彼女が最後まで終えられなかった一文
皆さま、はじめまして。
東京で研究職に就いております。奈良で博士号を取得し、現在は研究のかたわら、小説の執筆にも取り組んでおります。まだ胸を張って作家と名乗れるほどの実績はなく、これまで本として出版された作品もありませんが、少しずつ書き続けてまいりました。
日本で暮らして、今年で5年になります。今回が、日本で作品を発表する初めての試みです。
こちらに掲載する短編は、もともと英語で書いた未発表の作品です。日本語については、まだ至らない点も多いかと存じます。読みにくい箇所や不自然な表現がありましたら、どうかご容赦ください。
作品そのものについても、文章についても、率直なご感想やご指摘をいただけましたら大変ありがたく存じます。厳しいご意見も含め、今後の執筆のために真摯に受け止めたいと思っております。
お読みいただけましたら幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。
彼女が最後まで終えられなかった一文
(The Sentence She Never Finished)
I
虎の門記念病院の病室は、森林の香りを演出しようとして、結局は化学の試験用紙のような匂いに落ち着いてしまった、あの独特の消毒液の香りに満ちていた。マルタはオレンジ色の面会者用椅子に腰掛け、膝の上で両手を重ねていた。翻訳者の手のわずかな動きから、遺族があらゆる意味を読み取ろうとする。彼女はそのことを、これまでのキャリアを通じて身に染みて学んでいた。
ベッドの上の女性が息を引き取ってから、四十分が経過していた。その反対側に座る息子は、もはや戻ることのない脈拍を確かめるかのように、母親の手首を握りしめていた。三十代半ばとおぼしき彼は、顎のラインが少し緩んでおり、デパートで五枚パックで売られているようなビジネスシャツを着ていた。彼はまだ泣いていなかった。ただ何度も、同じ言葉を繰り返していた。「母は何か言おうとしていたんです。私が耳を寄せたら、確かに、言おうと……」
「トモノミ・リカバリー」の技術者が、エレベーターや礼拝堂で人々が見せるような静けさで、装置を所定の位置へと運び入れた。それは小型冷蔵庫ほどの大きさだった。劇的な光を放つことも、チャイムを鳴らすこともない。ただ、オフィスのプリンターがウォームアップするときのような、低いハミング音を立てているだけだった。
「田中さん」と技術者が言った。「九十秒間、アクセスする必要があります。ご家族の同意書と、博物館の権利放棄書にはご署名いただけましたか?」
どちらの書類も署名済みだった。マルタがオフィスを出る前に、病院側からメールで送られてきていたからだ。権利放棄書には十二ポイントの活字で、回収された断片に歴史的な価値があると認められる場合、遺族の裁量により「語られざる歴史の博物館」に寄贈される可能性がある、という段落があった。息子は読まづにチェックボックスに印を入れていた。大半の人がそうするように。
装置から伸びたケーブルが、亡くなった女性の髪の上に取り付けられた、柔らかいキャップへと繋がれた。キャップはラベンダー色をしていた。プロダクトデザインの誰かが、白よりもラベンダー色の方が優しい印象を与えると判断したのだろう。
九十秒後、プリンターが起動した。プリンターこそが、遺族の心に最も残る部分だった。それはスリットの入った小さな黒い立方体だった。深く考え込むような間を置いた音がし、それから青白い紙の帯が吐き出され、カチリと何かが到着したような静かな音を立ててトレイに落ちた。
マルタは手袋をはめた指でその紙片を取り上げた。裏面には確率の列が並んでいた。遺族の目に入る表面には、こう印字されていた。
もっと早く言っておくべきだった、
そこから先は空白だった。その下には、斜体で小さな文字が並んでいた。
回収信頼度:0.62。裏面に確率領域あり。
息子は、先ほどまで母親の手首を握っていた手で紙片へと手を伸ばした。彼はそれを二度読み返した。二度目の方が長く時間がかかった。
「これだけですか?」
「これが安定した部分です。申し訳ありません。もっと多く回収できることもあるのですが」
「もっと早くって、何よりも早く?」
「それも含めて、私たちには分からない領域なのです」
沈黙の視線が、少し長すぎた。彼の悲しみは、もはや母親の手首ではない、どこか別のぶつけどころを探していた。
「あなたは翻訳者でしょう。これはどういう意味なんです?」
ここ数週間、マルタが自分自身に言い聞かせてきたことを、彼に伝えたいという突飛で不条理な衝動が湧き起こり、そして消えた。それは、回収された言葉の一つが思いがけない優しさで自分を驚かせてくれるのではないか、という期待。そして、多くの見知らぬ人々に対して機械が果たせなかった役割を、自分のためには果たしてくれるのではないか、という淡い願いだった。
「これはまだ、翻訳ではありません。回収された断片です。翻訳を施すには、文脈、統語、記録されている彼女の音声パターン、さらに言語生成に影響を与えるような病歴などを考慮する必要があります」と彼女は平坦な声で言った。平坦であることの方が、温かみを持たせるよりも優しかった。温かみを持たせると、人々は身を乗り出し、機械が提供できる以上のものを求めてしまうからだ。
「それでも、どういう意味なのかを知りたいんです」
「彼女が始めようとしていた一文が、確かに存在したということです」
息子は泣き始めた。それは準備をしていなかった男が見せる、目元の突然の濡れを伴う泣き方だった。技術者は職業的な配慮から、そっと視線を逸らした。装置は、回収作業を終えて満ち足りたような低いハミング音を立て続けていた。
オフィスへ戻る電車の中で、マルタは紙片を取り出し、裏面を読んだ。確率領域には、七つのあり得べき結末がリストアップされていた。数年前、マルタは官僚的なささやかな闘いの末、この確率領域をデフォルトで遺族の目から隠すよう手配していた。七つの結末は、「あなたを愛していた」から「知っていた」、「お父さんを許します」にまで及んでいた。
田中氏にその七つの結末が与えられることはなかった。一文。それが彼の支払った対価だった。一文。それが機関の提供するものだった。言われなかった言葉こそが、商品なのだ。
紙片は彼女の手帳に挟まれた。そこには、押し花のように、亡くなった見知らぬ人々の言われなかった言葉たちが静かに積み重なっていた。
II
「語られざる歴史の博物館」は、皇居から歩いて三分ほどの丸の内にある、改装された古い郵便局の中にあった。ロビーは清潔な石の色をしており、解説は真鍮のプレートに四ヶ国語で刻まれていた。ヘッドホンはバング&オルフセン製。建物のすべてが、「私たちは見世物小屋ではない」と主張していた。
マルタのオフィスは三階にあり、かつて国際郵便の仕分け室だった部屋だった。漆喰の壁の裏には、今も当時のシューターが残っていた。
毎週月曜日、彼女は博物館が「キュー(待機列)」と呼ぶものを受け取った。名前は伏せられ、断片は生のまま、コンテクストファイルが添付されていた。彼女はポーランド語と日本語のデスク、およびその二国間でのクロス翻訳を担当していた。二〇二九年に博物館が中東欧部門を立ち上げた際、彼女は最初の職員の一人として採用された。理事会がその決定を下した背景には、鉄のカーテン崩壊後の公文書館から、博物館の既存の言語カバー能力では対応できないほど大量の臨終の言葉が発見されていたという事情があった。面接の際、彼女は採用担当者に本当の志望動機を話さなかった。二年前から父親が自分と口をきかなくなったこと、そしてその沈黙をきっかけに、自分が「語られなかったこと」に対して異常なほどの職業的関心を抱くようになったのだ、ということは。
現在の展示は『終止符』と名付けられ、二階のフロア全体を使って開催されていた。最初の展示品は、一九九八年に亡くなった朝鮮戦争の退役軍人から回収された、謝罪に極めて近い未完の言葉だった。遺族が二〇二六年にようやくスキャンに同意したものだ。その断片にはこうあった。
タナカ君、私は
記録はそこで途絶えていた。ガラスケースの下の控えめなカードに記された確率領域には、四つのあり得べき結末が提示されていた。マルタが執筆した解説文は以下の通りである。
この兵士は人工呼吸器を装着していました。彼が言葉を届けようとした相手は、その十一年前に入寂しています。この断片は、四つの候補から特定の結末を選択しないことを望まれた兵士の娘の同意のもと、回収されました。彼女の信頼に感謝の意を表します。
来館者たちは、その展示ケースの前で長い時間立ち止まっていた。マルタはその様子を観察していた。あるとき、韓国人のおばあさんが四十分もの間そこに立ち尽くし、四つの結末をじっと読んだ後、ミュージアムショップに寄ることもなく、そのまま博物館を出て行った。マルタにとって、それ以上に必要な評価はなかった。
その月、彼女が翻訳していた新しい収蔵品は、ある政治家の葬り去られた告白だった。その政治家は一九七〇年代に北海道の地方知事を務めており、当時発生した海難事故の責任者であった。彼は事故の後、三十年もの間、その件について公に語ることなく生き延びた。そして死の床で、ある一文を紡ぎ始め、そして止まった。回収は、博物館の法務チームの、注意深く、そしてほとんど優しささえ感じさせる介入を経て、遺産管理人の承諾を得て実施された。
断片にはこうあった。
あの連絡船について私が決して口にしなかったのは、私たちが
マルタは三つの解説文案を作成した。一つ目は禁欲的で控えめなもの。二つ目は文脈を補足したもの。三つ目は、なぜこの政治家が三十年もの間沈黙を守り続けたのかという、倫理的な問いを投げかけるもの。彼女は三つの案すべてを、大谷館長にメモを添えて送った。*「一案目を推奨します」*と。
金曜日、大谷は彼女をオフィスに呼び出した。彼は、困難な対話において、いかにも親身そうな表情を作る術を心得ている顔をしていた。
「一案目は静かすぎる」と大谷は言った。「マルタ、私たちは図書館ではない。公共の機関なのだよ。人々は何かを感じることを期待してここへ来る」
「来館者は一案目の前でも、十分に何かを感じています」
「彼らが感じているのは『不確実さ』だ。不確実さが心地よいのは三十秒間だけだよ。それを過ぎれば不快感に変わり、不快感はリピーターの獲得を阻む最大の要因になる」
「館長の部屋で聞くには、随分と正直な言葉ですね」
「正直なのが私の取り柄さ」彼は椅子に深く寄りかかった。「確率の四つの候補はサイドカードに残しておけばいい。だがメインの解説文は、彼が何を隠そうとしていたのかを暗示するものにする必要がある。『説明責任』という言葉を使いなさい。来館者は『説明責任』という言葉をよく理解する」
「彼は説明責任を隠そうとしていたのではないかもしれません。彼が隠そうとしていたのは、それとは異なる『恥』だった可能性もあります。あるいは、自分が守ろうとしていた人々の名前だったかもしれない。あるいは、自分自身でさえ、何を言おうとしていたのか分かっていなかったのかもしれません」
「そのすべてはサイドカードに書いてある」
「サイドカードを読む来館者は全体の十二パーセントにすぎません。測定済みです」
「ならば、十二パーセントの人間が全体の構図を理解し、残りの人間は分かりやすい物語を受け取る。それが、この二世紀にわたって博物館が機能してきた仕組みだよ」
彼女は長い間、何も言わなかった。大谷の言うことは間違っていなかった。博物館は機能しており、優れた仕事もしていた。回収費用を払えない四十余りの家族に回収された言葉を無償で返還し、二つの学術ポストを新設し、マルタ自身が叔母の名を冠して設立した中東欧キュレーター・フェローシップの資金も提供していた。この博物館は極めてまっとうだった。それこそが問題であり、同時に本質でもあった。
「一案目と二案目の間で、書き直します」
「私が求めているのは、常にそれだけだよ」
最終的に提出されたバージョンは、沈黙に触れ、連絡船事故で答えを得られなかった遺族たちに言及し、「説明責任」という言葉自体は使わないものの、その意味の領域に踏み込んだものになった。大谷は修正なしでそれを承認した。彼が求めた以上の、少し洗練された形で妥協できたという小さな、ひねくれた満足感が、その日の午後ずっと彼女の心に残った。
帰り道は冷え込んでいた。睡眠は容易には訪れなかった。
III
彼女の心を決定的にこじ開けた収蔵品が届いたのは、二月のことだった。郵便局の外のイチョウの木には雪が積もり、溝には泥混じりの雪がたまっていた。その断片は、一九八一年にクラクフで亡くなったポーランドの小説家の遺品から回収されたものだった。遺体は家族の地下墓地の乾燥した環境により、異例なほど良好な状態で保存されていた。遺産管理人が学術目的でのスキャンを許可し、博物館がその回収資料の権利を入札で勝ち取ったのだ。
その小説家の名はハリナ・ソボツカ。マルタの祖母と同世代の女性だった。回収されたポーランド語の断片にはこうあった。
Chciałam tylko, żeby
マルタは最初の朝、それを二通りの英語に、そして日本語へと置き換えてみた。
私がただ望んでいたのは、 私がただ、〜してほしかったのは、
この二つの違いは動詞の法と従属接続詞の違いであり、その違いは「後悔」と「告発」の違いそのものだった。Chciałam tylko, żeby
は、一人の女性がかつての自分の望みを悲しげな理解とともに振り返っている言葉かもしれない。あるいは、生涯を通じて一つのことを求め続け、それを拒まれ、そして死に際してその拒絶を名指ししている言葉かもしれない。
コンテクストファイルは薄かった。ハリナ・ソボツカは結婚について、戦争の長い影について、そして一九四五年の国境変動の際に自身の家族が被った強制移住について書いていた。彼女は党の経済学者と結婚していたが、一九六八年に若い女性のもとへ去られていた。彼女はワルシャワのモコトフ地区にある小さなアパートで、二人の家庭教師の収入と文芸月刊誌のコラム一本だけで、女手一つで息子を育て上げた。息子は回収に同意しておらず、権利は姪を経由して渡っていた。
マルタは三日間、その二つの翻訳の間で苦悩した。彼女は三つ目の訳を試した。「私が望んだのは、それだけだった」。それはすっきりとしており、気品さえ漂っていた。しかし同時に、語り手を動詞の中心から排除してしまうという点において、三つの中で最も回避的な訳でもあった。
四日目、大谷がノックもせずにオフィスに入ってきた。彼は紅茶を携えていた。それが、彼なりの「前もっての謝罪」の儀式だった。
「ポーランドの断片だがね。来週の理事会ランチで春のシーズンのプレビューを行うんだ。どちらの方向性で行くのか、教えてもらいたい」
「まだ方向性は決めていません」
「彼女を『小説家』らしく見せるものを選びなさい」
「三つの訳、すべてが彼女を小説家にしています」
「理事がスピーチで引用しやすいものを選びなさい、と言っているんだ」
マルタはペンを置いた。「それは私の仕事のやり方ではありません」
「君の仕事のやり方は分かっている。私はあの部屋が何を求めているかを伝えているんだ」
「もしあの部屋が必要としているのが、私たちがどれほど何も知らないかについての、誠実さだとしたら?」
大谷はデスクの向かいの椅子に腰掛けた。彼は時間をかけた。彼はかつてアジアの小さな任地で外交官を務めており、そこで沈黙が道具になることを学んだ男だった。マルタもまた、沈黙が道具であることを知っていた。二人は互いに沈黙したまま、一分近くを過ごした。
「マルタ。君はここで十一年間働いてきた。この建物の中で、君以上に解説文を書いてきた人間はいない。率直に教えてくれ。二階の展示エリアを歩いていて、自分が書いた解説文の前に立ち、嘘をついてしまったと感じることはないかね?」
「あります」
「どちらの方向へかね?」
「明瞭さ、という方向へ」
「私はね、解説文の前に立ち、私たちが十分に嘘をつききれなかったと感じることがある。来館者が、そこから解放されるためにわざわざお金を払ってやって来た『思考の労苦』を、彼らに押し付けてしまっているのではないかとね。私たちは、どちらの方向が裏切りであるかについて意見を異にしている。それは、私たちが対立するに足る、きわめて合理的な対立点だ」
「ならば、三つの訳すべてを書かせてください」
「考えておこう。金曜日までに三つのドラフトを送ってくれ。だがマルタ、一つ考えてみてほしい。理事たち、寄付者たち、そして私たちにこの仕事をさせてくれている遺族たち。彼らは、私たちが何か一貫性のあるものの管理者であると感じる必要があるんだ。もし壁のテキストに『わかりません』とだけ書かれていたら、彼らは自分たちが何にお金を払ったのか疑問に思い始める。それは俗物的な懸念ではない。一世代を超えて生き残ってきたすべての機関が抱えてきた、共通の懸念なのだよ」
彼が持ってきた紅茶は、彼側のデスクの上に置かれたまま、一口もつけられていなかった。彼女は窓の外の雪を眺めながら、自分の紅茶をゆっくりとすすった。
モコトフに住む小説家の息子は同意していなかった。許可を出したのは姪だった。そしてウッチ郊外の小さな家に一人で暮らす、彼女自身の父親。彼は二年間、彼女と口をきかなかったが、その後、その沈黙について一切触れることなく会話を再開した。彼女はそれを「許し」として解釈していた。だが、彼女が間違っていたのかもしれない。
IV
その報せが届いたのは、三月も終わりに近づいた火曜日のことだった。多摩川沿いの桜はまだ開花していなかったが、開花の一週間前特有の、蕾が拳のように固く閉じ、空気は冷たい泥とささやかな予感の匂いを漂わせる、あの独特の状態にあった。電話の相手は弟だった。家族の中で、ポーランドに一人残った男。
ワルシャワへのフライトは九時間。ウッチへの乗り継ぎは、誰かが焼いたポピーシード・ケーキのような匂いのする地方列車だった。
父親はウッチ郊外の地方病院の廊下で亡くなった。CTスキャンの空きを待つ簡易ベッドの上で、弟に何かを言いかけている途中のことだった。八ヶ月間父親に会っていなかった弟は、身をかがめていた。弟は、吸い込まれた息が二度と吐き出されないのを聞いた。駅で彼女を出迎えた際、弟は言った。「親父は何かを言おうとしていたんだ。絶対にそうだ。そういう顔をしていた」
マルタの記憶にある父親は、そのような顔をしていなかった。彼女の記憶の中の父は極めて無口な男で、口を開けば決まって天気のことか、クリスマスのコイの価格についてのコメントだった。
トメクは現実的で、現地に残り続けた。マルタが海外へ渡り、英語と日本語を学び、不完全な言葉を観光客向けの解説文に翻訳する技術を身につけている間、トメクは何年もの間、父親の壊れかけたプライドを静かに修復し続けていた。
トメクは遺体安置所の外で彼女を待っていた。手には、味の悪いコーヒーの入った魔法瓶があった。
「スキャンをしたい」
「だめよ」
「マルタ。お前は毎日、これを仕事にしているじゃないか」
「だから、だめだと言っているの」
その「だめ」という言葉の裏には、彼女自身が名指しすることを拒んだ、小さな個人的な衝動が潜んでいた。彼女はスキャンをしたかった。それをしたくてたまらなかったからこそ、彼女の職業的な抵抗感は、炎を包む蝋のように、その欲望の周囲で固まっていた。機械が、父親の最後の二日間の沈黙を憎むのをやめさせてくれるような、そんな一文を差し出してくれることを彼女は切望していた。正直に言えば、彼女が一度も求めることのできなかった謝罪を、求めていた。彼女は十五年間、見知らぬ人々に対して、このような期待を抱かないよう解説文を通じて教えてきたのだ。しかし今、彼女自身がそれを望んでいた。
「親父は何かを言いかけていた。俺はそれが何だったのか知りたいんだ」
「あなたが知りたいのは、親父が何と言おうとしていたかじゃない。親父が何かを『言った』という事実がほしいのよ。その二つは違うわ」
遺体安置所の外の、冷たい舗装道路の上に沈黙が流れた。弟は、子供の頃に反論しようとするときのような呼吸をしていた。
「同意書にはもう署名した。病院はまだ遺体を保管している。ワルシャワのチームの装置なら、午後にはここへ到着させられる」
「トメク」
「お前に立ち会ってほしいんだ。許可を求めているわけじゃない。それはもう持っている」
ワルシャワからの装置は四時に到着した。技術者は五十代の、手の荒れた女性だった。同意書のマルタの名前を見た彼女は、非常に静かに言った。「ああ、トモノミの社員の方ですね。家族が相手のときは、より辛いものです」
「知っています」
父親の頭に取り付けられたキャップは、ラベンダー色だった。
今回のスキャンは、いつもより時間がかかった。九十秒が経過し、さらに六十秒、また六十秒と過ぎていった。技術者の表情は変わらなかったが、コンソールの側面の数値を調整していた。やがて、プリンターがあの深く考え込むような音を立てた。
紙片にはこうあった。
Powiedz Marcie
そして空白があり、さらにかすれた印刷でこう続いていた。
回収信頼度:0.41。断片未完。裏面に可能性のある継続候補あり。
マルタに伝えて(Tell Marta)。
マルタはそれをひっくり返した。裏面には、ニューラル確率に基づいてランク付けされ、父親の生前の音声パターンや死の直前の医学的状態と照合された、五つのポーランド語候補とそれぞれの英語訳(そして日本語の意味)が九ポイントのフォントで並んでいた。その横には、括弧書きで信頼度スコアが付されていた。
1. Powiedz Marcie, że byłem dumny.(マルタに、誇りに思っていたと伝えて) 2. Powiedz Marcie, że się
bałem.(マルタに、恐れていたと伝えて) 3. Powiedz Marcie, że wiedziałem.(マルタに、知っていたと伝えて) 4.
Powiedz Marcie, że przepraszam.(マルタに、すまなかったと伝えて) 5. Powiedz Marcie, żeby nie
przyjeżdżała.(マルタに、来るなと伝えて)
五つの候補のスコアは、すべて0.13から0.21の間に収まっていた。どれ一つとして、確かなものはなかった。
四番目のもの。彼女はそれを、六歳のときに特定のフランス人形を欲しがったのと同じように、激しく欲した。数秒の間、冷徹なプロフェッショナルの意識が、この紙片を紛失したことにして、その四番目の結末だけを記憶に留めることがいかに容易であるかを計算していた。誰にも分かりはしない。トメクは確率の表を読むことができないし、技術者は余計なことを口にしないために給料をもらっているのだ。
技術者が、マルタには聞こえないほど優しい声をかけた。トメクは紙片を両手で持ち、強く見つめればそれが一本の線に収束するかのようにじっと見つめていた。
「この最後のは、なぜここにあるんだ?」
「親父がよく口にしていたフレーズよ。親戚が訪ねてくることについてね。システムがその特有のイントネーションを認識したのよ」
「お前に対してそんなことを言うはずがない」
「これは単なる定型表現よ。それを私に使おうとしていたという意味じゃないわ」
「でも、リストに入っている」
「機械は可能性の高い言葉を生成するだけで、本人の意志を生成するわけじゃないの」
「それでもリストにあるんだ、マルタ」
彼女が本当に言いたかった言葉は、口にされなかった。自分は十一年間、このような断片の解説文を書いてきたのだということ。そして、リストにある五つのうち「最悪の可能性」が、他の四つを合わせたよりも遥かに重い感情的な引力を持つことを、電気技術者のような冷徹さで熟知している、という事実は。
紙片は半分に折られ、結末を隠した状態で弟に返された。
「持っていなさい。あるいは捨てて。これはあの一文じゃないわ」
「じゃあ、親父が言おうとした一文は何なんだ?」
「そんなものはないの。断片っていうのはそういうものよ。最初から存在しないの」
彼の顔に浮かんだのは、自分にとって不都合な真実を突きつけられたとき、年下の弟が姉に対して抱く、あの独特の平坦な憎悪の表情だった。
「なら、お前のこれまでのキャリアは何だったんだ?」
誰も言葉を発しなかった。その問いは、彼がこれまでに彼女に投げかけた中で、最も誠実な言葉だった。
V
事態はそこで終わるはずだった。しかし、そうはならなかった。
葬儀から二週間目のこと、彼女は大谷の秘書から一通の社内メールを受け取った。一九七〇年代後半に発生した歴史的に重要な土地紛争に関わっていた、ある亡くなった会社役員の遺産管理人がスキャンを許可したという。博物館は秋の展覧会に向けて、その紛争についての調査を行っていた。その役員は生前、二〇一四年のインタビューにおいて、一九七八年にウォヴィチ近郊の国営農場の境界移転の際、調査書類の偽造を拒んだ「ヴィシニェフスキ」という名の測量士について言及していた。マルタの父親の名前は、カジミェシュ・ヴィシニェフスキ。彼は地方計画事務所のジュニア測量士として十九年間働いていた。
資料収集チームが名前をクロスリファレンスし、マルタの父親の死亡登録が該当する地域の病院で行われていたことを突き止めた。彼らはさらに、マルタ自身が構築を支援したデータベースを通じて、カジミェシュ・ヴィシニェフスキの死亡当日に、遺族の同意のもと「トモノミ」の装置によるスキャンが実施されていたことを発見したのだ。
メールには、極めて官僚的な優しさで、秋の展覧会にこの断片を含めることに家族として同意していただけないか、と尋ねられていた。そこには、マルタが設立したフェローシップについても言及されていた。この歴史的な文脈を提示することで、彼女の父親のささやかな抵抗が、良心に基づく公的な行動へと引き上げられるだろう、と。もしマルタが私的感情から関与するのが難しい場合は、同僚の林が交渉を担当する、とも書き添えられていた。
彼女はそのメールを三度読み直した。そして、何のコメントも添えずに弟へと転送した。
その夜、トメクから電話があった。彼は酒を飲んでいた。子音の端々が泥のように湿っているのが分かった。
「親父を壁に飾りたいらしいな」
「彼らが飾りたいのは一文よ。親父はサイドカードに載るだけ」
「同じことだ」
「違うわ」
「あいつら、あの『すまなかった(przepraszam)』のやつを載せたいんだろ?」
「展覧会に一貫性を持たせられる一文を求めているのよ。謝罪の言葉は、キュレーターがすでに作成したストーリーラインに完璧に合致するから」
「どんなストーリーだ?」
「地方事務所のジュニア測量士が境界の偽造を拒み、それによって小さな農業共同体が守られた。システムはその後十年間、彼のキャリアを闇に葬ることで彼を罰した。そして、彼はその重荷を四十年間、沈黙のうちに背負い続けた、という物語よ」
「それは本当なのか?」
「一部はね。拒否したのは本当だし、共同体も実在した。キャリアの件も半分は本当よ。一九八九年の体制崩壊まで、親父はずっと平の測量士のままだった。でも、彼がそれを『沈黙のうちに背負い続けた』かどうかは、私たちには分からない」
「親父は一度も俺たちに話さなかった」
「誰にも話さなかったわ。あの役員の二〇一四年のインタビューが唯一の公的な言及よ。親父自身、あの役員が自分のことを覚えていたかどうかさえ知っていたか分からない」
トメクは沈黙した。「マルタ。お前は親父が本当はどれを言おうとしていたと思う?」
「分からないわ」
「一つ選んでくれ」
「トメク」
「お前はあの解説文を書いているんだろう。一つ選んでくれ。俺のために。個人的にでいい。博物館のためじゃなく。お前がどう思っているか、教えてくれ」
彼女は目を閉じた。父親は東京での自分の大学の卒業式に来てくれなかった。手紙の一通も添えられず、ただ家賃のために送られてきた六年分の仕送り。三十歳の誕生日にかかってきた電話で、仕事について尋ねた父は、彼女が自分の仕事について説明し終えると、こう平然と言い放った。*「人は、掘り返すべきではないものを掘り返すべきではない」*と。
「私はね、親父は『すまなかった』と言おうとしていたと思うわ。でも、何に対してかは分からない。測量のことなのか、沈黙のことなのか、私のことなのか、あるいは私たちが何も知らない別のことなのか。機械にも、私にも、親父にも分からないのよ」
「じゃあ、そう書くのか?」
「何かを書くわ」
眠りは訪れなかった。朝になる頃には、コーヒーと、開かれたドキュメント、そして彼女の追いつけないほどの忍耐強さで点滅するカーソルだけがそこにあった。
最初に書いたドラフトは、あの謝罪の言葉を選択し、それを歴史的な物語へと結びつけたものだった。それは美しかった。理事たちを泣かせるような、見事な段落だった。それは、一つの扉を閉じるような文章だった。
一時間の間、そのドラフトは画面の上に残されていた。二度の読み直し。二度目の読み直しは危険だった。なぜなら彼女自身がその文章を気に入ってしまい、それを気に入るということが、自分自身について知りたくない何かを突きつけてきたからだ。
削除。
二つ目のドラフト。歴史的な文脈のみを記述し、断片については一切の解釈を加えないもの。禁欲的。それは来館者に、彼女自身が抱えているのと同じ空虚さを残すような文章だった。
削除も送信もせず、脇に置いた。
それから彼女は三つ目のドラフトを書いた。かつて典礼文の翻訳者であり、マルタに「多様性を注意深く名指しすることこそが、時に唯一可能な誠実さなのだ」と教えてくれた叔母の文体を取り入れた。
解説文はこう書き上げられた。
今年三月にウッチ近郊で亡くなったカジミェシュ・ヴィシニェフスキは、一文を紡ぎ始め、そして完成させることなく世を去りました。回収された断片には「Powiedz
Marcie」(マルタに伝えて)とあります。回収プロセスを通じて五つの結末の候補が浮上しましたが、いずれも特定のものを選択するには確率スコアが低すぎました。それらはシステムによって生成された順に、ポーランド語とその日本語訳とともに以下に提示されています。彼がそのうちのどれを、あるいはそれ以外の言葉を意図していたのかは、私たちには分かりません。彼がこの展覧会に含まれているのは、かつて書類への署名を拒んだ一人のジュニア測量士として、彼を知る人物の二〇一四年の証言の中にその名が残されているためです。この不確実性を展示することに同意してくださったご家族に、深く感謝の意を表します。
そして、彼女は機械が生成した順に、確率スコアを付して五つの結末を書き連ねた。
午後十一時四十二分、ドラフトは大谷に送信された。トメクにも、何の説明も添えずにコピーを送った。ノートパソコンを閉じた。キッチンの窓の向こうで、一台の自転車が外の坂道を懸命に登っていくのが見えた。彼女は、自分が愛してきたすべての文章が、誰かがそれを読むかどうかも分からない人間によって書かれたものだったのだ、ということに思いを馳せた。
翌朝九時、大谷は彼女をオフィスに呼び出した。
解説文はプリントアウトされ、彼が四十年前のオックスフォードで教え込まれたような、赤いインクで修正が書き加えられていた。彼女は彼が老眼鏡をかけるのを見つめていた。
「五つの候補、すべてをリストに載せるのだね」
「はい」
「*『来るなと伝えて(żeby nie przyjeżdżała)』*も含めて」
「はい」
「これの信頼度スコアは0.13だ。他は0.18から0.21の間に集まっている。これを削るという選択肢も、十分にあり得ると思うが」
「そうですね」
「なぜ削らない?」
「それを削ることは、嘘をつくことになるからです。機械は五つを生成しました。もし四つだけを載せれば、五つ目は存在しなかったと装うことになります。それは、博物館の手で来館者の目を覆うような行為です」
「それは同時に、君の手で君の父親の顔を覆う行為でもあるね」
返答はなかった。
二度目の通読。老眼鏡が外され、意思決定を下す男の、特有の儀式的な重みをもってデスクの上に置かれた。
「これは『三番目に良い』バージョンだ。一番良いのは謝罪。二番目に良いのは、君が言うところの禁欲的なバージョン。これが三番目なのは、来館者に物語を提示していないからだ」
「分かっています」
「来館者からは不満が出るだろう。理事たちも好まない。秋の資金調達ラウンドは、少しばかり厳しくなる」
「分かっています」
「マルタ。なぜ君は、この『三番目に良い』バージョンを書くのだね?」
あらかじめ用意された答えはなかった。その場で、この部屋の中で見つけ出さなければならなかった。
「一番良いバージョンは、私がそうであってほしいと願う物語だからです。そして二番目のバージョンは、私を私自身の家族から守るためのものだからです。そしてこの三番目のバージョンだけが、私が自分で書いて、後から展示ケースの前に堂々と立てる唯一の文章だからです」
長い沈黙の視線が交わされた。彼は、彼女の誠実さがこの機関にとっての資源なのか、それとも問題なのかを推し量っていた。
彼は一度、深く頷いた。プリントアウトが取り上げられ、最上部のタイトルに線が引かれた。そして余白に、彼の小さく丁寧な筆跡でこう書き込まれた。
原文のまま承認。これ以上の編集的介入なしで解説文を掲載すること。 大谷 T.
紙が手渡された。それ以上、何も言葉は交わされなかった。
展覧会の開幕初日の夜、マルタは二階のギャラリーの奥、柱の陰に立ち、人々が父親の展示ケースを通り過ぎていくのを見つめていた。
大半の来館者は、十五秒にも満たない時間しか費なさなかった。彼らは紙片を見つめ、五つの結末を眺め、少し複雑な表情をして、そのまま通り過ぎていった。数人が立ち止まった。デニムのコートを着た若い女性が三分近く立ち止まり、それぞれの結末をじっと読み、それから何か用事を思い出したような顔をして立ち去った。高齢の男性がサイドカードの全体を読み、それから誰に言うでもなく、「資源の無駄遣いだ。どれか一つに決めればいいのに」と声に出して言い、立ち去った。
それから、マルタと同じ年格好の女性が立ち止まった。彼女は韓国人だった。六歳くらいの、退屈して母親の袖を引っ張っている子供を連れていた。女性は解説を読んだ。五つの結末を読んだ。そしてもう一度、読み直した。彼女はガラスに手を当てた。それは来館者がしてはならない行為であり、その夜は特別に寛大であるよう指示されていた警備員は、何も言わなかった。
女性は静かに泣き始めた。彼女はその手をガラスから離さなかった。子供は母親を見上げ、袖を引っ張るのをやめ、親が自分の手の届かない場所にいることを悟った子供特有の、静かな様子で佇んでいた。
マルタは近づかなかった。彼女は女性が空いた方の手で涙を拭い、子供の手を引いて歩き去るのを、ただ見届けていた。
ギャラリーを通り抜け、職員用出口へ。外の路地には、長い静寂が横たわっていた。車の排気ガスと、角の蕎麦屋から漂う油の匂い。
四番目の結末。あの渇望は、遺体安置所にいたときと同じように、今も鋭くそこに居座り続けていた。選択することを拒む解説文を書いたところで、その渇望が消え去るわけではなかった。それは職業的なものではなかった。そして、決して職業的なものに昇華されることもないだろう。それは彼女の残りの人生を通じて、父親の沈黙が彼とずっと共にあったのと同じように、全く同じ長さで、全く同じ私的な領域に、留まり続けるのだろう。
生まれて初めて、彼女はその両方の事実が同時に真実であることを、自分自身に許した。
あの一文は未完のままであり、同時に彼女自身が、その一文を完成させようと試みることを、自分の心の奥底の小さな部屋で、決してやめてはいないのだということを。
路地が通りへと開けた。彼女は冷たい空気の中を、自宅へと歩き始めた。




