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猫又の育て方  作者: 猫アレのベル
異形達
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3.訪問者 - ②

■前回のあらすじ

・家に侵入してきた人影は全裸の女だった。


 なんだこいつは。

 なんで全裸なんだ。


 そしてその頭の上にある耳なんだ。

 猫耳のついたカチューシャか?


 その細い目はなんだ。

 コンタクトか?


 いやまてよ、どろぼうか?

 いや、どろぼうだとしても全裸なのはおかしい。


 猫耳カチューシャってことはコスプレか?

 いやいや、コスプレとしても全裸はないだろう。


 仮にコスプレだったとして勝手に家に入ってくるか?

 いやいやいや、そもそも全裸はどう考えてもおかしい。


 いやまて、こいつは殺人鬼で、全裸なのは返り血をその身に直接浴びたいという――俺はいったい何を言っているんだ。


「にゃー」


 様々な事が脳内を駆け巡り、混乱している俺の顏を見ながら、その者が言葉を発した。

 いや、言葉とは言い難い。

 鳴き声と言った方が良いのだろう。


 今さらだが、聞いたことのある声だと気づく。

 さっきは分からなかったが、こいつから漂う匂いも知っている匂いだ。


「お、おまえは……」


「にゃー!」


 胸に固い衝撃。

 その者は動けない俺に飛びかかってきた。


 硬直した体がその衝撃に耐えられるはずもなく、俺は盛大に背中から倒れる他なかった。

 なぜ飛びかかってきたのか。

 理由は全くの不明だが、何かされるという事だけは瞬時に理解出来た。


 ずっと動けないでいたため、まだ体が委縮してしまっているようだ。

 腕に力が入らず、逃げようにもこいつを俺の上から退ける事ができない。

 それどころか、そいつは俺の首元まで這い上がってきた。


 何かされる。

 そう悟った瞬間、首筋に何かが伝った。

 それはざらざらした物で下から上へと舐めるような動作で動いている。


 確認するまでもない。舌だ。

 そいつは人の首を味見をするかのように、何度も何度も舐めやがる。


「っ!?」


 続いて同じ場所にとがった物が当たった。

 当たった瞬間、鳥肌が立つ。


 その歯が皮膚を貫き、肉を断ち、骨すらも砕く想像が脳裏に浮かび恐怖したのだ。

 だが、食われるどころかそいつは猫が甘える際に出すゴロゴロという音を出していた。


「にゃぁーお」


 ゴロゴロと喉を鳴らしながら、そいつは俺の胸、顔と自らの頭をこすり付けてくる。

 それは猫が自分の匂いを付けている時のものと酷似していた。


「んにゃぁ~」


 そして、そいつが俺の上にいることで、後ろにあった二つのヒモのような影の正体が分かる。

 尾てい骨付近から二本の黒い尾が生えている。

 服を着てないので、衣服の装飾というわけではない。

 信じがたいことだが、直接体から尻尾が生えていた。


「にゃぅ……」


 俺がそんなことを確認している間もそいつは俺の上でモゾモゾと動いていた。

 それは甘えているかのようだった。


「っ……」


 俺のほぼ全てを覆い被さっていると言うのに、そいつはさらに這い上がり、俺の顏を舐め始めた。

 三回舐めると、少し違う場所をまた三回舐める。

 顔という顔を一通り舐め終わると耳に移動し、少し軽く噛むと、ジュッジュッと音を立てながら吸う。


 その独特の行動は、愛猫のクロが甘える時のものと全く同じものだった。


「……ク……」


「にゃ?」


「……クロ……なのか?」


 やっとの思いで肺から吐きだされた空気は、声帯を通過し声となった。かすれた声は目の前の者に届いただろうか。


「にゃぅーっ!」


「うぐっ」


 その者は嬉しそうな表情で鳴き、顔を強く擦り付けてきた。

 この正体不明の生物に「お前は俺の愛猫のクロなのか?」と聞いたのはそれだけ理由がある。

 決して恐怖でおかしくなったわけではない。

 それと、甘える時の舐め方がクロと一緒だったからだけではない。


 声。

 匂い。

 仕草。

 視線。

 こいつが動くたびに愛猫のクロを感じる。


 姿すらも、猫の姿と重なって見えるほどだ。

 ただそう感じる。根本的な根拠なんか何一つとして無いが、十八年間一緒に育ち、愛した存在を間違えるはずがない。

 俺はそう自分自身を言い聞かせた。


「と、とりあえず服だ! 服!」


 いつの間にかあの妙な空気は消えており、夏の声が帰ってきていた。

 暗く感じていたこの空間もいつもの明るさを取り戻している。

 異質と感じた存在は、ここにいるのが当たり前かのように上手く溶け込み、嬉しそうに微笑んでいた。


「本当になんで全裸なんだ……」


「にゃー?」


 全裸の少女を部屋へと連れ込み、洗濯してあった俺の服を着させた。

 この家に女物の衣服など母の遺品くらいしかないため、サイズも合わず、ぶかぶかになってしまったのは仕方ない。

 クロは自分に着せられた服を珍しそうに眺め、引っ張り、匂いを嗅いだりしている。


「に、匂うのか?」


「にゃー?」


 クロは「何の事?」とでも言いたそうに首を傾げた。


「ま、まぁ、それよりも、クロはなんで人の形になっているんだ?」


「にゃぁー? ……にゃぁー?」


 クロは自分の姿を見て首を傾げる。

 どうやら、当の本人もなぜこの姿になったのかは分からないらしい。

 それよりもこちらの言う事は理解しているようだ。


「なんで、裸だったんだ?」


「にゃー、にゃぁにゃんにゃ、にゃ!」


「な、なるほど」


 何かを言いたい事は理解できたが、内容は全く分からない。

 いや、猫が服を着ていた方がおかしいのか。

 

 そうなると、全裸だったのはむしろ普通の事なのだろうか……もしかしたら、猫になぜ服を着ないのかと聞く俺の方がおかしいのかもしれない。


「じゃあ、お前は……その……」


 先ほど人の姿をしているのに二本の尻尾がある事、頭の猫耳が本物である事、それと瞼が二枚ある事を確認して一つ思い当たる節がある。


「……猫又でいいのか?」


「……?」


 コテンと再度首を傾げ、不思議そうにこちらを見つめている。


 可愛い。

 いや、今はそうではない。

 どうやら猫又という言葉は理解できなかったようだ。


 猫又、長生きした猫がなると言われる二つの尾を持った猫の妖怪だ。

 妖怪には、飢餓で口減らしのために山に捨てられた老婆を“山姥”と呼んだように恐れの対象や差別的な意味合いを持たせるために作られたものもある。

 

 猫又の伝承はそういったものは見られなかったと思うが、人を喰らう存在で、姿は大きな犬だったり猪だったりと獣に近しいものだったと記憶している。

 ただ、姿に関しては人間に化けるともあり、頭の猫耳と二つの尾はあるが今のクロがその化けている状態であれば伝承通りである。


 いや、そう信じたいだけなのかもしれない。

 可能性がとてつもなく低い「クロが帰ってくる」だったとしても「クロを失う」よりも信じたいのだ。

 ただの感情論であり、俺は俺自身を救いたいのだ。

 願望、それは絶望を避けるための自己防衛であった。


「いや、猫又とかそういうのはどうでもいい。クロ……」


「……にゃう?」


「帰って来てくれて……本当にありがとう……」


 クロだという根拠もなく、俺はその者を愛猫のクロと同じ時のようにぎゅっと優しく強く抱きしめた。


「にゃ……にゃぁう?」


 クロが帰ってきた。全身でその事を実感すると、目からは湧水のように涙が溢れた。

 

 クロがいなくなってしまった時の悲しみ。

 クロがいた事を示す家具の傷、くたびれたおもちゃ、袋に残ったエサを見るたびに積もる喪失感。

 それを全て涙と共に吐きだす。

 そして、腕の中の温もりからの喜びで更に涙を流す。

 体中の水分を涙に変え、子供のように止めどなく泣き続けた。


 その間、クロは大人しくそこにいてくれた。

 目を細め、嬉しそうな顔をしていたことをこの時の俺は知らない。

 なぜクロが猫又になったのかも、この時の俺は深く考えもしなかった。


■登場人物紹介

【猫のクロ】

・恭介が小学一年生の頃に家に迷い込んできた黒猫。

・同じ個所を三回舐めると、また別の個所を三回舐め、一通り舐め終わると最後には耳を吸い付いてくるといった変わった行動をする。

・好奇心旺盛で色々な物に興味を持つが、飽きると決まって恭介の膝の上で寝始める。

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