〈4〉
ざわ……。
結子の発言に、放課後の教室中が、主に男子たちが凍り付く。
「え、女番長が魔法少女に興味……?」
高校生にもなってと、嘲笑するような空気は無い。むしろ、少年たちは恐怖に固まっている。
視線だけで人を消し炭にできると噂の、凶悪眼光少女、緋川セーラ。
その容姿は充分に美少女ではあるが……魔法少女などというファンシーなモノとは、イメージが乖離しすぎていた。
「わー、わー!?」
慌ててセーラは大声を上げ、誤魔化す。
「わ、忘れろぉぉぉぉぉぉ!?」
ビカァァァッ!! セーラの邪眼が男子たちを焼き払う!
「ひ、ひぃぃぃーっ!? 番長が怒ったぁっ!?」
……邪眼はあくまでイメージである。だが、その目付きの悪さは、恐怖でいとも容易く男子たちを沈黙させるのだった。心臓の弱い者は、泡を噴いて気絶までする。
たまに、覇気使いとも呼ばれる。
「……ゆーこぉ? 内緒にしろって言ったよな。恥ずかしいだろ!」
赤面しながら詰め寄るセーラ。
セーラの秘密を暴露した当の結子は、さして反省する風もなくカラカラと笑う。
「にはは、悪ぃー悪ぃー。でもさ、事実、好きっしょ、そういうの?」
「……まーな」
照れながら、セーラは指で頬を掻く。
そう、緋川セーラの幼い憧れ。それが、魔法少女。
いつだってキラキラと、胸に愛と勇気を抱いて。どんな悪にも絶望にも、笑顔で立ち向かっていく勇敢な、正義のヒロイン。
憧れた。正義を、希望を信じて戦う姿に憧れた。
でも、それは。
ホコリをかぶったまま置き去りの、喪った夢。灰色に褪せた、遠い思い出。
父を亡くしたあの日に、砕けたままの……。
「セーラ? どうかしましたの?」
文香の問いに、
「……ん、なんでもねーよ」
. . .
「で、どんなサイトだって?」
教室に残る者もまばらになる中。セーラは結子が開いた画面を覗きこんだ。
時刻は夕方。教室の窓から見える太陽も、高度を下げて休み支度中か。
最近、この街の近くでは凶悪な銃撃事件が発生しており、部活などは自粛を推奨されていた。
「なんかさ、魔法少女を募集してるんだってさ。ほれ」
結子が示した画面、それは。
洋館のような、占い館のような雰囲気。ずいぶん黒々として、凝ったデザインで。
そこに書かれている文言を、文香が読み上げる。
「……『魔法少女になって、願い事を叶えませんか?』ですか。名前と、願い事を入力するようになってますね」
「……うさんくさー。名前入力するってのが抵抗あるな。課金とかされるんじゃねぇの?」
それを聞いて結子は、ひらひらと手を振る。
「あ、大丈夫だったよ。あたし、試したけど」
「おまっ、ちっとは警戒しろよ!」
「そ、そうですよ! こんな怪しいサイト!」
セーラと文香は、親友のセキュリティ意識の低さを本気で心配するが。
「いやー、結構皆試してるんだぜ? それに、ほら!」
止める間もなく結子は、画面に文字を入力。
自分の名前『葉住結子』、願い事は……『大金持ちになりたい』と。
すると数秒を待たず、占いの診断結果のような体裁で、返答が表示される。
「にはは、『働きなさい』だってよー! ごもっともですな♪」
なるほど、占い以下である。結子が言うには、他のクラスメートが試した時もこんな調子だったという。
いわく、「〇〇君と恋人になりたい」という願いには「オシャレをしてみましょう」との返答。
「テストで良い点取りたい」という願いには「予習と復習を心がけましょう」と。
気軽なお悩み相談程度に使われているのだった。
「……くっだらねー」
口を△型にして呆れるセーラ。
正直、がっかりした。少しだけ、ほんの少しだけど、期待する気持ちも有ったのだが。
「私は、ちょっぴり安心しましたわ。悪質サイトではないようですし」
ほっと胸を撫で下ろしながら、文香が首を傾げる。
「でも、どうしてこれが噂になっているのでしょう?」
確かにそうだ。見た目に反し、占いにすらなってない、はっきり言ってショボいサイトなのに。
「……それがさ」
ぴっ、と指を立て、結子はわずかに真面目な顔で。
「いるんだってよ。これで、ホントに魔法少女になったってやつが」
「……はは、まさか」
後から思えば、それは予感、虫の知らせだったかも知れない。
セーラは、ふと背筋が寒くなるのを覚えた。
あまりに下らない、子供だましのような噂。でも、それだけに不思議と真実味を帯びて……。
「てなわけで、セーラ。試してみようぜ! なりたいだろー、魔法少女? ほれ、名前と願い事入れるだけだぜ?」
緊張感に欠けるふやけた表情で結子が誘うと、文香も笑顔で、
「あら、私も興味ありますわ。セーラの願い事♪」
そんな二人に苦笑いで返しながら、
「アタシは、いいよ」
首を横に振った。
「……アタシの願い事は、奇跡のようなものだから」