時のゆりかご 2
それから毎日のようにエステルは私の所へやって来た
食べ物をくれたり、今日は何があった、今日はこんな事があった、とか
その日その日の出来事を聞かせてくれた
「お、そうだ
お前にいいもん持ってきてやったんだ」
ズタボロの自分のカバンから何やら黒い布のような物を出し、私に渡してきた
「お前用の修道服だ
こないだ“先生”が持ってきてくれたんだけどよ
ちょいとアタイには大きくてさ、お前にならピッタリだと思ったんだよ」
それは嘘だ
私とエステルはそんなに体の大きさは変わらない
それなのに何故そんな嘘をついてまで私にこの服をくれるのだろうか?
よく見たらエステルの修道服はボロボロだ
あちこち汚れていて、むしろ自分でその新しい修道服を着た方がいいのではないかと思う
「なんだ?着方がわかんねーのか?
しょうがねーなぁ」
手慣れた手つきで私に修道服を着せていくエステル
まるでいつもやっているかのようだった
「あん?なんだよ、手慣れてるって?」
身振りで伝えてみると上手く伝わったようだ
コクコクと首を縦に振る
「別に大した事じゃねーだろ
ウチの教会はさ、親のいない子供が沢山いてな
毎日その世話に追われてんだよ、服着せるくらい余裕だっつうの」
なるほど、教会では良いシスターなのだろう
口調がやや乱暴な気もするけど…
「しっかし喋れねーのはちょっと面倒だなぁ
ったく手間のかかる奴だなぁ…
よぉし、アタイが教えてやるよ
これでも教会じゃガキ共に勉強も教えてやってんだぜ
……まぁ簡単なやつだけだけどよ」
人は見かけによらない、いや口調によらないという感じか
彼女は口調の乱暴さの割にとても面倒見が良く、かなり優しい人のようだ
「ちょうどいいや、これ貸してやるよ」
エステルは自分のズタボロのカバンから一冊の本を取り出し、私に手渡す
カバンと同じくらいボロボロの本だけど、
何故かとても大事にされてるのが伝わってくる
「無くすなよ?
先生から借りてる大事な本なんだ
んまぁアタイがガキの頃渡されて、それからずっと持ってるから実質アタイのモンだけどな」
渡された本の表紙を撫でるように触る
しかし残念ながら字が読めない
「んじゃまずは題名くらい読めるようになれよな」
エステルは私の隣に座りなおし、
私の手を取って題名を一緒になぞる
「勇者マリアベルの冒険
それがこの本の題名だ」
「……ぅ…ぅひゃ…」
「あーうーんなんつうかな、
もっとこう腹から声を出すんだよ、あと喉な
しっかり自分の言葉を出すならやっぱ気合いだろ」
物凄くわかりにくいけど、
力を入れる部分は何となく理解する
「…う…うしゃ」
「おーいいね、大分近くなってきたんじゃねーか?」
彼女はコロコロと楽しそうに笑う
こんな話すこともままならない存在に関わるのは面倒ではないのだろうか?
「あとは書けるようになるともっといいな
…けど今日はもう帰んなきゃならねーからなぁ
よし宿題だ、明日までにその本の題名を見ながら書き写してみな」
エステルは適当な木の枝を手に取り、地面に題名を書いて見せる
そしてその枝を私に手渡した
「簡単だろ?
まぁちょっとづつでいいからさ、頑張ってみようぜ」
立ち上がったエステルはパンパンと服に付いた土を払い、元気よく教会へと帰って行った
それを見送る私は心なしか少し寂しくなった…
翌日、エステルはいつものようにパサパサのパンと水を持ってきてくれた
「よう、どうだ?少しは書けるようになったか?」
宿題のことだ
沢山書いた、彼女といっぱい話せるようになりたいから、まずは字が書けるように頑張った
本の題名を書き写したものが洞窟の至る所にあった
「ハハハ!すげー書いたな!」
最初は上手く書けなかった
けれど何度も何度も書いてるうちに、
それなりのものは書けたと思う
「うし、合格合格!」
そう言って私の頭をクシャクシャに撫でてくれた
食事を終えると、また喋り方を教わろうと思ったら、
エステルは洞窟から外の様子を見渡していた
「最近、この辺にも魔族が出るらしくてさ、
ガキ共にはあんまり外に出ないように言ってるんだよ
……なぁ、お前も迂闊に外には出るなよ?
ガキ共も心配だけどさ、お前が一番危なっかしくて心配なんだよ」
私は頷き、身振り手振りでエステルも気を付けて欲しいと伝えてみる
「ん?あぁアタイが心配なのか?
大丈夫だよ、アタイは逃げ足だけは速いんだ」
そう言って笑うと、エステルは私が入っていた機械の方へ
「しっかし、これなんなんだろうな?
頑丈だし、もしもの時はこん中入るのもアリだな」
そう言いながら色々と機械を触っていると、
エステルは何かを見つけてそのまま押し黙った
「…ぁぅ……ぇぅ」
「あ、ん?あー何でもない気にすんな」
今何かを隠したような気がした
しかし私は気付かない振りをして本をパラパラとめくってみる
「じゃ、今日も頑張るか」
コクコクと頷き、ようやく読み書きの勉強が始まった
またある日のこと
私が寝てるといつのまにかエステルが来ていた
すぐに起きようかと思ったのだけど、
彼女は何かを真剣に見ている
そっと覗き見ると、なにかの日記のような物だった
「……人類にとっての最終兵器…
大昔の連中はそんなことのためにコイツを造ったってのかよ
ふざけやがって…」
どうやら私の開発者たちの記録が残っていたようだ
この前エステルが見つけて隠したのはこれだったんだ
恐らくは私が何かを滅ぼすために造られた兵器である事が書かれているはず
大昔に散々聞かされた内容と同じなのだろう
……私の素性が知られてしまった
彼女はどう思うのだろうか?
嫌われたくはない、けれど……
「あーバカバカしい
んなもん知ったことか、コイツはアタイがまともな人間として育ててやる、兵器なんかにしてたまるかよ」
すると開発者の記録をビリビリに破り、丸めて焚火の中に放り込んでいた
何故かは分からない
けれど私はとても嬉しくて、いつのまにか泣いていた
エステルには悟られたくないので、
そのまま寝たふりを続け、涙が収まるのを待っていた……
それからの毎日は本当に楽しかった
エステルは親身になって私に喋り方と字の書き方を教えてくれた
彼女の教え方はとても丁寧で、どんなに私がつまずいても嫌な顔一つせず教えてくれた
「えす、てる、
どう、かな?」
「へへへ、上手くなってきたんじゃねーか?」
「えす、てる、教え、方、うまい、から」
「そうかそうか、
あーそうだな、あとはあれだ
せっかくだからちょっと可愛らしい言い方とかやってみっか」
可愛らしいというのが分からない
首を傾げる私にエステルまで首を傾げた
「う〜んと、なんかこう、語尾をゆるーく伸ばしてみるとかどうよ?」
語尾を伸ばす?
難しい事を言う
「えすぅ、てるぅ?」
「いけそうだな
何々ですぅ〜、みたいな」
私は吹き出してしまった
あまりにもエステルに似合わない口調がとても可笑しかったから
「お、お前笑うんじゃねーよ
ったく、アタイだって恥ずかしかったんだぞ」
「ご、ごめん、なさい
……こん、な、感じ、ですかぁ〜?」
「いいね!
あとはもうちょいすんなり言えれば完璧だな
字の読み書きの方は大分上達したし、いい頃合いか」
何かを決意したようにエステルは真面目な顔で私を見た
「……なぁ、お前さえ良ければだけどさ
その、ウチの教会に来ないか?先生には前からそれとなく話はしてるんだ」
突然の申し出に私は驚いた
けれど、うん、それも悪くはない
いや、私もそうしたいと思った
「うん、行く、行き、たい、ですぅ」
「そうか!そうだよな!
こんな洞窟で暮らすより絶対楽しいぞ!
まぁ貧乏で食い物も少ないけど、先生がいつも頑張ってくれて色々寄付してくれてんだ
アタイもいつか先生の手伝い出来るようになって
教会も綺麗に直してさ
そしたらもっと楽しくなるよな!」
それが彼女の夢、なんだろうな
その夢に私も加わってもいいのだろうか?
「次に先生が来るのが三日後なんだ
実は先生の誕生日でさ
まぁお前が誕生日プレゼントってな感じだな、あはは」
そう言ってエステルは楽しげに帰って行った
私はとても幸せだった
この時代に目覚めて本当に良かった
「そうだ、なに、か、お礼が、したい、で、すねぇ〜
」
私は翌日森へ出て木の実や果物などを沢山集めた
今まで何もできなかったけれど、
今はエステルのおかげで体も動く、字も覚えた
ならば恩返しがしたい
その一心で時間も忘れて森を駆け回った
明日はきっと素敵な一日になるだろう
そう思っていた……




