3話 春季キャンプ
屋外はまだ寒い時期の2軍球場での新人合同自主トレ、注目を集めていたのはドラフト1位の石井と、女性初の支配下指名の星野だったが、その中でも星野は注目を集めていた。
「……あいつ可愛いよな」
「……胸デカいしなー」
男の性と言うべきか、ルックスやスタイルに注目する者もいる中、当の星野はマイペースに準備体操をしていた。
「こんにちはー!」
「こんにちは〜」
石井が元気良く星野に挨拶をしてきた、お互いに注目を浴びる高卒ルーキーという事もあり、割と仲良く話し始めた。
「星野ひさぎって言うんだよね、ぼく下の名前が椿だから、親近感が湧くんだ」
「? どうしてですか〜」
「ひさぎって漢字で木へんに秋って書くから、春秋コンビって感じで2人で30勝しようよ」
「おお〜良いですね〜75勝中半分近く取れれば勝てそうですしね〜」
のんびりとした雰囲気の中で、なかなか大きな事を言ってのける2人に、他の選手は苦笑いしていた。プロはそんなに甘く無い、1年目、ましてや高校生がいきなり15勝も出来るはずが無いと、多くの先輩達が思っていた。
「ねえねえ、ひさぎだからひぃちゃんって呼んで良い?」
「良いですよ〜椿くんはつー君って呼びますね〜」
アッサリと仲良くなった注目の2人だったが、いざ練習が始まるとほのぼのした空気は無く、一切会話すらせずに黙々と取り組んでいた。
「スイッチの切り替わりが激しいな」
「ええ、ついて行けないからと言うよりは1人で集中したいからという感じですね」
天知と話していたのは今年からヘッドコーチを担当する森川明光。2球団でコーチとして日本一とリーグ優勝を5回している名参謀で、娘より3歳下の監督を不思議な気持ちで見ていた。
「監督は随分あの2人を買ってますけど、どういう方針で育てますか?」
「実際に会って予想以上に体が出来てましたから、上でやらせて見ても面白いかなと思います。モリミツさんは不満ですか?」
「いや、ケガないですし、2軍で投げさせるよりも実戦を1回させてみたいですよ。星野はコントロール良いし、石井はあの歳で社会人みたいなボール投げますしね」
兼任監督として仕事量が増えるので、天知は方針を提案して、専門であるコーチに任せる方向にしていた。いちいち指導していたら選手の練習が確保出来ないからだ。
(田沼が思った以上に出来てきてるわね、脇坂もタイミングの取り方が良くなった、将来二遊間を任せられるかもしれない)
新人の他に若手選手も混じっている中、天知は練習もしながら、選手の様子を丹念に見ていた。その中でショート候補の田沼鴻やセカンドの脇坂豹牙に目が行く。田沼はベテランの谷原や同級生の中上に、対戦したくないバッターとして名指しされるいやらしいバッターで、脇坂は守備の高さはワイバーンズ内野手で3本の指に入ると言われている。
練習が終わり、夜に1、2軍コーチ全員を監督室に集めて、天知はこれからの方針を改めて確認した。
内容は天知が選手として出ている試合の作戦や、投手交代のタイミングは前日に決めておき、緊急時の対応もあらかじめ用意し、それでも予想出来なかったら現場に任せ、責任は天知が取るという話を森川をはじめとしたコーチ一同と決めた。
「──という訳で、お疲れの所申し訳ありませんが、しばらくこの時間にミーティングをして、1人1人選手の育成方針について統一して頂きます。選手に理解して取り組んで頂くために、1軍2軍関係無く、情報を共有していきましょう」
そして翌日以降も天知はコーチ陣と会談し、1週間かけて全ての選手の育成方針をる。
(よし、これをしっかりみんなが受け入れてくれれば良いわね)
ホッとした天知は、すぐそこまで迫った春季キャンプに向けて鍛えていたペースを少し上げ始めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そしてキャンプ当日、本州より暖かい沖縄には、ファンマスコミ問わず多くの人がワイバーンズのキャンプ地に訪れていた。
そして、新人恒例の自己紹介があったのだが、今年はとても個性的な自己紹介が多かった。
「ドラフト1位の石井椿です! 特技はイラストと口笛、嫌いなものは香水と化粧品のかをりです!」
(恋愛とか大丈夫かこいつ!?)
その場にいた全員が、心の中でツッコミを入れた中で次に松丸が挨拶をする。
「ドラフト2位の松丸清明です、男女関係無く、下着が大好きです」
「やべぇこいつ変態だー!!」
主力の1人である九鬼龍磨が思わず叫んだ。体格の良い彼はクリーンアップを任される程のパワーと、安定感のある守備が得意の男気溢れる好漢だが、周りに振り回されるツッコミ役でもある。
「違います! 変態紳士ですから!」
「それ弁明になってるのか!?」
それから3分程騒ぎが続いて何とか止まった所で次に本多が自己紹介する。
「ドラフト3位の本多豪毅、今まで殺ってきた人数は8人です」
「……あれジョークだよな?」
「いや、本当に殺してきた様にしか見えないけど……」
「ジョークです! 本当は熊のぬいぐるみが無いと眠れない普通の大学生です!」
「女子か!」
とはいえ誤解が解け、ギャップでほのぼのした空気が流れた後、木田の自己紹介に移った。
「ドラフト4位の木田昌治です、好きな言葉は実質剛健です」
まともな自己紹介にホッとしたのもつかの間、相良と星野の自己紹介もなかなか個性的だった。
「ドラフト5位指名の相良銀蔵です、今年からレフトを守る背番号は、69と覚えてください」
その言葉に全員が驚く、相良の背番号は69、つまり天知のポジションを奪うという宣戦布告をこの場で言ってのけたのだ。
「ドラフト6位の星野ひさぎです〜プロ志望届を記念に出してみたら〜運良く地元のワイバーンズに入れました〜」
「な、なんてやつだ……」
「マイペースな子の様ですね」
九鬼のぼやきに中上が冷静に分析する、ともかく挨拶が終わり、石井や星野などケガやコンバートする者以外、ルーキーは1軍スタートだった。その他も1、2軍に分かれてキャンプがスタートする。
ランニングに始まり、ノックを軽く済ませた後、天知が選手を室内練習場に呼び寄せた。
「皆さんいますか」
「メグさんー!」
もの凄い勢いで天知に駆け寄って来た中上をさらりと躱し、天知はある発表をした。
「明日紅白戦を開始します、1軍2軍ごちゃまぜにした結構本気の実戦形式ですから、ケガだけはしないで、ワタシ達首脳陣にアピールしてください。もし無理してケガしたら即2軍という事を頭に置いておく様に」
「ええええっーー!!!」
初日から紅白戦という前例もあったが、それは前もって予告していたもので、いきなり明日紅白戦をするというのを、初日からいうのは少なくとも、ワイバーンズでは初めてだった。
「体まだ出来て無いですよ!」
「プロとしていつでも戦える準備をして欲しいのですが……良いですよ紅白戦休んでも、その代わり2軍に行く可能性が高くなりますね」
天知の辛辣な言葉に全員が黙り込む、だが天知は不満を覚悟でこの紅白戦をする事を決めたのだ、この程度の不満で済んで良かったと思っている位だった。
「今後も監督でいる限り、キャンプの紅白戦を事前には伝えません。そのつもりでいてくださるとありがたいです」
天知の発言に選手全員がはっとした、自分達は天知が就任した時から、もう試されていたという事実に今気がついたのだ。
「おーメグさん、なかなかやるなー」
「ここで目立てば開幕スタメンに一歩近づく、気合い入ってきた」
「ヒョウさんの表情から、なんの感情も見えないんだけど……でも、ぼくもチャンスあるから奪わせてもらおうか」
飄々としている上島に、気合いの入れている二遊間コンビを押しのけて、突然中上が手を挙げた。
「はい、メグさん! 組み分けではオレとメグさんを一緒にして下さい」
「モリミツさーん、中上と一緒に白組で、ワタシは紅組で監督と選手の動き方の確認しまーす」
「ガーン!」
中上が地面に手をついて打ちひしがれているのを、周りは憐れみの目を降り注いだ。そんな中上を無視し、天知は組み分けを発表した。
「……という訳で、後はモリミツさんやワタシがオーダーを決めますので、それに従って下さい」
「はい、ボクは白組で良かったですか?」
「……ええ白組よ、ワタシと対戦するなら手加減無しでかかってきなさい」
「メグさん、オレもあ……」
「さあ、明日のために調整していきましようー!」
ガクリとなるのを堪えて、天知は丁寧に石井に教え、間髪入れずに中上がダダをこねようと近寄って来る前に天知は解散させ、素早く練習に向かった。
「……恋する青年は一途だよなー」
上島がみんなに聞こえない声で呟くと、九鬼を連れてキャッチボールに向かった。
その後、中上も何とか立ち直り石井の球を受ける事になった。
「よろしくお願いします」
「よろしく、石井君。じゃあ、好きな様に投げてみて」
「はーい!」
ノーワインドアップのスリークォーターから投げたボールは、けたたましい音を立ててミットに吸い込まれた。それを見ていた投手コーチが思わず声が出る程良いボールを、ストレート変化球問わず何回も投げ込まれた。
「ねえ、どうですか?」
「ストレートは当然だけど特にシュートが絶品だよ、横スラもスプリットも実戦で使えるレベルだからこの調子で明日も頑張って」
「ありがとうございました」
ニコニコしながらブルペンを去って行った石井に入れ替わって、星野がやって来た。
「どうぞよろしく」
「よろしく、……清々しい程に変わるな」
先程の間伸びした口調とは、180度方向が違う凛とした口調で挨拶を交わした星野に中上も思わず本音が漏れた。
石井の場合もそうだが、星野は特に球の出どころが見えづらく、フォームが安定している。そのため、中上が上手く捕ろうとしなくても、ミットの芯に当たった良い音がした。ただ、唯一の例外もあったが。
「おっ……と」
「良く捕れましたね、いきなりナックル投げて逸らさない人は2人目です」
「その人かわいそう……っ」
同じキャッチャーとして、顔も知らない元女房役に中上は同情した。私生活でもピッチャーとしても癖のある星野と、信頼関係を結ぶのに胃薬の厄介になったのではないだろうかと。
いずれにせよ、高卒ルーキーの球を受けた中上は、凄い奴が入ってきたと武者震いが止まらなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
そして翌日、紅白戦の前に獲得した外国人選手がようやくやって来た。名前をイバン・アルベルトといい、長打力の高いファーストで、好物は鳥のササミとトレーニングというかなりストイックな男だ。
「ワタシが選手兼任監督の天知恵よ、よろしく」
通訳を介して話を聞いたアルベルトは、とても意外そうな顔をしていた。
「あなたが監督? 日本は女性が男子に混じって戦える程、レベルが低くなったのか」
通訳が言いづらそうにしているのを見た天知は、率直に話して欲しいとお願いし、内容を知った天知は、悪気は無さそうなこの褐色の巨人にため息を吐いた。
「メジャー程の実力は日本に無いけど、それでも、向こうに行ったら通用しそうなレベルの選手はいるわ。そうね……今日紅白戦をやるから、向こうの選手からヒット3本か、ホームラン1本を打ったら、あなたの好きな打順で開幕戦を戦ってもいい」
「……そこまで言うのなら余程の自信があるのだな、分かった、その代わり達成出来なかったら、あなたの指示に従うよ」
そんな約束を取り付けて、紅白戦が始まった。紅組には天知をはじめエースの柳生和樹、ベテラン谷原や若手のホープ脇坂、上島にアルベルトも加わり投打にバランスが取れていた。
対して白組は石井に星野、中上田沼の同級生コンビにベテランの根来、加藤竜平に九鬼の長打がウリの若手と、若手も多いが主力もしっかり加わった本格的なチームだった。
この事からも、若手の実戦練習ではなく、生き残りを賭けたサバイバルがスタートしたと、非公表だったこの試合メディアにも伝わった。