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2話 運命のドラフト会議

ドラフト会議当日、天知は黒いスーツに長めのスカートという出で立ちで、スカウトや球団社長などと一緒に最終確認を始める。そのドラフト直前の最終確認で、1位に指名すると言っていた松丸を、みんなの前で繰り下げると発表した。


「……今なんと言いました?」

「ドラフト1位には別の選手を指名します」


天知の発言にスカウトだけでなく、球団社長も驚きを隠せていなかった。


「なぜですか、松丸君は他の球団も注目している投手では」

「彼は腰を怪我している事が分かりました。それを流したら即戦力で欲しいと思っていた球団は他の投手に鞍替えするそうです。代わりに石井椿を1位に指名します」

「彼はリストから除外したのでは!?」

「情報がどれだけ漏れるか、申し訳ありませんが試させて頂きました──あれがもし石井選手だったら、ワタシは貴方達と仕事が出来ませんでした」


スカウトの面々が、信用無かったのかと複雑な顔をしている中、天知はにっこり笑う。


「でも、これで次回からは心置きなく信頼して仕事をお願い出来ます。生意気な小娘ですが、何卒よろしくお願いします」


仲村を始めとしたスカウト陣と球団社長は天知の発言に苦笑いするしかなかった。自分の子供達とさほど変わらない年齢の天知に、一杯喰わされたが、怒りよりも脱帽したという気持ちの方が強く残っていたからだ。


「では、松丸は獲得しないと?」

「いえ、2位指名します。1位では無いでしょうが、指名される可能性は高いですし、しっかり鍛えれば、間違いなく活躍する才能はあります。あと、星野も採りたいですが2人よりマークされてないので4、5位でも充分チャンスはありますから、3位には本多を採ります」

「ちょっと待ってください」


あまりにもすらすらと決めていく新米監督に、スカウトから待ったが出た。


「石井や松丸はともかく、本多はキャッチャーです。谷原や中上がいるのに出番が減りますし、仮にコンバートしたとしても時間がかかるのでは?」

「助っ人を採るつもりですから、獲得したら数年は2軍で鍛えさせられます。それに万が一キャッチャーを使い切った時に、ワタシや彼がピンチキャッチャーで起用出来ますから」


疑問を説明してみせた天知は、その他にも色んな場面を想定して順位案を出す。2位以下が採れなかった場合に、他の選手をピックアップしており、全員が頷くしかなかった。


「いやぁ……もし監督を辞めたら、凄いGMになりますよ」

「そんな事無いと思いますけど……ありがとうございます」


そうして天知率いる中吉ドラグーンズは、ドラフト会議の会場にやって来た。ドラフトは抽選で一般の人も入れる様になっており、客席にはプロ野球ファンで埋め尽くされていた。パソコン画面に載っていた石井を選択する。


「第1回選択希望選手、中吉 石井椿 投手 東海道高校」


観客席では、驚きの声が上がった。誰なんだとか、松丸じゃ無いのかと言う声も多く上がった。

そして他の球団も指名していき、去年の覇者である読切ギガンテスの指名になる。


「第1回選択希望、読切 尼子響 投手 Jプランナーカンパニー」


天知は尼子という名前に何か引っかかった。調査表に出ていたのは知っていたが、それより前に会った事のある感覚がある様なものを。

ひとまず、松丸は指名されずに残り、天知はホッとした。ドラフト会議では2位以降はウェーバー方式となっている、プロ野球はオ・リーグとマ・リーグに分かれており、各リーグの最下位から指名となり、夏に行われるオールスターで勝ち越したリーグが、優先される。今年は中吉ドラグーンズが所属しているマ・リーグが勝利したので、ドラグーンズは2位指名を1番最初に指名出来る。本来なら最下位は悔しいが、こういった場面ではチャンスなので、巻き返しの戦いはここから始まっていると言っても良い。


「第2回選択希望選手、中吉 松丸聖明 投手 熊谷農業高校」


司会の読み上げに天知は小さく頷いた、続く3位予定の本多も2位指名されず、関係者一同、11番目までに本多の指名がされない事を祈っていた。


「第3回選択希望選手 ポラリス 佐久間大志 内野手 市立つくばみらい大学」


天知は小さくガッツポーズをした、ワイバーンズの直前に指名した、ポラリス・ブルホーンズまで本多は指名されなかったので、指名出来る事が確定したからだ。


「第3回選択希望、中吉 本多豪毅ほんだごうき 捕手 鎮西一大学」


すかさず本多を指名し、すぐに来る4位指名に、高齢化している二遊間に刺激を与える選手を指名する。


「第4回選択希望選手、中吉 木田昌治きだまさはる 内野手 サワダ精鋼」


社会人の即戦力選手を指名し、ここまでは順調に来ていたが、残念ながら全部は上手く行かなかった。


「第5回選択希望選手、東京ガトー 大友圭二 投手 近畿中央大学」


5位指名の際に採りたいと思っていた左投手が取られてしまった。石井程の評価はしていなかったが、ピンチでも落ち着いたマウンドさばきに高評価をつけていた選手だったのだが。


「大友は取られてしまいましたね……」

「仕方ないです、敵ではありますが、球界発展のためドラグーンズ以外で抑えてくれる事を祈りましょう。……ラークスもちゃんと見てるわね」

「はい、それでは相良を狙います」

「──第5回選択希望選手、中吉 相良銀蔵さがらぎんぞう外野手 富山タールガン」


その代わりに採った選手は、独立リーグ出身の俊足好守の外野手で、全試合出場出来ない天知と併用する目的で指名した。

そして他の球団が選択終了し始めた中、天知も最後の指名をする。


「第6回選択希望選手、中吉 星野ひさぎ 投手 聖カタリナ女学園」


ワイバーンズの指名に観客席だけでなく、他球団からもざわめきが起こった。石井の名前は一部からは知られていたが、星野はどの球団からも調査表が届いていなかった。故にどんな選手か全く知らないのである。


「星野ひさぎとはどんな投手なのですか?」

「星野……いえ、わたくしにも分かりませんねー」


テレビ中継で実況をしているアナウンサーが、アマチュア野球に詳しい解説に話を振っても困った表情を見せるばかりで、テレビで見ていた野球ファンも、ネットで調べる騒ぎになっていた。

騒然としている中で、天知は星野で指名を終了し、話が聞きたいと囲まれ、報道陣の前でコメントをした。


「まずはドラフト1位の石井選手についてお聞きしたいのですが、どういったピッチャーでしょうか」

「身体が出来ていて、1年目から投げられるピッチャーです。基本的な部分も素晴らしいですが、フィールディングで魅せられる高校生はなかなかいないです」

「そして、星野選手について、私たちの勉強不足で申し訳ありませんが、詳しく教えていただけませんか」

「可愛らしいお嬢さんって印象ですけど、球も美しいです。フィールディングは石井君が俊敏とするなら、星野さんは流麗ですね。無駄のないお手本にするべきバンド処理と牽制球、クイックモーションも完璧です」


天地は穏やかに答えると、記者の取材を切り上げてホテルに着いた。


「大方の採りたい選手は採れて良かったわ、ねえバンちゃん」


天地はとろけるような笑顔で、可愛い犬のぬいぐるみに抱きついた。普段クールな天地だが可愛いものに目がなく、一部を除き、周りのイメージを崩しては悪いと思って秘密にしているのだ。


「後は指名した人が入団してくれて、ちゃんと活躍してくれるのを祈って、今日はオレンジジュースで乾杯しましょう」


ファンから見たら、ビックリする位の上機嫌さで、天地はオレンジジュースのパックを冷蔵庫から取り出した。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



後日、仮契約の為に各選手の元へ天知は訪れた。最初はドラフト1位の石井である。背は高く180後半はあり、筋肉質ではあるが大きなたれ目と元気の良さから、威圧感を感じるよりかは親しみやすさを感じる少年だった。


「こんにちはー!」

「こんにちは、今日は仮契約だけどサイン出来る?」

「うん、自分の名前は漢字で書けるよ。それ以外の漢字は書けないけど……」


石井は字を書くのと、コミュニケーションが苦手なようで、障害に理解がある高校を選んで、勉強も部活も充実した生活を送っていたと石井自身が話していた。


「出来るだけコミュニケーションも野球も頑張るから、贔屓じゃなくて配慮してください」

「分かったわ、ちゃんとやりやすい様にみんなに話をしておくわ。ただし、プロ野球選手である前に社会人になるんだから、社会人のルールとマナーを守った上でという前提だから、しっかりした大人になるのよ」

「ありがとうございます! 練習の後に、社会人のルール本を読んでおくね」

「もう一つ付け加えると、先輩やコーチには敬語を使えるようにしておいて、ワタシは良いけど」


そんな、子供がそのまま大きくなった印象を与える石井にサインしてもらい、天知は次に星野の元へ向かった。プロ野球の男子と混ざると背は低い方だか、それでも170はある身長とスタイルの良さ、烏の濡れ羽色という表現がぴったりの髪は腰まであり、スター性は抜群であるのは間違いなかった。


「こんにちは〜」

「こんにちは、お嬢様学校は初めて入るけど、みんなしっかりしてるわね」

「わたしはしっかりしてと言われる事が多いんですけどね〜やる時はやりますよ〜」


ピッチャーはオンオフが激しい選手が多いと言うが、星野もそのタイプに入るらしく、試合の際に、伝令を泣かしたという程性格が変わるという。


「男社会に入るから大変だと思うけど、認められたかったら自分らしさも忘れずにね。そして礼儀はわきまえる事、そうすれば勝てる実力はあるから」

「はい〜毎日上手くなる様に頑張ります〜」


マイペースな2人に会って、天知は上手くいきそうな予感を更に高めた。2人とも体つきは良く、練習で鍛えていた。つまり、しっかり練習はやるが飛ばし過ぎて体を壊す心配が無いのだ。状態によっては1軍での起用を天知はもう視野に入れ始めていた。

富山へ移動し、物静かな相良と仮契約をした後、天知は相良に発破をかけた。


「ワタシは140試合出られない、だけどワタシの壁は高いわよ──それでも超えていきなさい」

「分かりました、まずは開幕1軍目指してしっかり練習してきます──でも、自分が天知さんのポジション奪わせていただきます」

「言うわね、ワタシも実力であなたに勝ってみせるから、楽しみにしてなさいよ」


相良の内に秘めた熱いものが、天知には伝わった。将来、自分を抜かす事になる選手になる可能性を予想し、帰りの新幹線で武者震いと笑いが止まらなかった。


「……ふふっ良いわ、今年は豊作よ」


他の人に勘づかれる前に、笑顔を消し、天知は名古屋へと戻った。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


翌日は2位の松丸に会いに行った。前日に会った3人と比べると体は出来ていないが、食やトレーニングは順調の様で、自信の程がうかがえた。


「すぐに1軍で先発出来るように頑張ります」

「じゃあこの場で言っておくわ、1年間は体を鍛えなさい。上で使うつもりは無いから」


天知の宣言に松丸は表情を硬くした。もちろん、天知はちゃんと理由を説明し始めた。


「素質は今まで見てきた一流選手に比べても引けを取らないし、サブマリンでクイックが出来ているのは凄いわ、この歳でアンダーハンドをここまで完成させるのは、並大抵のセンスと努力じゃない。だからこそ長くやって行くには体幹を鍛え上げないといけないわ、焦らすつもりは無いからじっくり鍛えて2桁勝てる柱になって」


まだ高校生の松丸は鍛える時間がいる、その事をちゃんと理解させ、天知は部屋を後にした。

そして同じ県内にいる社会人の木田にも交渉契約を結ぶ。交渉の際に天知が感じたのは、他に会った指名選手に比べて優しすぎる所だ。以前、スカウトから聞かされていたが、社会人チームの監督も危惧するレベルであった。


「あなた、少しはエゴイストになった方が良いわ」

「いえ、これがワタクシの本分ですので、お気になさらず」


不安が残りつつも、最後に飛行機で福岡まで行き、ヤのつく仕事をしていそうな顔と体格の本多と会った。


「こんにちは、よろしくお願いしやす」

「……念のために聞くけど、暴力団関係者じゃないのよね?」

「はい、ガタイと口調で野球部以外友達がいやせんが」


あまり触れてはいけない話題と悟った天知は、話を本題に移す。


「ごめんなさいね、今回指名したのは、捕手としてではなく、一塁で守ってもらいたいからなの」

「それは、あっしのリードが良く無いからっすか?」


本人は普通に聞いているだけだろうが、傍目から見れば借金を取り立ててきたヤクザと、彼氏の借金を必死に返そうとしている女性に見える。


「若手なら中上が、主力なら谷原さんが正妻を争っている状況であなたが加わっても、勝てる勝算は薄いわ。だったら、ファーストで鍛えてクリーンアップに座る方が生き残れる。長打と打撃センスはその年齢ではプロを含めてトップレベルとワタシは評価しているわ」


キャッチャーとしての未練が残っている表情を浮かべている本多に、天知は優しく諭す。


「キャッチャーとしてはあなたは優秀よ、ワタシも最初はキャッチャーとして入ってきたからそれは分かるわ。だけど、1軍の正捕手は次元が違う。中上の才能を見て、ワタシは外野手に転向したのよ──せっかく入団してもらえるなら、長くプロとして活躍して欲しいのよ」

「捕手として残れる可能性は……」

「下手したら今年、中上が谷原さんに取って代わる。それでなくても2、3年で中上を超えるのは無理よ」


その後も真剣に話し合い、予定の時間より長くなったが、最終的には本多は納得した。


「分かりやした、生き残ります。しっかり鍛えて4番を任せられる様に」


こうして、全員の契約を結んだ天知は、帰路に着いた。

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