〈2〉
「あはははははははははは♪ そんな丸腰でッ!!」
『蹂躙の魔法少女』黒崎那由他。その両手に構えた機関銃から放たれるは、死を運ぶ弾丸の嵐。
弱者を踏み躙り、虐げる悪意の嵐。
だが。
(イメージしろ)
緋川セーラの心に、今、恐怖などは無く。
(イメージしろ。あの悪意を、焼き尽くすチカラを!!)
あるのは、炎だけ。胸を焦がす、世界さえ焼き尽くす炎だけ。
脳裏に浮かぶ力あるビジョン、神話にいう炎の剣のように。
剣であり、翼である炎を心に描く。
「炎よ、翔けろ!!」
見よ、セーラの背中から、一対の巨大な炎が。激しく燃え盛る火炎が噴出するではないか。
それは翼の形に。大いなる不死鳥の、天翔ける翼の形を成して。
主を護るように、セーラへ迫る銃弾を薙ぎ払う。
「……素晴らしい魔力だ」
見守る白い獣、リスとも子犬とも取れる謎めいた獣「メッセンジャー」が、思わず唸る。
炎のひと薙ぎに、黒崎那由他の放った弾丸は。秒間数百発にも及ぶ、人間の肉体など粉々にするはずの破壊のつぶては、まるで飴細工のように炎に溶けたのだ。
「ば、ばかなッ!?」
驚愕。那由他は思わず目を剥く。
無理もない、物理的にはあり得ないことだ。弾丸が炎に触れただけで溶解するなど。
一瞬で焼失するなど。
しかし。炎の翼を広げ、拳を構える緋川セーラの姿を見れば。その激しくも美しい姿を見れば。
否応なしに知るだろう。この炎こそは、精神の炎。全てを灰にする、魂の炎であると。
その熱さに、限界など無いのだと!
「やれる、この炎なら。アタシの炎なら!」
「な、なめるんじゃないわよッ!?」
獣の速度で、地を飛ぶように駆けるセーラ。
近寄らせじと、銃弾を、銃弾を、銃弾をばら撒く那由他。
ああ、もはや常人には目で追うことも適わぬ神速の攻防。赤と黒、二つの彗星のぶつかり合うがごとき、圧倒的質量を帯びた暴力の激突が。炎と魔弾が、廃工場を震撼させる。
だが、その疾さ。セーラがわずかに上を行く。流れる炎は弾丸の速度を上回る。
襲い来る銃弾の雨嵐を、あるいは炎を呼び焼き払って。
あるいは壁を、天井を蹴り、空間を自在に駆け巡って回避。
そして。那由他の機関銃が弾切れ。魔法で創られたとはいえ、那由他の銃は現実のそれを再現したモノなのだ。
「……ちっ!」
舌打ちする那由他。だが一秒あれば。一秒あれば次の銃を弾丸ごと生成できる。
しかし。魔法少女の戦いにおいて、その一秒は。
物理法則を遥かに凌駕する、戦闘女神たちの戦いにおいては!
その刹那さえも、致命的な隙。
「……!?」
那由他が驚きの声を上げるよりも先に。セーラはその懐へ潜り。
「おらぁぁぁーッ!!」
灼熱! 燃える拳が那由他の黒ドレス、その鳩尾を捉える!
「か、はっ!?」
重い一撃に、身体をくの字に折り曲げて、胃液を吐瀉する那由他。
「……このぉッ!」
今や美貌を憎悪に染めて、生成終わった左手の機関銃を振り回し。
セーラめがけ銃を乱射するが。
「遅いッ!」
セーラは身体を床に叩き付けるような勢いで身を沈め、銃弾を回避すると同時に、素早く。
全身のバネを使い、地面すれすれの位置で回転、那由他へ足払い。
無論、大剣を振り抜くような威力。
「なっ……!?」
重力を失ったように床から浮いて、那由他の身体が空中を一回転するのを。セーラの更なる追撃。
渾身の右ストレート、爆炎のナックル!
「喰らいなぁッ!!」
その拳は、那由他の顔面を捉えた。
声にもならない悲鳴! 鼻の骨がひしゃげる音、歯が砕ける音。
凄惨な音を引きずり、殴り飛ばされた那由他は廃工場の壁に激突する。
崩れる壁、濛々たる土煙。
拳に炎を纏ったまま。セーラは倒れ伏す那由他を睨む。
「……女を殴るのは、趣味じゃねえが」
形の良い眉を、嫌悪にひそめるセーラ。だが、相手は銃で武装した殺人鬼である。
魔法少女の力を手にしたばかりの彼女に、余裕のあろうはずもない。
しかして、見破ってもいた。
この敵は。黒崎那由他は。
(こいつは、喧嘩慣れしてねえ)
彼女が、那由他が今日まで行ってきたのは。ただの虐殺だ。ストリートギャングやチンピラといえど、機関銃を持った相手に何が出来よう。弱者を蹂躙する、一方的に、虫のように踏み潰す。それが黒崎那由他の行ってきたコト。狩る者と狩られる者が予め定められたそれを、戦いなどとは呼べない。
ゆえに。初めて経験する魔法少女同士の戦闘。互いにその喉を食い千切る力を有した同士の激突において。
喧嘩に慣れたセーラに後れを取るのは必然であった。
「くっ、こんなの! 認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない、認めないッ!!」
涙を、鼻血をぼたぼたと零しながら、顔を抑えて立ち上がる那由他。
幸いというべきか、魔法少女に備わった自然治癒能力で、その美しい顔立ちは元に戻っていくが。
屈辱。動揺。血が噴き出るほど強く噛み締めた唇。
魔法少女になって以来、かつて味わったことの無い憤怒が。
那由他の顔を、悪鬼のごとく醜く歪ませてしまうのだった。
「私はッ! 殺すんだ。魔法少女も、何もかも! 殺して、殺してッ……!」
絞り出すように呪いの言葉を吐き出す那由他。
その憎悪と共に。黒いオーラが、膨大な魔力が立ち昇るのをセーラは知覚する!
「……来るッ!」
押し潰されそうなまでの殺意! 重力を帯びるかとさえ思える殺意が。
セーラの全身に覆い被さってくる。
これは。生半可な炎では焼き尽くせない。冷たく重い、絶望の銃撃が。
来る!
「あはっ♪ あははははははははははははははーぁははははぁ♪」
壊れたように狂い笑いながら! 那由他はいくつも、いくつもの機関銃を召喚する。
黒い魔力を纏い、主の意のままに死の銃弾をばら撒く、虐殺兵器群を!
両手の分だけでなく、空中にも無数に浮遊するマシンガン。
戦慄。この銃たちは、那由他が引き金を引かずとも、魔力によって操作されるのだ。
「……さあ、踊りなさい」
憎悪が沸点を超えすぎたか、冷たい氷のような表情で。黒崎那由他は、死を宣告する。
「ちぃッ!!」
炎の翼を展開するセーラ。だが、これでは足りない。
目の前の暴威は、この護りを突破する。それをまざまざと予感させてしまうほどに、那由他の黒い魔力は圧倒的だった。
(なにか、なにか武器は……!)
セーラの背筋が凍る。炎の熱さえ吹き飛ばして、絶望の風が吹き付ける。
そこへ。
まるで心を読んだように。
「武器なら、あるよ」
それまで静観していた白い獣が。
廃工場の窓辺から飛び降り、セーラの足元に着地する。
「右手をごらん。そのブレスレットに、君の、君だけの武器が内蔵されている」
場違いなほど冷静に、セーラへ告げる「メッセンジャー」へ。
那由他が怒りをぶつける。
「なんのつもりよ! 貴方、審判でしょう!? 中立のはずよ!?」
その声に振り返りながら、
「緋川セーラは、魔法少女になったばかりだ。フォローは必要だろう? ……それに」
那由他へ告げる。
「黒崎那由他。君は、無関係の人間を巻き込み過ぎた。ペナルティが必要と、思っていたんだよ」
彼の冷徹なまでの言葉に、那由他はわなわなと震え。血管が切れる音。
「ふざっ、けるなぁーッ!!」
激高した那由他、引き金に指を!
それを制止する替わりに白い獣は、セーラへと。叫ぶ!
「さぁ、手を掲げ、その銘を呼ぶんだ! 緋川セーラ、君の刃を! 君の運命を切り開く、剣の名を!!」
「アタシの……剣!」
変身の時と同じく。セーラの胸を、内的宇宙を。
燃え盛る炎が充たす。右手のブレスレット、そこにはめられた真紅の宝玉が。
マグマのように熱い輝きを放つ!
そして浮かぶビジョン! 自らの武器の姿!
其は紅炎の刃。太陽から迸る紅炎のような。
運命の鎖を焼き切る灼熱の刃。
立ちはだかる全てを粉砕し、破壊し! 未来を切り開く!
……燃える刃の、超重量級斧槍。
その名を、呼べ。叫べ、セーラよ。
己が正義を乗せるべき、分身の名を!! 高らかに叫べ!
「来い、『プロミネンスセイバー』ーッ!!」




