プロローグ
(監督が違うとこうも上手くいかないのか……)
1塁ランナーの天知は、ため息をこぼしそうになった。優勝するラインが5割7分前後にも関わらず、勝率.455の最下位、それだけ中吉ワイバーンズは苦戦していた。
3対3の9回裏、ツーアウトからバッターは6番上島、俊足巧打で、本来なら1番を任せられる実力を持つ左バッターだが、今シーズンは不調でスタメンを外れる事もあり、今日のように、打順を下げられる事もしばしばあった。
(下手したらゲッツー、なら……)
ピッチャーの第1球、天知はサインが出ていないのにも関わらずスタートを切った。上島は一瞬慌てたが、ボール球を振り盗塁を援護する。
キャッチャーはボールをしっかり握れず、送球を諦めてランナー2塁に変わる。
「メグちゃん頑張るなー」
上島は天知を見て何かを察した、オープン気味に構えてピッチャーを睨む。
投球2球目、天知はまたもサインが出てないにも関わらずに3盗を試みた。
「ボール!」
インコースに投げた球はボール判定で、相手キャッチャーはすかさず3塁へ送球するが、先程の盗塁よりも更に相手のモーションを盗んでスタートを切った分、タッチの前に塁を触った。
「セーフ!」
プレーが止まり、3塁コーチが天知に駆け寄って注意する。
「おい、サイン出てないぞ」
「すいません、でも、とにかく勝ちたいんです」
3塁コーチの注意にも、天知は口だけの謝罪をしただけだった。ランナー3塁でカウントは1ー1、天知は上島と目が合い、お互いニヤリとして相手の意図を理解した。
キャッチャーが内角に構え、ピッチャーが動き出した瞬間、大きくリードを取っていた天知がスタートを切った。
左バッターの内角にしっかりと投げた分、タッチの距離が僅かに遅れ、その僅かな距離が明暗を分けた。
「セーフ! セーフ!」
スタジアムが歓喜と興奮の渦に巻き込まれた。
そしてこの暴走とも言える盗塁を決めた天知が、誰もが不可能と言う中、全てを手に入れていく選手になっていく。