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第十七話  『聖剣が復活するかもしれない』

 多目的室を後にしてステラの足取りが重いことに気づいた。

 長い付き合いだ、その理由も分かる。


「ねえ、さっきのトオルには?」


「話すなよ?」


 トオルが『奴隷』になった経緯と『ハイエナ』は深く関係している。

 やっと明るく夢を語れるようになった少女に話すほどの度胸が俺にはなかった。ステラは答えに逡巡して表情を揺らし、迷いが抜けきらないまま小さく頷く。


 ともかくエリゼの回収が優先事項だ。

 俺たちは少年が遊んでいるらしい中央動力室の戸を開ける。


「……へぇ」


 そこは真っ白なタイル張りでドーム状の空間だった。

 部屋の中心には巨大な砂時計のような大きな機械があり、恐らくはこいつが原因で部屋は上着を脱ぎ捨てたくなるほど暑い。どうやらこのコンパクトな機械が巨大風船を浮かす動力らしい。


「お兄さんにお姉さんだー! お話終わったの?」


「うん、待たせてごめんね」


 エリゼは王宮探検をさぞ楽しんだのかご満悦な様子だった。

 意外なのはこの好奇心の塊が一つ所に大人しくしていたことである。この動力室にはそんなに少年の興味を惹く何かがあるのだろうか。


 不思議に思いながら顔を右側に向けた時だった。


「やれやれ騒がしいな、今日は来客が多い」


 簡素な作業台の前に屈み込む白衣で細身の女。

 様々な工具が散らかるベニヤの台の上にドライバーを加えると、安全眼鏡を額まで押し上げて女は振り返った。長くボサついた金髪に、不健康そうな眼の下の隈と無気力な表情――彼女は間違いない。


「あ、町で会った――?」


「吾輩が貸した昔話は参考になったかな?」


 腰に手を当てて気怠そうに女は語る。

 この一人称が妙な女性こそカロリーネ――後に俺のロブ島脱出作戦の鍵を握る人物だと今は知る由もない。





§§§





 王宮の中央動力室はカロリーネの実験室を兼ねていた。

 まだ作業が終わっていないと言うので彼女の物作りを観察させてもらったのだが、棚を行ったり来たりして数十種の工具を使いこなす様はまさに技術者だ。


「待たせたな少年」


「わーい、ありがとう!」


 ようやく完成したのは十数センチほどのゴーレムのようなロボット。

 エリゼはそれをカロリーネから受け取って大事そうに胸に抱え、ステラの手をいきなり引っ張ってウキウキ弾みながら作業台とは反対側に駆け出すのだ。


 結果的に作業台の脇に残ったのは俺とカロリーネ。

 一先ずリュックを手前に回して町中で彼女から貰った昔話の絵物語を取り出し、彼女にお礼とともに返却した。本の始末に困っていたのでホッと溜息を溢すと、彼女は左手に掴んだ本の表紙をじっと眺める。


「ところで――」


 衝撃的な発言はあまりにも唐突だった。

 まるで良い天気ですねと語り掛けるような気軽さで平然と唇が動き出す。


「黒い竜巻を何とか抑えられたようで良かったな」


「一時はどうなるかと思いましたけど――あれ?」


 しくじった、そう理解した時には返答はもう口から飛び出ていた。

 ファート島での一件は第一級の秘匿事項である。当然エリゼも知らない事なので、第三者であるカロリーネがそれを知る可能性は皆無のはずだった。


「やはり貴殿らが関係していたか。赤毛の子から、先日発生した黒い竜巻に『感知』スキルで検知した瘴気と同じ臭いがしたのでまさかとは思ったがな」


 鼻に人差し指を当てて毅然とカロリーネは説明する。

 魔力にも臭いがある――なるほど、それは盲点だった。


 ステラは風魔法による調律という技術で、瘴気粒子の外側に紫苑の魔力粒子を配置することで見かけ上は瘴気とバレないよう工夫している。だがそれは視覚上の工夫であって、確かに嗅覚には通用しない。


「“しー”でお願いします!」


「“しー”だな」


 慌てて唇に人差し指を立てて添えると、彼女は意外と簡単に応じてくれた。

 ファート島で具体的に何が起きたのかを聞き出そうとしない態度を訝しく思ったが、ひょっとするとトオルのように知識にあまり興味を示さないタイプの青目族なのかもしれない。


 しかし改めて見るとカロリーネという女性は不思議だった。

 王宮にいるからには官僚かあるいは雇われ者なのだろうが、どうも彼女の態度からは仕事への活力を感じられない。というか生気すら感じられない。


「あなたも国の役人なんですか?」


「敬語に拘る必要はない。吾輩は科学大臣で――」


 彼女が左手の掌を仰向けにして語ろうとしたその時だった。

 動力室に激しい轟音が鳴り響く。


『――』


「何だっ!?」


 驚いて音の方へ視線を向けると、何かが煙っている。

 その煙を囲ってステラが唖然とした表情で固まり、エリゼは額に手を添えて煙が昇っていく天井を楽しそうに眺めているのだ。発火物の正体は間違いなく――。


「カロリーネさん上手くいったよ!」


「それは良かったな少年」


「あんた子供に何あげたのっ!?」


 爆発したのはカロリーネがエリゼにあげたロボットだった。

 激しく肩を揺さぶると彼女は無抵抗に揺らされながら、やはり無気力な表情で淡々とロボットの正体を明かした。それに俺は度肝を抜くことになる。


「大したものではない、ただのロケットだ」


「いや大したものだけどっ!?」


 彼女を残して発火物がある地点に走ると、地面に脚が刺さった状態のロボットが煙をあげていた。そして嬉しそうに指を上に向けるエリゼに促されて仰ぐと、白い天井にロボットの頭頂部が突き刺さって漆喰にヒビを入れていた。


 もはや意味が分からない。

 水圧で飛ばしたにしては威力が強すぎないか?


『何の音だカロリーネ!』


「おっとまずいな」


 ドアをガンガンと叩いて叫ぶ衛兵の怒声に彼女は頭を掻く。

 王宮を浮かせる動力室から激しい爆音が響いたのだから、彼らが慌てるのも当然のことだ。俺とステラは誰もいないのに自然と両手をあげて無実を主張した。


 一方でカロリーネは肝が据わっている。

 右手を白衣に突っ込んだまま悠々と入り口のドアまで歩くと、少しも躊躇わずに閂をかけるのである。そのまま左手を喉に当て、「あーあー」と発声練習のような真似を彼女が数度繰り返す。


 驚くべき音を耳が拾い取ったのはその数秒後だ。


『国王命令だ、吾輩が良いって言うまで立ち入るな』


『吾輩ってあんたカロリーネだろ、面白そうな実験なら俺らも混ぜろ!』


「ちっ、バレたか」


 よくあることなのかガンガン叩く物音をカロリーネは気にも留めない。

 いや、それよりも今のは――。


「沙智の声を真似たの?」


「吾輩の『変声』スキルであれば容易い」


 才知溢れる工作に加えて面白いスキルの数々。

 白衣の技術者の脚に飛びついた満面の笑みの少年を見て納得した。


「なるほど、エリゼが退屈しない訳だ」





§§§





 王宮での用は済んだのだが情報収集は決して抜からない。

 遥か上空に位置する王宮に赴くことなんて二度とないのだから、国の中枢で勤務する人間から知の恩恵を少しでも授かっておかなければ損というものである。


「――じゃあ管理局で手続きしたら誰でも迷宮には入れるんだな?」


「その通りだが、単独行動の場合は基本承認されない」


「大丈夫、それは俺自身も承認しない」


 西の迷宮について大方聞き終えた頃には、すでに午後五時を回っていた。

 会えるかは分からないがこの後ナディアさんの病室にも顔を出したい。


「そろそろ帰るか」


「アルフのお世話が長引くとトオルも大変だしね」


 俺が即席のベンチから離れて入り口のドアに近づき帰宅を促すと、工具箱を漁って楽しんでいたエリゼを静かに見守っていたステラもコクリと頷いた。カロリーネが覚束ない足で立ち上がり、淡々と話し始めたのはそんなムードの中でである。


「――君はロブ島の風船の秘密に興味はないか?」


 長い前髪が彼女の表情を俺に読ませない。

 脱力し切った彼女の体は左右に振り子のように揺れて何だか気味が悪い。


「きゅ、急に何だよ?」


「支えるのが熱気球では構造物の重みに耐え切れず地に落下してしまう。そこでロブ島の繊維技術が生み出したゴム繊維『イノリ七号』を用いた特別なバルーンを採用することにした」


 ロブ島の風船も繊維技術の賜物だったのかと感心し、不意に入国バッジのデザインを思い出した。あれは龍が針で風船を突くイメージではなく、龍が風船を裁縫するイメージだったのか。


 勝手に俺が納得する脇で、彼女は移動して砂時計のような機械に触れる。


「この装置でバルーンに電気を流すと、『特異電板』と呼ばれるロブ島の岩盤に反発して浮かび上がるという仕組みだ。おまけに『イノリ七号』は電気を帯びると強い弾性と強度を示し、バルーンが長持ちするのに一役買っている」


 唐突に始まったご高説だが素直に面白い話だ。

 つまりはロブ島の「特異電板」と呼ばれる岩盤は常に帯電しており、帯電したバルーンは岩盤との間に働く斥力を利用して宙に浮いているという訳だ。地上から百メートル以上も離れてなお強力な斥力が健在である理由には興味が――。

 

「貴殿は今、興味を抱いただろう?」


 その問いかけは普段の彼女の声より半オクターブ高く感じた。

 図星だろうと言いたげに顔を傾ける彼女の表情は、出会って以降初めて浮かぶ微笑がある。不健康そうな目元を緩ませ、彼女はこう続ける。


「父にこの話を聞いて吾輩の世界は変わった。何気ない日常が実は美しい数式で成り立つアルゴリズムのように感じたのだ。ゆえに吾輩は未知を解析したい」


 未知――その単語が出た瞬間に俺は顔を顰めた。

 彼女が例に漏れず知識欲の塊である青目族の一員なのだと気づいたと同時に、俺をまじまじと見つめる彼女の瞳の奥に散々俺を困らせる青目族の衝動が垣間見えたからである。


「貴殿が有する聖剣エクスカリバーをぜひ拝見させてもらいたい」


「エーリーゼーっ!!」


「ひょぎゃあ!」


 少年のこめかみに両側から拳をぐりぐり押し付ける。

 やはりこの好奇心の塊に俺がエクスカリバーを所有していると漏らすべきでなかった。しかし後悔してもカロリーネから記憶を抜き取ることは不可能だ。


「安心すると良い、他言はしない」


 彼女はすでに伝説級のアイテムの存在を疑っていない。

 どうしようか困惑していると、ステラが俺の耳に手を当ててこう吹き込んだ。


「沙智、適当に誤魔化そうっ。弱みを握られてる訳じゃないんだしっ」


「……あ」


 不意に思い出したのは唇に意外と簡単に指を当ててくれた彼女の姿。

 ごめんステラ、弱みはすでに握られてました。





§§§





 リュックから取り出した悪魔マークの袋から作業台の上に聖剣をバラまいた。ステラから貰ったお守りに封入してある破片を除くとこれで全てである。銀色の断片は光に反射して明暗に輝き、もはや使い道の見出せない残骸となってなお美しい。


 カロリーネは破片の一つを手に取り、興味深そうにじろじろと眺めた。指でさすったり、回転させて観察したり、彼女なりにデータを取っているのだろう。


「剣というよりは鏡の破片だな」


「ジェムニ神国でお世話になった時にちょっとな」


 この聖剣エクスカリバーには元々膨大な魔力が宿っていた。

 残存魔力が枯渇した状態の俺にとって、伝説の剣は圧倒的な格上である雷鬼王を倒す可能性のある唯一の切り札だった。聖剣に宿っていた魔力を全て使って何とか危機を突破したのだが、その代償に聖剣はボロボロに砕け散り、魔力を失ってただの鋼と変わらなくなった。


 カロリーネは今度はスキルを使って金属の詳細を調べるようだ。

 指に摘まんだ破片に『鑑定』を発動した瞬間、彼女の目が大きく見開かれる。


「どうかしたの?」


「この破片、どうやら周囲から魔力を吸収しているようだ」


「魔力を吸収?」


 それは……要するにどういうことだろう?

 俺とステラが疑問符を浮かべて顔を見合わせると、カロリーネは破片を作業台に戻して腕を組んだ。その複雑そうな表情から察するに、聖剣は無惨な破片であってさえ彼女の知識欲を大いに刺激しているらしい。


「自然界や人間が出す魔力を少しずつではあるが間違いなく吸収している。この剣の元々の魔力含有量には至らないだろうが、意図的に魔力を込めれば聖剣の力が復活するかもしれないな」


「ほ、本当か!?」


 聖剣の復活、これは胸に密かに抱いていた願いだった。

 絶体絶命の窮地で俺を認め、そして救い出してくれたまさに命の恩人、否、恩剣である。例え元の形に打ち直すことができなかったとしても、せめて美しいあの青白い輝きを取り戻すことができたらとずっと――。


 待てよ?


「魔力が戻るなら別の使い方だって……」


「沙智、またズルいこと考えてるでしょ?」


 ステラが隣からじろじろ睨んでくるが敢えての無視。

 迷宮に入る前に何とか破片の一つでも使える状態にしておこう。剣を振るうよりもこのアイデアの方が俺のスタイルにきっと合っているはずなのだ。


「結局これって未知の金属なの?」


「ああ面白い、差し詰め空想上のオリハルコンだな」


 エリゼにそう答えてカロリーネは満足そうに頷いた。

 知識欲求の充実、これ即ちファート島の一件を「しー」とする確約を貰ったという意味である。俺がホッと安堵して溜息をつくと、彼女は作業台の脇の小さな戸棚から小瓶を投げつけてきた。


「面白いものを見せてもらった礼だ」


「何これ?」


 慌ててキャッチして確認すると、黄色く輝く埃のような物体が閉じ込められていた。その輝きは蛍より淡く、注意しなければ光っているとすら気づかない。


「随分前に迷宮で見つけた貴重な苔の標本だ。売れば高値がつくだろう」


「ふーん、ありがとう」


 苔が果たして本当に高値で売れるかは疑問だが、マニアには需要があるのかもしれない。見せてとせがむエリゼに渡し、俺は聖剣の破片を袋にしまう。


 最後の欠片を袋に詰めてふと気になった。

 そう言えば、カロリーネは今まで一度も――。


「お前は俺のこと『王様』って呼ばないんだな」


 イポリートも、クレマンも、ゴーチエも、俺が何度訂正しようがお構いなしに王様としつこく呼び続けた。尊敬の念ではなく大臣として立場が上の相手への義務感が理由なのだろうが、カロリーネは「貴殿」という可笑しい人称で一貫している。


 彼女は俺の質問につまらなさそうに欠伸をする。

 

「立場など最も信用のならないデータだ。それ相応の格もない者に与えられる場合もあれば、時間とは非関数的に質が変わっていく。そんなものを気に掛けるほど吾輩は与えられたレッテルに従順ではないんだよ」


「ふふっ、そっか」


 何ともカロリーネらしい答えである。

 聖剣の袋をリュックにしまって帰り支度を済ませ、彼女に一応のお礼と別れの挨拶を告げて今度こそ入り口のドアへ歩き出す。すると彼女はまたしても唐突な話で俺たちの足を止めるのだ。


「迷宮へ行くのなら覚えておくと良い」


「ん?」


「事実が真実とは限らないように、真実もまた事実とは限らない」


 技術者の彼女らしからぬ哲学的な物言いに俺は首を傾げた。

 真実は間違いなく事実ではないのか。


「どういう意味だよ?」


「“秘宝”に達すれば分かることさ」


 カロリーネは風船の仕組みを説明した時のように饒舌には語ろうとしなかった。この時の俺も敢えてそれ以上は尋ねようとせず、ただ何か重大な助言を貰ったという至極曖昧な感覚だけが繰り返し耳に鳴り響いた。


【特異電板】

 ロブ島の岩盤は電気を溜め込む特殊な特性を持ってるんだ。特異電板って呼ぶんだけど、これを利用した発電施設もあるらしいよ。因みにゴム繊維「イノリ七号」には電気を流すと岩盤との間に強い斥力を発生させる性質があって、名物の風船はこの斥力を利用して浮いているんだ。



※加筆・修正しました

2019年11月20日  加筆・修正

         表記の変更

         ストーリーの補強

         ストーリーの順序変更


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