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猫又の育て方  作者: 猫アレのベル
異形達
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1.人影

■前回のあらすじ

・不出来なソースコードが一人の冒険を終わらせた。


 操作に使用していたコントローラを机に置き、ソースコードを舐めるように見始める。


「ふむ……」


 ゲーム製作とその販売、それが俺、滝沢恭介たきざわきょうすけの仕事だ。


 フリーでゲーム制作を行っている俺に、定職に就いてる者は「気楽そう」「好きな事出来て楽しそう」などの言葉を投げてくる。


 確かに他人に気を使わないから気楽であるし、好きなゲーム制作をしているので楽しい。

 だが、収入は不安定であるし本当に自由気ままにゲームを作っているわけでもない。


 本収入を目的とした作品では、少しでも万人受けさせるためにコアなジャンルには出来ないし、極端に攻めたキャラを出すわけにもいかない。


 それにゲームにはその時代に適したシステム、デザインがあるため最新作や流行ジャンルなどの市場のリサーチも欠かせない。


 そして、いざ作成を開始したとしてもその適した時代の間に完成させなければ、最新作であるのに一昔のゲームになってしまうのだ。

 そんなスケジュール管理だったり、市場調査だったり、実際の作成作業を一人で行う。


 フリーのゲーム制作者とは、ディレクターでありプランナーでありプログラマーでありデザイナーでありサウンドクリエイターでありエンジニアなのだ。


「ふむ……」


 同じ音を重ね、不備個所を探る。

 問題無いように思え、イベントシーン単体だけで処理を走らせてみる。


「正常に動いてるなぁ……ふー……」


 修正に時間が掛かりそうな不具合に思わず目をつぶり天を仰いだ。


 集中していたためか先ほどまで耳に届いて来なかった夏の声達が届き始める。

 声のする外を見れば夏がある。


 熱を感じる眩しい日差し、濃い青の空にモクモクとした大きな雲、青々と生い茂った草木、夏の象徴とも言える鮮やかな黄色のひまわり、見ているだけで汗が滲んで来そうだ。


 俺はそんな田舎のこの地が好きだ。

 四季を楽しませてくれるここでは時の流れを緩やかに感じることが出来る。


 春は花々。夏は日照り。秋は紅葉。冬は雪。

 季節の匂い。季節の色。季節の音。季節の味。季節の感触。


 この地では身体の全てで季節を感じる事が出来る。

 これも自然が多い田舎ならではなのだろう。


 自然豊富なこの地で育った者達は大概のほほんとしており、見知らぬ相手からの挨拶にも笑顔で返すほどだ。

 何も無い地であるが、ここには自然と温かさがある。


 俺が住んでいる村はそういう場所だ。


 視覚いっぱいに夏を堪能したところで外から視線を戻し、再び作業を開始しようとモニターに向かうが、無意識に部屋の隅にある使い古した玩具に目が行ってしまう。


 作業が煮詰まりそうなこんな時、少し前であればその玩具の主の元へ赴き存分に癒されたものだ。


 だが、その存在はもういない。

 その存在だけではなく、この家には俺しかいない。

 両親は既に他界し、兄弟は都会に行ってしまい、この田舎の村に佇む家の人間は俺だけとなった。


 今まで特段寂しさを感じる事もなく過ごしていた。

 だが、掛け替えのない声を失った今、心に吹く風がやけに寒い。


 この体にポッカリと空いてしまった大穴を埋める事の出来るピースはもう存在しないのだろう。

 形の合わないモノでいくら埋めようとも、ふとした瞬間に崩れその穴に風が通る。


 でも、それこそがあの子がいたという証なのだろう。


「あー、ダメか」


 さて、今回の作品は中々に難航しそうだ。

 締切に間に合わせるには久々に徹夜だろうか……


「……にゃー……」


 ふいに猫の鳴き声が外から聞えた。

 この声だけはどの季節も聞こえる。


 この辺は野良猫が多く、鳴き声が近くで聞えるのはいつものことだ。

 暑い夏場なんかは、家の中に涼みに入ってくることすらある。

 いや、それに関してはドアをちゃんと閉めない俺が原因なのだが。


「……にゃぁー」


 また近くで猫が鳴いた。

 他の猫とおしゃべりでもしているのだろうか。


「……んにゃうー」


 今度は鳴き声と共に、何かをひっかくような音が聞えた。

 流石に気になるのでちょっと見て来よう。

 いくら古い家とはいえ、家の中以外にもボロボロになるのは勘弁してもらいたい。


「うっ……」


 だが、一階に降りた瞬間、外壁のボロさ加減など忘れてしまった。

 そんなことに気をかける余裕がなくなってしまった。


 階段を降り、数歩歩いたところで異変に気づく。

 一階に異様な空気が満ちている。

 ずっしりと重みのある空気。

 今までに感じたことのない空気だった。

 それが何なのか分からないが、何かヤバいという事だけはわかった。


 理屈とかそういうのではない。

 さっきまで聞こえていた虫の鳴き声、鳥達のさえずりが聞こえない。

 昼間だと言うのに夕方のようなうす暗さを感じる。

 体は水中にいるかのような、筋肉がギシギシと錆びついたかのような、そんな動きづらさを感じる。


 気づけば、全身の汗腺から汗が噴き出していた。

 この重く、異様で異質で奇異な空気に全器官が危険信号を出している。野生に触れず錆びついているはずの本能がそう言っているのだ。


 この場から逃げろ。

 脳でうるさく鳴る本能がままに逃げようと階段の方へと振り返った。


「――っ!」


 だがその逃走という行為は叶わなかった。

 階段の方を振り返る途中、あるものが視界に入ってしまい反射的に顔を伏せてしまう。


 人影。


 二階へと続く階段の後ろには玄関がある。

 その玄関のすりガラスに、闇のように濃い影をした人影が写っていた。

 見たくもないその人影の映像がまぶたの裏にこびり付き、脳裏に恐怖として焼きつかれる。

 この異様な空気といい、見てしまった影といい、起こること全てが脳が理解する前に本能が骨髄反射のように反応する。


 それほどまでに感じるもの全てに恐怖がある。


■登場人物紹介

【人間の滝沢恭介たきざわきょうすけ

・この物語の主人公。

・ド田舎に一人で住む男。

・中学の頃からゲーム作りを開始し、大学卒業後にフリーのゲーム制作者となる。

・中学、高校と師と呼べる指導者に巡り合えたことでメキメキと技術を磨くことが叶った。


【恭介の両親】

・恭介が中学生の頃、旅行先で事故に遭い他界。


【恭介の兄弟】

・兄と弟は両方とも都会で生活をしている。

・長期休暇時には帰省し、兄弟水入らずで過ごす事が通例となっている。

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