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逆転楽土の眷縁主義者  作者: 椋之 樹
Act1 最終決戦開幕
5/22

逆転決着




 予測もしていなかったのだろう。

 リュアは大きく仰け反りながら、なす術なく砂の上に倒れこんでしまった。

「か、はッ……!あ、あぁ……!」

 目の焦点が歪み、全身を震わせつつも、これ以上動こうとする素振りは見せない。

 いや、動けないのだろう。

 今の彼女は軽い脳震盪を起こしている筈だ。

「そろそろ、血の使い過ぎで貧血起こしたか。いやそもそも、あまり戦いで負けたことがなくて、傷を負ったことすらないお前なら、初体験じゃないか?多分死ぬ程痛いだろ。なんせ今のは、“人間が出せる本物の全力”だったんだからな」

 琉星が血の流れる目を押さえながら、リュアを見下ろす。

 人間は何かを殴る瞬間、自身の手に掛かる負担や痛みを脳が捉えて、反射的に力を緩めてしまう。だが、琉星は『不壊』の力により痛覚を硬化させることで、その反射を故意に封じ込めることが出来る。

 それにより痛みも一切感じない為、リュアの灼線が目を貫いても反応を示さず、脳震盪を起こしてしまう程の強烈な一撃を繰り出す事が出来たのだ。

「きっ……!かっ……!」

 必死に立ち上がろうと足掻くリュアだが、動けないのは目に見えている。

 そんな彼女に歩み寄り、頭を優しく撫でると、小さな声で囁き掛けた。

「もう、お前が無理するのは辞めてくれ」

「……ぇ……?」

「涙を流す必要なんてない。お前の気持ちはもう痛い程伝わっているから。だから後は……俺に任せろ」

「あ……ぅ……」

 それだけを伝えると、まるで糸が切れた様にしてリュアは気を失ってしまった。

 一見、結末が見えていた決闘だっただろうが、とんでもない番狂わせで決着を果たした。

 気を失ったリュアから手を離すと、総督会の真武が彼らの元に歩いてくる。

「……まさか、本当に勝つとはな」

「お褒めの言葉どうも」

「誰が貴様を賞賛などするか。最後の最後で目玉が潰れる程の怪我を負った、それで充分に満足した。それに、これで明日から貴様の顔を見ないで済む」

「……」

 最後まで嫌味たっぷりの物言いだったが、ここで遂に総督会の口から決闘終結の宣言が発せられた。

「此度の混血決闘の勝者は鳴継琉星!!これにより、紫姫リュアの賞金の半額が鳴継琉星に渡り、偉華坂國彦とリュアの主従関係が破棄となることを我ら総督会が承認する!!」

 直後、コロシアムの観客席が沸き上がる。

 今回の決闘には主人のデミリットも含まれていた。それが見事果たされたことにより、主人に恨みを持つ奴隷達が、憤慨を込めた感情を爆発させているのだろう。

「それで、貴様は念願の十億達成だ。今ここで楽土脱出の手続きを取るか?」

「……なぁ、楽土から出た奴隷はどうなるんだっけ?」

 琉星は血の流れる目を押さえながら、真武に尋ねる。

「今更何を言っている?脱出指定額分を支払い、残った懸賞金を資金と変えて、外の世界に出ることが出来るんだろうが。但し、今後は、楽土に立ち入る事は出来なくなるがな」

「……たしか、主人登録する時って、楽土脱出と全く同じ額を支払うんだよな?」

「そうだ。お前達弱者共では一生成し得ない、十億を主人登録の際に提供してもらう事になるが……貴様、さっきから何なんだ?奴隷の分際で私を試しているのか?」

「それじゃ、最後に一つ────奴隷が主人になる事は可能なのか?」

 遂に、真武が怒りに満ちた顔で琉星を睨み始める。

「……ハァ?お前の頭の中はどうなっているんだ?そんな馬鹿なことが認められる訳がないだろう!今まで楽土脱出を果たした奴隷共でもそんなこと言う無知な奴はいなかったぞ!」

「なら、無理を承知で言わせてもらうぜ?今すぐに俺を主人登録させろ。そして、紫姫リュアと主従関係を結ぶことを要求する!」

「貴様は、いったい何を言っている!?そんな事例、認められる訳が……」

 その時、突然危機の着信音が鳴り響いた。

 真武が言葉を切りポケットの中の携帯機器を取り出すと、一度琉星を睨んでから背中を向ける。

「……はい、私です。はい、はい……え!?いや、ちょっと待って下さい!!何を血迷ったことを……!?」

 何やら切迫したようなやり取りをしているが、次第に真武は力なく頷き、携帯を持った手をブラリと下ろした。

「はい……分かり、ました……」

 そして、再び琉星に向き直ると、歯を噛み締めながら重そうな口を開く。

「……認める」

「……!」

「鳴継琉星の主人登録、加えて奴隷リュアとの主従関係を結ぶことを……認める」

 その言葉は薄く、広く、コロシアムの内部に響き、全ての観客に衝撃とどよめきを与えた。

 前例がないまさに前代未聞の、奴隷が主人になる逆転劇が、予兆もなく、今この瞬間に発生してしまったのだ。

 人それぞれにどのような影響を与えたのかは分からない。

 だが、少なからず、否定的な影響を与えてしまったことは間違いないだろう。

 それは、当然主人側にも同じことだった。

「そんなこと認められるかぁッ!!」

「偉華坂……そういえば、まだあいつが居たっけ」

 今やリュアの『元』主人となった偉華坂國彦が、荒ぶった声を張り上げながら、フィールド内に割り込んできたのだ。

 顔は鬼のように強張り、その手には鋭利なナイフが握られている。

「おい!!そこの奴隷ッ!!お前、何を勝手に話を進めているッ!?そいつはワシの奴隷だぞッ!?それを何故お前みたいな底辺のゴミが横取りしてくれてるんだッ!?あぁッ!?」

「あんたが自分で了承した筈だろ。負けた時にはリュアとの主従関係を破棄するって」

 偉華坂は琉星の傍まで歩いてくると、胸ぐらを掴みつつナイフを首に突き立ててきた。

「黙れ!!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇッ!!奴隷のくせして主人に反論するのか!?お前らみたいな世界のゴミ屑は黙ってご主人様に付き従っていればいいんだよッ!!おい!!総督会とやら!!今すぐにその契約を破棄させろ!!こんな暴挙が許されると思ってるのか!?お前なんぞワシら日本の90N号に掛かれば……」

「うるせぇよ」

「なっ……ぶへれぇッ!?」

 低い声と共に、身を捩り、『不壊』の鉄拳を有無言わせずに偉華坂の顔面に打ち付けた。

「いい加減黙ってろ。何よりゴミ同然なのはあんたの頭の方だ……!」

 偉華坂の奇妙な叫び声と共に首が変な方向に捻れ、そのまま砂の中に沈む。

 すると、真武が憤怒を露わにして琉星に詰め寄ろうとするが……。

「貴ッ様……!!奴隷の身で主人に手を挙げるなど……許されることだと思っているのかッ!?」

「違ぇだろ。たった今主従契約を結んだリュアがこの場にいる限り、俺は彼女の主人だろうが。要するに、これはあくまで主人と主人のいざこざだ。総督会がわざわざ首を突っ込むことでもないだろ?」

「それ、はッ……ぅ、ぐっ、うぅ゛ぅぅ……ッ!!」

 問題なことは何もしていない。

 総督会が自らで認めた以上、形式上琉星と偉華坂の立場は同等なのだから。

 真武が悔しげに握り締めているのを傍目に、琉星は気を失っているリュアを抱きかかえ、その場から立ち去ろうとする。

 すると、真武が大声で呼びかけてきた。

「鳴継琉星!!貴様は、一体何を考えている!?一瞬ででも貴様を殺そうとしたその女の主人になって……何が目的だッ!!」

 琉星は立ち止まりも振り向かずもせずに、淡々と答えた。

「目的なんかねぇよ。俺が、リュアを助けたいと思った……それだけのことだ」

 そう言って、琉星はコロシアムから姿を消した。

 残された真武は舌打ちをしてから、医療班に連絡を入れる。

 琉星の真意を叩き付けられ、動揺の色を浮かべながら。

「……何なんだ……理解出来ない……そんな意味がない抗いに、一体どんな意味があると言うのだ……」



  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽



 観客席では琉星に対するブーイングが発生していた。

 フィールド内に物を投げるなり、罵声を発するなり、最早混乱状態だ。

「引っ込めぇぇ!!この裏切り者がぁぁ!!」

「何が主従契約だ!!初めからそれが目的だったんだな!?」

「殺せ!!あんな奴殺しちまえぇぇ!!」

 そんな中冷静に事態を観察しているのは、レジダプアと万右衛門だ。

 万右衛門は呆れた様子で、荒れる奴隷達を見渡している。

「こりゃすげぇことになってますなぁ。折角勝ち星挙げたっていうのに、まさか奴隷達の恨みを買うことになるとは……難儀な話でさぁ」

 奴隷達は、自分達を道具にする主人のことを酷く嫌っている。

 琉星がリュアを打ち倒し、その主人に一泡吹かせたまでは良かった。

 しかし、その後に自ら主人になったのは、立場上不味かったと言えるだろう。味方から、敵へ翻ってしまったようなものなのだから。

 元々いがみ合う関係ではない連中から、裏切り者にされてしまった。

 そしてそれは、戦友の心情にも影響を及ぼす。

 万右衛門の隣に居たアルヴァが突然身を返し、観客席から離れていく。

「あれ?ちょっと、あんさん?もう行っちゃうんですか?」

「興が削がれた。“裏切り者”の活躍なんぞ、俺にはどうでもいいことだ」

「ありゃりゃ……これは凄いことになってきましたなぁ?ねぇ、レジダプア?……おろ?レジダプア?どうかしたんで……」

 アルヴァが観客席から消えた直後だ。

 ズガンッ!!

 コロシアム内の空気すら揺るがす、巨大な轟音が響き渡った。その途轍もない衝撃には、今まで騒ぎ立てていた観客達も一斉に鎮まり返り、コロシアムが一瞬で静寂に包まれた。

 万右衛門が彼女の顔を覗き込んでみると……彼女は口角を上げ、恐ろしげに微笑んでいたのである。

「やってくれたね……琉星クン……?」

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