〜異変〜
「じゃあ、またな」
そう言って二人と別れて家の門を開けた。中々立派なこの門は剣道場の入口で、うちの家は道場を開いている。これがなかなか名の知れた流派で俺も噛っている。
道場から聞こえてくる掛け声を過ぎて家のドアを開けると、いつもと変わらぬ母さんの
「お帰りなさい」
が俺を出迎えた。母さんの声は温かい。家というのはやっぱりいいもんだとつくづく思う。
靴を脱いでリビングに入ると先程の考えを多少改めた。居た。明里だ。この女だけはどうも気に食わない。横目で俺を睨みつけると噛み付くように言い放った。
「アンタ、また喧嘩したんだってね。いい加減にしたら?アタシはアンタが怪我しようが死のうが興味ないけどとばっちりだけはゴメンなのよ。
少し成績が良いからって調子に乗ってるんじゃないわよ。アタシはアンタと違って和平第一なんだから」
またいつものグチだ。全くもって虫酸が走る。こういう類の平和主義者は偽善の塊だ。口先だけでは愛だの平和など綺麗事を並べているがただ自分が厄介事に巻き込まれたくないだけなのだ。
それに成績は関係ないだろうが。単なるやっかみだ。それからこいつには俺を嫌うとっておきの理由がある。
実は俺はこの家の本当の子ではない。俺は養子でこの家の誰とも血は繋がっていない。もちろんこの女ともだ。嫌う理由は余所者だからというだけではない。
十年程昔、本来ならこの家にはもう一人子どもが生まれるはずだった。しかし不良の喧嘩に巻き込まれて流産。以後この家に子どもが生まれる事はなかった。
道場の後継ぎという事もあり連れて来られたのが俺だ。その俺がこんなもんだからこの女は大層御立腹で俺を目の敵にしてる。正直迷惑な話だ。
こういう手合いは真面目に相手をすべきではない。適当に相槌を打ってさっさと2階へと上がる。今日は夕食の後に雅哉達と約束がある。一応宿題に手を着けておく。
1時間もすると夕食ができた。いつもと変わらぬ食卓。早々と食事を済まして早速家を出る。明里は相変わらず俺には無関心だったが母さんは別だった。
「気をつけてね。遅くならないようにね」
母さんの心くばりもこの時の俺の耳には入らなかった。いつも通りの同じ言葉。これが最後の言葉とも知らずに。
家を出ると早速自転車に跨がり約束の場所へと向かう。静まり返った闇夜をただただ突き進む。 まるで引き返すことのできない奈落へ沈んで行くように・・・・・
自転車を留めて寂れた建物へと入って行く。未完のこの寂れたビルは欠陥が見つかり建設中止となった。取り壊すのにも金が掛かるという事で今は放置されている。
10階ほど上がると男が二人。雅哉と勇気だ。軽く挨拶を交わしていつものように菓子を囲んでしがない会話で盛り上がる。やっぱりここが俺の居場所だ。こいつらといると考えることも悩むこともない。腹を割って自分が出せるからだ。
あっという間に時間は過ぎて夜も更けてきた。そろそろ帰ろうか。その時、事件は起きた。
「おい、なんか揺れてないか?」
「地震・・・?ねぇ、ここ危ないんじゃないの?」
小さな揺れは一向に止まない。ここは欠陥ビルだ。地震なら危険だ。早々にその場を離れようとした、その時だった。
「っつあ!頭が・・・いってぇ・・・・・!」
「何これ・・・真ちゃん・・・・・」
突然の頭痛に俺たちは思わず膝をついた。耳鳴りまでしてきやがった。頭痛はどんどん酷くなっていく。頭がかち割れそうだ。全員その場で悶えることになった。
イテェ!頭が、割れる!死ぬ!やばい。このままだと本当に死んでしまう。
頭痛はますます酷くなり、意識は薄れてきた。痛みは容赦なく襲い掛かる。もう、限界だ。
俺達はその場で事切れた。闇を切り裂くような断末魔をあげて・・・