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これは俺が勇者になるための物語  作者: 七瀬 桜雲
第五章 スターツ自然保護区
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第十八話  『襲撃報せる鐘を鳴らそう』

『――――――――!!』


 遠くの鐘が荒ぶる。感謝祭の夜に鳴った音色とは全く違う。打つ人の、焦りをふんだんに波及させる。


「――何だ?」


 十一月十八日。ソフィーが「戦い」を誓った運命の日の朝。俺としては、今日一日はずっとソフィーに付きっ切りでいたかったのだが、午前中だけ、アルフの捜索状況を確認するために、青年隊基地へ向かう予定を入れていた。

 鐘が聞いたことのない音色をあげたのはその道中だ。


 よく響き渡るようなカランカランという甲高い音。でも気分としては脳を揺らす警報を聞いているみたいだ。


 ――まさか。


 勿論脳裏を掠めるのは、あの小さなエルフである。


 エルフとダークエルフの聖獣様を巡る不信感は、あらぬ疑いを小さな子供たちに向けて、遂には少女の大切な友人を自殺させるに至った。そのことを、少女は五年間ずっと恨み続けているかもしれないのだ。

 少女がノートに「戦い」を誓ったこの日。

 今日という日に、こんな胸をざわつかせるような鐘が鳴ったことが、俺にはどうしても無関係とは思えなかった。


 ――なあソフィー。お前なのか?


 確かめたい。俺は無性に不安になって道を急ぐ。


 しばらくすると、向かいから同じように焦りで砂を鳴らして駆けてくる四つの人影とかち合った。バジルら青年隊だ。


「バジルさん!」


「サっちゃんか!」


「この音って?」


 俺は朝の社交辞令を捨て置き、一も二もなく尋ねる。

 きっと早く安心したかったのだろう。

 この鐘と、ソフィーは、何の関係もないと。


 しかし、バジルの返答は更に思いもよらぬものだった。


「襲撃の報せだ。エルフの里が何者かに襲撃されている」


「ええ!?」


 俺は目を丸くする。バジルは俺の両肩を掴んで「サっちゃん」と問いかける。その翡翠色の瞳はいつもより厳しかった。


「他の連中はどこにいる?」


「ええと。ステラはソフィーの家で朝食の準備中で、トオルとソフィーの二人はルビーの散歩に出てるはずです」


「そうか」


 バジルは彼らしからぬ短い応答で会話を区切ると、背後に待機していた青年隊の男二人組にアイコンタクトで指示を送って先へ行かせた。まだ襲撃の報せが鳴って間もないというのに驚くほどに判断が早い。恐らくステラやトオルの安全確保に向かってくれたのだろう。


 ――ありがたいなあ。


 そんな俺の感慨と実情は少し違った。


「俺たちは一度洞の広場に戻る。悪いがサっちゃん。君は俺たちと行動を共にするんだ。理由は、まあ、察してくれ」


「――――?」


 歯切れの悪いバジル。顔にも申し訳なさが滲み出ている。俺は首を傾げたが、背後のベリンダの睨むような目を見て察した。


 ――なるほど。疑われてるのか。


 少し考えてみれば分かることだった。


 俺は例のノートの一文を知っているから、ソフィーを一番に思い浮かべる。でも何も知らないエルフがまず思い浮かべるのは、襲撃と丁度同じタイミングで里に滞在している余所者の俺たちだ。それも人族なら猶更だろう。

 要するに、怪しい人物を野放しにできないという判断だ。


「察しました」


「安心してくれ。悪いようにはしないさ」


「従いますよ」


 正直、丸太片手に襲撃者と戦ってくれと言われないだけマシである。

 俺とバジルは頷くと、里の中心部へと急いだ。


 目の前の薄緑色の空には、ほんのりと黒い煙が上がっていた。





§§§





 エルフの里中心部。洞の広場――。


「――ジーラ隊長!」


「ウィンストンか!」


 自身を尊敬の名で呼ぶ部下を見つけてバジルが安堵の声を上げる隣で、俺は呆然とここ数日歩いた里を見る。


 のどかだった里には火の手が上がっていた。自然から採れたものだけで作られた建造物はさぞ燃えやすいのだろう。小さな種火が瞬きの間に業火に変わって、いつか嗅いだことのある煤の匂いを俺の鼻に感じさせた。それは、感謝祭の夜に灯ったキャンプファイヤーの煤の香りとは比べ物にならないくらい、悪辣で、思わず顔に手を持って行きたくなるような匂いだった。


 ――酷いな。


 俺は目を細めて拳を握り締める。それはやっぱりここ数日分の思い入れがあるからだろう。里が小さな分、そこに暮らすエルフや景観との距離が近かった。印象深いものもたくさんある。そんな光景が炎に包まれているのを見て、自分でも驚くほど心が波立っているのが分かった。


 視線を動かせば、この惨事を起こしたと思われる襲撃者の姿も目に付いた。迷彩服を纏った襲撃者たちは、やれ殺せだの、やれ燃やせだの、汚い言葉を上げながらエルフたちと交戦している。


「ウィンストン、状況は?」


 俺が唇を噛み締めている隣で、バジルは意外なことに落ち着いていた。銀髪のエルフと冷静にやり取りする。


「大局的には圧倒的に優勢よ。地の利もあるし、士気も高い状態。何より魔法の打ち合いでエルフが負ける理由はないわ」


「そいつは僥倖だな」


「ただ数だけは一丁前ね」


「のようだな。叩くにせよ、閉め出すにせよ、骨が折れそうだ」


 俺は二人の会話に目を丸くした。


「――なんか軽い!」


 驚いた。襲撃者を許し、里に火を放たれているダークな状況で、しかしウィンストンの報告は驚くほど前を向いたものだった。負けるはずがないと、そんな自信に溢れた笑みだったのである。

 ウィンストンに「腕の見せ所よ、隊長さん」と小突かれたバジルも、やはり悲壮な顔ではなかった。


 バジルは「うちのはみんな優秀だからな」と俺に笑いかけてから、ウィンストンに報告の続きを求めた。


「敵の素性の方はどうだ?」


「それは――」


 そんなタイミングである。


「おい、洞の中にもエルフがいやがるぜ!」

「上玉だ!」

「そっちの年寄りエルフはどうする!」

「一応捕まえとけ!」


 ――洞の家から、襲撃者たちの叫び。


「――ちょーろー!」


 意識を向けるのが遅かった。洞の家のドアが開いている。


 あの家にいるのは、頼りない豆粒老人のちょーろーと、無表情美人のマチルダ女史だけだ。マチルダ女史はともかく、あのボケが進んで他人の認識すらままならない状態のちょーろーならば、襲撃者が向けてきた剣を誕生日プレゼントか何かだと勘違いして飛び付きそうではないか。


「――――!」


 まずい。自然と足が動いた。


「待て、行くなサっちゃん!」


「ですけど!」


 バジルの手が俺を制止するが、こんなところで揉めている時間はない。俺は強引にそれを振り解こうとして。


 直後、感じたのは――。


「おえええええ!」

「サっちゃん洞の家から離れおえええええ!」

「隊長息しちゃおえええええ!」

「もう何なのおえええええ!」


 鼻が捻じ曲がるような強烈な異臭。


 似たような匂いを知っている。シュールストレミングだ。あの懐かしき世界の北欧あたりで生まれた、「世界一臭い食べ物」とも称される、ニシンの塩漬けと同じ臭いがする。この匂い、あの洞の家からだ。だってドアの隙間から濃紫色のガスがもくもくと立ち込めているのが見えるもの。あれが絶対異臭の原因だもの。


 猫みたいに毛を逆立たせて後退る涙目の俺たちの前に、この激臭地獄を引き起こした犯人はあっさり現れた。


「――喧嘩はメなのじゃ!」


 ちょーろーである。


「お仕置きなのじゃ!」

「え、何い!?」


 ちょーろーは、眉毛で隠れた目で俺を見つけるとワープ。

 そのまま俺が何かを言う間もなく激臭香る掌で、ぺたり。


「臭いいいいいいいいいい!」

「ぺたりぺたり」

「やめ、ちょ、臭いいいい!」


 すぐに分かった。この豆粒老人がぐりぐり押し付けてくる茶色い包みが異臭の元凶らしい。だがそれが分かったところでどうすることもできやしない。俺はちょーろーのマシンガントークが終わるまで、半狂乱になりながら、この腐臭攻めを耐えるしかないのだ。


 しかし――。


「喧嘩はメ!」

「俺はしてない!」


 終わらない。


「ボルちゃんとじゃろ?」

「ボルちゃん知らん!」


 終わらない。


「レイちゃんが止めろって」

「毒ガス使ってか!?」


 終わらない。


「お菓子あげるから」

「飴玉感覚で毒物渡すな!」


 終わることを知らない。


 最終的にガスマスクを付けたマチルダ女史が引き離すことによって、この激臭地獄は終わった。マチルダ女史様である。

 でも一人だけ完全装備なのはズルい。


「――ぜえぜえ、何あの毒物」


 溜息を溢す俺にバジルが説明してくれる。

 でも遠い。

 今の俺に寄りたくないってか。


「エルフ秘伝の書<甲>――またの名を『ポイズンガット』。昔、暴れん坊の火炎龍とツンデレウンディーネの大喧嘩を止めるのに使ったと言われる、紛うことなき毒ガス兵器だ。製法は簡単。森に住む『どっくんちょ』という魔獣の腸を天日干しして発酵させ、内部に溜まったガスを濃縮させるだけ。希釈しないで使うと死ぬ」


「なんてもの使ってくれてんの!?」


「さすがちょーろー。私たちができないことを平然とやってくれる!」


「でもそこに痺れないし憧れない!」


 ボケたちょーろーにも、キラキラした目をしているベリンダにも、この毒ガス兵器を管理させてはいけないと思う。


 ――この臭い取れるんだろうか。


 俺は一抹の不安を抱えながらドアの方へ目を遣った。迷彩服の襲撃者たちは白目を剥いて伸びている。可哀そうに。

 とは言え、撃退に必要だったなら仕方あるまい。

 酷い目に合ったが、ここは宇宙のように広い度量で許してやろう。


「まあ無事でよかったですよ」


「最終兵器使う?」


「気が早い、ちょーろー!!」


 これ以上の惨事はやめてもらいたい。マジで。


「――ウィンストン副隊長!」


 そうこうしていると、鐘のある櫓の方角から黄色い羽織を背負ったエルフたちが報告しにやってくる。


「基地の安全確保完了。いつでも避難させられます」


「グッジョブよ」


「バジル隊長もいらしたんですね。敵の素性は聞いてますか?」


「ああ待って、それは――!」


 そう言えば、そんな話の途中だった。


 ――どうしたんだろう?


 ウィンストンの反応が気になった。何か慌てるような感じだ。その様子に埒が明かないと感じた訳ではないのだろうが、丁度時同じくして、マチルダ女史が、気絶している迷彩服たちの傍に屈む。全員の目がそこに向いた。皆が注目する中、マチルダ女史は迷彩服らが顔に付けている黒いお面に手を。


 そうして、遂に明らかになった襲撃者の正体が――。


「――人族、だと?」


 どこかで感じていた。これはエルフとダークエルフの抗争ではないと。考えないようにしていただけで、可能性ならあった。幾らでも。


 ぎゅうっと拳を作る。俺は無言だった。


 傍にいるエルフたちの顔が、見れなかった。


「バジル。お客人の安全を優先なさい」


「分かった」


 マチルダ女史に頷いて答えたバジルは、俺に「行こう」と短く行って、基地のある方へと歩き出した。足を動かす直前、俺は複雑な気分で迷彩服らを見る。ベリンダの険しい視線の奥で、倒れる襲撃者の隣には。


 どこかで見た、鈍色の鎖が転がっていた――。





§§§





「――ステラたちはまだみたいだな」


 俺は案内された青テントの中を見渡して溜息を溢した。青年隊基地。ここでしばらく俺の身柄は預かられるらしい。


 エルフ青年隊の基地は、襲撃者らが侵入してきたと思われる里の入り口から、それこそ目と鼻の距離にある。それでもここが安全なのは、偏に、青年隊所属の魔法使いの貢献によるものだろう。基地を囲う麻のロープを境に張られた結界は、エルフの了承なしでは入ることができない。いわばここは、秘密の隠れ里の中に作られたもう一つの結界領域なのである。


 俺はバジルに苦笑気味に尋ねる。


「マチルダさん、置いてきちゃいましたけど大丈夫ですかね?」


「あの人なら何も心配いらないさ。伊達に『シープ=ロッド』を務めていた訳じゃない。俺の数百倍は強いさ」


「ジーラ隊長も一度しっかり修行したら?」


「俺は戦うより指令の方が向いてるんだ!」


 ――へえ、あの人強いんだ。


 他のエルフでも善戦できる様子だったので、一安心だ。

 こうして不安要素のちょーろーも確保できたことだし。


「飴ちゃん食べる?」


「あ、どうもです」


「――ZZZ」


「また寝た!?」


 まあ下手に徘徊されるよりはいいか。俺はゆるゆると首を振って、貰った飴玉の包みを剥がし始める。


 そんな折で続報だ。


「バジル隊長、襲撃者の正体が判明しました!」


「正体だと?」


「――奴隷犯罪集団『ハイエナ』です!」


「あの悪名高い連中か!」


 テントに飛び込んできた部下の報告にバジルらは顔を顰める。対する俺の反応はと言えば怒りを通り越して呆れだった。


「――また、あいつらか」


 ロブ島で「大変お世話になった」記憶は新しい。


 あの時の狙いは「青目族」と「迷宮の秘宝」だった。出張ってきたのは四つある部隊の一つ「北軍」。しかし彼らの二正面作戦は、ロブ島に居合わせた勇者ギーズと人類未踏エリナが主となって立ちはだかったことにより失敗に終わった。残った残存勢力も、後にロブ島王宮軍が殲滅済みである。

 だが奴らにはまだ三つ部隊が残っている。今回のはそのどれかだろう。セリーヌさんのニュースに活発化しているとあったはずだ。


 そして恐らく、狙いはエルフだ。


 少しだけ、北軍潰しを主導した俺たちへの報復かも考えたが――。


「奴らが俺たちの足取りを追ってきたとは思えないもんな。それに、この里でも俺たちを探し出そうって感じじゃなかった」


「どうした?」


「いいえ。何でもないです」


 俺は「えへへ」とバジルに手を振って誤魔化した。

 この場でぶつぶつ呟くのは止めた方が良さそうだ。


 ――でも。


 嫌なタイミングで襲撃してきたハイエナには思うところがたくさんあるが、同時にほっと胸を下ろせることもあった。


「――ソフィーじゃなくてよかった」


 あのエルフの少女のことだ。


 この襲撃に、少女が絡んでいる可能性はゼロになった。だってそうだろう。少女と奴隷犯罪組織に接点が見つけられないのだ。仮に少女の中にエルフとダークエルフに対する恨みがあるのだとしても、やはり結び付かない。スキルが失敗して泣きそうになるくらい優しい少女が、違法集団に頼るなんてありえない。


 俺は安堵の息を漏らした。


 きっとタイミングが悪かっただけなのだ。少女が約束した日に、偶然、奴らの襲撃が重なってしまっただけ。


 たった、それだけで――。



「にしてもあいつら、どうやって里に入ったと思う?」



 ――うちの里来るう?――



「結界の入り口が分かっても、普通入れないわよね?」



 ――里全体を特別な結界で隠してるんだあ――



「ああ、部外者が入れない仕組みになってるからな!」



 ――だけど何とこのカギがあればあ――





 ――えへへ――





 ――カギ――





 ――なくしちゃったあ!――





「――――カギがなければな」





 指先から零れた黄色の飴玉が、テントの青灰色の床で数度跳ねて、何度か光を乱反射させたあと止まった。白い傷が連なる球面には映っている。直前まであった安堵の顔が、逆さに映っている。


「あ」


 どうして、そう思ってしまうのか。


 ソフィーとハイエナに接点はない。そう結論付けて安心したはずだ。なのに俺の心臓は今、ばくばくと激しく脈打って鳴りやまない。一度は完全に途切れたと思った縁の糸が、「カギ」というキーワードを得て、急速に、強固に、どうしようもないほどしっかりと結びついてしまった気がした。繋がってしまった気がした。


 カギを失くしたと言ったソフィー。

 カギがなければ結界を越えられないハイエナ。

 恨みと欲が、噛み合ったとしたら。


 ――いや、そんなはず!


 あり得ない。あるはずない。そう願う一方で、俺は先刻までと同じように、少女の優しさを信じてやれなかった。


 何より、カギを失くしたと苦笑した少女。

 あの笑みが本物だったと――。

 今、そう、自信を持って言えるだろうか。


「――――」


 しばしの沈黙を経て、俺の口が動く。


「――ステラは大丈夫だ」


 あの赤毛の少女に制限はもうない。

 俺が向かっても邪魔なだけだろう。


「――トオルは信じよう」


 敵がハイエナなら、あの桑色髪の少女は精神面が心配だ。

 でもきっと大丈夫。ロブ島での経験は無駄にはならない。


「――ソフィーは、あの子は」


 あの子、だけは――。


「それで隊長、やっぱり殲滅作戦しかないでしょうか?」

「里の出口が一つだと追い出すのは大変だからな」

「でも時間をかけると被害が膨れ上がるんじゃない?」

「隊長もウィンも彼がいる場所で作戦会議を始めるな!」


 排他的な考えを持つベリンダの発言で俺が気を悪くしていないかと、バジルやウィンストンがちらりと視線を向けてくる。

 俺は、それに視線を合わせなかった。

 飴玉を拾って、ゆっくりと立ち上がった。


「サ、サっちゃん?」


 困惑の色を浮かべるバジルに、俺は言う。


「俺、ソフィーを探しに行ってもいいですか?」


「――――」


 バジルは目を見開いた後、短く「なぜだ?」と俺の真意を探った。当然だ。マチルダ女史は俺をまだ「お客人」と扱ってくれたが、彼らは俺とハイエナが連動していないかまだ調べがついていない。青年隊としての立場もあり、バジルは「察してくれ」と言い、俺は「察した」と応えたのだ。


 それが、意見を翻して一人行動しようとしている。


 バジルが疑問を抱くのも当然だった。


 それでも、俺は心に生まれた懸念を無視できない。


「ステラとトオルにはそれなりの自衛手段があります。だけど、エルフの皆さんならご存知でしょうが、ソフィーはそうじゃない。攻撃系のスキルを一切持っていません。その癖、逃げればいい場面でも、果敢に噛みつくような無茶をします。俺と初めて名前を交わした時もそうでした」


「だから心配、か」


「――――」


「ふむ、そうだな」


 懸念はここでは明かせない。だから俺が使ったのは姑息な手段。ソフィーのことだけ言って、自分の心情は全部濁した。


 俺の思惑通り、そこから勝手に「心配」というニュアンスを汲み取ってくれたバジルが顎に手を当てて考え始める。

 それを許容できないのがベリンダだ。


「隊長、疑いの晴れてない人族を自由にさせるのは!」


 バジルにも立場があると知っている。

 俺は目を細めた。


 ――最悪、強硬突破するか?


 そんなことを考えた時、またテントが開いた。


「――彼の身許なら私が保証するわ」


「姉御!」

「リーナ様!」


 俺はすっと唇を結んだ。意識するでもなく自然に。


 エルフの勇者は新緑の髪を靡かせてそこにいる。穏やかな顔だ。その優しく見つめるような表情は一見慈母のようにも思えた。

 でも緊張する。今は彼女の本当の顔が分からない。


「行ってらっしゃいな」


 彼女が敵意剥き出しでダークエルフに接しているのを見た記憶が、今の、彼女の温かい表情を受け入れる邪魔をする。

 この新緑の勇者が分からない。

 でも今はいいんだ。違和感は殺せ。


「――――!!」


 俺は、彼女を横切って駆け出した。


【カギ】

ステラ「借りてきました。これがエルフの里のカギです」

沙智「一度見たけどICカードみたいだな」

ステラ「結界にかざすと、ピッて鳴って開くんだって」

沙智「駅の改札口の話?」



※2022年5月15日

加筆修正しました


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