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猫又の育て方  作者: 猫アレのベル
異形達
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6.三妖

■前回のあらすじ

・違和感を感じ、夜中に起きた。

・家に上がり込んできたのは、黒いアオザイのような服装のを着た猫又達だった。

・クロから出た黒い靄が熱くて早くも死にそうとなる。


「うぅ……はぁ……はぁ……」


 そして気づいた時には、俺は廊下の天井を見ており、幼い猫又の後ろにいた女の猫又に額を触れられているという奇妙な状態だった。

 廊下に移動し黒い靄から脱した事からか、熱くなっていた体から熱が引いていく。


「ク、クロ……」


 だがそんな事よりも俺が廊下に移動する前にクロから悲鳴なような声が聞えた気がした事の方が気がかりだった。


「まだ動かない方が良いです」


 無理矢理体を起こそうとしたところ、女の猫又にやんわりと制されてしまう。

 それでも首だけでもと思い部屋の方へ向けると、幼い猫又に片手で両腕を後ろで押さえられ身動きが取れないクロが見えた。

 ついでにクロから出ていたあの黒い靄はいつの間にか無くなっていた。


「ふにゃーーーーー!!!」


「見ての通り無事ですのでご心配なく」


 確かに元気そうではあった。

 身動きは取れなそうではあるが、両腕を押さえられてる以外は手荒い事をされた様子はない。


「うにゃうーーー!!! うにゃ――ンー!?」


「はいはい、少し静かにしててなー」


 未だに静かにならないクロの口を幼い猫又が手で覆う。

 クロは身動きが取れずフガフガともがいているが、幼い猫又はそれ以上の事はしなそうだ。

 それに幼い猫又と俺の額に手を当てている猫又の今までの言動を見る限りでは、クロに危害を与える目的が無いようにも思える。


 だが、油断は出来ない。

 俺に何が出来るかは分からないが二度とクロを失わないためにも何かあれば守らなければ。

 そう心に誓い身体を起こす。

 体はまだ少し熱いがこれなら大丈夫そうだ。


「うむ、ではまず自己紹介だ」


 幼い猫又は“たま”と名乗った。

 猫又達は集団で生活しており、その種族長をしているそうだ。

 一緒にやって来た女の猫又は“ミケ”、男の方は“小次郎”と言うらしい。

 猫又の中での実力が長のたまに続き、ミケと小次郎は長候補という位置にいるとの事だ。


 ここで、ミケと小次郎を紹介する際にたまは“二妖”という言葉を使った。

 確かに人間では無いのだから、“人”という単位を使うのは不適切なのであろう。


 ミケはその名の通り、黒、茶、白の三色の髪をしており、その髪を後ろで縛りポニーテールにしていた。

 身長は俺よりやや低く、百六十ちょっとといったところだろうか。

 三毛猫のような髪の色を持つその者はスラリとした立ち姿に黄色のキリリとした眼からか、きつめな性格の印象を受けた。


 そして、おもむろに男の猫又の方を見ると確かに小次郎であった。

 むしろそれ以外の名前では違和感があっただろう。

 百七十少しの身長、細く筋肉質な体型、ピンと立った耳、同じ長さに切り揃えられた灰色の髪、エメラルドグリーンのつり眼、無愛想な口元、それらの全てが語る。


 俺は小次郎だ、と。

 自分でも何を言っているのか分からないが、男の猫又は小次郎ゆえに小次郎であった。

 そんな本当によく分からない事を小次郎に頂きつつも俺もクロの事を含め、自己紹介をするのであった。


「で、さっき言いかけたけど、クロを僕達の生活圏に連れ戻しに来たんだけど」


「ンー! ンンーッ!」


 比較的静かにしていたクロがたまの言葉を聞き、再度もがき始めた。

 そして、クロの体からまた黒い靄がチロチロと漏れ始めた。


「はいはい、もう連れ戻しはしないからもう少し静かにしておれ」


「た、たま様?」


 連れ戻しはしないというたまの言葉に、ミケが驚愕とまではいかないが驚きの声をあげる。

 それと同時にクロもわずかに静かになった。黒い靄も引っ込んだ。


「昔と同様の事を危惧してたけど、それも無かった事だし別によかろう。その様子では何もなかったと言うよりもクロに怖気づいて何も出来なかったといったところかの」


「……昔と同様の事というのは?」


 たまが危惧していたというのは、猫又という異形の存在を攻撃及び、害してしまわないかという事だった。


 その昔、クロのように飼い猫であった者が猫又となり、飼い主の元に行ってしまった。

 飼い主はその猫又を飼い猫とは気付かず恐怖し、周囲の人間と共に追い払おうとしたらしい。

 飼い主のみがいる時では無く、近隣の者達と農業をしていた所に行ってしまったのも悪かったのだろう。


 クワやスコップなどで追い払おうとする人間達に対し、猫又は自分を守ろうとする防衛本能から人間達に手を出してしまった。

 猫から妖怪の猫又となった単なるひっかくという行為は人間を簡単に屠る事が出来てしまうそうだ。


 他の猫又達が生活圏にその猫又がいないことに気づき、その猫又を探し見つけた時には既に人間達は死んでおり、猫又は飼い主であった物にしがみ付いていたそうだ。

 人間から受けた傷は大したことなかったが、自らの手で飼い主を殺めてしまった猫又は心には大きな傷を負ってしまい、そのまま衰弱してしまっていった。


「今回も似たような事が起こるのを危惧してたけど、杞憂であったようだな」


 追い払うも何も、俺は指一本動かせなかった。

 むしろ、粗相をしなかっただけ褒めてもらいたい。

 ……違う、今はそんな事はどうでも良いのだ。


「……それを懸念したという事はその子は俺が飼っていたクロで良いのだな?」


 何よりも大事な事をたまに投げかけた。

 妖怪の猫又とかそんなことはどうでも良いのだ。

 

 今重要なのは、突然やってきたその者は愛猫なのかどうなのかという事だ。

 その者が愛猫であるクロに仕草がどんなに酷似していようが、俺は第三者からの確信が欲しかった。

 自分の願望がそう見せているのではないという言葉が欲しかったのだ


「うむ」


 たまの口から出たそれは何の変哲もない言葉だった。

 だが、それはどんな飾った言葉よりも特別な言葉だった。

 短いその二文字が俺の脳裏に何度も木霊する。

 たまはそれ以上何も言わなかったが、体の奥からジワリジワリと体全体に喜びという熱が広がっていく。


 そうか、クロで良いんだな……。

 お前はクロなのだな……そうか……そうなのだな……。


 体が熱くなりすぎたのか、顔にその熱が伝わってしまったようだ。

 目と鼻から汗が溢れ出しそうになってしまう。


「さて、クロの事は任せて問題無いと判断するがの。クロは長になり得る器のようだから、サキと会わせておくかの」


「ズズズ……長? サキ?」


「それらは後で話すとするかの。ほれ、行くぞ」


「え、ど、どこに?」


「猫又の間じゃ」


 そう言うとたまはクロの拘束を解いた。

 その瞬間、腹に強烈な衝撃を感じた俺はくの字に折れ曲がり廊下に倒れ込んでいた。

 一瞬見えたのはクロがこちらに突っ込んできた事であって、それはもう見事なタックルであった。


「先に出ておるからの。早めに来るのだぞ」


「ぐおぉぉ……」


 たま、ミケ、小次郎は俺とクロを軽やかに飛び越え、悠々と階段を下りて行った。


「いつつ……ク、クロ」


 腹部の鈍痛を感じながら飛びついてきたクロを見る。

 クロは俺にがっしりとしがみ付き、俺の胸に顔を擦り付けていた。

 一言も発さぬその姿は必死そのものであり、不安を体で表したかのようであった。


「大丈夫、どこにも行かないよ」


「……にゃぅ」


 クロの頭を優しく撫で、背中をポンポンと優しく叩く。

 体は大きいが必死に抱きついてくる様子は幼児のようだった。


「少しは落ち着いたか?」


「……にゃぅ」


 しばらくして問いかける言葉にクロは変わらず俺の胸に顔を擦り付けていた。

 そんなクロの不安そうな仕草を見ていると、不思議と俺の方は冷静になってしまう。

 自分よりも感情が揺らいでいる者を見ると落ち着けるというのは人間の不思議なところだな、と冷静に思ってしまう。


「さっきのたまって奴は一緒に居て良いって言っていたんだ。そんなに不安にならなくて大丈夫だよ」


 クロの背中を優しく撫でながらあやし続ける。

 それはクロのためでもあったが、俺にとっても都合が良かった。

 帰ってきてくれた目の前のクロの体温を全身で受け、嬉しさが染み渡っていく。

 そんなクロの存在を実感出来る時間が都合良かったのだ。


「行けるか?」


「……にゃ」


 しばらく抱きついていたクロであったが、のそりと俺の上から立ち上がった。

 追うように俺も立ち上がるとクロは俺の腕に抱きついて来る。

 俺と離れ離れになるかもという不安があったのだ、これでクロの不安が少しでも和らぐならば、俺が汗まみれになろうが甘んじて受け入れよう。


 外に出ると先の三妖が待っていた。

 俺達が外に出ると、たまを先頭に三妖は何も言わず庭を通り家の裏の山へと歩みを進めていく。

 出るのに時間がかかった事、クロが俺の腕に抱きついている事には何も言及しないようだ。


 また、俺が逃げるという事には何も警戒していないようであった。

 三妖はこちらを一度も振り向かず、黙々と進んでいく。

 それは俺とクロに付いて行かないという選択肢が無いことを知っているかのようであった。


 俺とクロが抵抗しても先ほどみたいに簡単に押さえられてしまうだろう。

 無駄に抵抗したが故にやっぱりクロは連れ戻すと言われる可能性もある。

 三妖がこちらを見向きもせず歩く、それだけでこちらの事を全て見透かされ、手のひらの上で踊らされているような気分だ。


「な、なぁ……猫又の間、だったか? それはどこにあるんだ?」


「森の中だ」


「……こんな真夜中に森に入るのか?」


「なんだ? 怖いのか?」


「あ、あぁ、この山には普通に熊が出るんだぞ? 危険じゃないか?」


「……確かに人間にとってはこの山も危険か。ただまぁ、恭介……だったか? この山を危険と言うならばこれから入る山は恭介が想像しているものよりも遥かに危険度は高いかのう」


「え? 入るのはこの山じゃないのか?」


 家の敷地を裏から出て少し歩くと赤い鳥居がある。

 その鳥居は俺が生まれる前からあるため、表面の赤い塗装が所々剥がれていたり、大きく欠けている箇所もあったりとそれ相応に古びている。

 そんな目の前の鳥居は山の入り口に設置されており、その先には今俺が見上げている真っ黒なシルエットの山しか存在しないのだ。

 もしかしてこの山を越えて別の山に行くとかじゃないよな?


「僕が先に入って辺りを探るから、ミケと小次郎はクロ達の後ろを任せた」


「「承知致しました」」


「恭介とクロは僕に遅れないように付いて来い」


「お、おう?」


 俺の質問にたまは答えず、ミケと小次郎にいまいち意図が分からない指示していた。

 ミケと小次郎はその指示の意図は理解しているようで、直ぐに俺とクロの後ろへ回り込む。

 たまが先頭に立ち、その次に俺とクロ、その後ろをミケと小次郎が配置するという、俺とクロを守るかのような陣形である。


 この陣形といい、先ほどの辺りを探るとか、遅れるなとか、あたかも危険すべき対象がいるかのような言い方だ。

 俺が想像している山よりも危険ということは妖怪関連なのだろうか。

 考えても分かりそうに無いが、考えることを止めてはいけない。

 戦場では考える事を止めたものが先に死んでいくと相場は決まっているのだ。


「っ!?」


 それが起こったのは一瞬であった。

 この陣形の意味やこれまでのたまの言葉を考えながら、たまの後姿をずっと見ていたのにも関わらず、たまの姿を見失った。

 それはまるで消えるかのように一瞬の出来事であった。


■登場人物紹介

【猫又のたま】

・腰まで届きそうなブラウン色の長い髪を持つ幼い容姿をした猫又。

・猫又の中でも長という地位にいる存在。

・見た目こそ幼いが、種族の代表という事に疑問を持たせないほどの存在感を発する。


【猫又のミケ】

・黒、茶、白の髪色のポニーテイルをした女の猫又。

・次期長の候補という立ち位置にいる。

・実力こそたまに及ばないが、猫又のお姉さん的存在。


【猫又の小次郎】

・灰色の髪を持つ男の猫又。

・小次郎もミケと同様に長候補という立ち位置にいる。

・見た目すべてで小次郎であることをアピールしてくる。


■種族紹介

【猫又】

・猫が妖怪となった姿。

・頭に猫の耳、お尻の付け根から二本の猫の尾を生やす。

・人間離れした身体能力を持つ。

・黒いアオザイのような衣服を着用する。

 機能面を重視した結果、このような形になったという。

・クロ、恭介に使用した威嚇は猫又特有の技ではなく、生物としての技。

・クロが発した黒い靄(妖気)も猫又特有の技ではない。

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