貧乏人呼ばわりは!!自衛官への侮辱であぁる!あぁ、差別。差別とは、かくも難しき、事なのかな。あなや
先日は古賀議員の発言が大炎上しているという記事を書かせていただきました。
この古賀議員の大炎上に続いて、小泉防衛大臣の、志を持ち志願して自衛官になった方々への冒涜に当たる発言。
並びに小泉防衛大臣に続いて同様の内容の発信をした議員さん方がですね。
主だった所では、玉木議員、原口議員が、現在、大炎上?しております。
大炎上?というのは、私、大炎上の定義が少し曖昧でして、擁護している人も多ければ相殺されて大炎上とはならないのかという所が、わかっておりません。
まぁ、とりあえず大炎上で良いでしょう。(適当)
大炎上の理由は、小泉防衛大臣、並びに主だった議員の発言、及び発信が、事実系列でいった時に貧乏人差別に当たるからです。
いや、差別って相当に難しいですね。
私から言わせれば、全員が全員、言葉足らずでしたし、差別の肌感覚がわかっていないようでした。
貧乏呼ばわりを自衛官への侮辱ととってしまえば、これ即ち貧乏人差別ともなってしまう。
ここに気付けない裕福な家庭出身の議員が、この件では軒並み引っかかっていますので、議員の出自による肌感覚は、意外と政治家にとっては大事な要素なのかもしれません。
そんな中、私は何か面白い事ないかなーと、この大炎上をXというアプリでネットサーフィン(死語)していたわけですよ。
でですね、差別とは、かくも難しい物なのかと思う、書き込みを発見してしまいます。
『私は貧困家庭ではないけれど自衛隊を目指している
古賀議員の裕福な子は自衛隊とかならないというのは誤りです
私は崇高な使命に憧れ自衛隊を志しているのに、経済的理由で仕方なく自衛隊を選んだと見られるのは心外です』
私としては、この人は、他人に褒めて欲しいんだろうなと思いまして。
この人を、どう褒めたら良いかと一度考えてみました。
裕福な環境で子供が自衛官を目指す、この人の親に対しては素直に凄いねと褒められる。
しかし、この人を、あなたは裕福なのに志をもてて自衛官を目指せて偉いねと、全肯定した場合には、私としては、これは差別か、他の何かに当たると感じたんですね。
では、何故、親の全肯定は大丈夫なのに、子の方を全肯定した場合には、差別に当たるかもしれないと私は思うのか。
説明しようとすると、直ぐに言語化は出来ませんでした。
私は物事を説明するに辺り、いったん言語化して自身の考えに齟齬がないかを確認する癖を普段から身につけています。
その私が、差別と感じた部分を、簡単だとは思いながら言語化出来ない。
恐らく差別の理解とは、思考ではなく、パターン的な肌感覚なんです。
しかし、今回私はあえて言語化してみます。
部屋を分けた2層構造にしたなら、わかりやすいかもしれません。
1層目、本人の言動。
本人の言動を正しく評価した場合には差別や侮辱には当たらない。
2層目、本人の背景。
本人の背景を正しく評価した場合、正しくとも、それは差別、もしくは侮辱になる可能性がある。
このケースでは、いずれも背景ではなく、本人を褒めるべきです。
親を褒める場合なら、裕福な経済力には、背景だけでなく親本人の努力が含まれています。
ですから、親を褒める場合、経済力の評価を含めても問題にはならない。
子を褒める場合なら、大抵の場合、経済力は背景です。
背景の評価は、その人、本人を褒める訳ではありません。
本人が自力部分だけの評価を得たいのなら、過剰評価として失礼に当たります。
また、背景を評価してしまうことにより、他の人の背景が相対的に評価されてしまいます。
『あなたはお金持ちなのに、志を持てて偉いね』
『貧富に関わらず、志を持つ事は尊い事だ。君は偉い』
背景である経済力を評価してしまう事により、そうではない人の評価も決まるのです。
お金持ちでないならば志を持つべきなのか、普通のお金持ちは志を持てないものなのか。
また、何故、志部分だけを評価しないのかという論点が、同じ階層である2層内で、他の背景を持つ、全く違う人へと波及していってしまいます。
このような難しい差別の肌感覚を、多くの人は共有出来ているのか?
難しいと言わざるを得ません。
事実、大炎上の件では、パターン的な肌感覚に引っかからない多くの富裕層議員が出てしまいました。
さて、件の、貧乏は志を持つ自衛官への侮辱に当たる発言です。
この発言は条件を変えると差別にならない所が面白い。
例えば、自衛隊内で上官が
『お前たちは貧乏だからここに来たんじゃない!志があったからここに来たんだ!』
と言うとします。
大炎上している議員さんたちの言と、殆ど同じ内容ですが、何だか励ましの言葉に聞こえますよね?
単なる事実の否定の場合には、これ違うよなぁと思っても、差別には当たらないんです。
適当に前後逆にしてみましょう。
『お前たちは志があるんだ!貧乏だから来た奴なんて居ない!』
うーん、味わい深い。
個人の意思を前面に出した場合には、勝手に決めつけているのに差別に見えない。
何だか感動場面に使われそうです。
差別の決め手とは、結局は、本人には変えられない背景評価なんです。
単なる事実否定を、我々の脳は評価とは認識しないんですね。
背景を評価すると、階層内での相対評価が、本人ではない所まで波及していく。
これは恐らく、我々の持つ原始脳の機能である比較から、物事が真に公平であるかを、階層別に脳が勝手に処理してくれる機能があるからです。
そして、この機能を我々は肌感覚として認識しています。
人類の思考パターンは非常に面白いですね。
小泉防衛大臣を含む大炎上議員たちの問題は、いったい何処にあったのでしょうか?
問題は、1層の本人の言動である志と、2層の背景である貧乏を主語の大きいまま混ぜて、挙句、1層を相対評価してしまった事にあります。
自衛官になる人を貧乏人呼ばわりするのは、志を持って入った自衛官への侮辱だ。
志だけなら問題のないものが、主語の大きいまま侮辱とマイナス評価した事で、相対評価が波及し、貧乏人を侮辱と評価した事となってしまいました。
少し条件を変えて見てみましょう。
では、ある程度、条件を限定した場合にはどうでしょうか?
自衛官の出自は全て貧困世帯から来ている訳ではないのだから
志を持ち志願して自衛官になった方々への冒涜に当たる
もしくは
貧困世帯出身の自衛官は一部であり
志を持ち志願して自衛官になった方々への冒涜に当たる
大分和らいではいますが、やはり冒涜部分が少し不味いか。
大炎上まではいかないでしょうが、わかる人にはわかる。
貧乏人差別を指摘されたなら、ギリギリ躱せないように思います。
結局、1層と2層を混ぜた上だと、1層への評価が、2層の背景全体へと波及してしまうのです。
しかし、少し条件を限定するだけで、波及効果は大分和らぎますね。
やはり大炎上している議員たちは言葉足らずでした。
では、今回の件、裕福な家庭出身の政治家だと、何故2層の波及に気づけないのでしょうか?
ここには何か罠があるのでしょうか?
それはずばり、彼らは富裕層以外の他の人の背景に、気づけていない可能性が高いからです。
仮に、差別の肌感覚において、背景である2層の波及を感覚では知っていても、想像の出来ない背景部分であれば、それは無いものと扱われます。
貧乏と言いながらも、自身が貧困を想像も出来ない場合には、物事が真に公平かどうかの脳のチェック機能は働かないのです。
ですから、彼らには、それが差別かどうかはわかりませんでした。
というか、今も恐らくは、富裕層議員視点では、これが差別かどうかは理解出来ていません。
こう考えると、今回の差別騒動。
大分わかりやすくなるのでは無いでしょうか?
そして私は思いました。
差別とは、かくも難しいものなのか、と。
結論を書き忘れました。
議員様が、あからさまに貧乏人差別なんでヤベェでしょ。
あいつら何考えたら、ああなるんだ?
機序が理解できても同情なんて出来ないね!ペッ




