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第二話   『久しぶりの帰省は緊張するかもしれない』

 小説などを呼んでいると、何の変哲もない主人公が突然領主や王様になるストーリーを目にする。その度に、細い可能性を掴み取ったなと半ば感心するのだが、いざ自分の身に同じことが起きると笑い事では済まされない。


『七瀬沙智を記念すべき第二百代ロブ島国王として歓迎いたしますっ!』


 激しく鮮烈に轟いた太鼓の音。

 静かにドクドク鳴り続ける心臓の音。


『うぉぉぉぉぉぉぉぉ!』


 どっと広場に響き渡る歓声。

 せめて櫓には響いて欲しい悲鳴。


 青王祭は国王を決めるための年に一度の祭りだそうだ。

 参加者は自由な勝負で知識力や発想力を競い合い、最も斬新かつ先鋭的な知識を披露した者が新国王に選ばれる。そんな祭りで、青目族どころか、この世界の人間ですらない異世界人が王として認められてしまったのだ。


「あ、あの……」


 ようやく事の重大さを理解して細々と発した声は歓声の渦に飲まれて消える。

 冷汗を浮かべながら司会の男性に顔を向けると、彼は文字がびっしりと並ぶ書類に印鑑を押しているところだった――俺の直筆のサインがある大会の参加用紙そのものである。


「やりましたね! 頑張ってくださいよ、新国王様!」


「じ……辞退したいんですけど」


 まさかあの印鑑が押された時点で必要な書類が全て揃ったなんてないだろう。司会の男性が急に礼節を弁えた態度を取り始めたことに恐怖を感じながら、恐る恐る申し出る。


「何とかなりますよ!」


「無理ですって!」


 国をそんな呑気な気持ちで背負えるかっ!

 司会の男性は俺の唇がぶるぶる震えているのを見て何を勘違いしたのか、温和な笑みであろうことか国王の仕事内容の説明を始める始末。


「大丈夫です、ロブ島の王様は働く必要はありませんから! 議会で決定したことを国民に発表したりする必要はありますが、それ以外は王宮で快適ライフですよ。偶に何か面白い催しで国民を喜ばせて頂ければ結構です」


 仏のような笑顔の彼を見て直感した。

 この男には例え一から俺の不安を説明しようとも無意味であると。


「せ、せめて大臣クラスの人と会わせて……」


「あ、申し遅れました。私、通商大臣を務めておりますイポリートと申します」


「お前が大臣かよっ!!」


 相次ぐ衝撃発言に、気を抜けばいつでも心臓は止まりそうだ。

 北の島でなぜかアロハシャツと随分ラフな格好だったので彼が国の重鎮だとは思わなかったのだが、お偉いさんに物申せないとなると頼れる人が他に――はっ。


「迷子捜索の命を出しますか国王様? それとも早速王宮へ?」


 広場の幟の下から俺に向けて手を振っている、見知った人影が三つ。

 この時、俺がどれほど安堵したか敢えて説明する必要もあるまい。


「あ、ま、迷子は丁度見つけたので一旦この話はストップで……」


「数日以内に王宮にいらしてくださいねー!」


 この声に応じては本当に後戻りできない気がする。

 菩薩のような表情の彼から逃げるように、俺はいそいそと立ち去った。





§§§





「さっちーすごいねーっ! 王様になっちゃうなんてー!」


「王冠被るならアンテナ邪魔じゃない? 切ってあげよっか?」


「あのロリコンも私も注意したんですけど……駄目でしたか」


 兎にも角にも、あの熱狂的な広場から一刻も早く離れたくて早足。

 最後の太鼓の轟音が響き渡る前に辞退を申し出れば何とかなったらしく、それを必死に広場の入り口から伝えようと手を振ってくれていたようだが、全ては後の祭りである。


「青目族怖い青目族怖い青目族怖い」


「心外なんですがっ! 全ての青目族があんなじゃないですからね!」


 トオルが咳き込みながら声を荒げる。

 確かにこの青目族が新たな知識に過剰に反応した覚えはないな。


「まあ今後の方針は明日しっかり考えよ。青目族の知識を尊ぶ性質を逆手に取れば退位できるかもしれないし、私も王宮で一緒に頭を下げてあげるからさ」


 気落ちする俺の背中を優しくさすってステラが微笑みかける。

 最初はいつものようにアンテナ弄りで揶揄われたものの、何だかんだ言ってステラは友達思いである。ずっと落ち込んでいても状況は打開できない。


 ならばこそ、今は船旅で疲れた体を休めるべき。


「ドンマイ、さっちー!」


「元はと言えばお前のせいだろーがっ!」


 調子よく親指を立てて笑うアルフに拳骨を一撃。

 さて、気持ちを入れ替えたら気になるのは目先の問題。


「で、泊まる場所は?」


「トオルが家に招待してくれるんだって」


 なるほど、ロブ島はトオルの故郷なのだから実家があるに決まってる。

 詳しい経緯は怖くて聞けていないが、トオルは七年前にロブ島から連れ去られた。ギーズ曰く、奴隷の売買を行う犯罪集団『ハイエナ』による犯行だったらしい。以来ビエールに『奴隷』として仕えていた少女がロブ島の家族と連絡を取り合える環境にあるはずがなかった。


「……私の記憶通りの場所にあればですけどね」


 背を向けたまま俺たちの数歩前を早足で進むトオル。

 七年間で散り積もった埃が自分と家族の思い出があった空白を埋めてしまったのではないだろうか――物悲しい声の響きに彼女のそんな不安と孤独を感じて、俺たちは無言のまま後を追った。





 島の北東の白い砂が縦にどこまでも続く海岸。

 町の中心から随分離れた夕空の砂浜にそのログハウスは細々と建っていた。波のさざめく音と少し肌寒い秋風がロマンチックな場所である。


「ここー?」


「……はい」


 玄関口の木組みの階段から距離を置いてトオルは呆然と家を眺めている。

 その状態が数分も続くと、さすがに詳しい事情を知らないアルフが「ほえ?」とキョロキョロ俺たちの顔色を窺い始める。だが、トオルの心境を何となく理解している俺とステラは無言で少女の小さな背中を見つめ続ける。


「明かりは点いてるし人はいるんだよねー?」


「……空き巣かもしれませんよ」


 兎は冗談を馬鹿みたいに信じて耳を直立させるが、トオルは分かってるのだ。

 戸を叩けば懐かしい家族が顔を見せると、ちゃんと。


 別れは突然だったかもしれない。

 七年ぶりの家族にどんな言葉から始めれば良いのか迷うかもしれない。

 でもな、トオル。


「――あっ」

 

 きっと会えば言葉は抑えきれずに溢れて来る。

 風が吹けば埃は飛び散って、思い出はその輝きを取り戻すのだから。


 俺に突き出されて戸に危うく額をぶつけそうになった少女は恨めしそうな表情で俺を睨んでくる。しかし一緒にいるから大丈夫さと微笑みかけると、不満そうな表情だけを残して扉に向き直った。

 

 玄関の戸が独りでに開いたのはその時だった。

 戸の立て付けが悪かった訳では決してない。


「――っ」


 数センチだけ戸を押して顔を覗かせたのは一人の少年。あどけない顔立ちで、お風呂上りでボサボサになった短髪はトオルと同じ桑色だ。ドアノブに手を伸ばそうとしたまま硬直したトオルに、パジャマ姿の彼は呆然と尋ねる。


「……姉貴?」


「え、弟いたのー!?」


 トオルに弟がいたとは驚きだが、確かに目元がそっくりだ。

 しかし一番驚いたのは、その少年がそのままバタリと戸を閉ざしたことである。


「久しぶりにお姉ちゃんが帰ってきたのに何で閉めちゃうのー!?」


 アルフが騒ぎ立てても戸が開くことはない。

 失われた七年という時間は家族の形を壊すに充分足り得たとでも言うのか、そんなのは認めたくなかった。きっと何かの間違いだと、冷たく吹き荒ぶ潮風すら怯えて逃げるほど声を荒げたかった。


 無言で立ち尽くす少女の背中がとても虚しくて見ていられない。

 何だか自分まで悔しくなって拳を震わせていると、不意にアルフの耳が何かをキャッチして振動した。


「ねえ、戻ってきたんじゃないー?」


「……え?」


 一人能天気に戸を指差すアルフに俺たちはまさかと思ったが、確かに足音がドタバタと徐々に大きくなってくるのだ。繊細な音を嗅ぎ取った兎の推測通り、先ほど違って戸は勢いよく開かれる。


「――ふふふ」


 頭には紺色の三角帽子。

 手には見るからに安そうな大剣のレプリカ。

 俯いている少年の声がどこか嬉しそうなのは気のせいだろうか。


「ふはははは姉貴っ! 遂に天空大冒険から帰って来たかっ! 姉貴がいない間に修行して強くなった俺と聖剣エクスカリバーの力を見るがいい!」


 レプリカの剣を左脇から右肩付近に少年はぐっと引き上げ、それが少し重かったのかバランスを崩して数歩踏み直す。が、何とか体勢が整うとにったりと笑って歯を見せるのだ。


 少年が何を言っているのかさっぱり分からず固まる俺たち。

 その中でトオルだけがすっと表情を和らげ肩をすぼめた。隣の俺にギリギリ聞こえるくらい小さな声で「そういうことですか」と頷くと、少年に応じるように朗らかに少女も笑う。


「嘘はいけませんね、エリゼ。私に挑むのであれば本物のエクスカリバーを持っているお兄さんに勝ってからにしてください」


「弟さんにも敬語っ!?」

「ちょ、俺が聖剣持ってるのは内緒だって……!」


 ステラと俺が同時に別々の事で驚愕し、少年はパタンとレプリカの剣を落として目を輝かせる。舌を出して誤魔化そうとするトオルには今度イタズラしてやろう。


「本物のエクスカリバー? 見せてぇー!」


「うわっ!」


 エリゼは玄関口の四段ほどの階段を颯爽と飛び降りると、勢いそのままに俺の胸に飛び込んできた。疑うことを知らない純粋無垢な少年である。そんな風に大騒ぎしていると、家の他の人たちが気にならないはずがなく、髪を片側に流した女性と少し気弱そうな眼鏡の男性が戸を開けて現れる。


 トオルの両親なのだろう。

 大はしゃぎする少年の頭を人差し指で窘め、静かに成り行きを見守る。


 母親らしき人物は、前触れもなく帰宅した愛娘に思わず鼻を押さえて泣きそうなほど表情を歪め、しかし決して涙を流さずに小さく微笑んだ。


「お帰り、ルイス」


 最初にその言葉を言おうとずっと決めていたのだろう。

 ほら、埃を被っても思い出は色褪せてなんかいなかった。


 何だか嬉しくなって俺は少女の返答に耳を傾ける。


「トオルです」


「おい」


 両親にそれを言うな馬鹿。

 思っていた感動的な再会とは少し違ったけれど、まあいいか。





§§§





 俺とステラはお洒落な正方形のテーブルの前で背筋を伸ばして固まっていた。

 キッチンでは寡黙なトオルの父親がコーヒーを沸かし、少年エリゼは緑と白の絨毯の床の上に置いたレプリカの剣を眺め込んでは首を捻る。


 やはり友人の家だろうと落ち着かない。

 ソファーで丸くなって遠慮なく寛ぐ兎には決して倣えない。


「二階の部屋はそのままにしてあるからね、トオル」


「……はい」


 母親にも言葉数少なくトオルは一足先にリビングから退室した。

 本来は家族水入らずで存分に語らってくれれば良かったのだが、体調が芳しくない事も考慮して先に休ませることにしたのだ。必然的に残ったのは人見知りの二人である。


 トオルの足音が消えると、コトンとエリゼが首を傾ける。


「姉貴は“ルイス”だろ?」


「……今はいいのよ」


 エリゼの疑問は尤もだろう。

 昔はルイスと呼ばれることを当たり前に受け入れていた少女が強く訂正を迫るのだから、意味が分からないのは当然のことである。


 見ていて思った。

 恐らく、エリゼは姉がいなくなった理由を知らない。

 

「頑固なのはちっとも変わってないようですね」


 それは向かいに座ったこの母親が知らない方が幸せだと判断したからだろう。

 ならば少年のいるところで余計な事を口走らないよう気をつけねば。


「確かに融通の利かない時があるよな」


「実家に帰ってきたんだから敬語で話さなくてもいいのにね」


「だよねー」


 トオルの頑固さには皆思うところがあったようだ。

 よく言えば真面目なのだろうが、苦労しそうな性分で――。 


「姉貴が敬語なのは昔からだよ?」


「ほえっ!?」


 少年の証言にアルフが驚きベッドから転がり落ちる。

 以前ステラが敬語じゃなくてもいいよと伝えたことがあったらしいが、トオルの口調は結局変わらなかった。そこも頑固な一面という訳か。


 少しだけ緊張が解れた丁度いいタイミングでコーヒーのご登場だ。

 このマグカップから伝わる温かさが何とも言えないくらい心地良い。


「エリゼ、あなたも夜遅いんだからそろそろ寝なさい」


「えー! 俺これからお兄さんに修行つけてもらう予定なのにー!」


「そんな予定あったっけ!?」


 奥さんのそれは方便で話を詳しく聞きたいというのが本音なのだろうが、エリゼは俺の腕にしがみ付いて駄々をこねる。意地でも離さないといった表情だ。


「寝なさい」


「――っ!」


 そんな我が儘な少年に向けられた心臓が凍るような笑顔。

 全身の鳥肌が立ち、思わず悲鳴をあげそうになるのを下唇を噛んで抑え込む。目撃してしまったのは、この世の魑魅魍魎すら泣いて逃げ出す恐ろしい一幕だったのだ。


 エリゼもさすがに諦めたのか、唇を尖らせたまま俺の腕を開放して部屋を出ていく。少年を眺めてずっと頬を緩ませていたステラは奥さんの豹変に気づいていないようだ。

 

「よく子供に懐かれるね、沙智」


「マ、マタタビを体に塗ってるんだよ」


「はぁ、何それ?」


 誰かこの恐怖を俺と分かち合えないのか。

 俺と同じくあの身の毛もよだつ恐怖の笑みを見た者は……待てよ?


「~~っ」


 いた。

 背後のソファーでアルフが顔を埋めて小刻みに震えている。

 可哀そうに、後で慰めてあげよう。


「さて、宜しければ話をお聞かせ願いませんか?」


「私たちが知ってることで良ければ」


 狂気的な笑みを見られても一向に構わないといった様子の奥さんと俺は渡り合える気がしない。それにトオルの事情を話すなら口下手な俺よりもステラの方が適任だろう。そう思って心の中で残していくアルフに謝罪し、俺はお手洗いを装ってリビングを後にした。





 ふと思う。

 俺の家族だって同じくらい俺を心配してくれているのだろうか。

 同じくらい俺を愛してくれていたのだろうか。


「俺さ、何だかちょっぴり羨ましいよ」


 リビングのドアの影に座り込んでいた少女は俺に見つかって居心地悪そうに目を逸らした。七年間の空白、それを埋める材料をこっそり盗み聞きして集めようとする可愛らしい少女。


「私はドキドキハラハラですけどね」


「ははっ、そりゃ大変だな」


 俺の感想にトオルは仕方なさそうに苦笑い。

 丁度そんなタイミングで抜き足差し足忍び足、階段をそっと下りてきた聞き分けの悪いやんちゃ少年がにかっと笑いこう提案するのだ。


「ねぇー、今から『星の絨毯』見に行かない?」


「星の絨毯?」


 それは何ともロマンチックな表現だった。


【青目族】

 最大の特徴は二つのメニューを持っていることだね。裏のメニューに切り替えると瞳が青く染まるから青目族らしいけど、未熟だと灰目になるみたい。青目族は知的欲求が他の種族よりも強くて、どんな人でも何かしらに対する強い関心を持ってるみたいだよ。トオルは……何に対してなら敬語を崩すくらい興奮するんだろう?



今年最後の投稿です。

みなさん良いお年を。



※加筆・修正しました

2019年10月2日  加筆・修正

         表記の変更

         ストーリーの一部削除・補強

         次話と話をまとめました


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