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これは俺が勇者になるための物語  作者: 七瀬 桜雲
第五章 スターツ自然保護区
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第三話   『秘密の隠れ里を訪ねよう』

 そのエルフの少女との出会いは、三か月前のジェムニ神国。

 あの時もこの子が健気に笑っていたことを覚えている。


「久しぶりだねえ、沙智さん!」


「ソフィー!」


 綺麗な長い金髪に、尖った耳、鶯色の衣装に茶色の短パン、灰色の羽織に、いつか盗まれて一悶着あった茶色のショルダーバッグ。何もかも懐かしい。背中に手を組み頬を赤らめる少女の姿に、俺は思わず歓喜した。

 エルフの里の所在もまだ分かっておらず、実際に彼女が里にいてくれるも正直に言うと不安だった。だがこうして出会うことができた。

 この予想外の再会はまさに運命的だったのである。


 ――神様が、俺とソフィーを会わせてくれた!


 自然と心が高揚し、愛しい少女に駆け寄ろうと足が弾む。


「ソフィー会いたか――ッ!」


 が、すぐに止まることになった。


「沙智さん?」


「――――」


「おーいっ!」


「――――」


 ソフィーが両手で小さなメガホンを模って声を投げるが、別のものに釘付けになっている俺の耳には届かない。

 それを視界に捉えた瞬間、身に染み付いた苦々しい思い出が必死の形相で全身に停止命令を放ったのである。

 俺は冷汗を浮かべて固まる。


 俺が近付けない理由。


 それは少女の背後にあった。


『ぶぉ?』


 灰褐色の固い鱗に覆われた四足歩行の生物。赤い目。尖った角。記憶の中にあるソレよりは小柄だが間違いなく同種だ。

 いたのは小さな『白犀』だった。


 ――そう。俺の天敵である。


「ソ、ソフィーさん! ううう後ろ後ろ!」


「後ろがどうかしたのお?」


『ぶぉ?』


「危ない危ない危ない!」


 ソフィーはきょとんとした顔のまま、俺が指差した背後を見る。何のことか分かっていなさそうな少女の手の甲に、眠たげな目の『白犀』がちょこんと鼻先をぶつけた。と同時に俺は「ああああ!」と叫んだ。

 それでやっとソフィーは気付いたようだ。


 少女は「そっかあ」と顔を明るくする。


「沙智さん。この姿で会うのは初めてだったかあ!」


「危ない危ない危ない!」


「ほらルビー。久しぶりって挨拶してえ」


「危ない危な――え、ルビー?」


 覚えのある名前のせいで一時発狂中断。


 俺の記憶にある「ルビー」とは熊のぬいぐるみの名前である。身長ニ十センチほどの桃色の毛を持つ愛らしいぬいぐるみだ。ただし動く。めちゃくちゃ動く。普段はソフィーの羽織の裏にひっつき虫みたいにくっ付いて移動し、無言ながらも主人のために必死に奔走する謎の生命体だった。

 その姿を脳裏に目の前の魔獣を見る。


 ――これがそのルビーだってのか?


 ゴツゴツした体。獰猛な赤い目。頭の中でわいわい踊るあのぬいぐるみと、符合する点が見当たらない。


 何より俺を警戒させるのは『白犀』という点である。

 他の魔獣ならここまでの拒否反応は出なかった。

 俺の異世界生活の幕開けを華々しく飾った因縁の魔獣であり、雑魚だと虚偽報告して事あるごとに心を挫きにきた最悪の敵。


 そうだ。正体が何であれ気を許せる道理はない。


「やっぱり絶対危険だ、ソフィー!」


「いやあ、大人しいけどお?」


「躾できない大型動物は危険なの!」


「ええ~!」


 ガルガルと対決姿勢を鮮明にする俺にソフィーは困った様子だ。

 しかしすぐに妙案は浮かんだらしい。


「じゃあ躾ができてるところを見せてあげるう!」


 そう自信満々に言って掌を出すソフィー。


「ルビー顎お!」


『ぶぉ』


「ルビー鼻あ!」


『ぶぉ』


「最後ぬいぐるみい!」


『ぶぉ』


 ――は?


「ちょっと待てええええ!」


 久しぶりに叫んでしまった。だが叫ばずにいられようか。


 掌の上に顎を乗せる芸「顎」は分かる。

 指の輪っかに鼻先を通す芸「鼻」も分かる。

 しかし最後のだけは全く理解できない。


 ソフィーの意気揚々とした命令に間抜けな返事をしたかと思えば、その魔獣は体中から紫苑の魔力を発して縮み始めた。そして驚くべきことに、桃色の可愛らしいぬいぐるみへとみるみる変身したのである。

 記憶にある「ルビー」と同じ姿だった。


「これどういうこと!?」


 ソフィーはにっこり答える。


「ルビーは世にも珍しいユニークスキルを持った魔獣さんなのですう! スキルの名前は『メタモルフォーゼ』え! これを使ったら、今みたいに熊のぬいぐるみの姿になれるんだよお! すごいでしょお?」


「これは俺の見識が狭いだけか?」


 ステラ先生に確認したいが残念ながら今はいない。

 俺は一人でファンタジーと戦うしかないのである。


 ――まあ、ともかくだ。


「ちゃんと言うこと聞くのは分かったよ」


『ぶぉ』


 渋々ではあるが、仲直り。

 ソフィーは大変満足げだ。


「ところで沙智さん。どうしてここにい?」


 話題が変わる。


「ああ悪い悪い。先にそれ話さなきゃビックリするよな。実はソフィーに少し話というか相談があって会いに来たんだよ。ステラとトオルと、あと騒がしいのも一緒に森に入ったんだけど、ちょっぴり方向性の違いがあって解散してさあ」


「ええ!?」


 へらへらと笑いながら俺は勘違いを誘発するような説明を行う。

 今の言い方では、魔獣の群生地帯で他のパーティーメンバーと喧嘩別れして、追い出されたのだと勘違いされても仕方なかった。

 慌ててソフィーは、原因を聞き出そうとするが――。


「方向性の違いってえ?」


「みんな魔獣から別々の方向に逃げたんだ」


「ぅえ?」


 俺の口から出た意外な返答に勢いを失う。

 そして目の前のニヤニヤ顔を見て悟ったようだ。

 ソフィーの反応を楽しんでいるだけだと。


「俺はこの大自然の中で身の振り方を考えてる最中でな」


「素直に迷子になったって言ってよお!」


「うう。いつも背中を預けてた相棒がここは任せろって」


「リュック置き忘れたって言ってよお!」


 俺の悪ふざけに頬を膨らませながらも容赦ないツッコミを入れてくる辺り、歯に衣着せぬ無邪気天使は健在のようだ。

 ソフィーの理解は概ね正しかった。

 違うのはまだ俺が迷子ではないという点。


 違うったら違うのである。


「むう」


 俺の話を聞いてソフィーは難しい表情になる。

 しばらく待って出てきたのは、こんな言葉だ。


「ああーえっとお」


「どうした?」


「うちの里来るう?」


 それは素直に有難い申し出だった。

 ただ一つ気になるのは、その提案の前にあった妙な間である。勿論、それを指摘するほど厚かましくはないつもりだ。

 この好意は静かに受け取るべきか。


「ありがとう。助かるよ」





§§§





 代わり映えのない景色が続く。しかしソフィーの足取りはしっかりしていた。この森と一緒に育ったエルフならば誰でも、自分だけの細かな自然の目印を知っているそうだ。興味本位で尋ねてみるとその幾つかを教えてくれた。木の形状とか、岩の並びとか、魔獣の爪痕とか。俺には分かりそうにないものばかりだ。だがこれらの目印のお蔭でエルフは迷わない。大したものだ。どこぞの兎に、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいところである。


 道中では俺たちがバラバラになった理由を話題にした。


「そっかあ。『ビックリボックス』かあ」


「あんなのがいるなんて驚いたよ」


「あははあ。エルフの子供はあれで肝試しするからねえ」


「俺、エルフに生まれなくてよかったな」


 恐ろしい文化があるものだ。

 俺はホッと胸を撫で下ろす。


「それよりエルフの里に着いたよお」


「え?」


 桃色熊のぬいぐるみモードになっているルビーを肩に乗せたまま、ソフィーはくるりと笑顔で振り向いた。

 そして水平に手を伸ばす。


「――じゃあん!!」


 可愛らしい。けど。


「いや、ただの森だけども」


 ソフィーの後ろには永遠に森が続いているだけである。山中でここが県境なんだと紹介されたような気分だ。


 俺は眉を顰める。

 改めてソフィーを見るとクスクス笑っていた。

 やられたらしい。


「ふふふ、さっきのお返しい。でもここにエルフの里があるのはホントのホントだよお。――ほらあ、エルフって他種族と一悶着あったでしょお。だから里全体を特別な結界で隠してるんだあ。自然物だけを反射する鏡の結界。よく見れば、あの木とその木が鏡写しになってるって分かると思うよお?」


「あ、本当だ。なんかの境界がある」


「余所者は結界に阻まれて中に入れない仕組みなのお」


「へえ、用心深い種族なんだな」


「だけど何とこのカギがあればあ――!」


 見えない鏡の境界に触れて首を傾げていると、パタリとソフィーの楽しそうな声が聞こえなくなった。

 どうしたのかと見てみれば何やら羽織の中に手を惑わせている。

 その顔がどこか焦っているように見えるのは気のせいだろうか。


「カギがあればあ」


「――――」


「カギがあ」


「――――」


「カギい」


「――――」


「えへへ、カギなくしちゃったあ!」


「おいおい!」


 まさかとは思ったがそのまさかだった。

 羽織りの内側やバッグの中を散々慌てた様子で確かめた後、その綺麗な金色の髪に触れて苦笑いを浮かべるソフィー。

 勿論、俺は全力でツッコミを入れた。


「どうすんだよ!?」


 彼女の言い振りから極めて重要なカギと思われるが。

 いや、そもそも紛失したなら里に入れないのでは?


「う、内側から開けてもらえたりは?」


「青年隊のみんなが定期的に森を巡回してるからあ、そのタイミングになったら入り口が開くかもお」


「なるほど。で次の巡回は?」


「明日の朝あ?」


「駄目じゃんか!」


 要するに俺たちの現状を整理するとこうだろうか。

 ここは魔獣の群生地帯。一番近い青の国の市街地に出るには丸二日。エルフの隠れ里は目の前だがカギがないため入れない。次に入り口が開くのは明日の朝。散歩で出ただけのソフィーも、荷物を置き忘れた俺も、碌な装備なし。

 最悪だった。エレベーターに閉じ込められた感じ。


 冷汗が額に流れ、二人して目尻にみるみる涙が溜まる。

 そんな時だった。


「ん?」

「へ?」


 ――結界が!


 先程触れた鏡の境界に紫苑の波紋が生じたのである。

 そこから浮かび上がるように、そのエルフは現れた。


「む、何やってるんだ?」


「バジルう!」


 緑色で短髪の若い男のエルフだった。彼に続いて結界から続々と、黄色の羽織で統一されたエルフの集団が現れる。

 突然の事態に俺が困惑していると、緑髪の青年は俺に気付いて、さっと仲間の数人にジェスチャーで指示を出した。その数人は、キリっとした目で敬礼すると、すぐに元来た波紋の方へ消えていく。


 ――何なんだ?


 ソフィーの知り合いらしいが。

 ハテナを浮かべていると青年が近付いてくる。

 差し出されたのは友好の掌だ。


「俺はバジル。エルフの青年隊の隊長を務める者だ。ソフィーとは遠い親戚という関係で、今は後見人でもある。身長は里で六番目の百七十七センチ。体重は七十四キロだ。趣味は料理全般。特技は果物アートかな。出会いを記念してこの自信作は君にあげよう。長所は仕事に熱中できること。短所は熱中し過ぎて周りの仕事を奪ってしまうことだ。よろしく頼む!」


「え? え?」


 第一印象はお喋りな人。もしやセシリー級が現れたかもしれない。初対面かつ別種族たる俺に全く緊張することなく爽やかな笑みで差し出してきたバジルというエルフの掌に、俺は混乱しながらも何とか握手で応じる。

 最初の方の名前を忘れなかった自分を褒めてあげたい。


 ともかく彼らはソフィーが先程話していた「青年隊」らしかった。


「何で青年隊がこの時間に巡回してるのお?」


「そういうお前は何してる?」


「カギどこかで落としちゃってえ。てへえ!」


「アホか!」


「いったーい!」


 拳骨を食らって涙目になるソフィー。

 だが負けじと問いを重ねる。


「それでえ?」


「森で仲間と逸れたという者を二人、仲間が保護したんだ。すると他にもまだ二人いるって言うもんで、これから捜索を始めるところだったんだが、そのうちの一人が君と一緒にいたのは僥倖だったよ」


「――――!」


 聞き逃せない発言があって俺は目を引ん剥く。


 ――迷子二人を保護しただって!?


 間違いなく俺の仲間だろう。保護された二人。その片方が誰かによって俺の心理的負担は著しく軽減する。鉄球を抱えるくらいの負担が、風船を抱えるくらいまでには軽減するかもしれない。

 具体的にはあの兎であれば。


 バジルは俺に微笑みかける。


「名前は?」


「七瀬沙智です」


「では七瀬」


 この異世界では珍しい苗字呼びをして、彼は黄色い羽織の裏から綺麗な水色のカードを取り出した。こちらに笑みを向けたまま、それを背後の空間に小突くようにすると、また平面世界に紫苑の波紋が生じ出す。

 エルフ青年隊隊長の許可を以て未開の扉が開かれる。


「――秘密の隠れ里へようこそ」





§§§





「保護した二人がいるのはこの先の集会所だ」


 バジルの案内で里の中を進む。


 この薄っすら緑がかった不思議な空や、自然物ばかりの文化など、興味深いものは多々あったのだが、今は全て視界を過ぎ去っていく。

 まずは誰が保護されているのかだ。

 それをちゃんと自分の目で確認したかった。


 里のエルフから好奇な視線を浴びながら、ぬいぐるみ姿のルビーを肩に乗せて歩くこと一分強。目的の集会所はすぐだった。

 集会所は何と木の上に作られていた。

 大樹の幹と太い枝の分かれ目に張られた大きな板が床で、軽そうな素材の柵と藁の屋根が特徴的な、風通しの良さそうなツリーハウス。立派だが、ここを集会所にするとはエルフは面白いことを考える。

 まるで子供が夢見た秘密基地ではないか。


「この上だよお」


「ああ」


 先に保護されたのは二人だ。

 是非ともいて欲しい子がいる確率。三分の二。

 緊張しながら階段を上った。


 そして最後の段を上り――。


「ああ沙智。意外に早かったね」


「やはり次はお兄さんでしたか」


 いない。どこにもいない。

 薄々そんな予感はあったがやはりいない。

 目を凝らしても駄目だ。

 いないものはいないのだ。


「新たに一人保護したって聞いて、期待しちゃった」


「俺も、三分の二のガチャなら引けるって願ってた」


 いたのは赤毛の少女と桑色髪の少女。

 そうだ。ステラとトオルだけだった。


「まずいね」

「まずいですよ」

「まずいな」


 エルフの青年隊。地理的優位を以て未だ見つけられず。

 対象。足が速く一つ所に留まれない落ち着きのない兎。


 ――これは駄目なやつ!!


「どうかしたのお?」


「何がマズいんだ?」


 数秒遅れてやってきたソフィーと青年隊隊長バジルに、俺たちはもう一度顔を見合わせてから、こう告げた。

 それはもう苛立ちと不安を織り交ぜて。


「――迷子が、なるべくして迷子になった!!」


【エルフ族】

ステラ「本日は特別ゲストにお越しいただきました!」

ソフィー「エルフのソフィーですう!」

ステラ「エルフって言ったら魔法で有名だよね?」

ソフィー「たくさん適性を持ってる人は多いかもねえ。かくいう私も光と特殊の二つあるしい」

ステラ「あとは寿命が長いことか」

ソフィー「平均三百歳だもんねえ」

ステラ「でも二百五十歳くらいまでは若い姿でいられるんでしょ?」

ソフィー「ボケの方が早く来そうだねえ」



※2022年1月8日

加筆修正

・玄武の話を次話以降へ移動


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