時のゆりかご 1
これは遠い遠い記憶
私達が古代文明と呼んでいる時代
ある日、私は目覚めた
いや、意識が形成されたと言う方が正しいか
そもそも目が完全には完成していない胎児の状態なのだから
目は開けられるはずもない
今の私には指になりかけたモノを少し動かすのがやっとだった
「この実験は成功するのかね?
何とか人工的に胎児として生み出す事には成功したが、
ちゃんと成長するかは分からんのだろう?」
声が聞こえる
いや、私の意識に入ってくるのか…
「もちろん成功しますとも
コレのためにどれだけの資金、どれだけの犠牲を払ってきたと思っているんですか?
必ず成功しますとも!いや成功させなければならないんですよ!
コレは人類を超えた“新人類”!
我々人類の希望なのだから!」
「新人類、か……
しかしそんなモノが完成したとしても、
我々の思い通りになるのかね?
アンドロイドどもの様に我々に牙を剥かんとも限らんのではないか!」
「あんな木偶人形と一緒にしないでもらいたい!
コレは人類の延長線上の進化なのですよ!
人と同じ様に成長し、人と同じ様に学習する
けれど身体能力は高く、皮膚と骨は強固に、
そして人類が得られなかった不老不死を備えたまさに最も神に近しい存在なのですよ!」
これはどうやら私の話をしているようだ
「神などと……それこそ我々の手に負えん代物だ
結局アンドロイドどもの二の舞ではないか…」
騒がしい…
これ以上は聞いていられない
私は意識を閉じた…
……………………………………
何日経っただろうか
私は再び意識を起こした
「……思ったほど成長していないな
やはり失敗か」
「いや、足りないんだ…
“エーテライト”が足りない!
大気汚染があまりに酷過ぎて、コレの成長に必要な大気中のエーテライトが圧倒的に足らないんだ!」
「やはり無理だったんだよ…
何が新人類だ!何が人類の希望だ!
もう人類に時間は残されていないんだぞ!」
「ははは…終わりだ
何もかも…“ヤツら”に全て壊されて…終わる」
絶望の声、声、声
あぁ私は失敗作だったのか
このまま廃棄されて終わるのだろうか…
再び意識を閉じる
次に目覚めるのはいつだろうか?
それとももう消えて無くなるのだろうか?
更に時が流れた
久しぶりに意識を起こす
いや、見える、外の世界が、見える
どうやら目が完成したらしい
しかし私の心は嬉しさよりも虚無の方が勝っていた
視界に広がる分厚いガラス越しの世界は、
壊れていた
瓦礫の山が積み重なり、人と呼べる存在はどこにもいない
音、音が聞こえてくる
何が爆発する音、何が何かを殺す、音……
嫌だ、私はこんな世界に出たくはない
もう一度眠ろう、今度はもっともっと遠い時間へ
例え次に目覚めた時代が何もない真っさらな世界だとしても、
今、ここよりはずっといい
私は再び意識を閉じる
深く、深く、深く……
…………………………………………
……どれほど時は、時代は流れたのか?
見れば私の身体は完全に人の形を成している
どうやら人類が滅亡し、文明が破壊された事で自然が本来の姿を取り戻し、私の成長に必要な大気中のエーテライトが大量に蘇ったらしい
それこそ長い長い年月を掛けて、それは私に流れ込み、今こうして人としての形を作る事に成功したのだ
「もしも〜し
聞こえるか?……人、入ってるよなコレ」
気づくと目の前の分厚いガラスに人影が見える
ドンドンとガラスを叩き、どうやら私に声を掛けているようだった
「汚れててよく見えないけど……
う〜んどうすっかなぁ
壊していいかな?大丈夫かな?」
何かし始めた
私の入っている機械が軋む音を立てている
「かってぇーな!
なんだコレ、てか逆にどうやって入ったんだよ!
こんにゃろ」
どうやらこの機械を開けようとしているらしい
そうだな、あの殺伐とした世界ではないようだし
外に出てみるのも悪くない
私は左手の人差し指で機械の下を指し示す
「ん?動いてるか?
なんだ?……下?」
気づいてくれたのか、壊すのをやめて機械の下を探り始めた
確かその辺りに開閉するボタンがあると聞こえた事がある
「……あ〜これか?
これ、押せばいいのか?」
人影が開閉ボタンを押したようだ
プシュっと音を立てて、分厚いガラスが開いていく
開いた隙間からよく分からない液体が溢れて、
その場一帯を濡らしていく
「うわ、きったねぇ」
失礼な
私はその液体に入ってたのに
しばらくの時間流れ続けた液体
それもようやく出尽くした時、いままでガラス越しにしか見えなかった世界を、
初めて自分の目で見ることができた
「………ぁ」
上手く声が出ない
そもそも声とはどう出せば良いのだろうか?
「おー開いた開いた
……どれどれ、一体どんな奴が入ってたんだ?」
まだ上手く動けない私は、
遠慮なく入ってくる人影になすすべも無く腕を掴まれる
「女の子、か
……動けるか?あ〜無理か
よし、今出してやるから暴れんなよ」
その人影は軽々と私を抱き上げ、機械の中から連れ出した
「にしても、素っ裸かよ
これ風呂か何かだったんかな?」
ここはどうやら洞窟のようになっているようだ
元からこうなのか、それとも移動されたのか
はたまた長い年月で場所そのものが変化したのか
分からないことだらけだけど……
「ん?どうした?ちゃんと見えてるよな?」
洞窟に差し込む光がようやく私を抱き抱えた人影の姿をハッキリと映し出す
黒と白の変わった服装に身を包んだ女性……
「よっと、とりあえずそれでも巻いとけ」
ボロボロの布を私の体に覆うように掛ける
初めて感じる暖かさ
「んで、お前何もんだ?
この辺じゃ見かけない顔だよな」
「……ぁ…ぅ」
「あ?…もしかして喋れねーのか?」
困った様な顔をして
彼女は私を見つめている
「んぁ〜!
もう、しゃーねーな!
腹減ってねーか?今なんか食いもん持ってきてやるよ
ちょっと待ってろ」
そして私を置いて洞窟から出て行こうとする彼女を、
私は何故か引き止めていた
「……ん?
なんだよ、心配すんな
見捨てたりしねーよ、アタイはこう見えても優しいんだよ」
そう言って笑う彼女に私はとても安心したのを覚えている
「アタイの名前は“エステル”ってんだ
近くの教会でシスターやってんだ
よろしくな!」
これが私とエステルとの出会いだった……




