時のゆりかご 3
目が醒めると音が聞こえる
……雨音だ
せっかく今日から教会に住むことになる大事な日だというのに
「じゅん、び、しない、とですねぇ」
昨日集めた沢山の木の実と果物
そしてエステルの本を昔エステルから貰ったボロボロの布にくるんだ
「もち、もの、少ない、ですねぇ」
とても引越しとは言えないほど
自分の持ち物は少なかった
まぁその分簡単に引っ越せるからいいのだけど
「あめ、やまない、ですねぇ」
降りしきる雨を眺めながら私はやがて来る幸せな生活を夢見ていた…
…………………………………
……いつのまにか眠ってしまっていたようだ
体を起こして周りを見渡す
エステルはまだ来ていない
雨のせいで来ることが出来ないんだろう
そう思って洞窟から出て教会の方を見てみる
少し離れてはいるけど、少し走れば行けないことはない
そう思ったその時……
ゴゴゴゴゴ……
地面が揺れるほどの轟音が響き、
あちこちで煙が立ち上っている
「な、なに、が…」
耳をすますと雨音と轟音の中に人の声が聞こえてくる
これは争いの声だ
昔瓦礫の中で聞いた嫌な音だ
「えす、てる」
私は荷物を抱えて走り出した
轟音と争いの声は途切れることがない
私は服が濡れるのも気にせず、とにかく走った
靴なんて持ってない
裸足で木の枝を、石を踏み、
泥の中に足がハマってはもがく
そんな連続の中、とにかく速く、何よりも速く
あの教会の大きな十字架を目指して走った
あの辺りに煙は見えない
大丈夫、大丈夫、大丈夫!
自分の呼吸と鼓動の音だけしか聞こえなくなる
もう少し、もう少し、あと少し!
その時だった
今までで一番大きな音が響き、目の前の教会から爆風と煙が噴き出した
それは私の所までやってきて、簡単に私を吹き飛ばす
転がる、けれど荷物は離さなかった
この中にはエステルの大事な本が入ってる
エステルに食べてもらいたい果物が入ってる
だから…
「エステル!!」
再び走り出した
煙で前が見えないけれど、無我夢中で走った
木の破片や石が飛んできては私に叩きつけられる
一歩一歩が遠い………
……こんなに近いはずなのに遠かった
けれどやっとの思いで辿り着いた、辿り着けた
エステルたちとこれから暮らす大切な教会……
しかし、その姿は見るも無残な姿へと変わってしまっていた
洞窟から見えた高くそびえ立つ十字架は崩れ落ち、
建物の至る所がボロボロに砕けちっている
そしてそこには……横たわる子供達……
「あ……あぁ…」
駆け寄り抱き上げるも、グッタリとして動かない
「えす、てる……エステル!」
私は必死に探した
私を長い眠りから起こしてくれた人
食べ物を、服をくれた人
字を、喋り方を教えてくれた人
私にとって一番大切な人!
……煙が立ち上る教会の広場に彼女はいた
子供達同様に横たわり動かない
私は震える足を拳で殴り、奮い立たせる
ゆっくりとゆっくりと近づいて、
そしてようやく辿り着いた
「エステル…エステル!」
何度も何度も呼びかけると、
微かに動いた
まだ生きてる!
「……よぅ、来ちまった…のか
あぶねぇ、から…早く、逃げろ」
「わかっ、た、一緒、にいき、ましょう」
「アタイはダメ、だ
足手まといに…なる
お前だけでも、逃げろ」
そんな言葉は無視した
エステルを抱きかかえようと体に触るけど…
「いっつぅ…」
エステルが物凄く痛かった
それを見て私は迂闊に彼女に触れることが出来なくなった
「…わかったろ?
アタイはもう、ダメ、なんだ…」
「やだ…やだ…よぅ
エステル、一緒、に、行こう?
一緒、にいて、よ…」
そんなわたしの頬にエステルは力を振り絞って手を当てた
「……ごめん、な?」
「誰が、やった、の?
わた、し、ゆるさ、ない!」
これは怒りの感情だ
体の奥から燃えるような熱を感じる
エステルを、子供たちをこんな風にした奴らが許せない!
殺してやる!殺してやる!殺してやる!
そんな私を見たエステルは、
ポンっと手の甲で私の頭を力なく叩いた
「…バカ、落ち着け
お前は…戦わなくて、いい…
おま、え…は、普通の女の子、なんだから」
「でも…でもぉ!」
「そういや、まだ…名前、付けてなかった、よな?
……やるよ、アタイの…名前
今日から…お前が……“エステル”だ」
名前…?
そういえば私には名前がない
けど、今はそんなことはどうでもいい
それにその名はエステルのもの、エステルだけのもの!
「…本は持ってる、な?
それはお前に、とっての…聖書だ…
んで、この名前、は…お前にとっての、十字架だ…
怒りに、我を忘れそうに…なったら…思い、出せ
アタイは、人を怒りで…傷つけたりしない
だから…お前も、やったら、ダメ…だ」
「だけど…わたし、は」
「お前は、きっと…凄く強い、のかもしれない
けど、兵器なんかじゃ…ない!
人間だ……
もしも、その力を、使う…なら、生きるために…
誰かを、護るために…
そして、幸せにする…ため、に使え…」
「わたし、は、エステルを、幸せにしたい…幸せにしたかっ…たよぅ」
涙が溢れてエステルの顔がぼやけてしまう
ダメだ、彼女の顔が見えなくなるのは怖い!
必死で涙を拭う
何度も何度も何度も
「なら、なおさらさ…アタイの、名前を連れてってくれよ
アタイ、の分まで幸せに…」
「エステル!!」
するとエステルはもう片方の手を私に差し出す
その手の中には手作りのペンダントが…
「もしも、いつか、どこかで…先生に、会ったら…
渡してくれ、ねぇかな…
アタイたち、からの誕生日…プレゼントなん、だ」
エステルの手を包み込むように握る
そして血塗れになったペンダントを大切に受け取った
「頑張れ…“エステル”
お前、は…きっと……しあわ、せに………」
エステルから全ての力が抜けていく…
暖かかった体が冷たくなっていく…
「エステル!やだよ!
誕生日会やるって言った!一緒に教会で暮らすって言った!
可愛い喋り方、まだ、上手く出来ない、よぅ!
一緒に……いてよ、一人にしないでよ……」
今までで一番上手く喋れた
なのにこれで最後なの?
もっともっと沢山話がしたかったよ…エステル
……それからのことはよく覚えていない
気付けば洞窟の前にいた
洞窟の前に沢山のお墓を建てて、
そして、数日の間泣き続けた……




