〜狂気〜
「よくここを訪ねる気になったね。帰省本能が働いたかな。それにしても君にはがっかりだ。ほとんど生身じゃないか、それじゃあ長くはもたないな」
は?何言ってんだこの人は?十年ぶりの再会だってのにいきなり訳の分からないことを。もっと他にあるだろうが。
けど、やっぱり変だ。この異様な落ち着き方、とても無関係とは思えない。
「先生は、何か知ってるんですか。あの事件のこと・・・」
相変わらず笑顔は絶えない。だがその笑顔はどこか深く、暗かった。
「知ってるかだって?それは君の方がよく知ってるんじゃないのか?君はあの場所に居て、犯人が誰かも知ってると思うがね」
ガン!古びた煉瓦の壁に亀裂が入る。血管が浮き出て腕がパンパンに膨れ上がる。真っ赤になった拳が小刻みに震える。
「やっぱりアンタ何か知ってんだな・・・!勇気も雅哉も俺も!共通点はここの出だって事だ!答えろ!雅哉は消えちまって勇気はでけぇ化け物になっちまった!それに俺の体!この目はどうなってんだ!」
勢いよく外したサングラスを投げ捨てると真紅の眼が姿を現した。その醜く変貌した眼を見て男は一層深い笑みを浮かべた。
「ほう!完全な失敗作という訳でもないわけだ!人格がある分これはこれで成功か!どうだね新しい体は!その様子だと身体能力も上がってるんじゃないかね?!君は基礎が他より数段上だっただけに欠陥が判ったとくは肩を落としたもんだ!いやはや実に素晴らしいな君は!いつも我々の期待を上回る!」
男はひたすら歓喜の声を上げた。男の笑い声が静まり返った地下室に反響する。異常だ。狂ってる。何だっていうんだ一体。
「雅哉は何処だ・・・アンタなら知ってるんじゃないのか・・・アイツは無事なのか・・・?」
震えた声で一語一句噛み締める。もう意識が吹っ飛びそうだ。今ここで思い切り刀を振り回したらさぞ爽快だろう。
「君は相変わらず優しい男だな。こんな時でも友の身を安ずるか。安心したまえ彼はここに居るよ。君と同じく本能に習ってね。そうだ、一ついいかね?君の親友の倉西君なんだがね、いくら待っても帰って来ないんだよ。本当なら今頃戻って来てる筈なんだが・・・一緒にいた君なら何か知らないか?」
真司の鼓動がドクンと高鳴る。死の感触が甦ってきた。
「あいつは・・・死んだ・・・俺が・・・この手で・・・殺した・・・」
震える真司を見て男は呆気にとられた。予想だにしなかったようで口をポカンと開けた。なんとも間抜けなその表情が徐々に形を変えていく。俯いて肩を震わしたかと思うと、今度は豪快に笑い出した。
「クク、死んだ?君が殺しただって?アッハッハッハ!こいつは驚いた!つくづく君には驚かされる!覚醒して間もないとはいえ、遥かに劣るその肉体で完全体の彼を死に致らしめるとは!気が変わった、こいつは最高の余興だ。いいだろう、全てを教えてやる!」
男に誘われて真司は外に出た。陽はすでに傾き始めていて二人を朱く染め上げた。ポケットに手を突っ込んで地下の入口にもたれ掛かると男は葉巻に火をつけた。
「君の考え通り、ここはただの孤児院じゃない。差し詰めここは人体実験のための資材置場といった所かな。そう睨むな。どうせ朽ちるはずだった身だろう?一時とはいえ人並みの人生が送れたんだ。有り難く思いたまえ。そして君らはその実験体の被験者だ。題目はヒトと他種の遺伝子の融合。ちなみに君はシリアルナンバー0808、君のモデルはタカとジャガーの二種を掛け合わせてみたんだが結果は失敗、肉体は不完全で欠陥も見受けられる。そんなに長くはないだろう」
左腕にズキンと痛みが走る。言われなくても分かってる。この痛みが何を意味するのか。
「そんなことはどうでもいい・・・なんのためにこんなことをする。何が目的だ?どうせろくでもないことだろうがな」
男はニヤリと笑いを浮かべた。夕焼けが彼を怪しく照らす。もう後には戻れない。再び男の口から紡ぎ出された言葉が彼を暗き輪廻へと誘う。