〈8〉
昼休み、風の冷たい屋上で。
「……来たわね」
セーラは、黒崎那由他と対峙していた。
黒ドレスの殺人鬼「蹂躙の魔法少女」、黒崎那由他。
けれど今は、無害な一高校生にしか見えない。
……その瞳の底に輝く、嗜虐的な光を除いては。
間合いを取る。
今はどちらも、魔法少女に変身はしていない。
「心配しなくても、今やり合うつもりはないわよ。『伝令者』から聞いてないかしら、変身するにしたって、魔力の高まる夜でないとね」
「……そうかい。じゃ、今ならあんたを叩きのめせるわけだ」
魔法無しの喧嘩なら、自分が勝つだろう。セーラは揺さぶりを掛けてみるが、
「ふふ、やってみる?」
唇をぺろりと舐めて、好戦的な獣の眼をする那由他。
その表情に、セーラはここでの決着を諦める。
魔法少女の契約をして、まだ1日。本当に夜しか変身できないのか、試してはいない。
「それで? アタシに何の用だ?」
脱色した長い髪を掻きながら、セーラはため息交じりに聞いた。
「あら、貴女の方こそ私に、色々聞きたいのではなくて?」
屋上のベンチに座り、弁当を広げながら那由他。
のり弁に、ウインナーや玉子のシンプルなおかずだ。
一緒に座ることはせず、フェンスの金網に背中を預けてセーラは、買っておいた焼きそばパンを食い千切る。緋川セーラが雌オオカミに例えられる所以の、ワイルドな仕草だ。
「100人の魔法少女で戦って、最後に残った1人が奇跡を手に入れる。そんなルールだったな」
「そうよ、その為に皆、あの白いのと契約したわけ。私は2か月前ね。古い子だと、10年前らしいけど」
玉子を箸で口へ運びながら、那由他は答える。どうやら本当に、今戦うつもりは無いらしい。
「……ああ、言っとくけど。主催者のコトとか聞いても無駄よ。私も知らないから」
セーラの視線に、那由他は箸を振りながら、
「他の子の情報だって、期待しないでね。厄介な奴が『殲光』と『鉄騎』、ってくらいかしら、私が分かってるのは。でも、それもどうでもいいよね?」
うっとりとした瞳で、
「どうせ貴女、私に殺されるんだし。……ああ、早くハラワタ引きずり出してあげたいわぁ♪」
そんな挑発は無視して、セーラはパックの牛乳をストローでひと啜り。
「あんたも、願う『奇跡』だかが有るってわけか」
「あら、聞きたいかしら?」
悪戯っぽく、と呼ぶには凄惨過ぎる那由他の笑みに、セーラは首を横へ振る。
「……やめとくぜ。どうせ、ろくなものじゃないんだろ」
「あはっ、あははははははっ♪ 賢明よ、それが」
腹を抱え、耳障りに笑う那由他。
やっぱりこの女からは、嫌な臭い……血の臭いがする。
あまり仲良くはなりたくない……必要なければ関わりたくもない手合いだ。
それでもセーラは、1つだけ聞かずにいられなかった。
「あんたが、学校を休んでた理由だけど。両親が、この銃殺事件の最初の被害者だっていう……」
ごくり、と息を飲んだ。
「あんたが、殺したのか?」
「……調べたのね。先生にでも、聞いたのかしら」
那由他の瞳に、冷たい憎悪が危険な光を走らせた。




