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第二十八話 『煌めく祈りが鍵かもしれない』

 災害は、決して予測することのできない神の癇癪である。

 少なくとも俺は、そう感じている。


 ある者は、七年前に同族を攫った憎き宿敵が再び牙を剥く可能性を知った。今度は何も奪わせまいと胸に強く拳を押し当て、打ち上げた。

 ある者は、探して求めてきた命を救う秘宝が偽物と知った。それでも恋人との勝負の誓いを思い出し、例え救えないとしても戦うのだと心に決め、打ち上げた。

 決死の思いで、願いを込めて祈りの風船を、打ち上げてきた。


 だが癇癪は、それを容易く割ろうとする。

 前触れもなく訪れる災害のように、怒れる龍神の屍は海上に降誕した。幻想的なウミホタルの光が息づく海を汚染し、肌寒い潮風に大粒の雨をかき混ぜる。

 全ての命を喰らわんと、進行するのだ。


「――何で、本島の方角に!?」


 その癇癪を人間が受け入れられるかは話が別である。

 メインマストの根元から甲板を囲う柵へ飛び出し、何十メートルもある龍神様の死骸が海を這うのを指差した。声が、焦りに焦っていた事は自覚している。


 対照的に、この状況で驚くほど冷静な声が二つあった。

 一つは、赤い後ろ髪をゴムで結んでいるステラのものだ。


「沙智、はずれの町のことは覚えてる?」


「それがどうした?」


「ドラゴンも人間も、ゾンビになったら同じ。命ある者に嫉妬し、それを自分の鼓動に取り込めないと分かっていても、喰らわずにはいられない!」


 苦々しく歯を軋めるステラを見て、俺も思い出す。

 それは、ジュエリーの陰謀により無理やりゾンビに転生させられた人々に追いかけ回された忌々しい記憶である。意識を保ったままゾンビ化したビエールという例外はあれど、大半はただ視界に入る命を貪るモンスターに変わり果てていたのは確かな事だった。


 だが、それならそれで疑問がある。


「じゃあ、何で本島より近いテルニケ島に向かわない!?」


「それは、えーっと、多分……!」


 俺が疑問を投げかけると、珍しくステラの歯切れが悪い。それも理由が分からないというより、理由を分かっていて言いたくないような、そんな反応である。

 そんな中、もう一つの冷静な声をエリナが鳴らす。


「大臣さん、ひょっとしてテルニケ島に避難指示でも出した?」


「え、ええ。ハイエナの襲撃の件がありましたので」


「その進捗は?」


「非常に迅速に行われました。どうも例の黒い竜巻騒動時の避難経験が活かされたようで……ハッ、まさかアレも龍神様のゾンビが!?」


 ステラの反応を即座に理解、全力でお口をチャックする。

 だが今のエリナの確認作業で彼女の言わんとする事は大方理解できた。テルニケ島の青目族たちはハイエナ襲撃直後に避難船でロブ島本島へ移動。

 海上に点々と散らばる小さな命に、あの巨体は興味がない。

 俺たちは、同じ方角を一堂に見つめて結論付ける。


「――つまり、命の最も香ばしい匂いがするのはロブ島本島って訳ね」


 本格的にまずい事態になったと、何よりも皆の沈黙が認めた。

 特にロブ島の場合、避難船として必要な船舶が明らかに足りないだろう。それは赤の国の呪いとは全く別種、青目族自身が作った鎖国という鎖のせいだ。

 それを重々承知しているからこそ、大臣たちも二の句が継げない。


 まずい、まずい、まずい、まずい。

 思考が空っぽになっている間も、龍神ゾンビは毒と骨の体を海面に引きずって進み続けている。その巨体の足がロブ島の岩盤を踏んだ時点で、ゲームオーバー。

 何かを考えなければ、何かを。


「エリナ、アレ、倒せたりしない?」


 そう尋ねたのは駄目元か、正気を失ったからか。

 だが、帰ってきた言葉は衝撃だった。


「やれるけど?」


「だよな、そりゃ無理があ……できんのぉっ!?」


 頷き掛けて、途中で目を丸くして発狂する。

 本当に何事でもないようにエリナが応えるので、危うく自然と聞き流すところだった。改めて可能か尋ねてみても、彼女は余裕の態度を崩さない。


 何か根拠があるのか。

 そんな予感を大臣たちが囃し立てて具体化する。


「そうか、エリナ様と言えば一か月前の偉業ですね!」


「同じ神獣の『白虎』を倒した貴方様なら!」


 詳しくは分からないが、龍神様と同格の存在を倒したとあらば、その悠然とした自信の理由も頷ける。

 神獣を倒した経験から基づく判断なら、きっと正しい。


「アレは倒せるわ」


「じゃあ!」


 事態を、打開できる。

 歓喜の熱に浮かされた俺は、期待の視線をエリナに向けた。


 今にしてこう思う。

 俺がエリナに寄せた期待は、いつかヤマトに向けたのと同じデウス・エクス・マキナである。人間がどう足掻いても手に入れられないハッピーエンドを、圧倒的な力を以てして強引に掴む存在であることを期待したのだ。

 悠然とした彼女の態度も、俺にそう期待させたのだ。


「ただし」


「ただし?」


 そして、それが馬鹿げた思い違いだったとも思う。

 エリナの落ち着き払った態度は、龍神ゾンビを絶対に下せるという自信からだと俺は浅はかにも勘違いしていた。

 彼女は、ただ割り切っただけだったのに。


「――ロブ島を丸ごと、犠牲にしていいならね」


 全ては、救えないと。

 眉一つ動かさないエリナに、俺よりも先にアランが吠えた。


「何言ってやがんだっ!?」


「アレの膨大なライフゲージを考えると海上で仕留め切るのは不可能よ」


「あの国には逃げられない奴もいるんだぞっ!!」


 アランは青筋を立てて掴み掛かろうとするが、エリナはその手を容易く弾く。

 ロブ島本島を戦場にする案をアランは許容できない。あの小さな島国には、危篤状態の思いを寄せる女性が、ナディアさんがいるのだから。

 だが、アランに代案がない事をエリナは見透かしていた。


「じゃあどうする? 放っておく?」


「――クッ」


 そうしている間も、龍神ゾンビはやはり進む。

 端から放っておくという選択肢など存在しないのだと、黒ずんだ海に漂う鮫の死骸が言葉なく呟いた。それを、俺は聞きたくなかった。


「こ、国王様?」


 だが不本意ながら、俺は耳を塞げない立場なのだ。

 不安そうに様子を窺うイポリートとゴーチエ。鞘に手を当てて準備はできていると暗に示すエリナ。目を逸らし、積極的な支持はしないと示すアラン。

 求められているのは、「国王」の最終判断である。


 俺は、どうしたらいいか分からなくて、助けを求めた。

 助けを求めて、左後ろを振り返った。


「――――」


 困った時にいつも手を貸してくれる少女。

 その少女は俺たちの会話に参加せず、かと言って龍神ゾンビを見ていた訳でもない。柵に片手を乗せ、何かずっと遠くの光に少女は釘付けだった。


 何だからしくない、そう感じた。

 きっと少女の赤い髪が、いつもと、違って――。


「他に選択肢はないんじゃない?」


「――ぁ」


 背後から突き刺さるエリナの非情な言葉が突き刺さる。

 赤い後ろ姿を半分口を開けて眺めて固まる俺を、何かを犠牲にする決断を躊躇っているのだと解釈したらしい。それは、事実だ。何も捨てたくない。


「あんたはお世辞にも強くなんかないでしょ?」


「――――」


「実際に手を合わせた私だから分かる。今までは特別なユニークスキルと運に助けられていただけ。本当は大魔王クラスに勝てるほど、あんたは強くない」


 確かに、今までは様々な奇跡が噛み合っただけかもしれない。

 ジュエリーの魔法陣を破壊できたのは『編集』のお蔭だし、ギニーやキャロルと戦えたのは『勇者』という称号と聖剣のお蔭。赤の大魔王を滅ぼせたのは『聖剣作製』と『ゼロのその先』のお蔭。

 スキルだけじゃない。サクの助言や、ソフィーの支援魔法、ダムの存在や、勇者たちの力。様々な状況が俺の力不足を補ってくれたのだ。

 俺自身は、相変わらず弱いまま――。


 今回も、突飛なアイデアが思いつけると期待したのか。

 俺は、瞼を閉じて考え始める。

 正面切って戦えない巨体に聖剣や火魔法が通じるか。使えるものは周囲に海水くらいだが、上手く囲えない以上、聖水には変えられないぞ。


「前にも言ったはずよ」


「――――」


「救えない物を拾おうとするのは、おこがましいわ」


 アイデアなんて、ない。

 そう思って瞼を開くと、少女の赤いポニーテールが俺の記憶の中から蘇らせるのだ。白藍のドレスを着飾る、あの白髪の魔女が、見つめて、笑うのだ。


 ――素敵な未来を、頼んだよ。


「あんたは」


「違う!」


「何が、違うの?」


 エリナの厳しい追及の声を振り切って、俺は一歩前に出てステラに並ぶ。

 そして、同じように遠い祈りを見定め、こう言った。





「――困った時は、空を見上げるんだ」





 自信満々に呟いたその声を、大半は理解していない。

 現にエリナなどは盛大に顔を顰める。


「は?」 


 怪訝な様子のエリナとは対照的に、ステラの口元が微かに綻んだように感じた。それが気のせいではない事は、エリナに対する返答が証明する。


「あんたの妄言に付き合ってる暇はないのよ」


「――妄言じゃないよ」


 背中に手を組んで、ステラの声は僅かに弾んでいた。

 きっと彼女の頭の中にも、誰もが耳を疑うような出鱈目なアイデアが浮かんでいる。俺もステラも、それが同じものであれば良いと願っている。

 いや、同じものだと、確信している。


「沙智、一つだけ可能性を思いついた」


「奇遇だなステラ、俺もだ」


「でも、あなたの特別な魔力が必要」


「俺も、ステラの風の技術が必要だ」


 擦り合わせは、それだけで充分だった。

 ようやく顔を合わせ、お互いに自然と笑いが噴き出す。俺は腹を抱えて笑い、ステラは頬を赤く染めて俺の額を突く。込み上げたのは、嬉しさだ。


 それは、俺たち以外からは異様な光景に映っただろう。

 命を取捨選択すべき状況で、なぜ笑うのかと。


「あんたら、何を?」


 震えるエリナの声に振り向くと、皆が理解できないものを見つめるような表情で言葉を失っていた。その様子が、俺には少し小気味良い。

 だから、敢えてニヤリと微笑んでやった。


「決まってるでしょ?」


「落とすんだよ、龍神ゾンビの脳天に」


 俺は左手で、ステラは右手で、遠い空の祈りを同時に指差す。

 ロブ島の空に浮かぶ色鮮やかな祈りたち。その中でも一際美しく輝き、一際高い位置で目立つ、黄金の風船が吊るす孤高の宮殿。

 そう、落とすのだ――。


『――――空飛ぶ王宮(フライング・パレス)を!』


 溜めに溜め、俺とステラは声を揃えて言い放つ。

 すると、大臣二人は燕の雛みたいにあんぐり口を開いて石になり、アランは興味深そうに俺たちを見る目を細め、エリナに至っては愛刀を手から溢す。


「お、おおお、王宮を落とす、ですか?」


「そうだ!」


 腰に手を当てて断じる俺に、ゴーチエの目は泳ぐ。

 この様子だと概要をきちんと説明しなければ誰も理解してくれなさそうである。そう感じた俺は、まずはアランに問いかけて前提を確認する。


「アラン、確かドラゴンの弱点は逆鱗だったよな?」


「間違ってねえよ」


「そしてそれは、ゾンビになっても変わらないだろう」


 進行する毒の巨体をよく観察すれば、首元に黒い瘴気の肉体に埋もれた逆三角形の鱗がある。あれは間違いなく、逆鱗と呼ばれる部位だ。

 きっと、あの逆鱗が龍神ゾンビにとっての生命線だ。


「――俺たちは、海上でアレの一撃ノックアウトを狙う!」


「早く中身を言いなさい」


「あの王宮風船を、最高高度から龍神ゾンビの逆鱗目掛けて落下させるんだ。ステラの風魔法のコントロール技術があればピンポイントで狙える!」


「物理的なエネルギーは充分稼げてる。後はその威力を有効にするだけ。沙智のスキルで王宮そのものを聖域化すれば、龍神ゾンビにもダメージが通る!」


 要は、空飛ぶ王宮を龍神ゾンビを仕留める隕石にしようという話だ。

 ステラは俺の聖属性の魔力を知っているからこそ思いつき、俺はステラの大規模な風魔法をこの身で味わったからこそ辿り着いた。


 そう、これは可能性。

 たった一つ、全てを救える方法だ。


「名付けて、流れ星大作戦だ!」


 人差し指を突き立て、俺はそう締め括る。

 それでもエリナの瞳はまだ揺れていた。


「あんたは――」


「エリナ、やらせてくれ――お願いだ」


 三回だけ許された、お願い。

 ファート島作戦成功の宴会の手伝いと、西の迷宮攻略の手伝い。二つを合わせて、これが三回目だ。それを持ち出されたら、律儀なエリナは黙るしかない。

 落とした愛刀を拾ったら、もう彼女の瞳の揺れは消えていた。


 その様子を見て、今度は大臣組が息を呑む。


「逃亡中のハイエナはクレマン大臣に任せましょう、ゴーチエ」


「ええ、我々は国王様と共に王宮へ向かいましょう!」


 迅速な判断は有難いが、国王と呼ぶのはやはりやめてもらいたい。

 ゴーチエはイポリートの提案に頷くと、反対側の柵から顔を下ろした。俺たちが乗ってきた小型船をロープで繋げている場所である。


「スーパーカジキ号の残り燃料はどのくらいですか!?」


『ロブ島西海岸にギリギリ着けるかどうか!』


 小型船からの返答を聞き、ゴーチエは力強い目でこちらに頷き掛ける。

 そこへ向かう前に、俺は別の人物に視線を遣った。


「アラン、お前も乗れ」


「俺もだと?」


「――お前は、届けなきゃいけないだろ?」


 そう告げると、アランは目を見開いた。

 この甲板に現れた時から彼の右手には、金色の液体が輝く小瓶が握られていた。それを一刻も早く届けなければならない相手が、彼にはいる。


「アレを倒すのは私たちに任せて!」


「お前はちゃんと告って来い!」


「フッ、無様な結果だけはやめてくれよ」


 相変わらず素直じゃない男である。

 アランは一瞬頬を緩めると、ゴーチエの隣から飛び降りて小型船に乗り移った。直後、ステラもロープを片手に伝って、彼の後に続く。


 俺も続こうとして、ピタッと足を止めた。

 視界の外れに、縄の輪っかが見つかったからである。


「あれ、ランドンは?」


「なっ、騒ぎに乗じて逃げたか!?」


「エリナ任せた」


 残念だが、脱走した敵にまで構ってる余裕はない。

 慌てるイポリートの隣で俺は新たな問題をエリナに丸投げし、甲板の柵に片脚を乗せる。エリナも不満はある様子だが口にする気はないようだ。

 代わりに長い溜息の後、彼女はこう促した。


「龍神ゾンビの進行速度から見て、リミットは三時間よ」


「おっけー!」


 エリナの忠告に片手で応じ、俺もロープを伝って降りる。

 失敗は、絶対に許されない。


「――龍神ゾンビは、海上で仕留め切る!」





◇◇





 一方、ここはロブ島北の入江。

 商船『ソーン』の木船が並んでいたこの場所には、今は一隻の大きな帆船が寂しく居座るのみである。他の木船は別のプランを遂行するために海に出て、現在はロブ島王宮の勢力を一身に引き受けている。

 その間に攫った青目族の子供たちを帆船に乗せ、離脱する。

 それが『ソーン』の――否、ハイエナのメインプランだった。


 だが、状況はどうだろうか?

 防波堤に立つロベールの下へ、彼の部下が焦って駆けつける。


「代表、誘拐したはずの子供の姿がありません!」


「例のマントの男の仕業か」


 作戦は、順調には運んでいないようだ。

 ロベールがボソリと呟いた「マントの男」が、どうも彼らの作戦を遂行する障害となっている模様だ。

 彼は捜索と索敵を続けるよう指示し、部下を行かせた。


「はぁ」


 男は乾いた溜息を溢す。

 最後まで戦い抜くと昨晩覚悟を改めたばかりだというのに、障害。男にはこれが、これ以上の悪事は見逃さないという天からの啓示のように思えた。

 そんな考えが過ったと同時に、男は奥歯を噛む。

 今更、途中で辞める理由を探そうとするな、と。


 ――だが、裁くのは神ではなかった。

 与えられるのが、啓示でもなかった。





『――――』





「何事だっ!?」


 爆音と共に、視界を光が横切った。

 音がした方向へ目を遣って、ロベールは驚愕する。選りすぐりの部下が乗り込んでいた帆船が猛々しい火炎に包まれているではないか。

 たった一瞬、だが帆船の影は炎の中に沈んだ。


 ロベールは歯を軋ませながら、咄嗟に思考を回す。

 何かが、引火して爆発したのか。


「代表ぉ!」


 その炎の中から、一人の部下が黒焦げになって飛び出て来た。

 彼は絶望の色を浮かべ、走りながら報告をし――。


「火薬室に何者かが――グォッ!?」


 男の目の前まで来た瞬間、呻き声を上げて前のめりに倒れ込んだ。

 あまりの急展開にロベールの老いて腐った頭が追い付かない。だがはっきりと、部下が、目の前で死んだことは理解できた。

 否、正確には部下は殺された。


 ――後頭部を狙撃されたのだ。


「急所を、一撃だと?」


 男は、部下に死に方に見覚えがあった。

 七年前、ロブ島から同じように青目族の子供を攫って消息を絶ったハイエナの船が、その二年後に赤の国の沖合で発見された事があった。

 当時のロブ島の大臣に頼んで男は資料を見せてもらっている。

 発見された遺体は、全て、急所を一撃だったらしい。


 どうも、誘拐された子供の人数が遺体の数と合わない。

 この事から、ロベールは結論付けた。


 攫った青目の子供の中に、大の大人を屠る化け物がいる。

 全て急所で仕留める、“クリティカル”がいる。


「いや、七年前の事を俺は――」


『――――』


 頭に浮かんだ可能性を一蹴しようとして、男は空を切る音に気づいた。

 寸前で顔を右へズラすも、避け切れなかった何かが男の頬を掠めとる。滲んだ血が、随分と遅れて命の危険を訴え、頬で喚き散らす。

 ロベールはまさかと思いながら、炎の中を睨んだ。


 そして、目が合った。

 憎しみに囚われた、灰色の瞳と。


「――これも運命だとでも言うのか、ウミホタルよ」


 男は今日まで一度も忘れたりなどしなかった。

 その桑色の艶やかな髪も、子供の癖に堂々とした佇まいも、忘れるはずがない。あの青目の少女の知的好奇心につけこんで騙した七年前の記憶も。

 だからこそ男は目を細め、立ち塞がる試練を心底嫌に思う。


「どこ、ですか」


 少女の――トオルの声が、怒りに震えて世界を凍らせる。

 灰色の瞳は、もう駄目だ。


「エリゼはどこだァァァァァア!?」


 何も、映さない。


【青龍】

 ロブ島に生息するドラゴンの一体が『主』クラスまで成長したもので、西の迷宮のボス魔獣、さらには五体の神獣の内の一体だね。生前は知性も有したみたいで、人間のキュリロスと酒を酌み交わしたって伝承もあるみたい。



※2020年3月29日投稿


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