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キャベツ畑より愛を込めて

作者: 蝶ノ舞月夜

スランプな頃に書いた黒歴史作品。

「キャベツ畑でつまずいて」「エロイカより愛をこめて」を意識したタイトルであること以外はよく覚えていない。

 僕の名前はビスカッティ。生まれは神奈川。これは僕の体験した淡い恋物語り。涙無くしては決して語れない。今日はこの話を皆に聞いてもらいたい。


 事の顛末はありきたりだ。いつものように、僕はキャベツを齧っていたんだからね。キャベツは僕のソウルフードだ。特にここの畑で取れるキャベツは農薬が薄いから、僕でも安心して食べられる。でもあんまりにも夢中になりすぎて、僕はそのキャベツと一緒に出荷されたことに気づけなかったんだ。


 キャベツに潜り込んでいた僕は、それはもう酷い仕打ちを受けた。たくさんのお水で流されそうになったり、変な牙にズタズタにされそうになったり……。仕舞いには煮えたぎるスープの中に入れられそうにもなったんだ。僕は死に物狂いで逃げ回った。


 嵐の様な、拷問の様な仕打ちを受けて、その日は泥のように眠った。


 遠くに聴こえる喧騒。その活気に中てられ、僕は目を覚ます。……一体ここは何処なんだろう。

「三百九十八円になります」

 意味の分からない人間の言葉。でも、もっと分からないのが、僕の今の状況だ。僕のいる所は、赤と白に分けられた薄い何か。齧ってみると、少なくとも葉っぱではないことが分かる。その周りにはくたくたになったたくさんの野菜。黄色くて丸い可愛いものや、僕の好物であるキャベツもある。上を見上げる。薄い膜の様なものが張られていて、その向こうには細長い太陽が見えた。……とここで、僕の今いる場所がとても寒いということに気づく。まるで北風を狭い場所に押し込めたような寒さだ。……だんだんと、まぶたが重くなる。本能で分かる。今ここで眠ってはいけないと。僕は一先ず、近くにあった分厚い枯葉に潜り込む。寒さをしのぐ為だ。

「明日香! ちゃんぽんが最後の一個よ。買っておく?」

 急に世界が揺れる。僕はびっくりして枯葉にしがみつく。

「いらないわ、母さん」

 また世界が揺れた。そして収まる。……一体何だったんだろう。僕は怖くなって、とりあえず出口を探した。円状に閉じた世界。滑る壁は登れず、太陽はずっと同じ位置だ。僕は泣いた。……これは罰だ。きっと神様が、キャベツを食べているばかりの僕に罰を与えたのだ。罪深い僕は、このままこの世紀末の様な世界で一生を迎えるのだ。誰にも会うことも無く……。

 三度世界が揺れる。でも僕は何もする気が起きず、力無く転がっていった。


 その時だ。膜の張った空の向こう。一人の女性の貌。僕は初めて、恋に落ちる感覚というものを知った。


 彼女は無言で僕の入った牢獄を手に持ち、硬い網の様なものに入れた。でもそんなことはどうでも良かった。彼女の貌を見たい。その一心で膜に身体を押し付ける。外の世界は良く見えた。見ると彼女は男の人に牢獄を手渡すところだった。

「レシートは――――」

「いいです」

 一瞬、僕をあの男に渡してしまうのかとも考えたが、彼女はどうやら僕を連れて行ってくれるらしい。男の手によって白い皮のようなものに包まれる

「ありがとうございました」

 非生物的かつ奇天烈な鳴き声と共に、暖かな光が皮を透けてくる。長らく忘れていた本物の日差し。まるで天国にいるかの様な清清しい気持ち。これもきっと彼女のおかげだ。


 春の陽気はほんのりと暖かい。寒い冬を耐え忍んだ命は、暖かな春を迎えて歓喜する。「この瞬間を待ってたんだ!」と言わんばかりに咲き誇る花々。「我が世の春が来た!」と活気付いて飛び回る虫達。春とは正しく命の季節。

 そして、春とは出会いの季節でもある。


 などと考えている間に、彼女は家に帰ったようだ。無言の帰宅。彼女は僕と同じく一人暮らしなのだろう。水の流れる音がする。恐らく身を清めているのだろう。ならば僕も、と身体を手入れする。厚木男児たるもの、身だしなみにも手を抜かぬ。幸いにも、僕には手がたくさんあるので、身体の隅々まで掃除することが出来た。しかし、それだけでは駄目だ。今まで僕は草食系だからと馬鹿にされてきた。しかし、これからは違う。彼女は僕にはまだ気づいていない。だから彼女に注目されるべく、まずはアピールからだ。

「フンフーフンフーフンフーフンフフー」

 彼女は鼻歌を歌いながら、皮から牢獄を取り出す。再び彼女の貌と体面する。僕は膜が透明になっているところを探してそこを陣取った。……時は満ちたり。恋は戦よ、攻めねばなんとする。今こそ僕は、肉食系になるのだ!


 【オペレーション・気づいて、お姉さん!】を開始する!!

まずは軽いジャブから。 私は全身を振り回す!

しかし、彼女は気づかない。彼女は円柱状の物を手に取る。

次に無数の手を振り、腰を振る! モンキーダンスだ。 これで彼女もイチコロよ。

だが、彼女はまだ気づかない。彼女は円柱状の物に口づける

ならば奥の手、タップダンスを踊る! 見たまえよこの足捌き。音速を超えた怒涛の如き足踏みは、彼女のハートを瞬く間に撃ち抜くであろう。

……彼女は見向きもしない。彼女はプハァと息をつく。


――――そこで僕の息が切れる。当然だ。先程からろくに食べ物を口にしていない。人間の味覚に合わせて調理されたキャベツなど、僕の口にはとても合わないからだ。しかし、このままでは僕は餓死し、初めての恋は始まりもしないまま失恋してしまう。万事休す!

『――ぇ目撃者の証言によりますと、高周波を放つウナギがイケメンを両断したとの――』

 箱に入って何やら喋っている男性を凝視する彼女。監獄に閉じ込められた僕に気づく素振りは無い。

「あ、冷蔵庫に仕舞わなきゃ」

 と、ここで奇跡はまた起こる。彼女がこの監獄を手に持ったのだ。このチャンスを逃せば次は無い。何故かは分からないが、そんな気がするのだ。


 僕は最後の力を振り絞り、全身を使ったアピールを開始する。醜くても結構。まずは注目されなければ意味が無いのだ。僕の全身全霊を賭けた大勝負。

「……げっ!?」

 そして、遂に彼女と目が合った。思わず破顔する二人。きっと以心伝心したのだ。

 彼女はその表情のまま、固く透明な膜に閉ざされた牢獄を開放する。新鮮な空気を吸い、僕の肺が歓喜する。胸が高鳴る。愛おしい感情は胸の早鐘を鳴り響かせる。


 落ち着け、落ち着いて素数を数えるんだ。まずは無難に挨拶からだ。

「やあ、お姉さん。僕の名前はビスカッティ!」

 やった! 彼女に話しかけたぞ。舌も噛まずに良い感じだ。


……嗚呼、神よ! 感謝します。ハレルヤ。心を整理するのも兼ねて、僕は自らの生に感謝する。あまりの緊張に胸の痛みは増すばかり。あたかも僕の激情に比例しているようで。そして、僕はその心の内を吐露すべく口を動かした。


「僕は貴女が好きです! 是非僕と付き合ってください! お願いします!!」

「芋虫とかキモッ! 死ねゴミムシ」


 しかし、帰ってきたのは拒絶の言葉だった。

 彼女の無慈悲な宣告と共に、「プシャー」と何かを吹き付けられる。瞬く間に体が麻痺する。頭もまったく働かない。……なんだこれ、こんなのってないよ。あんまりだよ……。



 僕はその日、プラスチック製の容器ごとゴミ箱に捨てられた。


「春、出会い」のお題で主人公がゴミ箱に捨てられるという問題作。

殺虫剤で芋虫はなかなか死なないのでその辺はご安心です。

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