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閑話    『玉は龍を食い破って』

灰色の世界を破け――第四章、開幕!

『失った色を探しに行こう』


 ロブ島北西の海域には世界でも稀な海底迷宮が存在する。

 この迷宮にはこんな言い伝えがあった。


『氷のフロアに命の秘宝眠る。青き龍神それを守る』 


 青目族は何度も迷宮に挑んだ。

 ある者は伝説の秘宝を求めて、またある者は神獣撃破の栄誉を求めて。

 龍の試練を越え、迷宮の果てに秘宝を手に入れれば、彼らの冒険は終わるのだ。


 ゆえに、誰も知ることはない。

 西の迷宮の果ての果てに、本当は何が眠っているか――。





§§§





「封印の扉はここか? ここだな」


 今、一羽のフクロウが迷宮を踏破した。

 龍が陣取るボスフロアを越え、命の秘宝が隠された氷のフロアを越え、フクロウは誰も知らない最奥のフロアに辿り着く。ユニークスキルによって周囲の色に擬態し、羽音すら立てずに飛行するフクロウの存在に魔獣も、冒険者たちも、龍さえも気づかない。


 フクロウは威圧感ある鍾乳石の扉の前で首をぐるりと一回転させた。それはフクロウが扉の封印式に違和感を覚えたからである。


「結界が緩んでる。緩んでるのか?」


 この扉には防音と隔離の結界が施されているのだが、それが正しく機能していない。力のない者が触れても容易に封が解けるようになっていたのだ。フクロウは足元の水溜りに浮かぶ白い髪の毛を不審に思いつつも、重い扉を開いた。


 干からびた珊瑚が地面や壁を埋め尽くし、天井からは何本もの鍾乳石が氷柱のように連なっている。地面からも龍の牙を飾ったような石筍があちこちに伸び、点々と存在する白濁した水溜りが月苔の淡い光を反射してこの狭い部屋を照らしていた。


 その一番奥、豪華な装飾が施された椅子に座ったまま彼は眠る。


「おい、起きろ。起きるのか?」


 フクロウは石筍に留まり、額に水滴を浴びながら首を傾ける。

 天井の尖った鍾乳石から水滴が落ちる音だけを聞き続けた彼にとっては数百年ぶりの声であった。


『……誰だ? 私の眠りを妨げる者は』


 彼は、静かにその瞳を開いた。

 体格は赤の大魔王と同等の規格でありながらも、彼の声は冷静で気怠げだった。何も喋らないフクロウをしばらく見つめると、やがて彼は端正な青い瞳を大きく見開く。


『貴様、<ミザール>の餓鬼か?』


「今はフクロウだ。フクロウなのか?」


『知るか。鏡でも見て確かめろ』


 彼にとっては随分久しぶりな再会ではあったが、だからと言ってフクロウをもてなしたりはしない。目が覚めたのなら腹を満たす、自分の行動欲求に従って彼は壁に生えている月苔を無作為に毟り取った。しかし、いざそれを口の中に放り込もうとすると、無言で訴えてくるフクロウが気になって致し方ない。


『ハァ……で、何の用だ?』


「『メラク』――力を貸せという主の命令だ。命令なのか?」


『命令でないなら聞かないだけだ』


 彼らは互いをある称号を使って呼び合っていた。

 これは魔神より与えられし大魔王が冠する称号であり、序列でもあった。


 彼は静止していた手を開いて月苔を喉に流し込むと、今度は頭上に出来ていた立派な鍾乳石を右手でへし折って、自分の左肩を叩き始める。同じ体勢で眠っていたのだから肩が凝るのは仕方ないことだ。


『要は、私のユニークスキルで仕事しろという命令か。だが同じスキルを魔神のチビも持ってるだろう。あいつがやればいい』


「魔神様は別件で忙しい。忙しいのか?」


『さほど忙しくないだろう』


 敬意の欠片も感じられない物言いにフクロウは反感を覚えたが、彼と魔神の付き合いの長さも充分理解していたので顔を顰めるに留めて、追加の詳細を伝える。


「格が高い者を一体でいい。一体でいいのか?」


『何だと?』


 ここで初めて彼はフクロウの話に真剣になった。

 羽の裏側に頭を突っ込んで嘴で手入れするフクロウにぐっと顔を近づけ、彼は魔神の伝令に真意を問う。


『一体と言ったか? 戦力補強じゃないのか?』


「空席を埋めるだけだ。だけなのか?」


 フクロウが言う空席とは、魔神が用意した大魔王の七つの席の一つであろう。『メラク』である彼も、『ミザール』であるフクロウも七つの席に長年座っている。


 彼は千年前の神との戦争同様に、数千の魔獣を自身のユニークスキルを利用して作らねばならないと考えていた。だからこそ、この話は彼には寝耳に水だ。フクロウの話をまとめると、魔神の依頼というのは戦力の補強ではなく、補充ということではないか。


『……誰かが抜けるのなんざ何百年ぶりだ? <隷術>以来じゃねーか』


「抜けたんじゃない。落とされたのだ。落とされたのか?」


 数百年ぶりに目覚めて驚きはなお続く。

 フクロウが告げたのが事実であれば、魔神支配が始まって千年もの間、一切揺らぐことのなかった支配基盤の要石にヒビが入ったに等しいのだ。


 彼は肩を叩いていた鍾乳石をフクロウの背後に投げ捨て、また豪華な椅子に腰かけた。口に手を当て、大きく欠伸した後、端的に尋ねる。


『落とされたのは誰だ?』


「『アルカイド』――赤の大魔王だ」


『赤の……アァ、炎獄王のことか』


 彼は話題に上がった随分懐かしい後輩の名を思い出し、馬鹿にするように鼻でせせら笑った。


『なら仕方あるまい。むしろよく今まで働いたもんだ』


「眠っていただけだがな。だけなのか?」


『そういやボルケに封じられてたんだったな』


 どういう経緯で炎獄王が復活したのかには彼は興味なかった。

 炎獄王という魔王を力の割りに傲慢で、敵を侮りがちな性格として彼は記憶していた。だからこそ倒されたのが炎獄王だと聞けば充分に納得できたが、それを実際にやってのけた存在がこの世界のどこかにいるという事実もまた同時に彼を震わせた。


 自分でも心がときめいているのを彼は感じる。

 原初の時代、神々の首を落とし続けた最古の大魔王。

 それが彼の正体である。


「少しは外の世界に興味が湧いたか? 湧かないだろうな」


 落胆の色を強めるフクロウに初めて歯を見せ、彼は魔法を詠唱する。

 突如、赤の大魔王ほどあったその巨体は縮み、周囲の人間と変わらなくなった。


『オイ、<ミザール>。外の世界の情報を教えろ』


「行くのか? 行かないだろう」


『行くさ。<魔王>は一体()()()いいんだな?』


 彼は部屋で一番長い石柱をへし折り、それを肩に担いで秘密の最奥のフロアを後にした。この最終階層、上階までの道は一筋しかない。ゆえに、隠された階段を上り、氷のフロアを越え――。


『グクゥウォオオ……!』


『……龍か? 肩慣らしには丁度いい』


 ボスフロアで彼と龍神が衝突するのは必然である。





§§§





 昔、猛威を振るった大魔王が四体いた。

 その中でも最も攻略が困難だとされたのが彼である。

 魔神陣営がまだ神々と衝突していた時代、彼は魔神に次ぐ戦果を挙げた。

 彼は魔神が生み出した始まりの魔王である。


『龍の結界は死後も残るか。まあいい、新しい<魔王>はロブ島海域内で用意するとしよう。少しくらい散歩してからでもいいだろう?』


「ああ、構わない。構わないのか?」


『構わねーよ』


 彼はずっとロブ島西方の海底迷宮の底に眠っていた。

 時の勇者が封じたから? 断じて違う。


 彼は辟易としていたのだ。

 神が撤退し、地上世界に残ったのは骨のない勇者たち。

 たった一言を時代に残し、彼は自ら眠りについた。


 ――つまらん。


 龍から引き剥がした逆鱗を海に投げ捨て、朝日に輝く波際に彼は復活した。

 回復魔法を極めし大魔王――『再生王(レストキング)』は復活した。


本日から第四章スタートです。

重要キャラも出ますし、物語の分岐点に突入します。

今まで抱えていた諸々の問題が今、一つ一つ解かれていく――。


※加筆・修正しました

2020年3月15日  表記の一部変更


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