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もうすぐ着くと言う友達の状況は分からん件(読み切り)

作者: San
掲載日:2026/10/15

待ち合わせの時間より、十五分早く着いた。


 別に、早く来たかったわけではない。


 ただ、家を出る時間を少し間違えただけだった。


 駅前の広場には、休日らしい人の流れがあった。


 買い物袋を提げた人。


 スマートフォンを見ながら歩く人。


 誰かを待っているのか、柱のそばに立っている人。


 僕も、その中の一人になった。


 約束した時間まで、あと十五分。


 僕はベンチに座り、スマートフォンを取り出した。


 友達からの連絡はない。


 まあ、いつものことだ。


 あいつは時間に関して、少しだけ適当なところがある。


 五分くらい遅れることは珍しくない。


 だから、そのときは何も気にしていなかった。


 やがて、約束の時間になった。


 僕は顔を上げた。


 人の流れを眺める。


 見覚えのある顔はいない。


 もう一度スマートフォンを見る。


 連絡はない。


 五分。


 さらに五分。


 僕は立ち上がった。


 駅の入口を見た。


 もしかしたら、今ちょうど出てくるところかもしれない。


 そう思って待った。


 けれど、出てくる人の中にあいつはいなかった。


 さらに三分待ったところで、電話をかけた。


 呼び出し音が鳴る。


 一回。


 二回。


 三回。


 出ない。


 切ろうとしたところで、突然つながった。


「もしもし?」


「おい。今どこ?」


「ああ、今?」


 少しだけ間があった。


「もうすぐ着く」


「もうすぐ?」


「うん。もうすぐ」


 その声は、妙に普通だった。


 焦っているようにも聞こえない。


 僕は駅の向こう側を見た。


「どの辺?」


「えっと……もう結構近い」


「近いってどの辺だよ」


「だから、もうすぐ」


「それ、さっきも言っただろ」


「あはは。まあ、あとちょっとだから」


 電話が切れた。


 僕はスマートフォンを下ろした。


 そして、駅前を見渡した。


 もうすぐ。


 普通に考えれば、あと数分という意味だ。


 でも、あいつの場合は違う。


 あいつの「もうすぐ」は、信用できない。


 僕はベンチに座り直した。


 五分経った。


 来ない。


 さらに五分。


 来ない。


 僕は時計を見る。


 約束の時間から、もう二十分以上過ぎている。


 少しだけ嫌な予感がした。


 寝坊したのか?


 いや。


 さっき電話には出た。


 ということは、起きてはいる。


 家を出るのが遅れた?


 それなら「もうすぐ」と言うのはおかしい。


 電車に乗っている?


 いや、もし電車なら、駅までの距離くらい言えるはずだ。


 僕は立ち上がった。


 スマートフォンを握り直す。


 もう一度、電話をかける。


「もしもし?」


「今度こそ、どこ?」


「今?」


「うん」


「……歩いてる」


「どこを?」


「道」


「いや、それは分かってる」


 電話の向こうで、少し笑った。


「ほんとにもうすぐだから」


 そこで、僕はあることに気づいた。


 電話の向こうから、妙な音が聞こえていた。


 風の音。


 そして、何か機械のような音。


 僕は耳を澄ました。


「……お前、外にいる?」


「え?」


「今、外だろ?」


「うん。まあ」


 やっぱりそうだ。


 少なくとも家ではない。


 なら、本当に向かっているのかもしれない。


 僕は少し安心した。


「じゃあ、あと何分?」


「十分くらい」


「十分?」


「うん」


「本当に?」


「本当、本当」


 電話が切れた。


 僕は時計を見た。


 十分。


 なら待てばいい。


 そう思った。


 けれど。


 十分後。


 来なかった。


 僕は笑ってしまった。


「……やっぱり嘘じゃん」


 怒っているというより、呆れていた。


 また電話をかける。


 今度はなかなか出ない。


 五回目の呼び出し音で、ようやくつながった。


「……もしもし」


「今度は何?」


「いや、何って?」


「十分って言ったよな」


「言った」


「十分経った」


「……そうだね」


「どこにいる?」


「だから、もうすぐ」


「その『もうすぐ』は禁止」


「え?」


「もうすぐ禁止。具体的に言って」


 沈黙。


 僕は待った。


「……あと、十五分」


「増えてるじゃん」


「いや、これは……」


「お前、もしかしてまだ駅にも着いてない?」


「……」


「図星?」


「いや、違う」


「じゃあどこ?」


「……ちょっと説明しにくい場所」


「何それ」


 僕は笑った。


 でも、笑いながらも少し不安だった。


 説明しにくい場所。


 そんなところ、あるだろうか。


 僕は駅前を見た。


 さっきまで普通だった景色が、少しだけ違って見えた。


 もし、本当に何かあったら?


 事故に遭ったとか。


 道で倒れたとか。


 電話には出ている。


 でも、それだけでは何も分からない。


「なあ」


「ん?」


「本当に大丈夫?」


 電話の向こうが静かになった。


「……大丈夫」


 その返事だけは、さっきより少し真面目だった。


「本当に?」


「本当に」


「ならいいけど」


「ごめん。もう行くから」


 電話が切れた。


 僕はスマートフォンをポケットに入れた。


 そして、ふと思った。


 あいつは嘘をつくとき、必ず「もうすぐ」と言う。


 昔からそうだった。


 宿題をやっていないときも。


 集合時間に遅れたときも。


 何かを忘れたときも。


 「もうすぐ」という言葉で時間を買おうとする。


 もしかして。


 まだ家を出たばかりなんじゃないか。


 僕はそう考えた。


 でも、さっき外の音がした。


 なら、家ではない。


 じゃあ、どこにいる?


 駅?


 違う。


 コンビニ?


 いや。


 もしかして、電車を降りたあと道に迷った?


 それなら説明しにくい場所というのも分かる。


 僕は地図アプリを開いた。


 約束した場所までの道を見る。


 駅からなら、普通に歩いて十分ほど。


 途中に大きな交差点が一つ。


 コンビニが二つ。


 公園が一つ。


 あいつが来るなら、どこかで見かけるはずだった。


 そのときだった。


 遠くから、こちらへ走ってくる人が見えた。


 僕は立ち上がった。


 黒い服。


 少し猫背。


 走り方が妙に変。


「……あいつ?」


 目を細める。


 違った。


 知らない人だった。


 僕はため息をついて座った。


 そして、またスマートフォンを見た。


 メッセージが一件届いていた。


『今、かなり近い』


 僕は画面を見つめた。


 かなり近い。


 さっきまでの「もうすぐ」と違う。


 もしかしたら、本当に近いのかもしれない。


 僕は立ち上がった。


 駅の出口を見る。


 交差点を見る。


 道路を見る。


 人の顔を一人ずつ確認する。


 そして。


 遠くから、誰かがこちらに向かって走ってくるのが見えた。


 今度は、見間違えなかった。


 あいつだった。


 髪は乱れている。


 息を切らしている。


 片方の靴紐がほどけている。


 そして、なぜか片手にコンビニ袋を持っている。


 僕は呆れながら笑った。


「……何してたんだよ」


 あいつは息を整えながら、僕の前で立ち止まった。


「ごめん」


「遅い」


「本当にごめん」


「もうすぐって何回言った?」


「……数えてない」


「こっちは途中から、お前がどこにいるのか推理ゲームみたいになってたぞ」


「ああ、それなんだけど」


 あいつは少し困ったように笑った。


「実はさ」


 そこで、物語は少し前へ戻る。


 同じ日の朝。


 僕が待ち合わせ場所へ向かっていた頃。


 あいつは――。


 眠っていた。


 目覚まし時計は、ベッドの横で静かに鳴り終わっていた。


 スマートフォンの画面には、何度も通知が表示されている。


 それに気づいたのは、約束の時間を二十分過ぎた頃だった。


「……ん?」


 目を開ける。


 ぼんやりと天井を見る。


 そして、スマートフォンを手に取る。


 時刻を見る。


 一瞬、意味が分からなかった。


「……え?」


 もう一度見る。


「……ええ?」


 飛び起きた。


「やばい!」


 布団を蹴飛ばす。


 服を探す。


 髪を整える。


 歯を磨きながらスマートフォンを見る。


 着信がある。


 友達からだった。


「終わった……」


 急いで電話をかけ直す。


「もしもし!」


『おい、今どこ?』


「今?」


 ここで正直に言えばよかった。


「今起きた」


 そう言えばよかった。


 でも、口から出た言葉は違った。


「もうすぐ着く」


 言ってしまった。


『もうすぐ?』


「うん。もうすぐ」


『どの辺?』


「もう結構近い」


 電話を切る。


 そして、本人も気づいた。


「……まだ家じゃん」


 急いで靴を履く。


 玄関を飛び出す。


 走る。


 走りながら、また電話が鳴る。


「もしもし!」


『本当に近いの?』


「うん!」


『今どこ?』


「歩いてる!」


 嘘だった。


 歩いているどころか、全力で走っていた。


 そして、最初のトラブルが起きた。


 交差点に着いた瞬間、信号が赤になった。


「なんで今!」


 立ち止まる。


 赤信号を見つめる。


 時間が過ぎる。


 焦る。


 青になった瞬間、走り出す。


 その先で、今度は道を間違えた。


「あれ?」


 気づいたときには、見覚えのない道だった。


 スマートフォンを見る。


 地図を見る。


「こっち……?」


 逆だった。


「うそだろ……」


 急いで戻る。


 途中でコンビニの前を通った。


 そのとき、朝から何も食べていないことに気づいた。


 でも、そんなことを考えている場合ではない。


 走る。


 走る。


 そして、ポケットを探る。


「……?」


 財布がない。


 立ち止まる。


「財布……」


 さっき家を出るとき、机の上に置いたままだった。


 戻る。


 戻ったところで、玄関の鍵を閉めたか不安になる。


「……もういい!」


 そのまま財布を取って再び走る。


 そして、ようやく駅へ向かう道に戻った。


 その途中で、友達から電話が来た。


『今度こそ、どこ?』


「今?」


 一瞬、正直に答えようとした。


 でも。


「……歩いてる」


 また嘘をついた。


『どこを?』


「道」


『いや、それは分かってる』


 電話の向こうで笑っている。


 その笑い方が、少し怖かった。


「ほんとにもうすぐだから」


 そう言って電話を切る。


 走りながら、友達のことを考える。


 きっと今頃、かなり怒っている。


 でも、もう少しだ。


 あと少し。


 本当にあと少し。


 そう思っていた。


 ところが。


 駅前の大きな交差点を渡ろうとしたところで、人の列ができていた。


 工事の影響で歩道が一部通れなくなっていた。


「嘘だろ……」


 遠回りするしかない。


 そこで、また時間が過ぎた。


 ようやく駅前が見えた。


 スマートフォンを見る。


 友達からメッセージが来ている。


『今、かなり近い?』


 指が止まる。


 正直に言えば、


「今、駅の手前」


だった。


 でも、送ったのは、


『うん。かなり近い』


 だった。


 そして。


 ようやく待ち合わせ場所が見えた。


 そこには、ベンチに座った友達がいた。


 立ち上がった。


 こちらを見ている。


 怒っている。


 でも、少し笑っている。


 僕は最後の力を振り絞って走った。


 そして、ようやく到着した。


 友達は僕を見るなり言った。


「で?」


「……うん」


「結局、何してたの?」


 僕は答えようとした。


 寝坊。


 信号。


 道間違い。


 財布。


 工事。


 いろいろあった。


 でも、全部説明するのは面倒だった。


 だから。


「もうすぐ着くと思ってた」


 そう言った。


 友達はしばらく黙っていた。


 そして、ため息をついた。


「お前の『もうすぐ』って、本当に信用できないな」


「ごめん」


「まあ、来たからいいけど」


「……ありがとう」


 友達は歩き出した。


「じゃあ行こう」


「うん」


 二人で歩き始める。


 僕はその後ろを追いかけながら思った。


 次からは、絶対に嘘をつかないようにしよう。


 今度こそ。


 本当に。


 もうすぐ。


 ――そのとき、友達が振り返った。


「ちなみにさ」


「ん?」


「途中で『何かあったのか』って心配したんだからな」


「ああ……」


「事故とか、道に迷ったとか」


「……」


「本当に心配した」


 僕は少し申し訳なくなった。


「ごめん」


「次はちゃんと時間通り来いよ」


「分かった」


「本当に?」


「本当」


「もうすぐ来るとか言うなよ」


「……分かった」


 二人は笑った。


 その日の待ち合わせは、予定よりずっと遅く始まった。


 けれど後になって振り返れば、二人にとって一番長く記憶に残ったのは、遊んだ時間ではなかった。


 「もうすぐ着く」


 という、たった一言を信じながら待っていた時間だった。

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