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これは俺が勇者になるための物語  作者: 七瀬 桜雲
第五章 スターツ自然保護区
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第八話   『カメさんに会いに行こう』

「これから向かう場所はエルフにとってもダークエルフにとってもすっごく大切な場所なんだあ。――あ、でも行ったら逮捕とかあ、そういう物騒なのは全然ないから安心してえ。私もしょっちゅう行ってるからあ」


 エルフの里からスターツ自然保護区の森に出て、俺たちは小さな金髪エルフの少女から「探検ツアー外の部」の概要を聞いていた。先頭を意気揚々と歩くのは、ソフィーとトオルのちびっ子二人組。そのすぐ後ろにステラと白犀モードのルビーが続いて、ステラを盾にできるような位置に俺がいる。その配置にステラが何も言わないのは優しさか、あるいはもっと冷めた理由か。


 何はともあれ久しぶりの青い空だ。

 お日様を浴びて歩くのは気分が良かった。


「――今日はあの声、聞こえないか」


 俺はぼんやりと木の葉に照る光を眺めながら一人呟く。


 記憶に蘇るのは、この森で迷った時に何となく伝わってきた神秘的な声だ。言葉のようにはっきりとしたものではなかったけど、あの時、誰かが確かに俺を呼んでいた、そんな気がするのだ。結局呼ばれた場所には何もなく、残っているのは、夢と現実の狭間にいたような神秘的な感覚だけだが。

 ただ、あの時、俺を呼んだ誰かというのは恐らく、森の一部分を背負って岩になっていた大亀だ。これから向かう「場所」である。


 だからだろうか。自然と身が引き締まるのは。


「やっぱりエルフは森で迷ったりはしないんですか?」


「みんなそれぞれ自然の目印を持ってるからねえ。私だとほらあ、あの枝の曲がり方とかでも分かるよお」


「すみません。どの枝ですか?」


「あの謎解きしたそうな枝だってばあ」


 エルフの独特な感性はトオルには伝わらなかったらしい。

 無論、俺も分からない。


 ――謎解きしたそうな枝って何だ?


「でも私、あのドングリの木なら覚えたよ?」


「へえ、どんな?」


「沙智のアホ毛っぽい!」


「おい!」


「あー確かにそうですね」


「トオルさんや何で納得してんの?」


 風に揺られる木の葉のように近付いては離れてを繰り返す、そんな俺たちの和気藹々とした様子にソフィーは終始穏やかな顔だった。

 どうしたのかと俺たちが首を傾げると少女は微笑んだ。


 その黄色い瞳に淡い光が浮かんで。


「ちょっと嬉しくなっちゃったんだあ。ほらあ、ジェムニ神国ではいつかバラバラになるかもみたいな話もしてたじゃん。でもお、今ではステラさんも気兼ねなく沙智さんやトオルちゃんと一緒にいられるみたいだしい、何なら前よりもずっとずっと仲良しさんになってるしい、ホント良かったなあって思うよお」


「その節は大変ご迷惑をお掛けしました」


 ステラが恥ずかしそうに頭を下げて、それを俺とトオルが「仲良しだって」とニヤニヤ顔で横から突っつく。


 魔王はレベル30に到達すると正気を失って暴走する。そのことに強い憂慮を抱いていたステラは、俺たちの下から離れようとしたことがある。今は懐かしき「ステラ出奔事件」だ。半ば喧嘩別れのようになって破綻しかけた関係は、トオルを始めとする色々な人たちに背中を押されて、何とか繋ぎ止めることができた。ただし暴走問題に関しては「何とかしてみせるから!」的な雰囲気の言葉で先送りにしただけだったので、ソフィーはさぞ心配だったろう。

 ジェムニ神国の事件は究極的には、何とかステラから信頼を得て、彼女の問題の答案用紙を譲ってもらう、それだけだったのだ。


「沙智さん、頑張ったねえ!」


「うん。死ぬほど頑張った!」


 ぐっと親指を立てるソフィーに俺も同じように返した。


 彼女は、まさか俺がリアルに死にかけたとは思っていまい。

 俺の満面の笑みに、トオルは苦笑、ステラは目を逸らした。


「でもお、そっかあ」


「――――?」


「そりゃあ、そうなるよねえ」


「どうした?」


 最初は疑問符を浮かべていた俺だが、トオルがすっとニヨニヨ顔のソフィーの手を掴んで、こそこそと「あれはあれですから」「優しくあれしましょう」などと囁いているのを見れば、何を考えていたのか分かってしまった。

 ステラも分かっちゃった様子。顔が赤い。可愛い。


 ともかく恋愛脳の対処はトオルに任せてしまおう。

 俺はやや諦めの境地で静かにそう決めた。


「そ、それより!」


 ステラはまだ足掻くようだ。話を逸らしにかかる。


「前から聞こうと思ってたんだけど、あの辺りだけこんもり山みたいになってるでしょ。確かスターツ自然保護区ってなだらかな平地にできた森林地帯って記憶してたんだけど、じゃあ、あれ何なのかなって」


「ああ、あれはねえ」


 そう言ってステラが指し示した先は、俺たちの進行方向に聳える、標高数十メートル程の小さな山だった。

 ソフィーの瞳がきらりと輝く。それを見て、俺も「やっぱり目的地はあそこだったんだな」と確信できた。


 惑う森で出会った――。


「私たちがこれから行く場所だよお」


 物言わぬ岩の神獣――。





§§§





 その声は誰の口から零れたものだろうか。


「―――わあ」


 全貌すら拝めないほど巨大な大岩は、広大な森林の一部を背負ったまま、今日も動くことなく眠っている。灰褐色の岩肌にこびりついた苔は、何百年もの時の流れを感じさせてくれた。ただそれだけなら自然の神秘に触れただけと思えるが、重力に反発するように前方に迫り出た頭のような岩塊や、遥か後方から紐のように二対伸びる、現代アートのような岩の彫刻を一度目の当たりにすると、もう誰もこの不可思議な感覚から逃れ得ることはできないのだ。

 決して悪い感覚ではない。心地良くすらある。ただし呑まれる。この壮大な存在を前に余計な思考は一片も残さず排除される。

 ただ泰然とあるそれを、綺麗な言葉や知っている感情に置き換えるなんて野暮なことはせず、ただ夢中になって感じていたい。

 自然と思わせてくれる、そんな、そんな――。


 ――――巨大な亀の石像。


 昨日と同じく、少女の音色は突然、始まった。



「――祈り胸に込め、手と手合わせたら――♪」



「――君と語らう夢の蕾――♪」



「――聖獣様が見守る夜明けに――♪」



「――アヤメの芽吹きを喜んだ――♪」



「――みな大切な大切なメモリーズ――♪」



「――種から鮮やかに彩る――♪」



「――だけど、零れ落ちたのは何だっけ――♪」



「――花は散って枯れた――♪」



 たった八節。詩のように短い歌。

 どこか切なく、何か祈るような。


「変な歌でしょ。ここに来ると歌っちゃうんだあ」


「昨日も思ったけど寂しい歌だな」


 目の前の存在と相まって、歌は更に夢想の世界へ俺たちを誘おうとしたが、他ならぬソフィーが「えへへ」と笑ったことで、俺たちは現実に戻された。二度目だろうと圧倒されてしまうようだ。


 ソフィーは言葉を失っているステラとトオルを見て一度くすりと微笑むと、キラキラと光が舞う中を歩いて行った。そして手慣れた様子で、愛するペットを陽だまりの中へと連れていく。その姿はまるで妖精のようだ。

 対するルビーは、ふわりと気持ち良さそうに欠伸をすると、四つの脚を落ち葉の絨毯に下ろして落ち着かせた。とても心地良さそうに瞼を閉じるその姿に、さしもの俺も警戒を続けるなどバカバカしいと思ってしまう。


 ソフィーはルビーの傍で優しく微笑んだ。


「このカメさんは聖獣様って呼ばれてるのお」


「――聖獣様、ですか?」


 トオルが首を傾げる。


「カメさんはねえ、私たちエルフやダークエルフをずっと昔から見守り続けてくれてる森の神様なんだあ。それこそお、私たちが他種族と喧嘩しちゃってえ、この森に逃れてきた時からの長い長い付き合い。――ふふ、今はこんな姿だけどお、昔は森を自分のお庭みたいに歩いてたみたいってリーナが言ってたよお!」


「そう思うとすごいよな」


「ねえ。ホント不思議だあ」


 これほど巨大な亀ならば、人には大きすぎて訳が分からなくなりそうなこの森も庭のように思えるだろう。


 ふとステラの方へ視線を遣ってみると、彼女の表情が、驚き、警戒、疑問、納得と緩やかに移り変わるところだった。

 瞳に魔力を感じる。この岩亀の驚異的なレベルから、その正体が神獣『玄武』であることを察したのだろう。だがレベルが見えるということは俺たちに敵意がないということでもある。それに気付いてホッと安堵したといったところか。

 昨日の俺を見ているようで少し愉快な気持ちになっていると、つんとトオルに脇を突かれた。ジト目だ。自重しよう。


 ひらりと目の前に少女が舞う。


「見てえ。黄色の葉っぱが顔を覆うようにあるでしょお。あの帽子みたいな葉っぱの木が『聖なる傘』って言うのお。エルフやダークエルフの間じゃあ、大樹って言われたら世界樹よりもこっちを思い浮かべる人が多いみたい」


「はいはい。例の壊しちゃ駄目なやつだな」


 ソフィーが「お洒落な帽子でしょお?」と笑ったが、俺は「うーん?」と首を傾げた。どちらかと言うと、アニメなどによく見る、ボサボサの前髪で目元が隠れているキャラみたいな感じである。

 そんなことを何となく考えていると――。


「――でも何で岩になったの?」


 俺が聞こうと思っていたことをステラが尋ねた。


「そうそれ! 俺もそれが気になってたんだ!」


「ステラ辞書にも載ってないんです?」


「いやいや、私の脳みそにも限界があるからさ」


「ああ、もうそんな次元の話なんだ」


 ステラの冗談に付き合いつつ、ソフィーへ視線を遣る。

 すると小さなエルフはちょっぴり寂しげに目を伏せた。


「実は分からないんだあ。私い、カメさんが病気や呪いとかに罹ったせいで石化しちゃったのかなあって思ってえ、それで何でも治せるって噂の霊薬を探そうとしてみたんだけどお――」


「ああ、それで『世界樹の涙』を」


「ん。でも見つからなかったよお」


「まあ、あれはなあ」


 なるほど、ソフィーがジェムニ神国で『世界樹の涙』の情報を探していたのはそういう経緯があったのか。そう納得する一方で、あの伝説級のアイテムを手に入れることが非常に難関であることは、今の俺ならば身に染みて分かる。

 ロブ島で『命の秘宝』と名を変えたそれに翻弄された男を知っている。


 ただ――。


「――――」


 木の葉を伝う虹色の水滴を眺めながら俺は思う。


 ――何でソフィーは聖獣様を起こそうとしたんだろう?


 エルフにとっては森の神様。信仰心を寄せるほど大事なら、石化を解きたいと思う気持ちは分からなくもない。そう、分からなくないのだが、エルフの里の様子を知った今では別の考えが浮かんでしまう。

 その考えは、あまり喜ばしいものではなくて。


 ――いろんなことをひっくり返してみればあ――


 それこそ「ひっくり返して」みればどうか。

 聖獣様を石の眠りから目覚めさせるために里を出たのではなく、居心地の悪い里から離れるために、聖獣様の眠りを覚ます薬を求めたのでは。

 分かっている。考えても仕方のない類の憶測だと。

 だが考えてしまう。里の視線を思い出せば。


「あのさ、ソフィーはさ」


「なあに?」




「――――何で、聖獣様を起こしたいんだ?」




 森の空気がピリッと肌に張り付いた。少女の顔が強張る。風はない。森の生き物たちの小さな気配が消えた。

 この歪んだ空気の全てが告げている。

 少女の、何か重大な核心に触れたと。


「――――」


 本当は踏み込むつもりはなかった。でも自制が聞かなかった。


 俺の無遠慮な問いに、ソフィーは口をぎゅっと噤んだまま。でも決して俯こうとはしなかった。揺れる黄色の瞳でまっすぐ俺を見る。その姿は弱さと強さの矛盾した感情を、小さな身体にめいっぱい溜め込んでいるかのようで。

 でも針は振れた。強い感情の方へ振れ切った。

 少女は、俺とステラの間をすっと通り抜けると、くるりと振り向き、その細い人差し指を唇に当てて、健気に笑ってみせたのだ。

 ジェムニ神国で初めて出会った、あの時のように。


「――ナイショお!」


 少女の顔に見えた強さが踏み込むなと言っている。


【聖なる傘】

ステラ「神獣『玄武』の頭に生えているあの木のことだね」

沙智「世界樹よりはさすがに小さいか」

ステラ「でも世界樹以外だと一番長生きな木なんだよ?」

沙智「聖獣様、日焼けしなさそうだな」

ステラ「うん。日差しは全部遮ってくれるもんね」

沙智「まるで傘だ。――ああ、そういうことか!」

ステラ「気付いてなかったの!?」


※2022年4月1日

加筆修正

ストーリーの順序変更


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