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逆転楽土の眷縁主義者  作者: 椋之 樹
Act1 最終決戦開幕
4/22

VS紫姫



 開始宣言と同時に、リュアが砂の地を蹴り上げ急接近。

「速……ッ!?」

 その走力は琉星の反射速度を軽々と越え、数十メートル離れている場所から一秒も経たずに、目の前に到達する。

 同時に右拳を握って、軽く後ろに下げた。

「……シッ!」

 琉星の瞬きが終わる。

 そのほんの一瞬の間で、何かが噴出する音と共に、リュアの拳が凄まじい速度で襲いかかった。

 だが、琉星は焦らない。

「そう簡単に終われるかよ!」

 拳が鳩尾に入る寸前。

 ポケットからボロボロな包帯を取り出し、リュアの突き出した拳を防ぐように流した。

 誰から見ても、ただの汚れた包帯であり、リュアの拳をどうにか出来る代物には見えないだろう。

 しかし。

「……ぅッ!?」

 拳は甲高い音を起こして止まる。

 リュアが歪んだ顔で包帯を見ると、驚愕したかのように目を大きく見開いた。

 その拳は、ピンッと真っ直ぐに張り詰めた包帯に阻まれていたのだ。

「携帯できる鈍器って便利だろ?包帯だけに限らず、紙でも、布でも、俺に掛かれば同じ様に硬いものに変えることが出来る。それが俺の能力ルダ、『不壊』の力だ」

 奴隷登録が完了した時に支給される血束器トーチャーは、首輪や腕輪等様々な形をしており、琉星は腕輪を装着している。

 その機能は、人間の中に秘められた『ルダ』という名の血液中に流れる潜在物質を、具現化し、力として発現することが出来るというものだ。ルダの種類は正に十人十色であり、人間の数だけ様々な超能力があると言われている。

 しかし、使用時には共通して注意しなければならない事柄が一つ。

 それは、血束器がルダを吸い上げ、力を使う度に、使用者は同時に多量の血を失ってしまうことだ。

 休みを取れば問題は無いが、一気に使ってしまっては貧血を起こす可能性が出てくる。更に言えば、過度な使用は大量出血により、死に至ることも少なくはない。

 血の使い過ぎに注意を払い、どれだけ効率よく決闘相手を倒すか。これこそ、文字通り血で血を争う混血決闘で、最も重視すべき事柄だと言っても過言ではないだろう。

 琉星のルダは、あらゆるものを硬化させる力。今、手にしている包帯は、鉄以上の硬さを誇る別物質に変貌している筈だ。これならば、並大抵の物理攻撃で破壊することは出来ない。

「なぁ、リュア……あんたは、今あんたが置かれている状況に満足してんのか?」

「……!」

 包帯で防いだと言っても、リュアの腕力は尋常ないくらい強かった。

 それに押し負けないように踏ん張りつつ、リュアに顔を近づける。

「こうして拮抗している今なら、“喋ってもあいつにはバレない”と思うぞ?だから、教えて欲しいな。あんたが何を思って、何の為に楽土で戦っているのかを」

「…………」

 この状況こそが、琉星の望んだシミュレーションの一つだった。

 彼女は許可なく話すことを禁じられている。

 だが、偉華坂が見ている前で、且つこうして密着した状態なら、決闘をしているように見せ掛けて、言葉を交わすことが出来ると考えたのだ。

「…………っ」

 だが、それでもリュアは口を開かない。

 むしろ、こちらを振り払おうとばかりに、拳に掛かる力を更に上乗せしてきている。

「ぐっ……!そんなに、知られたくないのか?あんたが実は、“決闘相手に手加減をしていた”ことを!」

「……ッ!?な、なんでそれを……!」

「ようやく、喋ってくれたか……これで無反応だったらどうしようと思っていたが、どうやら的外れじゃなかったらしいな?」

「あ……っ」

 リュアは驚き口を開け、拳に掛かる力を弱めた。

「多分、あんたは奴隷として登録した当初から、さっきと同じ様に相手を殺すよう言われていた筈だ。だけど、俺の知り合いから聞いた話だと、今までにあんたの決闘相手は誰一人として命を落とした奴は居なかったらしいな?あんたの主人は対戦相手のことを気にかけるような奴じゃない。つまり、決闘中に“死んだと思わせれる程度の大怪我”を負わせれば、死んだと錯覚させることも十分に可能。あんたはそれを狙って戦っていた……そうだろ?」

「……ぅ、く……何故、それ、を……」

 リュアの歪みきった顔を見るに、どうやら図星の様だ。

 主従契約における命令の遂行は、あくまで主人が満足したかどうかで判断される。リュアは命令に従った様に見せかけて、ずっと対戦相手の命を守っていたのだ。

「何で分かったのかってか?実は、さっきあんたを見かけた時から、ずっとあんたを見ていた。だから、分かったんだよ。あんたがさっき奴隷を焼いた瞬間の時、偉華坂にバレない様に呟いた、『ごめんなさい』、って言葉もな」

「…………ッ!!」

「それだけじゃない。あんたと初めて出会った時も、ある意味衝撃を受けたよ。この腐れきった楽土の中で、あんなに純粋に浮かべた微笑みは初めて見た。だから、確信したんだ。あんたは、人を殺すことを望むような人間じゃない。苦悩の中、偉華坂に縛られる形で従っているってことを!」

 今、リュアを取り巻いている状況は、彼女が望んでいる訳でもないし、良い影響を与えるものでもない筈だ。

 だからこそ、挑んだ。

 権力の壁を超えて、彼女の元へ届く場所へ。

「…………さ、い」

「だからどうしても、あんたの心情が聞きたいんだよ!」

「……る……い」

「あんたは、本当に今のままで良いと思っているのかッ!?」

「うるさッ、いッッッ!!」

「なっ……!?」

 突然、リュアが大声を張り上げ、逆の左手が動く。

 即座に手持ちの包帯で対応しようとするが、突然耳に、先程と同じ何かを噴出するような音が届いた。

 瞬間、脳裏に嫌な予感が過ぎり、琉星は体をくの字に曲げながら全力で後ろに飛んだ。

「────『灼線インデセンス・バーナー』ッ!!」




 予感は、当たっていた。

 その時、新たな衝撃が琉星を襲ったのだ。

 鉄以上の硬さはある筈の包帯が、何の抵抗もなく、ど真ん中で切断され、足元に落ちたのである。

 斬られたのではない。

 折られたのでもない。

 “分離”された。

 そうでなければ、足元に落ちる訳がない。

 一体何が起こったのか……包帯からリュアに目線を戻した時、その正体が判明する。

「……バーナー?」

 リュアの左の手の平から、紫色の燃焼炎らしき物が勢い良く噴き出し、足元の砂を焦がし巻き上げているのだ。更に右手を振れば、そちらの手の平からも同じ炎が噴出され始める。

 恐らくあれが、リュアの血束器から引き出された能力だろう。

 今までの決闘相手を丸焦げにしたのも、先程の奴隷を丸焼きにしたのも、あの『灼線』と呼ばれた力によるもの。

 レジダプアが言っていた、『紫姫』という名前の真実だ。

「……だったら、私はどうすれば良いんですか……?」

「あ?」

 歯を食いしばり、歪みきった顔でこちらを睨むリュア。

 その顔には怒り、だけではない。

 大きな困惑と、動揺で満ちた感情で押し潰されそうになっている様に見受けられた。

「所詮、私達は世界の負け犬、絶対的弱者。強者にすがることでしか生きていけない。例えこんな力を持ったとしても、助けてくれる人なんて、弱者を気にかけてくれる人なんて、誰一人として居ない……それがこの世界!楽土だけじゃない!世界全体がそんな形で出来ているんですッ!!」

「…………!」

 こちらから彼女の心に強引に入り込んだせいか、今まで押し殺してきた様々な感情が湧き出てきたのかも知れない。

 今までの寡黙そうなイメージを払拭し、まるで壊れてしまったかの様に言葉を吐き出し続けていた。

「私は誰に助けを求めればいいんですか!?右も!左も!どこを見渡しても私を利用しようとする悪魔しかいない!!そんな最中で……私は一体誰を頼りにすれば良かったんですかッ!?」

 直後、リュアが地面を踏み締めて、再び瞬時に琉星との距離を縮める。

 両腕をしなる様に動かし、両手の平から噴出する紫色の炎を連続で琉星に浴び効かせた。

「熱ッ!くっ、そっ……!!」

 今のリュアに、殺さずに終える、という考えは皆無だろう。

 怒涛の連撃の内、一度でもクリーンヒットすれば確実に致命傷だ。

 琉星は手持ちの包帯で腕の動きをいなそうとするが、あまりの速さに頭と身体が追いついていかない。

 時々灼線が体をカスると、凄まじい痛みと熱が全身を蝕んでくる。

「ちっ、くしょう……避けきれね……!!」

 それもその筈だ。

 リュアの動きは相当洗練されたモノだったのだから。

 目を凝らして見れば、彼女の全身が薄らと紫色に包まれているのが分かる。

 恐らく、離れた場所から一瞬で距離を縮められるのも、凄まじい速度の拳を繰り出せるのも、全身各部からの灼線の噴出によるブースターの力だ。

 これを接近戦で、腕を振るう瞬間に加算させることで、常人を越えた速度を発揮する。リュアは自身にブースターを掛けた状態の一挙一動を頭で処理しながら、一切力を緩めることなく腕を振るい続けていた。

 理屈や感覚ではとても捉えきれない動作を、リュアは絶えず実行しているのである。

 燃費は相当悪いだろうが、灼線の脅威はその破壊力にある。鉄以上の硬度がある包帯を、簡単に分離させる圧倒的な熱量。一度の接触だけで、リュアには充分に勝機が生まれるのだ。

 これをかい潜り、攻撃のチャンスを生み出すのは……至難の技と言える。

「この残酷でしかない世界では、私にはもうこの道しかない……そんなに、私のことが気にかかるのなら……」

 連撃の最中、リュアが右手の噴出炎を引っ込め、後ろに引いた。


「────あなたが私を助けてくださいよ……!!」


 次の瞬間、腕を一気に伸ばし切り、琉星の目先に手の平を突き付けた。

 その時。

 手の平から紫色の炎が光線となり、大きく噴出。

 目の前の琉星を通り抜け、背後の遠く離れたコロシアムの壁へ到達したと同時に爆発。

 観客席をも吹き飛ばし、凄まじい威力を見せつけた。

 人間がマトモに喰らえばひとたまりもない一撃を、琉星は……。

「離、して……下さいっ……!!」

「死んでも離すかっての!」

 首を捻れるくらいに傾けて回避。

 リュアの突き出た手首を掴み取り、動きを封じている。

 間一髪だった。

 服の肩部分が焦げており、あと一歩遅かったから確実に頭が吹き飛んでいただろう。

「く、ぅ……離、してぇッ!」

 リュアは意地でも振り解こうと、反対側の手を突き付けようとする。

 だが、それを琉星は同じ様に反対の手で、絡め合うようにして握った。

「なっ!?あなた、わざわざ私の手を……正気ですか……!?」

「正気に決まってんだろ!これが、“あんたの力を防ぐ唯一の方法”だからな!!」

 連撃の最中、琉星はリュアの手の噴出部分を見ていた。

 だから、辛うじて分かったのだ。

 あの灼線は、リュアの手の平から数ミリ程度離れた所から噴出されている。恐らく、血束器によってルダを手先に収束させた後、一気に前に噴出させるという原理だ。

 それを防ぐには、噴出点をこちらの手で塞いでしまえば良い。

 これにより、灼線の脅威を一時的にでも止めることが出来るのだ。

「……あんた、今自分の口で言ったな?」

「えっ……」

「助けてくれって、ちゃんと言えるじゃねぇか。何が他に生きる道がないだよ……“お前が望む道はちゃんとお前の中にある”だろうがッ!!」

「……ッ!!やめて……」

 その時、リュアの目尻から一筋の涙が零れ落ちた。

 その輝く涙を目にしつつも、琉星は更に詰め寄る。

今を逃せば、チャンスは二度と来ないと直感したからだ。

「望むのなら死にもの狂いで掴み取れ!世界がどうとか!周りがどうとか!そんなもの関係ねぇだろ!!」

「惑わさないで……!やめて!!」

「他の誰かでもない!お前が望む道をこじ開けられるのは、お前だけなんだからッ!!」

「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 絡みとったリュア左手の五つの指先が紫色に輝く。

 五つの極細な灼線が噴出。

 その内の一つが琉星の右目を貫いた。

「あ……ッ!」

 無意識の行動だったのだろうか。

 リュアの目が大きく開かれ、全身の力が抜けたように抵抗が消えた。

「ぐっ……く、ぉ……」

 目を貫かれた琉星は大きく顔を後ろに反らす。

 だが、それは灼線の勢いによる反動ではなかった。

 自らの意思で、次の行動を起こす為の予備動作だ。

 目を貫かれつつも、それに“一切痛みを感じた様子もなく”、力を抜いたリュアに向かって……。

「お……お、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 渾身の頭突きをぶちかました。

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