〈4〉
その夜の戦いは、痛み分けに終わった。白い獣いわく、魔法少女同士の戦いが一般人の目に触れるのを、儀式の主催者は好まないのだという。
「……ただいまー」
大都会、美咲台の一角。高台のマンション。
セーラが帰宅する頃には、時計の針は夜9時を回っていた。
「うっわ、酒臭ぇ」
家に入るなり、顔をしかめる。
「ぐすっ、遅ぇーぞセーラぁ!」
泣きながら、缶ビール片手に。リビングからふらふら歩いて来るのは。
「あたしをぉ、独りにするなよぉ。寂しいじゃねーかぁ!」
「……酔ってるな、母さん」
酒臭い息を吐きながら、子供のようにぽろぽろ涙を零す母……緋川聖名子。
脱げそうなTシャツにホットパンツ姿と、ずいぶん寛いだ、というより、だらしない格好だ。
ふう、とため息を一つ吐き出し、靴を脱いでセーラは、母を抱き止める。
「ごめんな、遅くなって。もうちっと、早く帰るつもりだったんだけど」
背中を優しく撫でてやる。
今宵の騒動で、セーラの着る制服には飛び散った血の跡がついているのだが。
泥酔した母がそれに気付かないのは、幸運だったかもしれない。
「……ぐすっ」
どちらが娘かわからない。子供のように泣きじゃくりながら、母はセーラの胸にすがる。
「今日はよぉ、ひろしさんの命日なんだぜ? 寂しいんだよぉ、飲まねーとよ」
そう、今日はセーラの父が、2年前に殉職した日。
「セーラも帰るの遅いし……何かあったらって思うと私、私はさぁ?」
「……ごめん。ごめんってば」
頬を寄せて、頭を撫でて。母を安心させてやる。
……でも、本当のことは言えない。死線を潜り抜けてきただなんて。
父と同じに、帰れなかったかも知れないなんて。
魔法少女に、なっただなんて。
「セーラぁ、お前は、どこにも行くなよ? 危ないコトに、首突っ込むんじゃねーぞ?」
「……大丈夫だよ、アタシは」
だから、嘘をついた。
「アタシは、母さんを心配させるようなコト、しねーよ。約束する」
・ ・ ・
酔っぱらって眠りこける母をソファーに運び、毛布を掛けてあげて。
血の付いた制服をとりあえず洗濯機に放り込み、下着を脱いでセーラは、シャワーを浴びることにした。
高校一年生の女子としては、身長は平均より高め。
腰は細く、脚は長く。バストは84、なかなかのモデル体型である。
所々に喧嘩の傷跡が残るものの、全体的には肌も綺麗で、美人であることは疑いない。
一般的な魔法少女のイメージ……幼く可憐な姿とはかけ離れた、しなやかな雌オオカミといった印象ではあるが。
「……ん、気持ちいいな」
裸体に、頭からシャワーを浴びて。染み付いた血と汗の臭いを流し去ると。
……なんだか、今夜の出来事が夢だったように思えてくる。
魔法少女に変身して、命懸けで戦ったこと。
拳を振るった感触、武器の重み。
そして、胸に点った、あの熱い炎も。
全て一夜の夢で。
母さんの望み通り、アタシは危険に首を突っ込むようなことはせず、明日も変わらない日常が続いて……。
しかし。浴室から出て部屋着に着替え、頭をタオルで拭きながら自室のドアを開けると。
開けてあった窓から、
「待っていたよ、緋川セーラ」
純白の毛並みの、子犬のような動物……愛らしい姿の動物が、人間の言葉で話しかけてきて。
夢じゃないぞと、セーラに教えるのだった。




