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前篇

 そこは、冒険者学園と呼ばれる場所。

 呼んで時のごとく、冒険者を育成する学園である。

 迷宮と呼ばれる、空間の重なりによって作り出される概念空間。そこに突入し、貴重な生成物をサルベージする物達を冒険者とよぶ。

 そして冒険者の仕事は、命がけであり常にリスクの方が上回る。そんな仕事の育成現場であるからして、冒険者学園もまた、死の危険がちらつく場所であった。

 とはいっても、訓練や学習で命を落としていてはキリがない。

 学園に用意された危険は、少なくとも最初のうちにおいては実際のそれとは大幅に温く、必要な技能を満たせば楽に突破できるように設定されたものばかりだ。

 ごく一部の例外を覗いて、だが。

 そしてその例外を、黒髪の剣士科一年生の新米冒険者、ヴァルは今まさに、目の当たりにしているところだった。

「…………」

 場所は、訓練迷宮の第一回層。それも、入り口から歩いてわずかの位置だ。当然、遭遇する危険は数も限られそして危険度も低い。

 その一つが、今まさに目の前でぷるぷると震えている粘性の物体だ。

 ゲル。場合によっては、スライムとも呼ばれる。

 一言でいえば、迷宮の掃除屋。地面を這い回り、老廃物等を吸収して取り込む事で、環境を浄化する……いってみれば、キノコや細菌が巨大化し動き回るようになったようなモンスターである。みた目通りにその防御力、攻撃力、機動力全て皆無に近く、知能も殆ど存在しないという最弱に限りなく近いモンスター。冒険者どころかそこらの村人でも棒きれひとつでもあれば楽に始末できる相手である。

 そんな最弱の魔物相手に、慎重に距離をはかる少女が一人。

 腰下まで長く延びた藍色の三つ編みに、眠たげな赤い瞳。幾重にも重ねられた厚手の布服で素肌を隠すようにし、腰のベルトにはコルクの栓に針がささった瓶をいくつもぶら下げている。どこか儚げかつ気怠げな雰囲気の少女だ。

 そんな少女が、まるでスライムとの距離を慎重にはかるようにして、じりじりと摺り足で後退している。ヴァルの見立てでは、戦闘開始してからずっと、少女はスライムとの距離を変質的なまでに固定していた。

 ふと少女の手が、腰に延びる。固定されていたビンの蓋から針が引き抜かれ、中に満たされている液体がその反動で揺れる。その液体は、どこまでも深い緑色。到底、人体によい影響をもたらす物のようには見えない。

 そんな液体が付着した針を、少女が指で挟むようにして構える。次の刹那、その手が霞み……スライムの体に、数本の針が突き立っていた。

 納得したように頷き、再びじりじりと距離を保つ少女。

 一方、ぷるぷると震えるスライムは、体につきささった針にも構わず、のろのろと緩慢な動きで少女に向かって這い続ける。その体から、支えきれなかった針が自然に抜け落ちて、スライムのねばねばとした這い跡と一緒に地面に残された。

 そうして残るは、元通りのスライムの姿。

 そんな事が、かれこれ半日ほど繰り返されており。

「いやもう無理」

 ぐちゃっと、ヴァルは鞘に納めたままの剣でスライムを叩き潰した。防御力など存在しないスライムは、その一撃であっけなく水溶液に帰る。

 あっ、と目を見開いて硬直する少女……シルルを横目に、ヴァルは深い深いため息をついて、なんでこうなったかを思い返した。

 そう、全ては数日前の職員室まで遡る。


「という訳で。なんとなく気に入らないから、ヴァル君は留年が決まりましたー」

「なんとなく、じゃねええええ!?」

 のびやかな昼下がりの職員室。いつもは教師同士の談笑の響くその場所で、やけくそ気味な少年の絶叫が響いた。

 絶叫の主は、黒髪の冒険者見習い、ヴァル・シャット。そして、彼が絶叫を上げる事になった原因であるシクルド教諭は、そんな彼をにこにこと見つめている。

 シクルド教諭は、30前のまだ若めの女性だ。長くのばした緑色の髪は水のように抵抗なく櫛を通すほどつややかで、体型もでるところはでてひっこむところはひっこんでいるという、一般に美女といわれても差し支えない女性。だが、それ以上に学園では、その奇特な性格で名を知られている。

 そう、いましがたヴァルに言い放った、理不尽きわまりない宣告が示すように彼女は到底人の心を推し量る事のない暴君だった。

「だってぇ、ヴァル君私の教える事ないんですものー。教えることがないなら学園の意味がないじゃないですかー」

「それで落第にするって根本的に何か可笑しくないですかねぇ!?」

「そういう訳だから、ヴァル君には、特別科目を与えますー!」

「やべえ話が通じないよこの人……!!」

「内容は、スカウト科の女子生徒の手助けですねー。どうにも、ひじょーに出来の悪い子がいるそうでして。学園の面子の為にもある程度モノにしないといけないんですが、どうにも。そこで、全方向に人よりちょっとできるヴァル君に彼女を手伝ってもらって、最低限学園はがんばりましたという箔をつけてきて欲しいのですよ」

「あんた……それでも教師か……?」

「はいヴァル君げんてーん!」

「…………」

 もはや言葉もない。

 これでいて一応、授業はわかりやすい部類の教師ではあったのだが、本人の人格がこれではフォロー不可能である。

 まさか学園の本音はこんなもんなのかと思ってヴァルが周囲を見渡せば、居合わせた教師陣が顔をひきつらせているのが目に入った。その様子は到底シクルドに協調するものには見えず、この教諭が特別おかしいだけか、とヴァルはあきらめにもにたため息をついた。

「……わかりましたよ。それで誰とくめばいいんです? 箔をつけるってのは、つまるところ、その問題の女子生徒と組んで迷宮を突破してこいって事でしょう?」

「さっすが、話が早いですね、ヴァル君。むかつきますね」

 腐臭のする悪態をつきながら、笑顔でシクルドの差し出してきた羊皮紙を手に取る。そこには、件の女子生徒のデータが、ざっくりと記載されていた。

「シルル・クルル。ニルヴァーナ帝国領出身、16歳。隠密技能、調合技能、索敵技能全て及第点。基礎学力、社会常識にも問題なし? どこが落第生なんですか、彼女? ふつうにきわめて優秀に見えますが」

「あらあら、追記までちゃーんと読まないとだめよ早とちりさん?」

「追記? ……訓練用迷宮の踏覇率? んなっ!?」

 普通の資料にはない、追記事項。そこを読み込んだヴァルは、そのあり得ない記述に目を見開いた。

 シルル・クルルの迷宮踏覇率。一階層において、その割合……。

 10%以下。

 それはすなわち、彼女が最弱の魔物、スライムを突破できていないという事を意味していた。


「……マジかぁ」

 そして流石に冗談だと思いつつも、放課後早速シルル・クルルを誘って迷宮に乗り込んだ結果が、まさかのスライム討伐に半日である。迷宮内は時間が歪んでいる為、外でも半日経過しているとは限らないが。

 第一階層は、肥沃な森林の形をとっている。広葉樹が生い茂り、しかし空は青くすんで強い日差しが隅々まで降り注ぐ。足下を覆う藪草は殆どなく、魔物さえいなければピクニックには最適の場所だ。その魔物すら、本来は村を飛び出した一般人でもどうにかなるレベルのはずなのだが……。

 ヴァルは足を止めて、先行するシルルを見やる。先ほどから彼女は足音一つ立てず、常に一定の距離で先行している。見えているにも関わらず、気配は殆ど感じないためうっかりしていると見失ってしまいそうだ。

 間違いなく、斥候としては一級品の能力を秘めているはず。なのになんでスライム如きにあんな有様なのか。

 やはり、確認する必要がありそうだ。

「なんだかなあ……。まあいいや、シルル。そろそろ休憩にしよう」

「もうですか? まだまだいけると判断しますが」

「いんや。そういう思いこみが、迷宮では一番まずい」

 ヴァルは懐をまさぐって、迷宮時計を取り出す。これは空間のゆがみで普通の時計や体内時計が宛にならない迷宮内において、正確な時間の経過をはかれる特殊な魔法道具だ。

 それを確認すれば、ヴァルの予想通りすでに数時間が経過していた。外では、月がでている頃だろう。

「やっぱりけっこうな時間がたってる。そろそろ野営の準備をしないと、明日の朝までに寮に戻れないぞ」

「そうでしたか。感謝します」

「あのなあ……一人の時はどうやってたんだ?」

「限界ぎりぎりまで粘って、駄目だと思っていたら撤退していました。しばしば、日をまたぐことも」

「……なんでまたそんな事を。斥候科の成績を見たけど、引き際を謝るほど猪突猛進じゃないだろ、君」

「あと少しだったんです。そう、あと少し」

「?」

 なにやら拳を握りしめて、自分に言い聞かせるように、シルル。ヴァルは首を傾げながらも、やはり何かあるのかと疑念を深めた。

「なあ、一ついいか、シルルさん」

「はい」

「さっきの戦闘で、ちょっと思ったんだが……あれは、いったいなにしてたんだ?」

「なに、とは? 要領を得ません。明瞭にお願いします」

「いやさ、スライムなんてそれこそ、革靴で蹴り飛ばすだけでしとめられるだろう? なのになんか針みたいなの持ち出して、ぜんぜん効いてなかったし……あれはいったいなにを「毒殺です」……はい?」

「ですから、毒殺です」

 シルルはベルトから、例の針をさしてあるビンを取り外すと、その栓をきゅぽ、と引き抜いた。

 その瞬間、ヴァルの背筋に言葉に出来ない悪寒が走った。

 知らず、脚が後ずさる。

「な……?!」

「間違っても、風下に立たないでください。危ない」

「いや、あける前にいってくれよ。なんなんだ、それ」

「毒」

「毒? もしかして……」

「そう。私が調合した、対モンスター用の毒液。それを使って戦うのが、私のスタイル」

 心なしか、薄い胸を張ってドヤ顔に見えるシルル。その双眸は相変わらず眠たげに細められているが、奥に今までになかった煌めきが輝いているように見えるのはヴァルの勘違いではないだろう。

「毒は素晴らしい。科学的な反応によって、効率的に体組織を破壊する。無駄に血を飛び散らせることもなければ、不必要に汗を流すこともない。勿論、ただの出血毒だけではありません。ほかの瓶には、麻痺毒、睡眠毒、なんでもござれ。それらを駆使する事で直接ふれる事なく、相手を弱体化させ能力を発揮させることなく処分する。実に建設的で、確実な戦闘手段。状態異常は素晴らしい」

「お、おぅ……?」

 いきなりまくしたてるシルルに、腰がひけているヴァル。まさかこういうキャラだとは思わなかった。

 クール系だと思ったら、まさかのオタクで電波系である。さしもの彼も引く。

 と、ふとそこでヴァルはある事に思い当たった。もしかすると、という予想に、ヴァルは別の意味でげんなりとする。

「ちょ、ちょっとまって。もしかして、さっきスライムにその針をちくちく刺していたのって……」

「ええ。毒殺を試みていました」

「スライムだよ!?」

 スライム、それは迷宮の掃除屋である粘性生物。神経も血管も心臓も存在しない粘液の固まりに、毒がきくのか。そもそもあらゆる腐敗物を吸収し栄養にするというのは、そこに発生する毒物も吸収してしまうという事だ。

「効く訳ないじゃないか! ていうか、そもそもなんで毒殺しないといけないのさ。蹴っ飛ばせばそれで終わりじゃないか」

「前者のご意見については、むしろだからこそです。毒の効かない生物など存在しません。してはいけません。相手がいくら耐毒性に優れた生物であっても、だからこそ毒殺しなければならないのです。後者については、それだと毒殺にならないじゃないですか。もうちょっと耐久力があるモンスターならともかく、スライム相手に攻撃を加えれば毒の意味がありません。妥協はするべきではないかと」

「妥協もなにもそのせいで学園退学されそうになってるんじゃないか! っていうか、そもそも状態異常は戦闘における補助手段じゃないか。そんなの、手段に拘泥して目的を見失っているのと同じだろ!」

「いいえ、問題はありませんよ。私にとって冒険者は毒殺を行うための手段です。毒殺こそが目的なので、間違ってはいません」

「……暗殺者にでもなる気?」

「暗殺者……人に毒を盛れと? いやです、つまらないですから。人間なんて、耐性を意図的につけてない限り針の先程度の、それも単一の毒でひっくり返ってしまうじゃないですか。その点、モンスターは素晴らしい。書物によれば、神経毒と出血毒と睡眠毒を全部盛られても数刻は耐えるほどの高い生命力をもっているそうですし。是非とも実践してみたいと思います」

 やだこの子超サディストだ、とヴァルは青い顔で頭を抱えた。

 というか話が通じない。方向性こそ違うが、シクルド教諭と同じジャンルの人間だとヴァルは確信した。

 だが、今もシルルを放り出す、という選択は出来ない。ヴァルは学園を卒業したいのだ。

「君の気持ちはわからないがわかった。だがこちらにはこちらの事情がある。次からスライムに遭遇した時は、僕の方で倒させてもらう。構わないな」

 むしろいやとはいわせん、とばかりに言い放つヴァルだったが、しかしシルルはどこいく風とばかりに頷き、あっさりと承諾した。

「了解しました」

「……ごねるかと思ったが、あっさりと受け入れたな。理由を聞いていいか?」

「毒殺を試みているのを横からもっていかれるのは極めて不愉快ですが、私が手を出していないものを叩く分には関係ありません。私が手を出す前に消えたのなら、それはいなかったと同じです。私はモンスターをただ倒したいのではなく、毒殺を行いたいだけですので」

「つまり、君より先に手を出すなら問題ないと」

「ご理解いただけてうれしく思います」

 それはつまり、斥候科でありパーティーの先陣を切る彼女より、剣士科であるヴァルが先に接敵しなければならないという事である。それはすなわち、斥候技能をもっていないヴァルがパーティーの先頭に立たなければ無理であるという事で。

 無論、シルルの言い分なんか無視して、毒針を投げてようが問答無用でスライムを叩き潰すというのもありではある。だが、そうなった場合この状態異常マニアがなにをしてくるかわからない。最悪、麻痺毒を盛られて後ろにころがされたまま、スライム相手に日が暮れるのを待つ羽目になるかもしれない。その果てに待つのは、契約不履行による留年か退学だ。

「ああ、くそっ。なんでこうなったんだ」

 先が思いやられる展開に、ヴァルはくしゃくしゃと頭をかき乱して嘆息した。


 それはともかく、テントの設営を早々に済ませなければならない。話はその後でも出来る。ヴァルは背中に背負った荷物をおろすと、キャンプの設営の為の準備を始める。

 その横に、そそっとシルルが寄ってくる。彼女も同じように、テントの設営を始めるのだが……。

「……待ってください。すこし準備が」

「準備? 何の?」

「虫除けがあります。それを設置するので、少しお待ちください」

「それはいい。あるならやってくれ」

 こういった自然環境を模した迷宮の場合、生態系も再現されている。当然、その結果モンスターと呼ぶには小さい虫も多数生息しており、それらはキャンプにおいて大きな問題になる。

 うっとおしいだけならともかく、血を吸われたり、最悪妙な病気を移される事もある。ここは一階層だからそこまで凶悪な虫はいないが、それでも虫除けがあるとないでは安眠度が全然違う。

 ただ、一般的な虫除けは、かさばり荷物を圧迫する。なのでヴァルも迷宮の危険度から考えてしぶしぶ持ち歩くのをあきらめていたのだが。

 しかしそんな荷物、彼女はもっていたかな、とヴァルが首を傾げる前で、シルルはキャンプ設営予定の空き地の四隅を回って、なにやらかがみ込んでいる。みれば、懐から何か粘土のようなものを取り出して盛り、そこにマッチで火をつけているようだった。

 粘土は火を殆ど出さずに、うっすらと煙のようなものを漂わせ始める。お香みたいなものか、と観察しているヴァルの前に、早速一匹の小さな虫が飛んでくるのが目に入った。

 その虫は、ただよう煙に構うことなくこちらにやってきている。おいおい、虫除けになってないじゃないかと肩を落としたヴァルだったが、次の瞬間、ころっと虫が落下したのを目の当たりにして口元をひきつらせた。

「……え?」

 慌てて虫をつまみ上げてみる。完全に硬直、脚の死後痙攣も見て取れない。見事なまでの即死だった。

「シルルーーーッ!?」

「なんですか、ヴァルさん」

「何だこの煙!? おまえ、いったい何を炊いてる?!」

「殺虫毒ですが」

「しれっと毒だって事を認めるなぁっ!」

「大丈夫ですよ、これ、一晩程度なら人体に害は無いのと同等です。虫は人間より体積が圧倒的に小さいから、効果が大きいだけですよ」

「これから少なく見積もっても俺は併せて一週間以上、こうしてキャンプを張る事になるんだが大丈夫なんだろうな……? 弱くても毒は毒なんだろ、蓄積したら……」

「…………」

「そこは嘘でもいいからいっとけよ! 大丈夫だって!」

「大丈夫です」

「今更いっても説得力無いわ!」

 もうヴァルはいっぱいいっぱいである。とにかく火を消して処分しようと粘土に向かおうとする彼の袖を、しかしシルルががっしと掴んで引き留めた。

 ……振り払おうとするが、存外に力が強い。

「なんだよ」

「だから、人体には問題ありません」

「問題なければいいってもんじゃ……」

「かうひぃ、はご存じですか、ヴァルさん。かうひぃ、です」

「? いや、知ってるっていうか愛飲しているが」

 唐突に、飲み物の話を始めたシルルに、毒気を抜かれて首を傾げるヴァル。シルルの目は相変わらず眠たげに細められていて、本気かどうかよくわからない。

「かうひぃを愛飲しているのですか。それは結構。では、なぜ愛飲しているのですか?」

「そりゃあまあ、あのなんともいえない苦みがな。あとは目が覚めるっていうか、ぱっちりするというか」

「それは、かうひぃに含まれている成分のせいですね。コフイン、というのでしたか」

「へえ。それは知らなかった。そのコフインってのを抽出すれば、便利そうだな。長丁場とか、眠りたくても眠れないときとかさ」

「そのコフインなのですが、実をいいますと」

「うん?」

「猛毒です。そこの虫除けに使ってる濃度ぐらいになれば、人が楽に死ねます」

「……はい?」

「嘘だと思うなら、濃いめにいれたかうひぃ水の中に魚でもいれてみてください。すぐに逆さまになってぷかぷかと浮いてくるでしょう。無論、かうひぃに限らず、私たちの身の周りには、摂取量を間違えれば死に至る食べ物はいくらでもあります。ですが、摂取量さえ間違えなければ、毒は薬となるのです。人体は常に再生と破壊のサイクルを繰り返しており、適切に毒物をもって破壊のサイクルに働きかければ、再生の力はより多くなるのです。体によい物だけを取り込むのが、正しいことではないのです」

「つまり?」

「多少の毒なら問題なし、です。大丈夫大丈夫、ちょっと当たっても気分が悪くなる程度ですから、あれ」

「わかったわかった、もういいよ……」

 降参しました、とヴァルは片手をあげてはなしを切った。このまま誤解とすれ違いを解消しようと話を重ねる方が、人体にはさほど大きな影響はないという殺虫毒よりも体に悪い気がしたからだ。

 今日戦ったのは、スライム一匹のみ。にも関わらず、激戦を終えた後のような疲労を覚えたヴェルは、今日はよく寝れそうだ、と一人愚痴った。


 そして翌日。

 外の世界で日が上る前に迷宮から脱したヴァルは、シルルと別れ自室に戻った。装備を片づけ、シャワーを浴びればすでに日は山の向こうからその姿を覗かせつつあり、ぽつぽつと学路には人の姿が見え始めていた。

 その中に、何食わぬ顔で混ざり込むヴァル。その隣に、シルルの姿はない。あくまで彼女とは卒業を巡る難題としての関係しかない。あのエキセントリックさと平常から接するつもりは、ヴァルには当然なかった。

 そのあたりはシルルにも伝えてある。学園では距離をおき、あくまで学園に通う生徒と生徒でいよう、と。元々何のつながりもなかったのだ、それが自然な形に収まるものだと、ヴァルは考えていた。


 生徒でごった返す、早朝の通学路。生徒は基本的に学舎に登校する時は共通した制服の着用を義務づけられるが、一見するとそうは思えない雑然とした風景が広がっている。

 制服の上から目的に応じて装備する物については、特に指定がないからだ。

 剣士科の生徒なら金属鎧と長剣を、斥候科の生徒なら双眼鏡や弓、と所属する科によって装備品の傾向は異なる。かくいうヴァルも、左腰に剣をぶら下げ、心臓部を守る部分鎧を制服の上につけた、典型的な剣士科の装備をしている。

 そんな彼に、同じ剣士科の生徒が声をかけてきた。青い髪に白い肌といった典型的なニルヴァーナ系の男子だ。

 彼の名は、アッシュ。アッシュ・ナーバ。この学園におけるヴァルの同期で、一時期同じパーティーに属していた友人である。

「よーぅ」

「げぇ」

「おいおい、朝っぱらからご挨拶だな」

「うるせーよ。お前朝の挨拶律儀にするようなキャラじゃないだろ。そんな奴が朝からにやにやしながら語りかけてくるって絶対やっかい事じゃねえか。帰れ」

「へっへー。先生はいうことが違うねえ」

 ヴァルのとりつく島もない罵倒に、しかしアッシュは何やら楽しそうな笑みを崩さない。その笑みに、ますますいやな予感が募っていく。

「なんだよ」

「いやあ、お前さんも男だったんだなーってなぁ。聞いたぜ? 斥候科のかわいこちゃんと、迷宮の第一階層にしけこんでたんだって?」

「真実は別として。どこで聞いた、それ」

「え? シクルド教諭が言いふらしてたぜ、なんか」

「…………あ゛ぁ。そうか」

「いやあ、しかし真面目な話、十階層に到達しているお前さんが、なんでまた一階層に用事なんだ? あそこ、冒険者体験会みたいなもんだろ。ズブの素人でも、一週間もあれば制覇できるだろ?」

「いや、そのあたりどうはなしたもんだか。あの教諭が話広げてるんなら、お前に真相はなしたらカウンターにならないかな……」

「あー。なんかもしかして、苦労話?」

「それに近い。ああくそ、なんでこんな目に」

 頭を抱えてぼやく。最近、隙あらば世界が自分を内臓的な意味で殺しにきているとヴァルはつくづく実感した。まだ若いのに心労で胃潰瘍とか勘弁願いたい。

 だが、同時に奇遇でもある。アッシュはこれで顔が広く、女子に詳しい。年頃の少年らしく異性に興味深々の彼なら、あの歩く毒物、シルルについても詳しいかもしれない。

 いや、そもそも何故最初に彼に相談しなかったのか。シルル・クルルについてもっと情報収集をしなかったのか。今思うと痛恨のミスである。

「なあ、アッシュ。斥候科の落ちこぼれって聞いたことあるか?」

 それはあくまで会話のジャブのつもりだった。シルル・クルルは学園はじまっての落第生だと聞く。それは一時的な関心を集めるかもしれないが、誰もそんな劣等生に深く関わろうとはしないだろう。いくらアッシュがナンパ好きでも、だからこそ彼女については詳しく知らないはず。だからまずは、当たり障りのない感じで話を広げていくつもりだった。

 だが。

「え……?」

 ぴたり、とアッシュの動きが凍り付く。不意に途絶えた足音にヴァルが振り返ると、彼はその髪色に負けないぐらい顔を青くして、小刻みに震えていた。まるで何か、思い出したくもない忌まわしい思い出にでもとりつかれたかのように。

 が、すぐに彼は我に返ると、周囲の目もはばからず、ヴァルにつかみかかった。急な展開についていけない彼の肩をつかんで、アッシュは壊滅寸前のPTのような剣幕で問いただす。

「まさか……お前が一緒にいたっていう女子、シルル・クルルじゃないだろうな!? 違うよな、違うといえ!」

「え、あ、えと……?」

「……すまん、取り戻した。それで確認するぞ……お前の言う女子とは、シルル・クルルじゃないだろうな。三つ編みで! 眠たそーな目をして! 絶壁の!」

「あー、いや、その。年齢を考えれば、胸はあるほうだと思うぞ?」

「ガッデム!!」

 確信をもって、アッシュは頭を抱えた。思わずこちらでは通じないニルヴァーナ独自の悪態が飛び出すにいたって、ヴァルはようやく事態を把握した。

「え。お前、知ってるの?」

「知ってるも何も、幼なじみだ!!」

「え、ええー!? い、いや、シルルの奴、確かに帝国出身だけど、見た目は思いっきり共和国系だろ!? なんで生粋の帝国人のお前と親好があるんだよ!?」

「ああいや、うちの両親、貴兵の研究してんのは前にはなしたろ? そのつながりで共和国から出張してきてたのがシルルの親父さんなんだよ……」

「研究者ぁ? それが、なんであんな毒物マニアに?」

「あれは毒物マニアっていうか、超サディストなだけだって。能力を封じられて、全力さえ出せればお前なんか……、みたいな状態の相手をねえどんな気持ちねえどんな気持ちしたいだけだ。その為に手段と人道を選ばないだけなんだよ」

「わかってたけど怖ぇ!?」

「アイツの両親は研究者と同時にバリバリの実践派でなあ。遺跡とかダンジョンに自分から潜っていくから、凄腕の冒険者でもあるんだよ。その影響かなぁ……。今はそうでもないけど、貴兵も技術も魔法も、遺産すらなかった当時の人間だ。そんな人達が強大な魔物に対抗するには、搦め手に頼るしかなかった。毒はそんな当時の人達が主力とした、本来は誇り高い手段なんだよ」

「誇り高い……ねぇ」

「そう。その認識が、彼女の歪みの現況だ。力を得て、正面から魔物と戦えるようになった今、相手を弱体化させる戦い方はいやらしいやり方のように言われる。そういう状況に不満を抱えて鬱屈した精神が、あのドSを育てちまったんだろ……」

「なんか実感こもってるなあ……」

「幼なじみっつったろ。アイツに巻き込まれて病院で点滴を受けたの、両手の指を全部使っても数えられないぐらいだ」

「……え。俺、そんなの相手にしないといけないの? え?」

「頑張れ」

「頑張れじゃないってばぁ!?」


「くっそぅ……、アッシュの奴本気で関わらないつもりか……」

 何事もなく時間は流れて、昼休憩。

 いつもと違い一人きりで食事をとるヴァルは、グチグチと薄情な友人の事を罵っていた。

 あの後、アッシュに再三協力を求めるものの、全てなしの礫。忌まわしい幼なじみに、学園にきてまで関わりたいとは思わないらしい。

 その気持ちはわからないわけでもないが、でもちょっと友人つきあいを考えようと思わないでもなかった。

 放課後になれば、またシルルと一緒に迷宮にいかなくてはならない。シグルド教諭の話では、最低限五階層まで彼女を連れて行かなければならない。それさえすれば、あとは放っておいてもかまわないという話ではあるが……。

「あのペースだと、そこまでどんだけかかるんだよ……。一階層の半分も到達できてないんだぞ……」

 期限制限こそないようなものだが、しかしヴァルにはヴァルの事情がある。せっかく現時点で十階層まで到達できてエリートまであと一歩だというのに、ここでまさかの足踏みだ。うかうかしていれば、後続にも記録を追い抜かれ、今度はヴァル自身が落ちこぼれになってしまう。それだけはなんとしても避けなければならない。

 とはいえ、ヴァル自身がどれだけ焦って努力しても、シルルが進めなければ意味がない。ヴァル自身冒険者だからわかっていることではあるが、ここでシルルを引きずって無理矢理奥に進む、なんていうのは不可能なのだ。

 シルルが完全なお荷物状態でも、ヴァルなら二階層ぐらいまでなら突破できる。だが、その先は? 段階的に凶悪化する魔物や罠に、ヴァル一人で対抗できるか?

 答えは当然、否だ。

 確かに、ヴァルは十階まで到達した、そこそこ腕に覚えのある冒険者見習いだ。だがそれは、頼れる仲間がいてこそだ。斥候科や医療科に魔術科、騎士科といったそれぞれの専門職からパーティーを選び、戦術の元で合理的に動いてこそ、初めて下の階層の魔物や罠と渡り合える。

 シルルの協力なしで、三階層より下の魔物とは絶対にやりあえない。いや、そもそも斥候技能に乏しいヴァルでは、致命的なトラップを回避できない。

 つまり、嫌でもシルルのあのペースに併せて、彼女との信頼関係を構築しつつ進まなければならない。

 幸いというべきなのは、シルル本人はどちらかというとやる気に溢れていて、スライム相手に毒殺にこだわるという無駄な熱意さえなければ冒険者としての素養は悪くないということだろうか。斥候科での成績も、罠への対策や索敵、採取といった一般技能の成績は悪くない。本当に、あの変質的な熱意さえなければなんとかなりそうではある。

「……とりあえず、俺がぶっこんでスライムはり倒すしかないかぁ……」

 そうして、何度もたどり着いた答えに帰結して、ヴァルは深々とため息をつく。

「やれやれ……」

「迷惑をかける」

「全くだ……って、え!?」

 不意にかけられた声に、跳ねるように振り返る。

 ヴァルは一人で食事をしていたはずだった。にも関わらず、背中合わせで座り込んでお弁当箱を広げている女子生徒の姿があった。

 シルルだ。

「お前、いつから?」

「数刻前から」

「……うわっちゃあ。お前なんでその優秀さをもっとまともな方向に使えないんだよ」

「ごめん」

 こっちに振り返りつつ、もぐもぐとお弁当を咀嚼するシルル。その表情は無表情なようでいて、わずかな罪悪感のようなものが見て取れた。

「今更だけど。巻き込んだことには、謝罪したいと思う」

「あぁ?」

「自分一人の事だと思ってた。だから、どれだけ周りにおいていかれても問題ないと思っていた。まさか、こんな事になるなんて思ってなかった」

「あー……まあ、な。それじゃあ、あきらめてくれるか、スライム相手の無意味なの」

「それでもやっぱり毒殺は譲れない」

「をい」

 譲歩が見いだせたかと思ったらこれである。肩を落とすヴァルは、ふとシルルのお弁当箱に目をとめた。

 なんだかんだで、女の子らしいかわいらしい弁当箱である。その中に、見た目はおいしそうな肉団子が一つと、卵焼きが一つ、残っている。そしてそれらに、シルルは手をつける様子はないようだった。

 ヴァルは自分の弁当を見下ろす。若い男らしく、見た目とかいっさい気にしない男飯だ。適当に野菜と肉を痛めてスパイスで味付けしただけのおかずに、適当な炊き加減の白米。シルルの弁当と比べれば、見る影もない。

「……なあ、シルル。それ、あまってるならもらっていいか?」

「え?……あ」

「いただきっ、じゃあ、いただきまーゴフュ」

 肉団子をシルルの手元からかっさらう。それを口にした直後、ヴァルはそのまま悶絶して倒れ込んだ。

 それを、呆然と見下ろすシルル。彼女はふぅ、と息をついて、懐から小瓶と針を取り出しながらこう告げた。

「それ。毒回避訓練の為に作った、毒混じりの肉団子。はずれっぽいから残してたのに」

 シルルの嘆きも、泡を吹いて昏倒しているヴァルには届かない。仕方なく、彼女は針を解毒薬に浸すと、ぷすりと彼の首筋に突き刺した。


「あ゛ー。なんかまだくらくらする」

「人の弁当に手を出すから。自業自得」

 時は移って放課後の第一階層。

 毒がいまだに抜けきらず、くらくらとする頭を押さえるヴァル。経口摂取にも関わらず頭痛がするというのはいったいどういう毒だったのか、ヴァルには想像もつかない。ただ、聞かない方がいいだろうという想像はできたので、シルルに訪ねることはしていない。

 そんな彼の後ろを、シルルは黙ってついてきている。

「……おし」

 とんとんと頭をこづいて、ヴァルは気持ちを切り替えた。剣を鞘から抜き、周囲を警戒する。

 彼らが歩いているのは、見通しのよい林の獣道だ。何百、何千と人があるいた結果、自然とできあがった道をいく。やっかいなトラップもないため、多少早足で進んでも問題ない。そもそもヴァルはかつてこの階層を突破したのだ。

 だが、それと油断はまた別の物だ。

 それに、シルルにスライムの相手をさせない、という考えもある。実際のところ成績そのものはわるくない斥候科相手に、剣士科がどこまでできるが疑問ではあったが、それでも彼は剣を片手に先行した。

 最も。

 実際のところ、シルルはヴァルより圧倒的広範囲をすでに認識していた。その中にはスライムの姿も多数ひっかかっていたが、彼女はあえて行動を起こさなかった。

 理由はいくつかあった。最も大きい理由が、ヴァルがシルルのスタンスをある程度尊重した上で動いてくれている事にあった。

 もしヴァルがシルルの拘りをいっさい理解せず強引に話を進めようとするなら、シルルも妥協はしなかっただろう。だが、ヴァルは自分の未来を人質にされたにも関わらず、シルルのスタンスにある程度の譲歩をしている。

 それに、彼女の毒に何度か巻き込まれて犠牲になったにも関わらず、その事について彼は必要以上に追求することも、彼女から距離をとる事もなかった。それはヴァルが一連の行動に自分自身の無知さと責任を見いだしたからであったが、それでもシルルにとっては初めての事だった。

 だから、シルルもヴァルに譲歩しようと思ったのだ。

「……」

 手元のナイフを弄びながら、先行してスライムを叩くヴァルの後ろ姿をみる。

 不思議な気持ちだった。彼は、毒は卑怯だとも、気持ち悪いとも、危ないから近づくなとも言わない。殺虫毒の件ではそれに近い事をいわれはしたが。しかし彼はそれを拒絶の理由にはしなかった。

 毒薬を戦闘に用いると知れて以来、シルルとパーティーを組んでくれた者はいない。だから、こうして自分が誰かの背中をみるのも、誰かの背中にかばわれるのも初体験だった。

 初体験だった、けども。

「…………悪く、ない。悪くなんか、ない」

「ん、どうした?」

「なんでもないよ」

 振り返ったヴァルの視線から意図して目をそらして、シルルはきっちり距離を保って彼の後をついて行った。


 学園迷宮、十一階層。

 粘液質の壁でできた洞窟と呼ぶべきその場所を進行する、一つのパーティーがあった。壁役に騎士、剣士、中衛に衛生士、後衛に弓と魔法使いという堅実なパーティーだ。

 そして、その剣士は、青い髪が特徴の帝国人。

 ほかならぬ、アッシュその人だった。

「…………」

「どうしたよ」

「あ、いやな。アイツらうまくやってるかなぁ、と」

「あー。件の幼なじみどのとヴァルの事か」

「変な噂になってたアレねー。ヴァル君も災難ねえ。変に優秀だから……」

「優秀っつうより、後ろ盾がないのがアイツの問題点だろ。シルルをどうにかするっつうなら、もっと適役はいたぜ? ただ、そいつらはそれなりに大きい家の出身だったり、血縁に優秀な現役冒険者がいる。あのクソ教諭はそれにびびったんだろうな」

「同じ英知を司る者として本当に嘆かわしい。そもそも、あの女はクルル女子の為に何かしたのか? いや、何もしていないに違いない。全く」

 次々に己の見解を述べる、アッシュのパーティの仲間たち。彼らは事情をだいたい把握した上で、ヴァルでもシルルでもなく無理をいいつけたシグルド教諭の事を責め立てる。

 人望がないというよりも、当然の理屈である。故に、シグルド教諭は人望がないのだが。

 とはいえ、あの教諭が無責任に垂れ流しているデマに仲間たちが勘違いしていないようでアッシュは一安心した。気心の知れた友人と、問題はあるがそれでも腐れ縁の幼なじみを悪く言われるのではないかと、若干不安に思っていたのだ。

 そんな彼の真意をくみ取ったように、肩を並べて歩いていた大盾と槍を構えた重装騎士の少女が取りなすようにほほえんだ。

「アッシュ。不安なのはわかりますが、私たち相手にそのような懸念、かえって不義理というものです。私達はヴァルさんの事をしっていますし、シルルという少女が本当にろくでもない人間なら貴方が関係を絶っているだろう事もわかっています」

「ある意味関係絶ちたいのは真実だろうけどなー。ま、俺っちはクルルの奴と同じ科目だからよくしってるしなー。色々ともったいないやつだぜ、キシシシ」

「こら。口汚いですよ」

 斥候科の黒い肌の少女が茶化し、それを衛生士の少年が諭す。いつも通りの話の流れである。

 冒険者といっても、基本は学生。何かない限りは、こうやって道草話に花をさかせるのも仕方ない事である。

 だが。

 その何かがあれば、一瞬にして切り替える事ができる。それこそが、彼らが学生メンバーの中、最前列を突き進んでいる理由である。

「……をい」

「ああ。なんだこれは」

 斥候の少女が血相を変えて弓を引き絞る。その前に静かに重騎士が歩みでる後ろで、アッシュが剣を引き抜く。そのいずれも、手元がわずかにふるえている。

 臨戦態勢に入ったパーティ。その前に、気配の元がゆっくりと現れる。

 粘液質の足音を立てて現れた、それ。

 その異形の姿に、パーティー全員が総毛立った。

「なんだこいつ……!?」

「ありえないよ、ヤバイってこれ! 十一階層レベルの敵じゃないよ!?」

 危機感に浮き足立つ一同。アッシュもまた、知れず気圧されている事を悟って愕然とした。

 そんな彼らの前で、現れた怪物……”二十階層防衛者”は、聞く者の心臓を止めんばかりの不協和音に満ちた絶叫を上げた。


 冒険に、イレギュラーは付き物である。


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