〜孤独〜
結局雅哉は見つからない。家まで訪れてみたものの、親御さん達の遺体しか見つからなかった。 それにしても、この惨状は誰の仕業だ?明らかに人にできる芸当じゃない。いや、俺は心のどこかで結論付けていた。もしかしたら雅哉の仕業かもしれない、と。
突然化け物と化した勇気、俺の体の異常、忽然と姿を消した雅哉。馬鹿げた話だ。そう心の中で笑い飛ばすがどうしても否定仕切れなかった。
「そんな訳ねぇ・・・馬鹿げてる!これは事故か何かだ・・・そう!さっきの地震だ!そうに決まってる!」
壁に叩きつけた拳の痛みがこれが夢でないことを語る。真司は今自分の家へと足を運んでいた。 周りを見る限り、ここら一帯に生存者はいそうにない。取りあえずは家へと向かう。こんな時でさえ身内の生死を気にかけようとしない自分の度の過ぎた諦観に嫌気がさす。複雑な気持ちのまま、着いてしまった。
酷い有様だ。門は崩れ道場も半壊。そして嫌というほどに飛び散った肉片の数々。何度見ても胸が悪くなる。込み上げてくるものを堪えてなんとか前へ進む。
軋む床、年季の漂う木材の匂い、清らかな静寂。中は思ったよりも綺麗で、まるでここだけが切り離されたようだった。その中で一つ、一層目を引くものがあった。
壁に架けられた二振りの日本刀だった。躊躇うことなくそれを手に取り鞘から抜く。よく手入れされたそれは不気味に静かな光を放っていた。ズシリと手に掛かる重量感に思わず唾を呑んだ。今自分の手に握られているのは人殺しの道具だ。
分かっている。だけど仕方がないんだ。もしこの惨事を起こしたものと遭遇すれば自分も危ない。そうだ。別に誰かを殺すわけじゃない。あくまで護身用に持って行くだけだ。
そう自分に言い聞かせて震える手で二本の刀を握りしめた。別に傷つけるのが恐い訳じゃない。死が恐いわけじゃない。ただこの手に握られた力の大きさに戸惑ってるだけだ。
誰かが聞いてるわけでもないその強がりを必死に心の中で叫んだ。
父と母の身に着けられていたと思われるものを台所で見つけた。引き裂かれた紺のネクタイと血に染まったエプロンだった。そこにあったのは遺体ではなくあちらこちらにあるものと同じ飛び散った肉片だった。
両親の死を目の当たりにしたというのに不思議と涙は出ない。俺にとってこの両親はその程度のものだったのだろうか。何も、感じなかった。憎しみも悲しみも怒りも。あらゆる感情が消え去り残ったのは言いようのない虚無感だけだった。
家を後にした真司は生き残りを探して再び歩き出した。だが数分もしないうちに歩みを止めて立ちすくんだ。溜め息を漏らして顔を上げた。
何も・・・ない。そう何も。在るのは物語らぬ死体の山と何処までも続く深紅の斑道だった。
今や自分は全てを失った。両親は死に、親友も姿をくらました。全てを失って真司は悟った。
また始めに戻ってしまった、と。
思い返せば俺の人生の第一歩も空白から始まった。何も持たずして生を受けたこの世に物請いをする事自体が間違いなのかもしれない。ただ始めに戻っただけだ。あの肥溜めのような路地に捨てられた時のように。
幻と現実を取り違えてしまっていたのかもしれない。あまりにもあの日常が眩し過ぎたせいで。何も持っていなかった俺に、幸せになることは許されなかったのかもしれない。代価なくして物を得られないように・・・
やっぱり、俺はずっとこんななのかなぁ。いつも捕まえたと思ってもスルリと逃げていく。もう誰も俺を見てくれないかもしれない。そう考えたら、急に恐くなった。涙が、ゆっくりと頬を伝った。
先生、俺また独りになっちゃよ。せっかく先生が居場所を見つけてくれたのに。先生が手を差し伸べてくれたのに。やっぱり弱いのかな俺って。
先生に、会いたいな。
そう小さく呟いて真司はハッとした。そうだ、孤児院を訪ねてみよう。 あまり期待はできないが、もしかしたら何か解るかもしれない。物心着く前からあそこにいたのだ。希望はゼロじゃない。行き先が決まると、真司は涙を拭って歩き出した。横たわる死体の群れに目もくれることなく。 もう真司の頭の中には大切な人達の死も薄れていた。その目には恐ろしい程の期待が充ちていた。これだけの惨事があったというのに。だが、誰もそのことに疑問を抱く者はいない。目指すはセント・アディエマス孤児院。もはや真司の頭に両親の死は存在しなかった。彼の思想は、もう人のそれではなかった・・・