〈7〉
廃工場は、地獄と化した。
「あはっ、あはははははははははははーぁ♪ 踊れ、踊れぇっ♪」
壊れた笑い声を上げ、黒ドレスの少女は。サブマシンガンを乱射、乱射、乱射、乱射、乱射。
「だ、ば!?」
「ご、ぱぁっ!!」
……何が起きたか、理解する時間さえ与えられず。男たちは頭蓋を破裂させ、眼球を飛び出させ、内臓を撒き散らして、四肢を引き千切られて。
殺されていく。血塗れの肉塊に変えられていく。
「あーはははははははぁ♪ あはっはははははは♪ 愉しーい♪ ほら、ほらほらほらほらほら♪ 死ね死ね死ね死ね死ぃねぇーッ♪」」
(……な、なんだよ、これッ!?)
咄嗟にドラム缶の陰に隠れ、セーラは耳を塞ぐ。
凶暴な銃声、マシンガンの乱射の音。それ以上に。
ヒトの死ぬ声。凄惨な断末魔が。心を壊す。
わからない。わからないわからないわからない。何が起きているのか。
この再開発区域は治安の悪い、掃き溜めの街。それでも、法治国家の、日本の一部なのだ。
こんな。こんな悲鳴は知らない。こんな苦悶の声、聞いたコトもない。
それ以上に、黒ドレスの少女の声……愉しそうに人を殺す声。悪鬼の声が、有っていいはずがない。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーッ!?」
・ ・ ・
血の海の上、ぴちゃぴちゃと音を立てて歩きながら。黒ドレスの少女は、死体を蹴り飛ばす。
「脆いわね、もぉう終わり? 暇つぶしにも、ならないわぁ」
不満げに唇を尖らせながら。少女は生き残った獲物を求め、廃工場の中を見渡す。
とても、静かだ。物理的な痛みさえ感じるほどに。
先ほどのセーラの乱闘も、あの恐ろしい銃声も嘘だったかのように静か。
だがそれは、生きる者がいないからだ。悪質なゴロツキ達は、あまりにも次元の違う、凶暴な悪意に。桁違いの質量を持った暴力に。殺されたからだ。
「ふぅん、生・き・て・る・の・はぁ……二人ね♪」
恐怖にガチガチと鳴る歯の音。荒い息。
その主はセーラと。ゴロツキが一人。
「さぁて♪ 何して遊ぼっか♪ あ、お医者さんごっこする? ずたずたにぃ、解剖してあげるわ♪」
嬲り殺し。それ以外は認めない。妖しく舌なめずりする少女の瞳は、嗜虐的な瞳は、そう語っていた。
「た、助けてくれぇッ!?」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、生き残りのゴロツキ、鼻にピアスを付け、髪を派手に何色にも染めた男が、少女に哀願する。
黒いドレスの足元、仲間たち、だった肉塊の流す血だまりに、額を擦り付け、土下座しながら。
「な、なんでもする! 金なら払う! だから、だから命だけは!?」
その姿を、浅ましいと笑えはしない。相手は、少女の姿をした死神。常軌を逸した快楽殺人鬼なのだから。
事実、セーラも。腰が抜けて、立てずにいた。恐怖に、スカートが失禁で濡れているのを自覚していた。
「ふぅん、貴方、そんなに死にたくないの?」
愛らしくさえあるポーズで、ひとさし指を頬に当て、黒ドレスの少女は小首を傾げる。
ぶん、ぶんと。呼吸も忘れ必死に頷く男に。
少女は、まるで天使のように。にこりと笑いながら。
「じゃーぁ、豚の真似をしなさい♪」
「え……」
要求を飲み込めず呆然とする男に、少女は何もないはずの空間から拳銃を取り出し、向けて。
「豚の真似をしろと言ったのよ!!」
こめかみ擦れ擦れに、発砲する。
「ひ、ひぃッ!?」
男は失禁しながら。
四つん這いになって。
「ぶ、ぶー、ぶー……」
豚の鳴き真似をしながら、這いずり回った。
「あはっ♪ あはっはははははっあはははは♪ 面白ぉい、お腹痛ぁーい♪」
腹を抱え哄笑する少女。もちろん彼女の他は誰も笑わない。
生きるのに必死の、豚真似男も。その冒涜的な遊戯を、震えながら見守るセーラも。
「ホントに、豚さんみたぁい♪ 惨めで! 薄汚くってぇ! 最高よ、あははははっはーぁ♪」
一しきり笑い続け、黒ドレスの少女は、満足したように。
「ああ、面白かった♪ 面白かったわよ、貴方♪」
男に微笑みかける。男は、それを見て。
「え、じゃぁ……?」
生き残ったと。死神の鎌が首筋に当てられていたのを、脱することができたと。
安堵の表情を浮かべるが。
黒ドレスの少女……『蹂躙の魔法少女』。破壊と殺戮に特化した、死の運び手は、にたっと嗤い。
「豚は死ねぇぇぇッ♪」
2丁拳銃の引き金を引いた。
男の断末魔! その絶叫は、希望から絶望へと叩き落されたがゆえにより凄惨で。
セーラは必死に目を閉じ、耳を塞いだ。
「あははははははははははは♪ やってみたかったのよねぇ、これぇ♪ 昔、ゲームで見てさぁ! あっはははははははぁ♪」
耳障りな笑い声を上げ、銃身に舌を這わせ陶酔するその少女。
悪そのもの、理不尽な暴力そのものの存在を。
恐怖の涙でボロボロになった顔で、それでも。
緋川セーラは。正義のヒロインに憧れた少女は。怯えて萎縮するカラダに、腕に、爪を立てて。
「お前、お前は……ッ!」
目が合う。次は自分が嬲り殺しにされる番だと、本能が理解する。
それでも。
「なぜ! こんなコトをするッ!?」