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これは俺が勇者になるための物語  作者: 七瀬 桜雲
第五章 スターツ自然保護区
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第二話   『エルフの森を冒険しよう(2)』

 この世には平穏を脅かす恐ろしいものが存在する。


 一に高い場所だ。高所恐怖症の俺にとっては地獄。この異世界に来てから、ダムの天端で駆けっこしたり、空飛ぶ王宮風船の落下実験をしたりで、多少はマシになってきた気もするが、高所は未だ油断ならない天敵だ。

 二に怪談話。ホラー系は基本的に全滅だ。

 三にオクラ。あのネバネバ部分は未だ許せない。

 四に白犀。異世界に来てまさかのランクイン。

 あとはメルポイ怖い。こう言うと良いって落語で習った。


 これ以外で絶叫なんてしてやるものか――。


「そう思ってたんだけどなあ」


 蓋を開けてみれば最弱の魔獣相手にこの有様ではないか。

 情けない。俺は苦い顔で周囲を見渡し溜息を吐く。


「――――」


 周囲にステラたち三人の姿は当然ない。

 リュックも置いてきてしまった。

 現在地不明。

 魔獣の森にポツンと一人。


「まさかこの俺が迷子だと?」


 あり得ない。そんなはずがない。


 俺はどこぞの兎ではないのだ。いつだって「全く世話の焼ける奴だな!」と頭を掻き毟りながら迷子を捜す役のはずである。

 あの兎と同レベルなんて絶対にあり得ない。


「うん。全員バラバラなんだからまだ誰も迷子じゃない。最後まで合流できなかった奴が真の迷子ということにしよう!」


 謎理論から謎の迷子王決定戦ここに開幕。

 単に迷子だと認めたくないだけとも言う。


「――さてと」


 不安定だった精神を無理やり均したところで状況確認だ。

 幸いにも今の状態を客観視する能力は俺の十八番だ。


「『第三の目』」


 俺は三つあるユニークスキルのうち一つを発動する。

 女神サクから祝福として授かったこのユニークスキルは、他の二つのユニークスキルに比べて良い意味で単純明快だ。

 効果はマップ俯瞰能力。自分の頭上に「三つ目の視点」を生み出し、ある一定範囲をモノクロで見下ろすことができる。俯瞰できる範囲は、地上にいる時だと、最大で半径八十メートル程に及ぶのだ。

 このような場面では使い勝手が良い。


 まずは現在地の確認からだ。


「――あれま。スタート地点の焚火が見つからない?」


 森の中で唯一の標石とも言うべき焚火跡が発見できない。これでは自分の所在を把握するのは無理そうだ。

 無心で走り続けた俺の馬鹿。


「パッと見渡した感じだとステラたちの姿も見つからないな。まあ四人てんでバラバラの方向に駆け出したから無理もないんだが。――おおお? いや、これは森の魔獣か。ったく紛らわしい。アルフもアルフでやっぱり期待は裏切らないしな。分かってた。うん分かってた」


 仲間の姿が見つからないのも予想できたことだ。俺は「そうなるよな」と一人しみじみ頷いた。


 心配なのはいつもアルフだ。迷子力では鬼才を光らせるあの兎が、しかも天然の迷路である密林で、飴で膨らませたポーチだけ持って消えたのだ。

 数年後には甘い匂いのする白骨死体が見つかるに違いない。


「せめて無駄に高い嗅覚を有効活用して、俺たち三人のうち誰かと合流してくれれば安心できるけど――」


 脳裏に彼女を思い浮かべてみる。

 アレにそんな能があるか考えて。


「無理だわな」


 匙を投げた。


「うん。とにかくまずは自分のことを考えよう」


 プラン一、焚火跡を見つける。

 プラン二、目的地であるエルフの里へ向かう。

 プラン三、何とか森から出る。


 俺が取れる選択肢はこんなところである。魔獣の群生地帯たるこの森でじっとしているのは自殺行為だから。

 この中でどれが一番堅実だろうか。

 ステラから借りっぱなしの短剣で拍を取りながら考えて――。


「ん?」


 俺は持ち上げた短剣を不意にそこで止めた。


 ――誰かに呼ばれてるような?


 その声は、モノクロの視界の外側から。

 音は小さく、だけど強く惹かれる色で。


「あっちか?」


 その一歩目は自然と出た。


「――――」


 なぜか自分でも分からない。

 しかし行かなくてはいけないと思った。

 他の感情は押し退けられた。


「――――」


 木々の隙間の細い道を歩く。

 呼ばれた方へ言葉なく歩く。


「――――」


 喋ってはいけない。

 この音にならない声が掻き消されてしまう。

 ただ向かえ。

 呼ばれている方へ。


「――――」


 囁く森の中でその道だけが凪いでいる。

 言われている気がした。

 ここをまっすぐ歩いてこいと。


「――――」


 道の両脇には小さな魔獣の気配が幾つもあった。

 しかし彼らは襲い掛かってこない。

 ただただ小梢の隙間から覗いていた。

 何かを見定めるように俺を目で追っていた。


「――――」


 声は今でも聞こえている。

 あと少しだと告げている。


「――――」


 やがて森は開けて。


「ここだな」


 何となく確信があって俺はそこで足を止めた。俺を呼ぶ声ももう聞こえない。歓迎の音頭は鳴らなかった。

 俺は自然と背筋を伸ばす。


「――――」


 誘われた末に見たのは苔むした大岩だった。


 麗らかな陽光が移ろう森の回廊。その果てに巨石はあった。スキルを駆使しても全貌が掴めないほど巨大で、薄っすらと緑色を羽織ったそれは、森の青々とした世界に、静かに、直向きに同化していた。山のような背中に森の一部を背負い、気品溢れる神秘がただ悠然とそこにはある。

 その様は古と自然の淑やかな歓迎のようだ。


 ――だが、俺には別のものに見えた。


「何じゃこれ?」


 よく見える場所の岩肌は、まるで鱗のようだった。

 森の下草を突き刺す岩は、まるで爪のようだった。

 前へ奇妙に突き出た岩は、まるで頭のようだった。


 それらを背にして瞳に映るは「レベル201」という驚きの数値。

 この苔に覆われた巨大な岩はよく知る生き物の形。


「カメ?」


 納得しかけて俺は首を振る。


「いや」


 亀型岩上空にある、自重に逆らって伸びる二対のホースのような不自然な岩のアートを見つけて俺は理解を改めた。

 こいつをもっと的確に言い表せられると。


 それは空想上の生物だ。


 北を守護する霊獣とされ、黒色の陸亀と蛇が絡まったような姿でしばし古墳の壁画などに描かれる。その格は、エリナが倒したという『白虎』や、ロブ島で龍神様と崇め奉られていた『青龍』などと同等だ。

 ディストピアに五つある最強生物が一角。


「――――神獣『玄武』!!」


 思い至るや否や「なんてものがいるんだ!?」と慌てて後退った。


 不用心に近付き過ぎた。もしも誤って不興を買えばどうなることか。想像に難くない。俺は緊張の余りゴクリと唾を呑み込んだ。

 しかし岩は泰然とそこにあるまま動かない。


 岩はずっと岩のままだ。

 動く気配は一向にない。


「あれ?」


 そこで俺はようやく気付く。


 俺の瞳には「レベル201」という大亀の凄まじい格が映った。しかしこの世界のレベルというのは、相手が自分よりも遥か高みにいる場合はバグ表示されて認識できないのが普通である。山頂から街並みを見下ろすことができても、逆ができないのと同じことだ。そんな格上のレベルがはっきり見えるということは、目の前の存在はエリナやレイファと同じだということだ。

 つまり、最初から俺に懐を開いてくれている。


「うーん」


 この大亀が温厚だからか岩だからか。

 ただそう気付くと、何となく確信へ近付く思いもある。


「俺を呼んだの、お前か?」


 岩亀はやはり沈黙する。


 すっと両肩から力が抜けた。すると、まったりした森の流れが自分の中に入り込んできたかのように、俺も自然体になれた。今は不必要に感情を揺らすこともなく山のような岩亀を静かに仰ぎ続ける。


 ――不思議な感覚だな。


 眺めながら思った。


 風も花も懸命に生きている。魔獣たちに至っては自ら進んで手荒い歓迎をしてくれる始末だ。驚きと、興奮と、感動と、ともかく豊かだった。風も健やかで、土の香りも、肌の温もりも、何もかもが命と恵みを感じさせた。

 だというのに、森でこの亀だけが死んでいる。

 それが何だか寂しいような、仕方ないような。


「――――」


 柑子色の葉で覆われた顔を眺めながら、この大亀はなぜ岩の姿なんだろうとしんみり思いを馳せる。

 そんな折だった。



「――祈り胸に込め、手と手合わせたら――♪」



「――君と語らう夢の蕾――♪」



「何だ、この歌声?」


 本当に人を飽きさせない森である。生き物とは思えない箱型生命体、俺を呼ぶ謎の思念に続いて、今度は静寂に寄り添うような歌声か。少女のものと思しき音色が背後からゆっくりと近付いてきている。

 歌はどこか切ない余韻を風に乗せて。



「――聖獣様が見守る夜明けに――♪」



「――アヤメの芽吹きを喜んだ――♪」



「――みな大切な大切なメモリーズ――♪」



「――種から鮮やかに彩る――♪」



「――だけど、零れ落ちたのは何だっけ――♪」



 誰かがいるのだろうか。

 凪が終わった。



「――花は散って枯れた――♪」



 振り返る。少女はそこにいた。


 葉の隙間を掻い潜った陽光がキラキラ舞う大木の陰で、目を瞑り、両手を胸に添えて立っていた。小さな犀の魔獣を連れている妖精のような少女。風が吹く度に少女の種族を特徴づける尖った耳が金色の波に見え隠れし、幼気な表情には、歌を終えてなお幾何かの切なさが残る。

 少女はゆっくり瞼を開いた。


 黄色の瞳が見つめる先には苔むした岩亀。

 その優しい表情に浮かんだのは慈しみだ。


「私たちエルフの聖獣様は眠ってるのお。何十年、何百年、もしかしたらもっと前から岩の姿で眠ってるのお」


 ――ああ。


 胸の奥にしみじみと熱が生まれるのを感じる。

 この少女と再会するためにここへ来たのだ。


「久しぶりだねえ、沙智さん!」


「ソフィー!」


 切なげな表情から一転朗らかに微笑んだソフィーと、感動を露わにして二度目の出会いを大いに歓迎する俺。


 そんな俺たちを眼下に聖獣様は岩のままだった。


【玄武】

ステラ「ディストピアにいる五体の神獣の一体だね」

沙智「神獣のエンカウント率高いな、おい」

ステラ「魔獣としてはサイズも世界最大なんだよ」

沙智「でも、何で岩になってるんだ?」

ステラ「その謎は、この第五章で明かされます!」

沙智「待ってまーす!」



※2022年5月20日

歌の表記変更


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