08 水精の庭
いつの間にか文章評価とストーリー評価を頂いてました。押して下さった読者様、有り難うございます。
あと携帯で文字打ち過ぎて「親指が!指があああぁぁぁ!!」となりそうなので二日か三日に一度の投稿となりそうです。
すんません(T-T)
「兄さん、容赦無いですね。少しだけ同情してしまいました。」
「何言ってんのさ。クローディアはあいつに一回殺されたんだよ?」
「あいつは私達を性奴隷として使おうとしてた。同情の余地なんて無いよ。それにあいつがお兄ちゃんより強かったら生きてたはずだよ。弱かったあいつが悪い。」
「それはそうですけど、何と言うか兄さんに喧嘩売ったら絶望しか残らないんだな………と思っちゃって。圧倒的すぎて逆に気の毒になってしまうんですよね。」
「あぁ~それは分かるかも知れないけど、怒ったご主人様も格好良かったなぁ。ゾクゾクしちゃった。」
「うん、あんな凄い魔力、産まれて初めて感じた。惚れ直しちゃったもん」
「確かに尋常では無い密度でしたね。私達もいつかあのくらい出来るようになるでしょうか………」
という感じで三人娘が和気あいあいと話している横で、セリアとバラーク辺境伯は言葉を失っていた。
(警備隊詰所で感じた威圧感から三級冒険者よりも少し強い程度かと思っていたのじゃが、これは一級冒険者と同等かそれ以上かの? いずれにしろこの老いた身では障害にすらなり得ないだろうのぅ。)
(異界から来た吸血鬼……ね。こんな化物がいるなんてどんな世界よ。まぁこの世界も他所の世界の事言えないのだけれど。)
最も、考えてる事は考えているようだが。
とは言えこの騒動はこれで一応の収束を迎え、シン達は辺境伯の判断により国王へ顔を見せる事となり、五日後に辺境伯の領主館へ出頭する事になる。
断られないかと内心冷や汗をかきながら国王との謁見を申し出たが、自分が異人であり、吸血鬼である事を世界の要人には知って貰わなくては面倒な事になるとセリアから聞いている、というか前の世界で同じような事態になり、放っていたら自らを『吸血鬼狩り』と名乗る殺し屋や神の狂信者が杭や十字架を持ってどこまでも追いかけて来たのでかなり面倒臭かったのをシンは覚えている。
『主の偉大なる加護が我等を御守りして下さる!! 吸血鬼など恐れるに足らん! 我等はただ主の教徒である。天の尖兵として剣であり、盾であることだけが我等にとっての福音であるのだ!!』
と、まぁ概ねこんな事を言いながら突撃してくる法衣を着た狂信者達千人弱を皆殺しにし、殺し屋を五百人ほど返り討ちにした所でキレたシンが吸血鬼狩りや狂信者に情報を流していた国王達を誘拐し、国王達の妻や子供、宰相や懇意にしていた娼館の娼婦、果ては好みの酒を造っているワイナリーの主人までもを人質に取り、血を取り込んだ後のスカスカになった狂信者達の死体を人質の周りに積み上げながら脅迫をした事で終結したのだが、こんなに面倒臭い事はシンももう二度としたく無い、というかする気が無いので辺境伯の申し出を受けたのだ。
という訳で現在彼等は宿に向かっている。
領主館から出た後にフェニーチェとディアーチェが『いい加減に汗を流したい』と懇願したので風呂のある宿を聞くと、『水精の庭』という宿が部屋に風呂が付いていると言うのでそこに泊まる事にした。
宿に着くまでに三人娘に貨幣の種類を尋ねた結果、貨幣は世界共通では無く、大陸毎に違いがあるが、変換レートは全ての大陸で同一だとの返答が返ってきた。
つまり簡単に言えば前の世界では1ドル=80~120円だったが、この世界ではレートが同じために1ドル=1円となっているのだ。『それならば世界共通の貨幣を作った方が良いだろう』とシンは口にしたが三人娘は『何言ってるの?』という顔をしていた。
どこかで見た顔だ。しかしそう思った直後にそれはそうだと気付く。何故なら今日、数時間前にも見ているのだから。
(これは可能な限り早くこの世界の常識を身に着けなければ危ういな)
異世界に来てから三日。今までは三人娘が奴隷になったり森の中で歩みを進める事を優先したために常識の擦り合わせを行う事が出来なかったが、今は時間がある。
(とは言え宿に行ってから話はするか。変な馬鹿が絡んで来ても面倒だからな。)
そう考えながらシンは宝物殿から小さな袋を取り出して中身を掌の上に出す。
袋から出てきたのは九種類の硬貨だった。
「まぁ世界共通貨幣の事は忘れてくれ。取り敢えずこの硬貨の名前と価値を教えてくれ。」
それに答えたのはクローディア。
「硬貨というのが何かは知りませんが、エカルタス大陸のお金は半銅貨、銅貨、半青銅貨、青銅貨、半銀貨、銀貨、半金貨、金貨、白金貨、黒金貨、紅貨があって、今兄さんが持っているのは白金貨、黒金貨、紅貨以外のお金です。」
「通貨の価値は?」
「半銅貨が1ガダル、銅貨が10G、半青銅貨が50G、青銅貨が100G、半銀貨が500G、銀貨が1000G、半金貨が5000G、金貨が10000G、白金貨が10万G、黒金貨が50万G、紅貨が100万Gだった筈です。」
そんな事を聞きながらシンは屋台に向かう。
売っていたのは何の肉かは知らないが肉の腸詰めを鉄板で焼いていて白パンに挟んだ所謂ホットドッグ。
白パンがあるのかとシンは考えたが自身の上を通過するモノレール(仮)を見て自嘲する。
(この世界には魔法が公的に存在し、技術として確立している。それはこの都市を見れば明らかだ。魔法は物理的な法則にはとらわれない。求めた結果を実現させる力ならこちらの世界の方が遥かに上なのだ。まだ前の世界の中世を引きずっているな、俺は。科学と魔法が混ざっているのだ。何も驚く事ではない)
だがシンが前の世界の常識に囚われるのは必定だ。世界中の誰よりも長く生き、誰よりも多くの事を見て、誰よりも多くの絶望を知る彼が、実際に神話や物語で語られる時代を過ごした彼が、それに囚われるのは何も可笑しな事では無いのだから。
ホットドッグを四つ買って八百Gを払い、それがぼったくりでは無い事を三人娘に確認したシンはホットドッグが一つ二百Gというその値段設定に最も近い前の世界に存在した国を思い出していた。その中で見つけたのは彼が面白いと思っていた西の果てにある島国の事だ。
250近い国々が並び立っていた世界でもあの国の人々の在り方はとても興味をそそられたのだ。
その島国は、自然の猛威が年中姿を変えて襲い来る外の大陸から来た者が裸足で逃げ出すような土地だった。
他の国々は自然の猛威に反発する様な技術を開発し、猛威の元、すなわち自然を抑制して生き延びていた。
確かに自然の猛威の姿が1つ2つという数ならばそれで十分対応できるだろう。だがその島国では天災の無い年等無く、その種類も膨大だ。それら全てに反発する事のできる技術など当時の人類は持ち得ていなかった。
しかしその島国には人々が生きて暮らし、国すら築いていた。
自然に反発するのではなく、寄り添うような技術によって。
だがこれは決して簡単な事ではない。自然というのは雄大で何が起きても揺るがない強さを確かに持っている。しかし同時に少しでも乱れれば崩壊する様な繊細さも持っているのだ。そして何より時が経つに連れて刻々とその姿と有り様を変化させる。そう、まるで一つの巨大な生き物の様に。
その自然に寄り添うなど、気が遠くなるどころでは無い試行錯誤の繰り返しだ。それこそ一生を費やして学んでも、試行錯誤しても、まだ足りない程に。
だが、その無理難題をその島国の人々はやってのけた。代々技術とその在り方を受け継ぐ『伝統』という形で自然に寄り添う技術を、時として牙を剥くその雄大で繊細な自然との付き合い方を確立してみせたのだ。
そして繊細な自然を傷付けない様に洗練されたその技術力と発想力と開発力は、その世界にある恐ろしい武器を産み落とす。後に刀と呼ばれる剣としての『斬る』能力に特化したその武器が、『折れず、曲がらず、よく切れる』という切断武器の理想を体現していたのには当時のシンを驚かせた。刀を打って貰い、刀の達人に教わった事もある。
まぁそんな国も今ではかつての在り方を忘れ、独自性を潰した機械の様な人々が大半を占める様になったおかげでシンの眼中から外れたのだが。
ともあれその国の価格帯が今のところ最も近いので参考にする事とした。
買ったホットドッグを三人娘と食べながら水精の庭へと向かう。
ちなみに何故シンがこの世界の通貨を持っているのかと言うと、三人娘がいた馬車には奴隷商のものだったのだが、違法に人々を拐っては闇市で奴隷として売り捌く犯罪者だったらしく、辺境伯によれば犯罪者の持ち物は討伐した者が所有権を得るということだったので、一応馬車の中にあった袋に入っていた金と貨物に偽装された箱に敷き詰められた金をシンが回収していたおかげでそのまま貰えることになった。
ヨルガリウスに追われていた時にこの箱を棄てれば九死に一生を得たかもしれないのに馬鹿な奴だと最早原型を留めていない死体にシン思っていたが、こういう各地を渡り歩く世界を股にかけた犯罪者は住所を持たず、いつでも逃げられる様に全財産を持ち歩く事が多い。
まぁそれは置いておくとして、こうしてシンは大金を手に入れたのだが、連れ去られた奴隷は本人が望まない限り所有権を認められないと辺境伯が告げたので三人娘を見ると捨てられた子犬の様な顔をされて何となく気が引けたシンは奴隷じゃなくても傍にいていいと伝えたが、何故か彼女達は頑なにシンの奴隷でいる事を望んだのでシンはそれ以上は何も言わなかった。
そんな様子を見ていた辺境伯は温かな眼差しをシン達に向けながら
「そうか、まぁ黒の首輪を着けとる時点でこうなるとは薄々感じておったよ。」
と言ったのでシンは
「どうゆう意味だ?」
と尋ねた。すると衝撃の事実が辺境伯の口から告げられた。
「何じゃ、知らんかったのか?奴隷の首輪にはその色と模様で自由度が分かれておるんじゃ。」
「模様だと?」
「左様。首輪の結合部分に模様があるじゃろ?その模様が円だったら犯罪奴隷、半円だったら労働奴隷、三日月だったら性奴隷じゃ。」
言われてシンは三人娘の首輪の結合部分、すなわち首の後ろを見るとそこに描かれていたのは三日月模様。すなわち三人が性奴隷として拐われた事を示していた。
だが今はそれよりも首輪の色の意味をシンは知りたかった。すると辺境伯は心得ているという様に続きを話し始めた。
「首輪の色が赤は主人に危害を加えない、私語厳禁、抵抗禁止、自傷行為の禁止等々様々な拘束をかけられるがこれは死刑囚にしか使われん。主人に危害を加えないというのは全ての首輪の共通項目じゃ。青の特徴は手抜きや盗みに対する拘束じゃな。これは労働奴隷によく使われとるよ。最後の黒はな、主人へ危害を加えないということ以外は設定されておらん。逆に言えば設定を所有者の意向で魔法師が付け加える事が可能なんじゃ。ただしこの色の首輪だけは付けるのは無理やりにでも可能じゃが、契約する際には奴隷本人の許可が必要になるという安全装置が付けられておる。故に市場に最も出回っておるのも黒の首輪なんじゃ。じゃからその娘達がシン殿の奴隷という時点で彼女達は望んで奴隷になったという事なんじゃ。余り知られてはおらんがな。」
と、ここまで聞いた中でシンは疑問を感じる。何故奴隷商は闇市に売ろうとしていたのに黒の首輪を彼女達に付けたのか。
だがここでシンは気付く。契約できないだけで、首輪を付けられた時点で奴隷商が仮の主人となっていたとしたら、契約を結ぼうとしない奴隷に拷問でもして心を壊してしまえば闇市でも売れるのではないか、と。
相変わらず非情で冷酷かつ残酷な己の思考に自嘲するが、これがシンという吸血鬼なのだから仕方がない。
そう思いながらシンは三人娘の方を見ると、三人は花が咲いたような笑顔を見せた。
(あぁ、しょうがないな。最初はクローディアはともかくフェニーチェとディアーチェは身寄りの無い子猫を拾った位の感情しかなかったというのに、情が移ったか?いや、俺が傍に誰か居て欲しいと思っているだけか。案外俺は寂しがり屋だったのかもな)
と思いながら三人に柔らかな視線を向けた。
この時、この瞬間に、フェニーチェとディアーチェにもシンの加護が与えられたのだった。
領主館での一幕を思い出しながら宿までの道を歩いていたシンの頭に声が響く。
『おぅおぅ、あの国崩しが随分丸くなったもんだな。こりゃ驚きだ。』
その声を聞いたシンが一瞬動揺したが、それを一切表には出さずに返答した。
『まだ生きてたのか、はぐれ者が』
『おいおい、もうかれこれ二万二千年位の付き合いだってーのに相変わらずつれねぇなぁ』
『一万年前から音沙汰無しだったというのによく回る口だ。また殺してやろうか?』
『おー怖えぇ。冗談じゃねぇよ、誰が今のお前と殺し合いなんかするかってーの。十億近くの人の存在格の集合体みたいな者なんだぞ、今のお前は。俺ら全員で掛かっても瞬殺されるっつーの。』
『俺らだと? まさかお前ら全員俺の中にまだ居るんじゃないだろうな?』
『ピンポ~ン♪ 大正解だよドラキル! いや、今はもうシンだったかな?』
『………何故お前がその名を知っていて、今になってまた出てきたのかは後でじっくりと聞かせて貰おう。今は忙しい。』
『良いぜ、俺ももう少し力貯めないと出られそうにないからな。他の奴等ももうすぐ起きそうだが待ったをかけといてやるからよ。夜にでも会おうや』
『ああ、またな。相棒』
『へへ、まだ俺の事を相棒と呼んでくれるとはな。嬉しいねぇ』
その言葉を最後に声は消え、今日から五日間宿泊することになる宿『水精の庭』に到着した。
宿の大きさは武装警備隊の詰所と同じ位あるだろうか、木製だと思われる建物で四階建てだ。蒼の扉を開けて中に入るとカウンターに座ったガタイの良い男がこちらを見ながら要件を聞く。
「いらっしゃい。宿泊か? それとも食事か?」
この短く、必要最低限の言葉しか話さなかった男を無愛想だと評する人もいるだろう。だがシンはこの男が気に入った。この男の変に回りくどくない話し方は嫌いではなかったからだ。
「あなた? そんな無愛想な対応ではお客様が逃げてしまいますよ?」
と、そこへ妻だろうまだ20代に見える女性が店の奥から静かな、しかし有無を言わさない無言の圧力を身に纏って現れた。
「む、そうか? すまないなお客人。俺は何故か昔から無愛想と言われてしまうんだ。気を悪くしたなら謝ろう」
「お客様、主人がご迷惑をお掛けしました。主人にも悪気は無いのでどうかご容赦下さい。」
「いや? 俺は主人のさっぱりとした話し方は嫌いではないぞ。俺達は宿泊させてもらうのだ、そんな些事で目くじらは立てないさ。人数は四人で宿泊だ。部屋は三人部屋とひとr「「「四人部屋でお願いします!!」」」………はぁ、四人部屋はあるか?」
「ふふふ、仲が宜しいのですね。見たところそこのお嬢さん方は………いえ、良い殿方に貰われましたね」
「「「私達の自慢 (です)(だよ)(なの)!!」」」
奴隷では? と聞こうとした女性を視線にほんの僅か、気付くか気付かないかという威圧を込めて見たシンを、女性は微笑みながら三人娘に祝福のような言葉を贈ると三人娘からは可憐で幸せそうな笑みが返ってくる。
その笑顔を見た女性は笑みを深めた。
「愛されてるな、色男」
「否定はしないがお互い様だろう?」
「あぁ、アリアは最高の嫁さんだ。誰にも渡さん」
「あぁ、女を自分のものにしたら誰にも渡すな。大切にしろ。居なくなってからその存在の大きさに気付いて後悔しても手遅れだったなんて事は世の中生きていれば幾らでもあるが、自分と一緒に歩いてくれる人程失って後悔するものはないからな。」
「やけに実感の篭った言葉だな。さてはお前見た目通りの年齢じゃないな?」
「さて、どうだかな。」
そんな話をしながら男は部屋の鍵をカウンターに置いた。
「402号室、最上階上がってすぐ右手の部屋だ。名前聞いてなかったな。何て名だ?」
「シンだ。シン・クロノス。こっちの三人娘が左側からディアーチェ、フェニーチェ、クローディアだ。五日間だが宜しくな。」
「五日間………と。あぁ、忘れる所だったな、五泊飯付きで四人部屋なら五万G「三万五千でいいですよ」………だそうだ。良かったな。風呂は「お好きに幾らでも使って下さい」………部屋に付いてるから好きに使え。」
「それは助かるが、良いのか奥さん? そんなにサービスして。商売上がったりだろう?」
「いいんですよ。部屋代が高めなのはお風呂に使う水の分ですから。それにこんな良い子達から愛されてるあなただもの。心が醜い人には心が醜い人しか寄って来ないものでしょう?」
「どうだか。俺は人の皮を被った化物かもしれないぞ?」
「それならそれで構いませんよ。人の皮を被って人と話す化物は、きっと人になりたいという綺麗な心を持っている筈ですから」
アリアがそう言って微笑むと、シンは感心したように目を細め、笑みを浮かべる。
「ほぅ。成る程な、これほど良い女というのも随分久し振りに見た。あんたが尻に敷かれるのも当然か。しっかり幸せにしろ、こんなに良い女を嫁に貰いながら幸せに出来なかったら男が廃るぞ。」
「言われなくても幸せにするさ。それと俺の名前はダムルだ。『あんた』じゃない」
「それは悪かったな。これに懲りたら人の名前を尋ねる時は先ず自分から名乗ることだ。人生の先輩からのアドバイスだ、しっかり活かせよ」
そんな事を言いながらシンはズボンのポケットに手を入れて金貨三枚と中心に穴の空いた金貨、半金貨五枚をカウンターに置いて鍵を取って階段を上がり、三人娘がその後を着いて行く。
「一本取られてしまいましたね、あなた。」
「そうだな、食えない奴だが人生の先輩というのもあながち嘘ではないかもしれん。」
「エルフの私とドワーフのあなたより歳上なんて、彼一体いくつなのかしらね?」
「さあな、纏う雰囲気は只者ではなかったが、悪い奴じゃない。アリアもそう思ったから嘘をついてまで宿の値段を下げたんだろ?」
「あら、理由は本当よ? もう半分の理由を言ってないだけじゃない。まさかこの宿の水が全て私の魔法で賄われてるなんて、言っても信じてくれそうにないじゃない?」
「いや、何となくだがシンの奴はそれを聞いても平然としてそうだな。」
「ふふ、確かにね」
そんな会話がされている間にシン達は部屋に到着。ドアを開ける。
そして目に入るのは品のある絵画や花瓶に活けられた花、そして大きな窓だ。
ドアの直ぐ傍に木製の床が一段上がっている玄関のような場所があり、靴いれも有ることからここで靴を脱ぐのだろう。四人部屋なだけあって広く、部屋数は三部屋ほどか。一番広いのは居間と言うべき場所だ。アンティーク調の丸テーブルに椅子やソファーも置いてある。
大きな窓から外を見ると要塞都市バルガドを一望出来た。この要塞都市は中心に行くほど標高が高くなっているため、中心である領主館に比較的近いこの宿からの眺めは壮観であった。
そして三部屋の内訳は、寝室、脱衣場&風呂、洗面所&トイレであった。驚くことにこの都市、上下水道が整備されていたのだ。考案者は六百年前の異人だと言う。
それはともかくとして、彼等は現在風呂に入っている。
クローディアはその凹凸の若干薄いスレンダーな、しかし白く決め細やかな肌を恥ずかしげに隠しながら、フェニーチェは健康的に焼けた小麦色の出るとこはしっかり出ているしなやかな体を恥ずかしがる事なく晒し、ディアーチェは病的に白く滑らかな肌と、三人娘の中で最も凹凸の激しい体を頬を赤らめながらも隠す事はない。
そんな桃源郷の中に連れて来られた男は、特に何を言うでもなくさっさと身体を洗って広い湯船に浸かってのんびりとしていた。
そんなシンの様子に三人娘は頬を膨らませて拗ねた様に身体を洗い、湯船に浸かった。
因みにシンは知識を貪っている間、つまり約六百年もの間身体を洗っていないが、臭くないのか? と問われれば大抵の人は臭くないと答えるだろう。
死人に近い吸血鬼の体は代謝が生きている人の体とは比べものにならない程低い。汗をかかず、細胞が生まれ変わる事もない。故に垢が出ないのだ。普通の食べ物も食べられるがエネルギーの補給という観点から見れば非常に非効率的だ。
下世話な話になるが、人の身体というのはエネルギーの吸収効率がとてつもなく高い。人の便は食べ物の残りカスだと思っている者が多いだろう。
しかし実は人の便に含まれている食べ物の残りカスの比率は僅か3%弱。便の殆どは古くなった腸の壁、つまり死んだ細胞なのである。
これ程のエネルギー吸収効率を持ってしてようやく人体を維持する代謝という機能が働くのだ。
では死人に近い体になってしまい、身体機能が停止した存在はどうなってしまうのか?
必然、動く死人はエネルギーを外部から取り込む事ができずに身体の維持もままならず、腐敗していく。
だが生存本能は生きる為に食す事を求め、肉体の維持に必要な栄養、すなわち肉を食らう事を求めさせる。
こうなったのが所謂グールやゾンビである。グールはまだ肉体の崩壊が始まっておらず、微かにだが思考する事ができるが、やがて肉体の崩壊、すなわち腐敗が進行して本能に呑まれ、完全に理性を失って肉を喰らうことだけを求める存在、ゾンビへと変わる。
では吸血鬼はどうなのか?
吸血鬼は血を提供する存在、親とも言える吸血鬼が持つ血の質によって吸血鬼になるかグールになるか、はたまたゾンビになるかが決まる。
そもそも吸血鬼とは、死人に近い体を持ちながら独自のエネルギー補給方法によって身体機能、特に脳の活動を生前の数倍にまで活性化させ、他の身体機能は切り捨てるような存在なのである。勿論これだけではやがて思考するだけの動かない死体となる。
だがそもそも吸血鬼になる力とは悪魔から授かった力、すなわち物理的なものに縛られない力だ。
吸血鬼となった者の血にはそれまで吸いとってきた命の生命力が宿っている。それは吸血鬼の力の指標であり、血界で骸骨として幻視するほどに吸血鬼としての本能が大切なものだと訴える様な力なのだ。
何故ならその血に宿った生命力こそが人を吸血鬼に変える事を可能とする存在なのだから。
人が吸血鬼に成るとき、血を己のエネルギー源とできる様にするために全身の細胞が変質、再構成される。
勿論人に耐えられる様な変化ではない。何もなければ5秒と持たずにその者の体内エネルギーを使いきり、ただの肉塊へと変わるだけだ。
だが、その体内に『莫大な生命力を有した何か』が存在したら?
そう、『吸血鬼の血を飲む』という事は細胞変質のスイッチであり、安全装置でもあるのだ。
人は『吸血鬼の血』という己の体内に存在する莫大な生命エネルギーを消費して細胞の変質、再構成を完了する。だがその地獄というのも生ぬるい苦痛に精神が耐えられるかは別問題。
耐えられなければ理性の消失した吸血鬼、シンの言うドラキュラか、理性の薄い吸血鬼になって本能の赴くままに人を襲う怪物へと変貌する。
また、体内の生命エネルギーが少なければ肉体の崩壊した状態で変質が終了し、ゾンビとなる。生命エネルギーが中途半端に多ければ人の形をした理性が希薄な死人、グールになる。
故に吸血鬼を産み出せるのはその血に莫大な生命エネルギーを宿した、シンの言葉を借りるのならば『本物の吸血鬼』だけなのである。ちなみにクローディアの場合は取り込んだエネルギーが莫大なんてレベルでは無かったので余剰エネルギーはその血に取り込まれ、一足飛びに本物の吸血鬼になってしまったのだ。
とまぁ、そんな理由からシンとクローディアは汗を全くといって良いほどかいておらず、フェニーチェとディアーチェは二日間歩き続けた為に結構な量の汗をかいていたのもあって、念入りに身体を洗ってから湯船に浸かったのだが、そこで三人娘内で争いが勃発した。
ディアーチェが湯に浸かった時に浮いたのだ、胸が。
そして始まる不毛極まる争い。クローディアが
「兄さんは小さくても愛してくれますよね………」
とひっそりと自分を勇気付けるのをその獣耳をピクピクと動かして聴いたディアーチェは頬を染めながらもシンに近付き、その豊満な胸をシンの腕に押し付けながら
「お兄ちゃんだって大きい方が好きだよね?」
と小悪魔な笑みを浮かべて問うと、
「形はあたしが一番だな」
とフェニーチェが対抗し、
「大きさだけが全てではありません。小さいのはステータスだと言う男性も世の中にはいるはずです」
と泣きそうな顔でクローディアが言う。
「俺は別に胸の大小で女の良し悪しを決めはしないぞ。」
とシンは言いながらこの答えの出ない不毛な争いに終止符を打つべく自然な手つきでディアーチェの銀色に輝く猫耳を撫でる。
「うにゅ~、お兄ちゃんに触られると何だか落ち着く~」
と脱力してシンの肩に頭を載せた。それを聞いたフェニーチェも
「あたしにもやってよ~」
と反対側の肩に頭を載せた。シンが耳をモフると
「うにゃっ、ふぁっ。なんかくすぐったいけど、気持ちいい~。クセになりそう。」
どこかうっとりとした様子のフェニーチェがシンの腕に尻尾を擦り付ける。
そんな両手に花のシンを見ながらクローディアはどこか寂しそうに俯いていると不意に何かに腕を引かれて引き寄せられた。
驚いて顔を上げると目の前にはシンの顔。自分がシンの前まで引き寄せられた事を理解するのに数秒の時を要したクローディアは、自らの頬が紅潮するのを感じとりながらシンの真面目な表情と紅い瞳に見据えられて動く事も、声を出す事もできずにいた。
そんな一瞬にも一分にも感じられる時間が過ぎ、不意にクローディアの頭にポンッと手が置かれた。
キョトンとするクローディア。そんなクローディアにシンは身内にしか見せないだろう柔らかな微笑みを向けながら
「そんな顔をするな。体つきなどその者の一面に過ぎん。お前はお前の良さを見つけて伸ばせ。お前達なら良い女になるだろうからな」
そこまで言った所でシンは湯船から上がりながら言う。
「だが安心しろ、ディアーチェの豊満な身体もフェニーチェのしなやかな身体もクローディアの綺麗な身体も、どれも俺は好きだぞ」
そうストレートに言われた三人娘は顔から湯気が出そうなほど耳や首まで真っ赤になりながら、何かを言おうとして言葉が出てこず、口をパクパクさせた。
そんな三人娘の様子を見たシンはからかう様な愉快そうな笑みを口元に浮かべて
「まぁもっとも、今の言葉で動揺するのでは良い女になるなど20年早いぞ。しっかり温まってから出なさい、小娘諸君?」
そう言いながら浴室の扉を閉めたシン。
からかわれたと理解した三人娘は『む~』と揃って唸りながらも内心シンに言われた言葉が本当だったのかとクローディアとフェニーチェはディアーチェに視線を向け、そのディアーチェが頬を押さえて悶えていたので、二人も同じように悶えながら身体が温まるまで20分程風呂を堪能したのだった。
この世界の文化レベルは現代とそんな変わらないと思って頂いていいかもしれません。いや、コロコロ変わるかもしれないから『現状は』そう思っていても大丈夫ってだけなんだけどね?
(´・ω・`)