS『オーブ』というアイテムで魔法の適性を増やすことができるぞ。君もこれで魔法使いへの一歩を踏み出そう!」


「よく分からんけどそのアイテム俺に下さいな!」


 俺も魔法が使いたい。危機に対する防衛手段の必要性というよりはファンタジーへの憧れが勝ったような叫びが思わず出た。

 とても興味深い情報である。今が非常事態だとしても問い詰めたいほどに。だが今は高揚する気持ちを押さえなければ。


 あとでステラに聞こう。


 密かに決意する俺に声が投げかけられた。


「魔法がなくても戦えますよ、お兄さん」


 俺の隣を走る桑色髪の少女トオルである。


 そりゃあデイジー様やアリアのような腕があれば戦えるだろう。そう考えながら胡散臭いものを見るような目で、俺とさしてレベルの変わらない少女を見る。

 トオルはくすりと笑うと、ズボンのポケットから灰色の小石を取り出した。何のつもりだろうかと俺が見つめる中、そのまま急ブレーキをかけて体を捻り、後方の敵へ向けて右腕を大きく水平に薙いで。


 そして、一言。


「――『砲撃』」


「ええええ!?」


 俺はその一瞬の出来事に目を疑った。小石が紫苑の魔力を帯びたかと思うと、まるでレーザーのように『ゾンビ』の一体を貫いたのである。

 小石を投げただけとは思えないほどの破壊力。申し分ない威力だった。


「何だ今の! お前何した!?」


「普通スキルですよ。魔法スキルと違って身体能力を向上させる普通スキルなら才能に左右されずに使えますよ?」


「初歩スキル」


「TIPS魔力を込めて物を投げる練習をしてみよう。何度か投げ続ければ簡単に『砲撃』スキルを習得できるぞ!」


「馬鹿にしてんのか!」


 このやり取りは以前もどこかでした覚えがある。確かステラが「ジャンプすればスキルをゲットできるよ」などとほざいたのだ。

 当時の言葉を繰り返そう。もう少し夢のある修行法が良い。


 俺が頬を膨らませると丁度同じくしてハチ公が鳴いた。


「にゃあ!」


「そろそろ情報屋だな!」


 デイジーが嬉しそうな声を上げる。どうやら幾ら切り伏せても絶命しない敵との戦いが本当に苦痛だったらしい。

 だがハチ公の鳴き声は本当にそういう意味だったのだろうか。


 アリアが背後へ冷たい視線を遣る。

 そこから声はやって来た。


『――逃ガスカテメエラアアアアアアアアアア!!』


「ビエール!?」


 後方二十メートル程。他の『ゾンビ』共を押し退けて猛烈な勢いで追いかけてくる彼は、未練がましく怨念に息づいていた。

 その青黒い両手には籠手。デイジー様に奪われた武器の代わりをしっかりと装着して、目を血走らせて追いかけてくる。


 ゾッと背筋に寒気が走った。


「本当何なんだよ! いい加減諦めろよ! そもそも何でお前だけは元のレベルのままで、しっかり意識が残ってんだ!」


「どうやらユニーク個体に転生したらしいな」


 ギシリと奥歯を噛んだ俺はトオルの投撃に混ぜて小石を投げつけた。魔力も込めていない小さな石はヤケクソだ。

 アンデッドとなって簡単に倒せなくなった分性質が悪い。あるいはステラなら風魔法で対処できるのだろうが。


「――――!」


 曲がり角だ。ここを曲がれば情報屋の正面通りへまた戻れる。そうすればステラやフィスと合流できるはずだ。


 風を切って曲がり角を駆け抜ける。必死に走った。追い付かれたら一貫の終わりだと本能が告げている。あの地獄から馳せ参じた悪魔から逃げ切るには一滴のエネルギーさえ無駄に浪費できない。

 そんな決死の思いだったからこそ――。


 その頼れる声は一段と清廉に感じた。


「よう、お前ら」


「ぁえ?」


「積もる話はまた後でな」


 ハッと顔を上げた瞬間、思わず安堵の声が漏れる。


 清らかなる氷冷の気。怒りや悲しみといった俗的な人間心理が入り込む隙間なんて見当たらないほどに完成された命の輝き。その肩に背負った群青は、無と美だけが螺旋に絡み合う、どこまでも透き通った極限の世界を生み出した。

 なのに彼の自信に満ちた笑みには、人を安心させる温かさがあって。


『テメエ勇者ヤマトカアアアアアアアアア!』


「――すぐに終わらせる」


 また俺は潮目が変わるのを感じた。





§§§





 俺はアリアに腕を引かれて近場の空き家にお邪魔させてもらった。蜘蛛の巣の張った窓ガラスから通りが見える。青黒く変色したビエールと、それと向かい合う群青の勇者ヤマト。さしものビエールも、あの清廉な輝きを前にすれば、無視して俺たちを追うことはできないようだった。

 それは良い。それは良いのだが――。


 ――どうなってるんだ、これ?


 視界に映ったのはヤマトの奥。

 ボロボロ半壊状態の情報屋だ。


「それも後でってことだよな。ヤマト」


 目を細める。始まるのは『勇者』の戦闘だ。


「――――」


 ヤマトは最初『白犀』を切った時と同じように青銅の剣を鞘から抜いた。初速はそれほどない。籠手を装備したビエールの拳と数回打ち合う。

 麦色を背景に赤い火花を数度散らして、二人はまた距離を取った。次の瞬間、ヤマトの右手が二本目――黒い鞘の剣に触れた。


 ビエールが背を屈め、警戒を露わにする。


『ソノ剣ヲ抜クツモリハナイノカト思ッテタゼ』


「悪かったな。謝罪するよ。そこらのと一緒かと思って侮った。本命のために魔力を残そうだなんてお前には失礼だったな」


『――――』


「俺の勝ちだ。――アメノハバキリ!」


 明らかに二人の雰囲気が変わったのを遠くからでも感じた。


 ヤマトの両手で支えられた黒い鞘の剣。水平方向にゆっくりと引き抜かれて、その刀身が徐々に陽光を浴びる。麦色の世界の中で青白く輝くその刀身は何よりも美しく繊細で、あらゆる邪気を払わんとする神々しさがあった。その美しさに左側でデイジー様がうずうずし始め、敵であるビエールですら笑みを浮かべた。

 特別な剣なのだろうかと考えていると、右側のトオルから「あれが噂の聖剣ですか」という感嘆の声が聞こえてきた。


 ――聖剣。何か格好良い!!


『ソノ青イ魔力。聖属性カ。ゾンビノ体ニモ効キソウダ。ダガ先ンジテノ勝利宣言ナド、結局テメエハ俺ヲ侮ッタママジャナイノカ?』


 もう終わりだと宣言されて気分を害した様子のビエールに、ヤマトは「一次元の動き」と小さく呟いて、聖剣を構える。

 切先を敵へ向けて背後へ腕を引き、そこから凄まじい速度でロケットのように突進。全身全霊の突きによる一撃である。


 だが一撃は、ビエールは首筋近くでギリギリ防がれた。


『攻撃ガ直線的ダゼ! 如何ニ鋭イ突キデモ軌道ガ読メル!』


 駄目だったかと俺は落胆したが、ヤマトの顔色は変わらない。今度は「二次元の動き」と呟いた後で『加速』と付け足した。

 瞬間、ヤマトは人の脚力の限界を超えた。瞬きの間に視界から消え、風を切って隼のように通りを走ってビエールを撹乱する。少なくとも俺には何も見えない。砂埃が舞って、そこに足をつけたのだと分かる程度だった。


 しかしこれも防がれる。


『所詮ハ速クナッタダケダローガ!!』


 右の籠手で振り下ろされた刀身をガード。驚くことに、ビエールはヤマトの剣筋をまだ追えているようだったのだ。

 ヤマトがざざっと背後へ飛び退く。


 ――駄目だ。ビエール前より強くなってないか!?


 明らかにデイジー様と相対した時より強くなっている。このままだとまずいのではと思って左側の二人を見遣ると――。

 デイジー様もアリアも平然とした表情のままだった。


「三次元の動き」


 ヤマトの表情も変わらぬままだった。


『アア?』


「――剣は生きる!」


 力強い宣言と同時にまたヤマトがその場から姿を消した。また相手を撹乱する作戦のつもりだろうか。

 だがそれは見切られているはずだ。


『テメエノ剣ハモウ死ンダ!』


「なら捌いてみろよ。伸ばせ。――アメノハバキリ!」


『何! 剣ガ伸ビタダト!?』


 ビエールの驚き声と一緒に俺も目を見張った。ヤマトの聖剣が一際強く青色に輝いたと思ったら、その刀身がまるで蛇のようにしなやかに伸びたのである。砂埃が舞った場所にヤマトがいると思ってビエールが対応しようとしても、聖剣の切先は全く予期せぬ方向から飛んで来る。

 まるで刀が生きているかのようで。


 ヤマトの動きと伸びる聖剣の動き。

 それを同時に見るのは無理だった。


「――ユニークスキル『果て無き剣』」


「え?」


 デイジー様が戦闘を眺めながら呟く。


「あいつは自分が持っている聖剣を自在に伸縮させることができる。その伸縮幅はレベルに応じて大きくなり、現在レベル42のヤマトが使えば、優に三階の窓まで届くほどだ。――切先の動き、ヤマトの動き、刀身の動き。処理するタスクを多くなればなるほど、相手は難しい対応を余儀なくされるのだ」


「おおー!」


「いいなビエール! ずるいなビエール!」


「お、おう」


 デイジー様が涎を垂らしている間にも、ヤマトは光のような速さで絶え間なく所在を動かしながら、徐々にビエールを追い詰めていく。

 剣自体の軌道、剣を持つヤマトの軌道、そして命を得た刀身の軌道。常識外れの速度で襲い掛かる白銀に、遂にビエールが膝を付いた。


 もう、あの男の――。


「お前はもう、ついて来れねーよ」


 ビエールの敗北は決定された。

 彼はもう背後から迫る凄絶な青に気付けない。


『ヤマトオオオオオオオオオ!!』


「――『聖撃』!」


 鋭く青が切り裂いて今度こそ男は終わる。その醜悪な叫びが残した余韻はあっという間に風に運ばれて消えていった。

 呆然と立ち上がる窓際の俺たちに、蛇のような刀身を黒い鞘へと納めたヤマトはゆるりと振り返って、爽やかに笑う。


「悪いなお前ら」


「お」


「思ったより時間が掛かっちまった!」


 その屈託のない笑みに――。


「お前、背中にジェット機でも積んでるのか?」


 俺はそう尋ねるのがやっとだった。


【レベル】

沙智「へへーん! 俺のレベルが5に上がった!」

ステラ「逃げてる最中に『ゾンビ』に石投げたんでしょ」

沙智「因みにこの世界の平均レベルってどのくらい?」

ステラ「一般人でレベル10前後、冒険者ならレベル20前後かな」

沙智「じゃあ俺はこのくらいでいいや」

ステラ「また『白犀』狩りに――」

沙智「いえ謹んで辞退させていただきます!」



※割り込み投稿しました(2021年5月21日)

ストーリーの分割


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