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第十六話  『空飛ぶ王宮は歓迎するかもしれない』

 金色の風船は空飛ぶ王宮『フライングパレス』の目印だ。

 ロブ島の青い空の最果てに国の安泰という願いを放ち、様々な色が飛び交う風船空の最高位に絢爛豪華に輝いている。ぐるりと囲う檜の筏から玉葱のような形状の白い建物を仰いで、俺は拳を強く握り締めた。


「腐っても王宮、礼節は守らないといけない」


「沙智にしては堅実だね」


 ナレージ大図書館から場所を変えて現在は穏やかな昼下がり。

 引き続き同行したのは二人。俺の殊勝な態度に素直に感心するステラと、王宮をどうしても冒険したいと言うのでやむを得ず連れてきたエリゼである。


「俺の指示に従え」


 まずは緊張を解すために深く深呼吸をしよう。

 息を吸い込むと、排気ガスや工場の煙に汚れた肺が澄んだ空気で綺麗に洗浄されていくのを感じた。心まで透き通った気分になり、晴れやかに号令を下す。


「回れ右――ってぇ!?」


「絶対に言うと思ったよ!」


 華麗に踵を返せたと思ったら後頭部に強烈なチョップ。

 ステラの一撃が容赦ないのは門前で優柔不断を俺が発動してすでに十数分経過しているからだ。図書館待機組のトオルたちをこれほど羨ましいと妬むことは金輪際ないだろう。


 門を開かなければ王様問題は解決できない。

 必死に自分を鼓舞しようと「行ける」を繰り返してみるが、やはり気持ちが後ろ向きだからか脚が伸びない。その場に頭を抱えて蹲ってしまったら最後なのだ。


「お兄さん大丈夫?」


「ダメだこりゃ」


 エリゼが早く探検したいとうずうずしているが少し待ってくれ。

 まだ「行けるポイント」が溜まり切っていない。


『――』


 デッキブラシが倒れて気づいた。

 誰もいなかった門前に灰色髪の若い男が一人、目を見開いている。

 作業服の彼は数歩進むと、突然ステラの掌を両手で包み込むではないか。


「何とお美しい方なのです! ぜひ私が選んだ華やかな一輪の花を……」


「え、あの――」


 あまりのことにステラも大いに困惑している。

 ただ俺はと言うと、自分の胸の中でもやっとした何かが生まれたのを敏感に感じ取っていた。初対面の相手であれば基本的に穏便に済ませる性質なのだが、その光景を見た瞬間、自分でも驚くほど軽く折れ曲がった脚の関節が伸びていく。


「その手を離さんかいっ!」


「あーれーなのです」


 獲物を狙って滑空する鷹のような速度でステラの掌を掴む男の腕を弾くと、彼はへらへら笑いながらおどけて飛び退いた。耳元まで引いた彼の指先からは薄っすらと紫苑の何かが光ったが、左手の親指にある指輪の宝石だろう。それにしても何と礼節のなっていない事か。


 彼とステラの間に腕を伸ばして牽制すると、彼は深々とお辞儀した。


「失礼、私、この王宮で清掃係として雇われている者なのです。週末には造花の歩き売りをするピエロに転身致しますのでぜひお立ち寄りを」


 丁寧な口調とは対照的に偉く剽軽な声の持ち主だと感じる。

 何だかこの男の表情は薄っぺらい。

 

「イポリート様の元までご案内するのです、新国王?」


 彼はそう告げると左手で門の内側を指し示した。

 まあいい、彼自身への不満や苛立ちといった些事に囚われている場合ではないのだ。心のもやもやから来る原動力ではあったが、これを「行けるポイント」に変換するのは決して悪くない。


「よし、行こ……ステラ?」


 振り返って呼び掛けようとすると、なぜかステラが慌てて目を逸らした。

 疑問符を浮かべていると、ボソリと一言。


「……バカ」


「何がっ!?」





§§§





 王宮の断面図は向日葵の花のようだ。

 床面積の大半を占めている中央動力室と、それを一周囲うように十の小部屋で構成されている。好奇心の雛鳥であるエリゼ少年を気の良い衛兵さんに任せ、俺とステラは多目的室へと通された。


 戸を開ける否や、俺は絶望する。


「新国王様、即位宣言を明日の午前九時から執り行いましょう!」


「新国王様、パレードの予算案に印を押して頂きたく!」


 いつか櫓の広場で出会った恵比須顔のアロハ男イポリートと、左手に包帯を巻いている白いコートで糸目の男が、俺の姿を見つけてほぼ同時にニッタリ笑う。彼らの奥では鶯色の軍服の男が深々と最敬礼し、さらにその奥では――。


「沙智、お前王様になってたのか、あはははは!」


「ロリコンギーズは黙っててよ!」


 テーブルの最奥に烏のような男、ギーズがなぜかいる。

 傷心して生気を失った俺の代わりにステラが急いで窘めるが、彼は意にも介さずに俺の現状をゲラゲラ笑っているのだ。後で聞けば、彼はファート島での調査結果を伝えるために王宮に訪れていたそうだ。


「改めまして通商大臣のイポリートと申します」


「お初に、防衛大臣のクレマンである」


「財務大臣のゴーチエであります」


 軍服の髭の男がクレマンで、狐みたいなコートの男がゴーチエか。

 まあ名前を覚えられるかなど問題ではなく、重要なのは彼らがイポリートのように話を聞かない耳ナシではないかどうかである。

 

「まずは新国王様にはパレードでのスピーチのご考案を」


「だから辞退したいんですけど」


 改めてそう告げると、イポリートはポカンと口を開いた。

 櫓の広場で一度彼には伝えたはずだが?


「あれ、冗談ではなかったんですか?」


「当たり前でしょーがっ!」


 小鹿のようにガクガク震えた俺を見てそう思ったなら末恐ろしい男である。

 ずっと恐縮しっぱなしの俺ではあったが、イポリートの態度で怒りが緊張を上回ったようで感情の蓋が外れたらしい。もはや後先はなんて微塵も考えず、腰に手を当てて大臣たちに断固として主張する。


「繰り返す、俺は辞退したい!」


「うーむ、今まで国王が代替わり以外で退位した例はありませんからな」


「ゴーチエは何か妙案はありませんか?」


 いきなりの事で困惑する彼らが頼ったのは財務大臣ゴーチエ。

 彼は顎に包帯の左手を当てて深く考え込むと、不意に人差し指を立てた。


「新国王様、一つだけ可能性がございます」


「詳しく聞こう」


 腕を組んで彼に説明を促すと、ゴーチエは丁寧に説明を始めた。

 まずは現在の国王選挙の様式「青王祭」についてである。


「ロブ島の国王選挙はご存知の通り、年に一度の青王祭で行われます。参加者は最低限の規範さえあれば当事者間で自由に勝負内容を決定することが可能で、勝ち上がった者が次期国王となります」


「沙智がジャンケンでズル勝ちしたみたいにね」


「冗談のつもりだったんだよ」


 ステラが揶揄うのを横に流して一週間前の事を思い出す。

 確かに櫓の上でどのような勝負をするかを俺たちは問われた記憶がある。


「しかし幾ら我々が知識の種族と謳われようとも、二百年目ともなれば祭りで使われる勝負も見慣れたものばかり。青目族はすでに飽き飽きしております」


「だからズル沙智が国王様になっちゃったんだ」


「外海の方が行う目新しいズルでしたので興味が湧いたのでしょう」


「そんなにズルズル言いたいなら蕎麦でも啜ってろっ!」


 繰り返すがあのジャンケン事件は本当に冗談のつもりだったのだ。

 別に勝ちを無理やり押し通そうとした訳ではない。


「で、具体的にはどうしろと?」


「簡単なことです」


 八つ当たり気味にゴーチエに迫ると、彼は不敵に微笑む。

 どうやら自分の策によっぽど自信があるようだ。


「国王様が青王祭に代わる新しい選挙祭りを考え、試しに実践されると宜しいのです。退陣するための大義名分にもなりますし、スムーズに新国王を即位させることも可能です」


 新しきを欲する青目族、その特性を突くという話か。

 彼の案について吟味に吟味を重ね、小指を掴んだまま棒立ちすること二分後、俺はやむを得ず頷いて嘆息した。現実的かつ平和的な案と認めざるを得ない。


「じゃ、新しい選挙祭りを考えつくまで即位パレードは凍結な」


『ええ~』


「声を揃えるな大臣共っ!!」


 最終的に俺の負担は何ら軽減されていない気がするが、現状はこの方法を実現させる方向で進めるとしよう。ともなれば帰って早速トオルも交えて相談会を開きたいところではあるが――。


「ったく簡単に話をまとめやがって、つまらねーな」


「ならギーズ、聞いて小便漏らすなよ」


 クッキーを齧りながら行儀悪く椅子を並べて寝そべるギーズの方へ手を伸ばす。

 白髪の少女の頼みに頷いてしまった以上、この問題を手放しに帰れない。


「――今からとっておきの話をしてやるよ」





§§§





 悪意が最初に瞬いたのは七年前である。

 この世界でも最も大きな犯罪集団『ハイエナ』の船団が鎖国体制のロブ島から青目族の少年少女、合わせて八名を攫うという前代未聞の事件が発生した。奴隷船はロブ島からの追手を振り撒き、事件解決の糸口とともに深い霧の海へと消えてしまったという。


 二年後に奴隷船は赤の国西部の浅瀬で発見された。

 しかし消えた子供たちの行方はついに分からなかった。


 そしてさらに五年後の今日。

 事態は急展開を迎えることになる。


「この国に『ハイエナ』が潜伏しているそうだ」

 

『――っ!?』


 声にした途端、陽気な部屋の雰囲気が凍りついた。

 何も聞かされていなかったステラは勿論のこと、恵比須顔のイポリートも真面目そうなクレマンも皆一斉に表情を一変させる。中でも際立った反応を見せたのが冷静沈着かと思ったゴーチエだ。拳を震わせて歯ぎしりしながら彼はまだ見えぬ敵へ強く眼を飛ばす。


「こ、国王様、一体どこでそのような話を?」


「国王言うな。図書館で出会った『預言者』から聞いたんだよ」


「ちっ、あの噂の『預言者』が情報源かよ」


 ギーズが唾を吐きながら「あの預言者」と評する辺り、少女の予言を信憑性のあるものとして彼らが受け入れていると感じられる。それは実際に『未来予知』の効能を疑似的に体験した俺も納得できる。


「敵の規模や潜伏先などは聞いておられませんか?」


「ざ、残念だけど何も」


 急に真剣な表情で距離を詰めてきたイポリートに驚いてわたふたと手を横に振ると、彼は振り返ってロブ島防衛大臣に声を飛ばす。思わず慄いてしまうほど緊迫した響きを乗せた声で。


「クレマン、ロブ島に外海から入国しているのは誰です?」


「現在入国バッジを発行したのは観光目的のお方が六名と、青王祭と即位パレードのために北の入江に停泊中の商船『ソーン』の搭乗員八十四名です」


 腕を組んで滑らかに答えるクレマンの発言を俺は訝しく思った。

 この鎖国体制の国に娯楽で来る馬鹿な人間が果たしていようものか。

 間違いないと俺はある種確信を持ってクレマンに指差す。


「観光目的の奴らが怪しいっ!」


「お前らだよ馬鹿」


「あれ?」


 ギーズの指摘にステラが呆れて溜息。

 なぜかバッジを受け取ったトオルを含む俺たち四人に、先日不法入国してからバッジを申請したエリナ、それとナレージ大図書館にいたシャロン――なるほど、言われてみれば確かに六人だ。


「潜伏するとなると迷宮だろうか?」


「いや、あそこには迷宮管理局があります。それに龍もいます」


「しかし龍は半月以上前に――」


 テーブルの端ではすでにクレマンとイポリートの議論が白熱している。

 衝撃は走るだろうと予想していたが、どうやらロブ島にとって七年経った今でも『ハイエナ』という存在は根強く憎悪を抱く対象らしい。


 彼らの余りある嫌悪の熱に気後れして無意識に一歩退く。

 するとツンと背中にステラの指が当たるのだ。


「沙智に『渡りの日記』を譲ってくれたのって『預言者』だったの?」


「そんなに有名なのか?」


「うん、各地で災いを予言する魔女としてね」


 なるほど、良いようには言われていないようだ。

 このディストピア世界に転移して二か月、世界への見聞を深めたつもりだったが、『再生王』の魔王化能力といい、まだ知らない常識が多いのだと痛感する。


 どす黒く重い空気がずっしり横たわった多目的室。

 その邪気を切り裂くようにパキパキッと痛快な音が響く。誰もがその音に驚いてテーブルの端へ視線を遣ると、もてなし用のクッキーの束に拳骨を下ろして凶悪に輝く瞳が二つ。


「――悪いな、沙智」


 誰もが真っ黒な男を見て口を噤んだ。

 勇者が放つ全身全霊の気迫が室内の全てを恐怖に竦ませて震わせる。


「その話が闘志を燃やしこそすれど、ビビらせることは絶対にねーぜ」


 この場で誰よりもギーズは力強く鮮明だった。

 彼の矜持が幼子を攫う犯罪集団を許せないからか、それとも――。


「この件は俺が預かる、いいな?」


「ちゃんと仕事してくれよ、『勇者』」


「言ってくれる」


 黒く覇気ある声を聞くと任せてもいいと素直に思った。

 普段は残念な面ばかりが目立つが、彼も反撃を掲げる一人。勇者ギーズの目が黒い内はきっと『ハイエナ』共も餌に集れないだろう。


 とりあえず重要な話はこれで完了である。

 ホッと胸を撫で下ろすと、不意に頬を抓られた。


「私に先に話してくれたら良かったのに」


 振り向くと、ステラは甚くご機嫌斜めな様子だ。

 ファート島作戦が成功したばかりのステラの幸せに、煙ってもいない事件の噂で水を差したくないと当初は考えていた。ゆえにエリゼの付き添いを頼んで遠ざけようとしたのだが、珍しいことに気遣いに長ける彼女がこれを断ったのである。


 思えば王宮に着いたあの時点でステラは感じ取っていたのかもしれない。

 俺が緊張する理由は王様問題だけではないと。


「ステラの勘も偶には働くもんだな」


「経験則です、沙智って大事な話の時は事前にリュックを見るもんね」


「何っ!?」


 そんな癖があったなんて軽く衝撃の事実だぞ。

 笑いで誤魔化しながらステラから離れ、胸に温めていた別の話題で話を逸らそうと俺はイポリートの下に向かった。彼は未だクレマンと『ハイエナ』の潜伏先について議論し合っている様子だった。


「ところでイポリート、西の迷宮について聞きたいんだけど」


 迷宮が想像より危険でないなら、何とか攻略して『世界樹の涙』――ロブ島では『命の秘宝』と呼ばれているアイテムを手に入れたい。きっとソフィーへの良い手土産になるはずだ。


 余談のような話なので安直な気持ちで尋ねたのだが、イポリートとクレマンの反応は違った。西の迷宮と耳にすると背筋をピンと伸ばして肩を震わせ、有無を言わさず両側から俺の腕を掴んで部屋の片隅へとそそくさ連行したのである。


「さすがは国王様、まさかそこまで察知しておられたとは」


「だから国王って呼ぶな」


 訳が分からない。

 困惑する俺にイポリートは真剣な表情で声を潜める。


「迷宮の話題を出されたならすでにご存知なんでしょう? 迷宮の最奥にいるとされる神獣『青龍』が消滅したかもしれないという噂を」


 軽々しくトップシークレットを漏らす大臣。

 この国、もう駄目かもしれない。


【フライング・パレス】

 ロブ島の金色風船が吊るす空飛ぶ王宮だね。国の繁栄と安泰っていう祈りを込めて空に浮かんでるらしいよ。ここで王様が働くらしいから、まずは王冠を乗っけるためにその邪魔なアンテナ、切り落とそ「お前は俺のアホ毛に恨みでもあんの!?」



※加筆・修正しました

2019年11月15日  加筆・修正

         表記の変更

         ストーリーの補強・変更

         ストーリーの順序変更


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