07 悲劇の親子
さぁ、バカに絶望を!!
大広間の時が凍り付き、誰も言葉を口にしない。否、できない。――――――ただ二人を除いて。
「あん? 何だお前? 今、僕に対して言ったのか? 不敬だぞ!」
「ダスティの言う通りだ! 貴様! 我らを何と心得る!! 私はブッチャー子爵であるぞ!! 平民の分際で声を掛けるなど、身の程を弁え「お、お止め下さい!!」ん? 何だバリー、一体どうした? いつものお前らしくもない。」
金髪――ダスティ――と、装飾過多――ブッチャー子爵――に小太りの男――バリー――が顔面蒼白になりながら震える声で言う。
「そこにいる男は……人ではありません。恐らくダスティ様が殺してしまった吸血鬼の……主だったのでしょう。その男は化物です。その化物の女を殺してしまった私達は死ぬ。逃げらません」
男が諦めたように、罪を懺悔する哀れな子羊の様にそう呟く。だが状況が分かっていない二人は『シンは、今ダスティが殺した女と同じ吸血鬼だ』という事だけを理解し、声を出そうとするがシンが先に言葉を紡ぐ
「貴様らは人か? 人間か? それとも獣か? はたまた獣以下のゴミクズか?」
その問いはどういう意味を持っているのか、込められた真意は何なのか。知る者はただ一人、この問いを投げ掛けた一人の化物だけだ。
そしてこの言葉に籠められた静かな、冷たい殺意を、普段から鍛練を重ねている周りの隊員は勿論のこと、ある種弱肉強食と言える貴族社会で子爵と言えども生き残って来たブッチャーも感じ取った。
そして気付く。男が放つ、そのプレッシャーに。黒塗りの丸眼鏡の奥から覗く、死への恐怖を具現化したような紅い瞳が、自分の恐怖を見透かす様に見ているのを。
気付けば自然と後退りし、油汗が止まらなくなっていた。
それは周りの隊員達も同じく……いや、自分以上に下がっていた。
改めて周りを見ると吸血鬼の前に居るのは息子と自分と鑑定の技能を持つ召し抱えの魔法師であるビリーのみ。
武装警備隊の隊員達は皆できるだけ壁際に集まっていた。
そしてこの場で最も愚かな者がその口を開く。
「お前も吸血鬼なのか! ならば話が早い。見たところお前の後ろにいる獣人はお前の奴隷だな? この僕に不敬な口をきいたのはその奴隷達で免罪としてやろう。分かったらさっさとよこせ。何、この僕が朝から晩まで可愛がって「断る」……何だって?」
「貴様の親はかろうじて獣の範疇だったようだが、貴様は獣以下のゴミクズだったようだな。ゴミクズに人は釣り合わん。諦めろ」
ダスティはその一般的には整っていると言える顔を醜く歪めた。
「お前のような化物にこそ、その奴隷は釣り合わん。僕のような選ばれた誇りある貴族にこそ美しい女はその身体を捧げるべきなんだ。僕の子種を受けられるんだ、光栄以外の何物でも無いだろう?」
「ああ、確かに俺の様な化物にあの三人娘は釣り合わん。だが俺は来る者は拒まず去る者は追わない質でな、あの三人が自分の意思で私に着いてくると決めたならば、俺はあの三人を歓迎し、守護する。それだけの話だ」
「はぁ? 自分の意思だぁ? 奴隷にしてる癖にふざけた事抜かしてんじゃねぇよ。守護だぁ? もう一人死んでんじゃねえか。良いからさっさとよこせ!! 種付けしてやるんだからよぉ!!」
ダスティが苛立ち、その下劣な欲望の篭った茶色の瞳をフェニーチェとディアーチェに向けるとそのスカイブルーの瞳の奥に激しい怒りの炎を燃え上がらせたフェニーチェが、ダスティに叫ぶ。
「ふざけた事言ってんじゃないよ! 誰がテメェなんかの女になるもんか!! 一回殺してやる!!!」
と、ダスティに飛び掛かろうとするのをシンが止める。
「離してご主人様! あいつがクローディアを!!」
「落ち着けフェニーチェ。」
「そうだぞ、落ち着け獣人。いや、フェニーチェ。その口調も屋敷に帰ったらしっかりと、じっくりと調教してやるからな。」
ダスティのその言葉にかつて乱暴されかけた事を思い出したのかディアーチェが自分を抱くようにしながら震え出す。
その様子を見たフェニーチェが更に激昂し、ダスティがまた何か口を開こうとしたその時、
「ほうほう、これは確かに凄まじい威圧じゃな。両者そのまま動きを止めよ。事情を聞かせて貰おうかのぅ。」
紺色を主体として纏めた貴族然とした、しかし派手になりすぎない絶妙な装飾が施された服装をした片目に縦に傷の入った白髪翠眼の男がシンの威圧をものともせず、肌に皺が刻まれても背筋はピンッと伸びてしっかりとした足取りで両者の間で歩みを止める。
「これはこれはご機嫌麗しゅう、バラーク辺境伯閣下。何故このような場所へ?」
ダスティが媚を売るような張り付けた笑顔で挨拶する。周りから侮蔑の視線を受けている事にも気付かずに。
「いやなに、執務の気晴らしに丁度ここらを散歩していたら貴族が人を斬ったと言うじゃないか。その直ぐ後に強い威圧を感じたのでね。この都市を国から預かる身としては気になったのだよ。」
「なるほど、そうでしたか。それならご安心下さい。この悪しき吸血鬼をこの私! ダスティ・ブッチャーが仕留めて御覧にいれましょう。」
「なぁ、バラーク辺境伯?」
「ん? 何かね吸血鬼くん?」
「シンだ。シン・クロノス。この国の法律では人の娘のような存在を殺して他の娘達を貰うとのたまう奴は、貴族の子息だという理由で許されるのか?」
「ふむ、そういう事かね。見たところ彼女達は奴隷のようだが?」
「殺人は殺人だ。種族を理由に殺しても良いのかと聞いている」
「他人の奴隷を種族を理由に殺したとあれば無論貴族でも有罪だ。まして本人ならまだしも子息なら極刑も有り得る。」
「お待ちください辺境伯閣下!! 私が殺したのは吸血鬼ですよ!? 吸血鬼は悪! 殺して何がいけないと言うのですか!?」
「ダスティ君、君はある種族が問題を起こしたらその種族全体が悪いと言うのかね?」
「だってそうでしょう? 吸血鬼はかつて六つの国を滅ぼしたんですよ? そんなの悪に決まっているじゃありませんか」
「残念ながらその危険な思考に賛同する訳にもいかないし、共感も出来ないねぇ。」
「何故ですか!? それに危険な思考とはどうゆう事です!?」
「それは「それはな、こういう事だゴミクズ野郎」!?」
バラーク辺境伯が反応するのと同時、ブッチャー子爵の右腕が爆音と共に爆ぜた。
銃口から上がる蒼煙、後ろで粉砕した道、自分の腕と順に見たブッチャーは自分の吹き飛んだ腕だった肉塊が自分の足元に落ちてくるとようやく自分の状態を認識して悲鳴を上げた。
「……ふへ? ……あ、あぎゃあああぁぁぁ!!」
「父上ぇ!! 貴様、よくも父上を!!」
ダスティがシンに斬りかかろうと足を踏み出した瞬間再びの爆音、そして粉砕されるダスティの足元。
「くっ……」
「何をそんなに憤る? 貴様自ら言ったじゃないか、『問題を起こしたらその種族全体が悪いのだ』、と。」
「それがどうした! 今は関係無いだろう!」
「いいや。貴様の言う通りであればお前の父親も悪いのだよ。何故なら問題を起こした貴様と同じ普人族なのだから。次はどの普人族の四肢を吹き飛ばす? 老人がいいか? それとも貴様好みの若い娘か? はたまた赤子か? さぁ、どうする? 選べ。さぁ、選べよ。どいつの四肢を吹き飛ばすんだ? ん?」
「そ、そんなの……」
「吸血鬼……いや、シンくん。そのくらいにしてやって貰えんかね。」
「では問おう、辺境伯よ。この都市の人口と、このゴミの命を天秤にかけた時、貴様の中ではどちらに傾く?」
「何故、その様な事を聞くのかね?」
「辺境伯、覚えておけ。俺は鈍い者が嫌いではないが、鈍い振りをして惚ける狸は嫌いだ。」
つまりシンはこう言っているのだ。この都市にいる者全員皆殺しか、ダスティの命一つで都市全体の命を救うかどちらかを選べ。拒否権は無い。と
そして辺境伯がどちらを選ぶのかは明白だ。その時、
「死ねぇ!! 化物!」
シンの首に剣が刺さった。
ダスティだ。最後の足掻きだとでも言うように、首に剣を突き刺し、手首を捻ってねじりこんだ。
噴き出す血、倒れるシン。
「ご主人様!!」
「お兄ちゃん!!」
フェニーチェとディアーチェの悲鳴のような声が響く。
そんな中、刺した本人は狂ったような声を上げていた。
「は、あははは、あははハハハハハハ! ヒャハハハハ!! ざまぁ見ろ吸血鬼が!」
「ダスティ君、いや、ダスティ。貴様は何て事を……」
「ハハハハハ!! 吸血鬼は悪なんだ! この世界で生まれる吸血鬼は敵なんだ! だから僕はそう! 英雄なんだ! これで女の子は皆僕に寄ってくる!! 皆僕の物だ!! アハハハ、ハーハハハ!!!」
「そんな事の為に人を殺めたのか貴様は……」
「武装警備隊!! その男を捕らえなさい!!」
その声を発したのはセリアであった。手には立方体の水晶を持っている。
そしてセリアの言葉で隊員がダスティに殺到する。尚も笑い続けるダスティの声に誰かの笑い声が混じる。
「ヒャハハハハ!! 女の子達は僕のものだ。あ、あは、あはは、アハハハハハハハハハ「クックックックック、フハハハハハ」ハハ……は?」
笑ったのは誰あろう首を剣で突かれ、掻き回された吸血鬼。誰もが死んだ筈だと思っていた人物が、むくりと起き上がる。
「フフフフ。本当に獣の欲望というのは醜いな。」
立ち上がった拍子に首から剣が落ち、血が噴き出すがシンは構わず話し続ける。
「ゴフッ……ん? どうした? そんな幽霊を見たような顔をして。あぁ、そういえばお前達は俺が再生する所を初めて見るのだったか。驚かせたのは謝るから泣くな。」
シンは自分の足にすがり付いて驚いた顔のままはらはらと涙を流すフェニーチェとディアーチェの頭を撫でる。途端に更に大泣きする二人。だがシンが頭を撫でると泣き疲れたのか意識を失うように眠りに落ちた。
「どうゆう事だ。お前は確かに殺した筈だ!! 何で生きている!? 急所を刺せば吸血鬼は死ぬ筈だ!!」
「あぁ。確かに俺は一回死んだが? だがそれがどうした? 死んだなら生き返ればいい。ただそれだけの事だ」
「なっ…………不死身だと? 馬鹿な! 吸血鬼が不死身だなんて聞いたことも無い!! 吸血鬼は光か聖属性魔法を込められた魔法剣で急所を攻撃したら死ぬ!! 母さんがそう言ってたんだ!!」
「あぁ、そうだろうな。これだけ不老不死に近い力を手に入れたのは前の世界でも最古の吸血鬼たる俺だけだ。」
「前の世界とはどうゆう事かね? 君はこの世界の吸血鬼ではないと?」
「恐れながら辺境伯閣下、彼は異人の吸血鬼なのです。」
証言したのはセリアだ。
「君が尋問した結果かね?」
「はい、その通りで御座います。」
「そうか、ならば間違いあるまい。しかし不味い事になったな……彼とは敵対したくない。」
そんな会話がされる中、ダスティはシンに対して震える声で言う
「不老不死なんて……そんな……バカな話があるか!! 俺と戦え吸血鬼! もう一度、いや、何度でもその命尽きるまで奪ってやる!!」
「ほぅ? 良いだろう。戦ってやる。そいつを離してやれ。」
そう言われた隊員達はどうしようか迷いながらもセリアに「離してあげなさい」と言われてダスティを解放した。
「辺境伯、こいつが負けたらこいつとこいつの父親の命は俺が貰うが構わないな? それでこの件はチャラにしてやろう」
「ああ、そうして貰えると助かるが、戦うのは闘技場でしてくれると助かる。」
辺境伯の決断は速かった。異人である吸血鬼の身内を殺してしまったのだ。しかもその吸血鬼は不老不死。要塞都市そのものが相手になっても負ける方が難しいだろう。何せ死なないのだから。
ならば二人の命で要塞都市の全市民の命を助けるのが辺境伯たる自分の務めだと瞬時に決断した彼の判断は英断だったとこのあと直ぐに証明される事になる。
「だそうだ。辺境伯から許可は取った。存分に抗えよ、ゴミクズ」
「黙れ! 吸血鬼の分際で僕にそんな口を効いた事を後悔させてやる!」
そして二人は闘技場の中でダスティは光の属性剣を構え、シンは銃を握る腕をだらりとさげた自然体で対峙した。
「では始めようかの、この銅貨が落ちたら始めじゃ。ではゆくぞ」
そう言って辺境伯がコインを投げるとダスティは剣に魔力を送り込む。シンは紅い霧のような魔力を僅かに体から出す。
そしてコインが床に落ち、チィンッという硬質な音を響かせた瞬間、闘技場に闇夜が舞い降りた。否、そう感じる程の大瀑布のような魔力が、闘技場の舞台を包んだ。観客席にいるフェニーチェ達やセリア達には届いていないが、それでもその常識はずれな魔力の量と密度を感じる事はできる。
そしてそんな魔力を直に受けたダスティはというと……
「何だよ……何なんだよこれ、化物……何なんだよぉ……なにこれぇ……母さん……怖いよぉ……たすけてよぉ…………ままぁ……こわいよぉ……うぅ、うえぇ~ん……うえぇ~ん! ……わぁーん!! ……ふ、ふふふ、あははは、アハハハハハハハハハハハハハハ」
真祖の吸血鬼たるシンの魔力の属性、否。本質ともいうべきものは『恐怖』である。人が誰しも心の中に抱えているトラウマや本能的な恐怖を彼の魔力は強制的に呼び覚ます。言うなれば魔力そのものが精神に干渉する魔法なのである。
そしてダスティはその恐怖に精神が耐えられずに幼児退行し、挙げ句の果てには発狂しかけている。
そんなダスティの様子を闇の中で紅く光る瞳を持つ吸血鬼は、詰まらなそうに見る。
コインが落ちてからここまで20秒も経っていない。シンとしては何度でも殺すと言ったのだから何かしら秘策や切り札でもあるのだろうかと考えていたのだが考えすぎだったようだ。
(暇潰し程度にはなるかと思ったんだが、暇な時間が増えただけだったな。)
そしてシンは魔力を霧散させる。
闇の悪夢から解放されたダスティは涙と鼻水にまみれながら呆然としていた。
(精神が完全に壊れる手前で止めたと思ったのだが、失敗したか? まぁ、どうでもいいが。)
既にシンは完全にダスティへの関心を失っている。どうやって殺すかも決めたため後は殺すだけだ。
だがかろうじて正気に戻ったダスティが未だに震える手で剣を握り、立ち上がろうとしたその時、シンの技能が発動する。
「眷属召喚」
短く呟かれたその言葉の意味をダスティが理解するのにそう時間はかからない。
ダスティが立ち上がろうとすると、足やズボンの裾がまるで引っ張られているような感覚があった。一体何だと彼が足下を見ると彼は絶叫を上げた。
何故なら彼の足下からは直径二メートル程の血の様な色に染まった円から無数の手や顔、血塗れの人が老若男女問わず蠢き、眼球が無く血の涙を流す闇のような眼をダスティに向けながら彼の足を引っ張り、自分の体が少しずつその血の池に沈んで行くからだ。
無我夢中で自分を引っ張る悪霊のようなもの達を剣で切り裂く彼にシンの声が響く。
「貴様は俺が手を下すに値しない。ゴミはゴミらしく亡者どもに埋もれて死ね。それは俺が持つ魂の元の持ち主達の怨念が魂を求めてさ迷う亡者だ。早く脱出しないと、亡者どもに引き摺り込まれてそいつらの仲間入りだぞ。」
彼の真祖の吸血鬼としての力の一つがこの殺した相手に怨念があれば、眷属として使役することができる力だ。彼も自分が使役している亡者の数は最早把握していない。正確には面倒臭がって思い出そうとしてないだけだが。年齢に関しても同じくだ。
恐らく現在彼が使役している亡者の数は五億近い数に登るだろう。それらは皆、彼に獣以下と判断されたか、若気の至りでやらかしたかのどちらかである。
そして何とかしなければ自分も彼等の仲間入りだと聞いたダスティは必死で剣を振るうが、亡者を切るたびに返り血にまみれ、剣に血がベットリと付いて切れ味が悪くなり、疲労が溜まっていくなか、ダスティは亡者の説明を思い出し、そして恐ろしい事に気付き、思わず叫ぶ。
「お前は、お前はまさか……これだけの数の人々を殺したのか!? この、化物が!!」
それを聞いたシンは何を今更といった顔で応える。
「今更何を言っている? 貴様も言って、俺自身認めていたではないか。『俺は化物だ』、と。」
そう言っている内に膝まで血の池に浸かったダスティは最早打撃武器となった剣を振り回しながらシンを睨み付けていた。だがシンはその視線を柳に風と受け流し、思い出した様に言う。
「ああ、そう言えば。お前の勘違いを正すのを忘れていた。」
腰まで池に浸かり、もう抵抗する体力がないのかズブズブと血の池に沈みながらダスティは息も絶え絶えに応える。
「ゼェ、ゼェ、か……勘違い……ゼェ、ゼェ、だと?」
「ああ。一つ目はあの三人は自分から進んで俺の奴隷になったんだ。強制じゃない。二つ目はクローディア、つまりお前が殺したあの娘はな、俺の加護を与えている。俺の加護は特別でな。普段は何の効果も無いが、死んだその瞬間から発動する。効果は俺の中にストックしてある魂から自動で黄泉帰りを発動させ、肉体の再生を促すこと。
元々がエルフだからか肉体の再生がかなり遅いようだが、俺達がこの闘技場に来るまで約二時間、闘技場に入ってから約三十分、そしてこの死合いが始まって約十分。計二時間四十分もの時間があった。これだけ言えば分かるか?」
そこでダスティは最悪の想像をしてしまう。
ここで亡者に引き摺り込まれても、吸血鬼を一人殺したから、あの世で待っているであろう母にいい土産話が出来たと思っていた。だが、しかし今目の前の吸血鬼が言ったことに想像と推測を加味すると、ある恐ろしい事実が浮かび上がる。
(まさか……そんなバカな)
そう心の中で考えるも、胸まで浸かった状態で目は探してしまう。そして――――――見つけてしまった。
観客席でこちらをじっと見る、金髪赤眼に尖った耳を持つ少女を。
その瞬間、ダスティは吼えた。怒りの様な悲しみの様な、あらゆる感情が篭った死に逝く者の怨嗟の声を出しながら。
だがシンが肩に触れるとその声もぴたりと止まる。同時に血の池に沈むのも止まった。
そしてシンは、馬鹿にするような、嘲笑うような、愉悦を含んだような声でダスティが最も言われたく無いであろう言葉を口に出す。
「『無駄死に』、ご苦労様。貴族様。」
ダスティはその言葉を聞いた瞬間、ビクリと肩を震わせたが後は呆然として生気の感じられない顔で虚空を見詰めていた。
だがシンが血の池の範囲から出ようとすると僅かにでも生存本能が働いたのかシンを止めようとするが一瞬遅く、生きた屍と化した青年は、「まっt」という声を残して血の池から溢れた亡者の波に呑まれて消えた。
そして血の池も消え去り、次にシンが向かったのは右腕を失ったブッチャー子爵だ。抵抗もせずに頭を差し出したブッチャーに
「もっと足掻くかと思ったが、どういう心境の変化だ?」
とシンが訊くと
「妻に先立たれ子供も逝ったのだ。私だけ逝かない訳にはいかん。さぁ、やれ」
と頭を垂れたのでシンは遠慮容赦一切無くその首を手刀で落とした。ドクドクと舞台の石床に血が流れるが、その血はシンに向かって流れ、靴に触れた端からシンの足に吸いとられていった。
――――――――――――――――
ブッチャー子爵家。この家は所謂成金貴族という家であり、毎年定められた税よりも高額な税金を納め、その恩賞として国から子爵の位を名乗る事を許された家である。
この家の家長であるジルバ・ブッチャーは若い頃からその商才を発揮し、二十代には大商会の店長を任されることになる。妻となる当時十七歳だった少女、パトラと出会ったのもこの頃である。
そしてジルバからパトラに一目惚れし、猛アタックをしてジルバ二十四歳、パトラ十九歳の時に結婚。ジルバが二十六歳、パトラが二十歳になった頃に子供であるダスティを授かる。
そしてジルバ三十一歳、パトラが二十七歳になった時にそれは起こった。
ジルバが成金とは言え貴族になり生活が安定したために、パトラが長年通っていた冒険者ギルドを年齢と子供を作るために除籍しようとしたその時、緊急依頼が舞い込む。依頼内容はアンデッド系の魔物の討伐。ギルド内に居たものは強制参加となる緊急依頼が貼り出された直後に辞めます等と言い出せる筈も無く、自分がアンデッド系の魔物を中心に狩っていた事もあり、すぐさま戦線に駆り出された。結果、二十七歳という若さでこの世を去ることになる。
原因は単純。吸血鬼が冒険者に扮して紛れ込んでいた。ただそれだけだ。
アンデッド系の魔物に勝利し、勝鬨を上げていた時の事であった。
それ以来、ジルバは妻を無くした悲しみを埋めようと、さらに商売に傾倒し、稼いだ金で食べ物や酒に溺れた。だが妻の事を思い出すと女にだけはどうしても溺れる事が出来なかった。
逆に息子であるダスティは顔が良くモテた事もあるだろうが、七歳の時に母を失った影響からか、母性や愛情に飢え、結果女に溺れた。
しかしながらいくら欲に溺れようと、本当に求める者はもう居ない。
商売をしながらも、母の形見である光の属性剣を扱うための鍛練をしながらも、その現実が彼ら父子を少しずつ歪めていった。
そして更に数年の時が経ち、パトラが死去してからダスティが青年と呼べるまで成長した頃、彼等は一人の化物に出会う事になる。自身の命を奪う事になる、その化物に。
――――――――――――――――
良くいるバカ貴族が如何にしてバカ貴族に成ったのかという話を入れたら面白いかなと思って行き当たりばったりで書いたらそれらしく書けてしまった
( ; ゜Д゜)
まぁこの作品は全部テロップも無く話の方向性すら決めて無いんですけどね。(おいっ)
あと基本的に向かって来る奴や道を塞ぐ奴は情け容赦なく踏み潰して行きますよ、この主人公。