はじまり
みんなと別れて五日が経った
私は王都にある格安の宿屋に泊まっている
格安とはいえ実家の宿屋と比べると明らかに綺麗で過ごしやすい
改めてウチの宿屋のダメっぷりを痛感した
「今日も仕事頑張ろう」
支度を済ませ、宿屋を出る
そこから近くの冒険者ギルドへ
王都はとても広く、冒険者ギルドの支部があちらこちらに点在していた
「あらマリエラちゃん、いらっしゃい」
受付のお姉さんが声をかけてくれた
五日も通うとさすがに顔を覚えられる
「今日もいくつかあなたの出来そうな仕事を見繕っておいたわ」
そう言って依頼のリストを手渡してくれた
「おう、ちびっ子今日も来たな!」
リストを眺めているとスキンヘッドの大柄なオッサンが声をかけてきた
このギルドの常連のオルガという人だ
「どうだ、今日は俺と一緒にファイアリザード討伐いかねぇか?」
「無理」
討伐依頼は魔女の時に懲りたのだ
無難に素材収集や迷子の犬猫探しがいい
「ふーむ、どれどれぇ
薬草採集に猫探し、屋敷の清掃か
まぁちびっ子じゃそんな仕事くらいか」
私用に用意された依頼リストを勝手に覗き込むオルガさんが余計なお世話を言う
「まぁでもガッツリ稼ぐなら討伐依頼だぜ?」
「オルガさん、マリエラちゃんをそんな危険な依頼に誘わないで下さいね」
ちょっと前にもっと危険な依頼をやってたけどね
「お姉さん、清掃と薬草集めやる」
「はい、了解です
頑張ってね」
依頼書にサインをし、まずは清掃の仕事をするため指定された屋敷に向かう
清掃は宿屋の基本だ
この仕事は無駄にはならない
目的の屋敷はすぐにたどり着いた
とても大きく綺麗な屋敷だった
門の前で呼び鈴を鳴らし、少し待つ
すると玄関を開けて優しそうなおばあさんが出てきた
「ギルドの依頼を受けて、掃除しに来た」
「あらあら、可愛らしい清掃屋さんね」
「なんでも言って、頑張る」
見た目通り広い屋敷だった
高いところは無理だったけど、それ以外はちゃんとやれたと思う
掃除が終わるとおばあさんはお茶とお菓子をくれて、
のんびりしてたら夕方になってしまった
「……お菓子、美味しすぎた」
暗くならない内に薬草採集するため王都を出て近くの丘まで歩き出した
この辺りは様々な植物が生えていて、素材収集にはうってつけだが、薬草をピンポイントで探すというのは中々大変だ
無駄に種類が多いと薬草が他の草花に隠れてしまい
探し辛い
「……ない」
日も暮れかかっているため暗がりが邪魔して中々見つけられない
それでも諦めずに探し続けるとようやく一房の薬草を見つける
「あった」
手も服も土で汚れるが気にせずどんどん草を掻き分け作業を続ける
一時間ほど探してなんとか十束くらいの薬草が手に入った
「……地味な仕事だな」
ラヴィさんたちと行った、たった一度の依頼
ふとあの時の事を思い出す
とても危険だったけど、みんなと一緒に頑張ったあの仕事は本当に楽しかった
それになにより、森に行く前にやったキャンプ
思えばあれが私にとっては初めての宿屋の仕事だったように思う
ベッドや家具のセッティングは上手く出来た
アーティファクトの使い道も野宿にこそ最適だと感じた
何よりラヴィさんもエステルさんも凄く喜んでくれた
それが何より嬉しかったんだ
「私がやりたい宿屋…
旅をしながらでも出来なのかな?」
そんな事を考えて丘を降りると空は薄っすら暗くなってきた
「早くギルドに報告して帰らないと」
足早に王都に向かう途中だった
暗がりの中、人影が見える
「?」
少しづつ近づくにつれ、それが誰なのかハッキリしてくる
そして……
「ギルドの同僚に聞いて来てみれば、
随分地味な仕事してるわねぇ」
それは見覚えのあるちょっとおバカなエルフのお姉さん
「三日ぶりですぅ」
それはいつもの優しい笑顔のシスター
「おチビにそんな大人しい仕事は似合わんのぅ」
それは頭はいいけど人使いの荒い巫女さん
「……みんな、なんで?」
「言ったでしょ、色々考えてるって
ちょっと手続きに手間取っちゃたけど準備万端よ」
よく分からないな、ラヴィさんは一体なにをやってたんだろう?
「一旦別れた後にラヴィリスと話をしての、
おチビにピッタリの仕事の土台づくりをしていたわけじゃ」
「また一緒に旅をしましょう〜
旅をしながら宿屋をするんですよぉ」
私がさっきまでふと思い描いていた、私なりの宿屋の方法
それをみんなが分かっていた事に驚いた
たった数日旅しただけの関係なのに……
「アンタみたいな小さい子を放っておくほど薄情じゃないんだからねアタシたち」
私の足は無意識に三人の元に歩き出していた
また旅ができる
この四人で、そして私の私たちだけができる宿屋を始める事が出来るんだ
「もぅそんなに泣くんじゃないわよ〜」
「いや、泣いてない」
「泣きなさいよ、空気読みなさいよ」
ようやく始まる私の、私達の物語
“旅する宿屋”の最初の一歩を今、踏み出したんだ……
プロローグ 完