〈2〉
「ち、畜生畜生畜生ッ!」
夜、廃墟同然のビルが並ぶ再開発予定区域のバックストリート。
とうに腐敗した生ゴミを入れたままのポリバケツにぶつかり倒しながら、男は逃げていた。
「な、何なんだ、何なんだよ、あのガキは!?」
男は、治安の悪いこの区域には珍しくない、ストリートギャングの一人だ。
いかにも柄の悪いモヒカン頭に、顔や身体中のタトゥー、鼻ピアス。
弱い者を暴力で屈伏させ、支配することを呼吸するように当然に行なってきた人種。
だが、今や男の表情は、恐怖の涙に歪んでいた。狩られるウサギのそれだった。
(なんで、こんなコトに……)
男は、10分前の自分を思い出す。
彼とその仲間達が見つけたのは、愚かにも縄張りに迷い込んだ女子高生。
凌辱、レイプ、強姦。彼らにとっては当たり前の行動を、今夜もするはずだった。
猫がネズミを狩るように。ライオンがシマウマを喰うように当たり前。
今宵も、捕食者は彼らのはずだった。
だが。
「あはっ、あははははははははははは♪ ほらほらぁ、もっと必死に逃げなよ♪」
廃ビルの壁から壁へ、およそ常人にはあり得ない脚力で飛び移りながら、男を追う影。
「お仲間さんは、みぃーんな殺しちゃった♪ 最後の一人なんだから、少しはがんばってよね♪」
狂った声。
場違いなほどに明るく、愉悦に満ちた声。
それは、明らかに少女の声だった。
「ふふ、でも残念♪ 私、鬼ごっこは飽きちゃった♪」
その影は、男の頭上を飛び越し、行く手を塞いだ。
そして。
「さぁ、次はダンスの時間よ♪」
おお、そして銃声! 男の悲痛な絶叫さえ掻き消すそれは、サブマシンガンの銃声である!
当たり前の日常を打ち砕く銃声!
死を運ぶ機械の獣の唸り声!
いかに治安の悪いこの街といえど、本来有ってはならない殺戮の咆哮!
「あはははっ、あっはははははは♪ ほらほら、もっと踊りなさい♪」
だが銃弾は、一息に男を殺しはしない。それは慈悲にあらず、男の両脚をズタズタの肉片に変え、逃走能力を奪ったのだ。
……嬲り殺しを、愉しむために。
「ひぃ、た、助け……」
もはや虫の息で、自らの血に沈みながら、男は許しを乞う。
今まで何人も、同じ眼で許しを乞う少女を犯してきた。
その彼が、本来狩られる側のはずの少女に。
「だ・め・よ。私、まだ遊び足りないの♪」
そして、薄汚れた都会の雲が去り、かすかな月明かりが。
今宵の狩人、残虐なる捕食者の姿を照らす。
返り血に濡れながら、無邪気なまでに微笑む黒髪の少女。
ゴシックロリータと言うべきか、カラスの羽根のように黒いドレスを翻す、あどけない少女。
だが、男は知っている。否、知ってしまった。
これは、少女の姿をした死神だ。獰猛な殺戮者だ。 そのドレスの下に隠された、物理的にあり得ない量の銃器が、少女を犯そうとした仲間達の頭蓋を、熟れたトマトのように破裂させるのを見たのだから。
今、その銃口が彼自身にも向けられているのだから。
「じゃあ次は耐久ゲーム、ぱちぱちぱち♪ 今から一発ずつ貴方を撃つけど、何発まで生きてるかな♪」
あくまで笑顔のまま、狂気を孕んだ笑顔のままで、少女は引金に指を掛ける。
ああ、地上のディストピア。神よ我らを捨てたもうか、背徳の光景。理不尽な悪意の銃弾が、男の命を絶とうとする。
その時だった。
「そこまでよ」
涼やかな声に続き、銃声より遥かに鮮烈に、雄々しく夜闇を切り裂く轟音。
地上の悪を断罪する、神の雷の音!
天より放たれ大地を穿つ、裁きの光。
激しくスパークする稲妻を纏い、西洋騎士のランスを思わす突撃槍が、殺戮者の眼前に突き立つ!
「これ以上は見過ごせないわ。『蹂躙の魔法少女』!」
ビルの上に立つ、新たな少女。
槍を投げたのは、長いプラチナの髪を風に靡かす、蒼い瞳の美少女。
まるで物語から抜け出たような姫騎士風の鎧、髪と共にはためくマント。
神聖なオーラさえ纏った彼女の姿に、殺戮遊戯に水を差された黒ドレスの少女、『蹂躙の魔法少女』は憎々しげに唇を噛む。
「貴女は……『殲光の魔法少女』!」
『殲光の魔法少女』。そう呼ばれたプラチナブロンドの少女は、ビルから飛び降り、軽やかに着地。自らの武器である、雷光の槍をアスファルトから抜く。
ちらりと背後を振り返るが、
(……助けられなかった)
そんな風に表情が曇る。
……男は既に、あまりの出血に息絶えていた。
「……これで何人目? この街で続いてる銃撃殺人事件、貴女の仕業でしょう?」
静かな怒りが、蒼い瞳の中に電光を走らせる。
「あはっ、あははははは♪ 文句でも有るの、優等生さん?」
だが、黒ドレスの少女も怯まない。
「魔法少女以外を殺しちゃいけないなんて、そんなルールは無いじゃない♪」
「……でも、あまり目立たれても困るな。僕としては」
冷静にたしなめる声。それは、騎士風の少女の足元から聞こえた。
「魔法少女は、まだ100人揃ってない。戦いは、始まってさえいないんだから」
声の主は、人の姿でさえなかった。
純白の毛並みを持った、小さな子犬のような、リスのような動物。だが、その瞳は獣にあらず、高い知性の光が宿っていた。
明らかに日常の世界を逸脱した、人語を話す獣。だが少女達は、すでに彼の存在を知っている。
彼は審判。
少女達が参加する、奇跡の儀式、戦いの儀式の裁定者である。
「だーかーらぁ、早く殺し合おうよ♪ いつまでも始まらないから、暇つぶししてるんじゃない♪」
蠱惑的な表情で、手にした銃に舌を這わせる黒ドレスの少女。
きっ、と彼女を睨む騎士風の少女を尻尾で制し、白い獣は諭す。
「適格者を見つけるのも大変でね。我慢してよ、あと一人で100人揃うんだから」
雌雄を決する時は遠くない。望み通りの決闘は、間もなく開始される。
獣は、そう告げて、対立する少女二人を下がらせる。
「そう、もうすぐ始まるよ。魔法少女100人の聖戦。ただ一人の勝者が『奇跡』を掴む、決闘の儀式が」
運命の夜は近い。
最後の魔法少女の覚醒、開戦の夜は。