〈5〉
夜、都会の歩道橋の上。
道路を流れていく車たちの、ライトの軌跡をぼんやりと眺めながら。
セーラは風に吹かれていた。
「……魔法少女、か」
スマホを取り出し、結子が話した学校の噂を思い出す。
つい、噂のサイトを開いて。「緋川聖良」と名前を入れる。
と、そこでため息をついて。
「……ばかばかしい」
アタシは、まだ。そんなモノに、夢を。
正義のヒロインなんて、損なのに。アニメの中でしか、きっと生きられないのに。
「父さん、アタシは……正義の味方になんてなれないよ」
今日は、父の命日。再開発区域にある、廃ビル跡……刑事だった父が殉職した事件現場に、花を供えてきた帰り道。
セーラは、父が大好きだった。ファザコン、と呼ばれても言い返せなかったと思う。
弱い人たちを護り、悪人たちを次々と逮捕する敏腕刑事。
いつだって父は、セーラのヒーロー。正義の味方。
(私も、パパみたいになる!)
だから、子供のころ魔法少女にも憧れた。変身して、悪と戦うヒロイン。
自分も正義の味方になって、父を助けるんだと、本気で。
「もう、2年経つのか……」
あの日。セーラの幼い夢が砕け散った日。
……父の死んだ日から。
誘拐犯による立てこもり事件。追い詰められた犯人グループは、アジトに火を放って。
迂闊にも、その一人が逃げ遅れた。父は、それを助けようと火の海に飛び込み……撃たれた。
父を殺害した犯人は、生きていると聞いている。
でも、あの日セーラの心を覆った闇は、復讐心などではなくて。
(怖いって、思ったんだ)
不死身のヒーローなんていない。正義の味方だって、現実には撃たれたら死ぬ。
怖い。そんなの怖い!
葬式の日、ガクガクと震える身体をどうしようも出来なくて。
炎の中に消えた父の遺体とともに、セーラの夢も、灰になった。
「でも、もしも。奇跡が起こせるなら」
あの日砕けた夢を、もう一度。灰の中から立ち上がり、再び胸に炎を。
大好きだった父に、誇ってもらえる自分に。
ゆっくりと、噂のサイトの入力画面、願い事の欄に指が伸びる。
「アタシは……」
だから、願い事は。奇跡をもってしか叶わないような、その願い事は。
「『正義の味方になりたい』」
・ ・ ・
「……返ってこねーし」
待つこと数分。返信は来ず。何も起きない。
まあ、本気にしていたわけじゃないから。
セーラは、自分にそう言い聞かせた。
このサイトの主も、返答に困っているのだろう。正義の味方なんて、適わないユメ。アドバイスのしようも無い。
スマホを制服のポケットに戻し、帰ろうとすると。
「お嬢ちゃん、美人だねぇ。俺たちと遊ばない?」
歩道橋の両端を、男たちに挟まれる。
にたにたと下卑た笑いを浮かべる、ストリートギャングたちに。
「……ちっ」
舌打ちするセーラ。
その様子を、ビルの上から。
黒いドレスの少女が、愉しそうに唇を歪め、眺めていた。