〈6〉
「おらぁぁぁっ!!」
セーラの頭突き!
「あ、がっ!?」
脳震盪を起こしたか、スキンヘッドの男が、白目を剥いて崩れ落ちる。
「こ、この女、強ぇ!?」
再開発区域、荒れ果てた廃工場で。
男たちは思い知る。今宵の獲物は、とんだ雌狼であったと。
緋川セーラ。女番長のあだ名は、伊達ではない。かつて正義の味方を目指していた頃。父に教わった武道は、今も彼女の内に根付いている。
ただし、荒ぶる喧嘩殺法として。
彼女に乱暴しようと、この廃工場に連れ込んだストリートギャング達。
十数人のうち半数が、すでに、その石頭の。
頭突きの餌食となって地に伏せていた。
「……まだやんのか。あ?」
セーラ自身にはコンプレックスの元の、鋭すぎる眼光も、こうした時は便利だ。
燃える炎を放つようなその瞳に、男たちは怖気づく。
だが。
「な、なめやがって!!」
ゴロツキの一人が、バタフライナイフを開く。
さらに、
「おいおい、餓鬼にいつまで手間取ってんだ。さっさと剥いちまえや!」
卑猥に舌なめずりしながら、仲間たちが集まってきた。
(……ちっ、どうもよくねー状況だな)
セーラは、心の中で舌打ちする。別に、悪漢どもを成敗するつもりもないし、それを一人で出来ると思うほど己惚れてもない。
自分は、正義のヒロインでは。魔法少女ではないのだから。
父と同じで、刺されれば、銃に撃たれれば、死ぬのだから。
早く、逃げなければ。完全に囲まれるより先に。
この廃工場に付いてきた時点で、油断があったかもしれない。これしきの人数なら叩きのめせるという甘い見通しが。
(やば、震えてきやがった)
向けられたナイフの光に、思わず足がすくむ。
それを悟られないよう、眼光に力を込めて。突破口を見出すべく眼を滑らせたその時。
「あはっ♪ あははははっははははははははは♪ 楽しそうなダンスパーティね♪ 私も混ぜてよ♪」
無邪気に、冷酷に。少女の姿をした死神の笑い声が、廃工場に響き渡った。
・ ・ ・
「なんだぁ、この餓鬼?」
男たちが素っ頓狂な声を上げるのも、無理はない。
廃工場の入口、破れたシャッターの間に立っていたのは。
ニコニコと微笑む、黒髪の少女。この治安の悪いスラム街には似つかわしくない、ひらひらとした漆黒のドレス。薔薇園で紅茶でも飲むのが合うような、ゴシックロリータの少女だった。
「へへ、お嬢ちゃんも、可愛がってほしいのか?」
バタフライナイフを閃かせた男が、好色な笑みを浮かべ、黒ドレスの少女に歩み寄る。
その一歩一歩が、死への歩みであることを悟れるはずもなく。
乱暴に少女を犯し、獣欲を満たそうと手を伸ばし……。
「ふふっ♪」
瞬間。少女の瞳を、悪魔の愉悦が彩るのを見て。
セーラは、全身の血が凍るように感じた。
(あいつは……)
まともな存在じゃない。
悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。悪。
この世に存在してはならないモノ。死と悪意を撒き散らす何か。
そんな悪魔でなければ、あんな風に、残酷には笑えない。
「逃げろぉッー!!」
自分でも訳が分からないうちに、セーラは叫んでいた。
「……え?」
その必死な声に一瞬男が振り向いたその時。
黒ドレスの少女は、冥府の月のように、さらに口角を狂気の笑みの形へ吊り上げた。
「……固有魔法、『蹂躙魔弾』」
銃声。ああ、それは銃声。
一瞬で。廃工場は地獄へと。血の世界へと。