妹と言う名の少女
死者は蘇ったりしない。そんなことは、分かっているけど心の奥底では期待している自分がいる。
高校二年の冬休みに入り寒さが身に染みる季節がやってきた。大垣新は特にやることもなく冬休みが2日ばかり過ぎた。しかし、今日はやらなければならないことがあるのだ。
なんでこんなに冬は布団が恋しいのか、きっと母親の体の中にいた時の温もりが忘れられないんだろな人は。福岡は寒くないって思ってる人がよくいるが九州も冬は寒いのである。 『よいしょ』重い体を起き上がらせ1日が始まった午後2時のことである。
『かぁさん、ちょっと出てくるけどまっ夕方には帰るよ』そういい家をあとにする。
あの日を境にこの家には静かな毎日が訪れた、新はあの日のことを忘れないし忘れたくもなかった。風の寒い中冬を感じながら足を止める、『十文字交差点』この場所を通るたびにこの場所で足を止めてしまうのだ、あの時手を離しさえしなければと。
目的地は決まっている、明確な日付は決まっていないがこの季節になると決まってこの日に来るようにしていた、妹の墓に。
『もう5年になるんだな』そう呟き墓に手を合わせる。
この場所に妹の骨があるわけではない。ただ何もないのはダメだと父と母が相談した結果毎年家族はこの墓を参るようにしていた。5年前のあの日以来父と母は妹の話をするのを止めた、それは新が一番傷ついていることを二人は感じていたからだ。二人は新に気を遣い元気にしようと旅行に連れて行ったり、いろいろとしてくれたのだが新にとってそれはただ辛いだけの現実であった。新にとっての時間はあの瞬間あの場所で止まってしまったのだ。
新はこの場所に来ることで現実と向かい合おうとしているのだ、人は否認を続けるうちに必ず受容の時が来る、その時自分が負けてしまわないようにするために。
『もう夕方か』その言葉は虚しく響き、新は冬の寒空は見上げた。よし!溢れるものは何もない!『帰るか』そう言い家路につこうとした時、ふと周りに目をやるとこんな寒い中中学生くらいの女の子が新の後ろに立っていた。
新は後悔していたこんな寒い中、中学生の女の子が来る場所ではない、そしてここは墓である。条件は揃ったこいつはと思ったところで新はさらに、驚くことになる。
『おにいちゃん!』
うわぁ凄い!最近のお墓はこんなサービスまであるのか!確かに、最近おにいちゃんプレイというものを忘れていたし恋しくもなっていたからな。お墓ステキ。
『おにいちゃん、聞いてる?おにいちゃん』
もう、そんなに呼ぶなってこっちとらおにいちゃんって呼ばれて嬉しすぎるけどおにいちゃんの威厳を保つために微笑みを我慢してるのに。
『いい加減返事してくれる?』痺れを切らした中学生がふてくされ出した。
『ええっと、妹よ、、なんだい何がやりたいんだい?』新は恥ずかしながら問う。
『何もやりたくないし、ただ話をしに来たの!』
さて、ここで質問!中学生が墓場に来て高校生に話すこととは!ないよな?ないよね?最近中学生に絡まれたっけといろいろ考える新だが、ふと少女の顔に目をやる。 5年経てばちょうど妹もこれくらいの年だっただろうか、少女の顔を見て懐かしさを感じた右目の下の泣きボクロ、茶色い髪、そして右手には昔火傷をしたであろう跡。新は息を呑んだ。
『ま、ま、真冬か?』
大垣真冬彼女とは5年前あの交差点で別れたのだ、真冬のはずがない、あのあと警察や地元民で捜索したけど見つからなかった。この5年の間も何の情報もなかった。真冬のはずがない新はそう思った。
『そう!真冬!お兄ちゃんに話したくて会いに来たの、お兄ちゃん元気ないよね?ずっと、』
妹がいなくなって元気になるやつっているのかと新は思ったが真冬は続けた。
『おにいちゃん、私は元気にやってる、だから、おにいちゃんはおにいちゃんでちゃんと元気になって!おにいちゃんの人生にこれ以上私を引きづってほしくないの!だから、、』そこで言葉が止まった。顔を上げない妹に新が問う。
『お前は誰だ? もし、真冬ならなんですぐに家に戻って来ないんだ? お前はどこでなにやってんだよ!』怒鳴るように言葉が飛んでしまう。
『そうだよね、いきなり現れて何言ってんだろ、けど、私はおにいちゃんに会いたくて仕方なかったの、それは分かって、、』そう新に告げた。
『時間なのね、分かったもう戻るわ』
こいつ誰と話してんだ?
『ゲート』
そう少女が呟くと少女の後ろに人が1人通れるくらいの暗闇が現れた。そして、少女は新に振り向き微笑んだ。
『伝えたいことは何一つ伝えられなかったけど、会えて良かった、、サヨナラおにいちゃん』少女は微笑みながら呟いた。
新はふっと5年前のことを思い出す。駄々をこねていた妹に怒って最後に手を離したこと、そしてその時の少女の悲しそうな顔が。
少女が入った暗闇が消えかかった時、今までの疑いが嘘かのように新の身体は動いていた。
今を楽しいといったよな?元気でやってるっていったよな?じゃあなんでそんな悲しそうな顔をして微笑むんだ?
そう、かつて少女が少年の手を追いかけたように、少年は少女の手を追いかけた。
5年前あの場所で手を払い振り返った時には真冬は消えていた。