遊牧生活
ま え が き
優しいそよ風に流される草原を肌で感じる。
気持ち良いぐらいに空は蒼く澄み渡っている。
傍にいる馬が早く行こうとばかりに鳴いてみせたので仕方ないなとゆっくり起き上がる。
「待たせて悪かったな。行こうか」
理解出来ないと知りつつ言い、背に乗ると力強い足取りでただ広い草原を歩み始める。
「結構休憩したつもりだけどすぐ追いついちゃったな」
皆が羊の毛や狼の皮から作られた耐寒性の高い短い衣を纏い、同じ素材で作られた移動式の住居を運ぶ牛や馬 羊などと歩む姿は一種の感動に近い感情を生み出した。
皆休憩したんだろうか。
だとすれば一緒に止まってくれれば良かったのに。
同じく馬に乗った集団の中の1人の明るい茶髪の少女がこちらに気付いて集団から外れる。
「ディオ! はやくー」
「ウェスタ、思ってたほど進んでないけど何かあったの?」
ウェスタと呼ばれたこの少女は俺と昔からの友人だ。
幼い頃からずっと一緒なのだが不思議とドキッとさせられる事が未だにある。
「なんかね、みんな元気ないみたいなの。ちょっと疲れてるのかな?」
少し遅れぎみの家畜達を心配そうに見つめる彼女の視線。
「リゲルさんは?」
リゲル とはこの集団の長の事だ。
今年で44になるはずだが一向に老ける気配がなく本当にそんな年なのかと首を捻る事もしばしばある。
「あそこだよ」
そう言い向かって左を指す。
「リゲルさーん! ちょっと休憩挟まない? みんな疲れ始めてるみたいだしさ」
言いつつ家畜の群れに視線を向ける。
間も無く群れの移動する速度が落ち始めた。
徐々にリゲルさんが近くなる。
「では休憩にするか。」
そう言うと周りから歓声が上がる。
皆が休憩のための住居を組み上げようと一斉に動く。
「ディオも降りて、いこ」
すでに地に足をつけているウェスタがまだ騎乗したままの俺の手を引っ張ろうとする。
「わかった、降りるから。 引っ張るな」
ウェスタの方へと勢いよく飛ぶように降りると少し距離が近くなる。
何度も経験している事だが未だになれない。
表面上は上手く取り繕っているはずだが鼓動は早くなり、顔が熱い。
そんなポーカーフェイスの俺を見て微笑み、手を引くウェスタ。
こちらに視線を固定したまま走ったせいか、彼女はつま先を地面に強く蹴りつけてしまう。
崩れる彼女の体勢を支えるべく、素早く掴まれたままの手を引き抱き留める。
そんな俺達を見てわざわざ作業中の手を止めてまで意味深な視線を送る外野。
「あはは......ごめんね、あとありがとう」
そうはにかむ彼女の頬は少しだけ夕焼けに染まっていた。
まえがきですよ