4.
「呪いの……正体? だがそれはもう、国のあらゆる専門家にみせて匙を投げられたのだ」
「専門家はなんと?」
「強い呪いだと。私自身が構築し、自分自身にかけた。完全に私の中だけで完結しているから、私自身が解く他ないらしい。
だが私にはその解くための魔力がない。八方塞がりだ」
エイラは少し考え込んでから、ヴェリタスの左腕に触れた。
「っ!! エ、エイラ嬢……」
「試してみたいことがあるのです。呪いが解けるとは思いませんが、糸口にはなるかもしれません。
包帯をといてもよろしいですか?」
ヴェリタスはギョッとした様子で体を大きく引いた。
「っダメだ!!!!」
意図せず大きな声が出てしまったのだろう。ヴェリタスは自らの口を押さえて困惑している。
「すまない……だが、この包帯は……この包帯がないと私は……」
「……わかりました。不躾に申し訳ありませんでした。
その……あなたにとってその包帯は、忌○帯法なのかもしれないと……」
「イジュ○イホウ……?」
「ああ、こちらの物語に名前までは載っていませんでしたね。
黒龍を封印する包帯の巻き方の事です。
あなたにとっての魔力は、黒龍と同じく、封印しておかなければならない危険なもの、なのではありませんか?」
「それは……」
事故の記憶が蘇ったのだろう。ヴェリタスは悲痛な表情を浮かべて、ぐっと自らの左腕を掴んだ。
「包帯を解けば、魔力が解放されると、あなたはそう考えているのだろうか?」
「いえ、先ほども言いましたが、それだけで解放されるかはわかりません。
ただ……試す価値はあるかと思ったんです。
あなたの気持ちを考えていませんでした。すみません……」
「いや……確かにあなたのいう通りだ。
このまま何もしなければ、口先だけ強者の真似事をする痛々しい腰抜けのままなのだろう」
ヴェリタスはそう言ってエイラが机に積み上げていた一冊を手に取った。
「少し、待ってほしい。
使用人も含めて、誰にもこの包帯を解いたところは見せたことがないんだ。
3日後、演習場に来てくれないか。その時に、解く」
覚悟を決めた様子で、ヴェリタスは踵を返しその場を去っていった。
***
3日後。エイラは言われた通り演習場に足を運んだ。
流石侯爵家。立派な演習場を持っているが、当主のヴェリタスが長年御前試合を棄権し続けていることもあり、もの寂しい雰囲気である。
「エイラ嬢。お待たせしただろうか」
ヴェリタスの声が響いて、エイラは振り返った。
彼はいつもの貴族前とした服装ではなく、騎士のような格好だ。
なぜか刀を手に持っている。
「侯爵様……それはまさか、刀……ですか?」
なぜこの西洋ファンタジーな世界に刀が? とエイラはまじまじとそれを見つめた。
ヴェリタスは刀を持ち上げて少し得意げに笑った。
「よくわかったな。
これは、3代前の当主……つまり、あの物語の作者であるひいお祖父様の使っていた得物だ。
我が侯爵家の歴史は古いが、ひいお祖父様はその歴史の中でも最も武勇に秀でていたんだそうだ。
文筆家でありながら武人……本当に素晴らしい方だ」
(前世知識で俺TSUEEEEEE!! したのか……魔法が使えてはしゃいだんだろうなぁ、めっちゃ気持ちわかる)
「今日は包帯を解くとあなたに言ったな。
万一のことがある……だから、あなたにこれを用意しておきたかった」
ヴェリタスはエイラに近づいて、目の前にシャラ、とペンダントを掲げてみせた。
「これは物理と魔法両方の防御魔法が組み込まれた魔道具だ。
もしまた私の魔力が暴走しても、あなたを傷つけずに済むだろう。」
彼はペンダントの華奢な鎖を広げ、正面からエイラの首に手を回した。
近づく距離。ふわりと漂うほろ苦い柑橘系のような香りに、エイラの鼓動が高鳴った。
「ん? ペンダントというのは結構つけるのが難しいな……」
しかも、つけるのにまごついているヴェリタスはそっちに集中し始めて、今にも密着しそうな距離感に気づいていない。
苦戦する彼の吐息がエイラの耳に当たる。
「っ……あ、ありがとうございます!! 自分でつけられそうですので!!」
エイラは耐えきれなくなってヴェリタスからペンダントをひったくった。
(ああ……こういうところが可愛げがないって言われるのに……)
妹ならこういう時、きっと最後まで身を委ねて、満面の笑みで「ありがとう」と言うのだろうと思うとしょんぼりしてしまう。
だがそんなエイラの心情には気づかない様子で、ヴェリタスはむしろ安堵の笑みを浮かべた。
「そうか。包帯が邪魔で細かい作業は苦手なんだ。申し訳ない」
まるで気にしていない様子のヴェリタスに、「ヒルマンだったら絶対ムッとする場面だったのに、天使……?」とエイラの好感度はさらに爆上がりした。
おずおずとペンダントを装着するエイラを見届けると、ヴェリタスは表情を改め、姿勢を正した。
「では……包帯を、解こうと思う」
その言葉に、エイラも浮ついている場合ではないと背筋を伸ばす。
「はい……お願いします」
どちらからともなくゴクっと喉が鳴った。
ヴェリタスはまず、着ていた騎士服のような上着を脱ぎ、シャツを捲り上げた。
そして、ついにヴェリタスの包帯が、解かれ始めた。
まず解かれたのは、右腕だ。
噂のように全身やけどと言うわけでもなく、彼の右腕は綺麗なものだった。
「お体に変化は……?」
「いや、ない……左腕は、最後にしよう」
そう言って今度は、頭に巻かれた包帯に手をかけたヴェリタス。
ついに、隠された彼の素顔が明かされることとなるーー
「……!!」
(な、な、な……!!!!!)
その顔を見たエイラは完全に硬直した。
(お約束にしても限度ってもんがあるだろ!!!!)
ヴェリタスは、とんでもない美男子だった。
それはもう、エイラの語彙力が崩壊するほどとんでもなかった。
前世で推していた神作画のアニメキャラが、実写の質感を持って目の前に現れたような暴力的な美しさだ。
「エイラ嬢……?」
ヴェリタスはエイラの絶句に何を勘違いしたのか不安げにソワソワしている。
顔を晒したことが落ち着かないのか、しきりに手で顔を隠したり俯いたり、顔を背けてみたりと忙しない。
「侯爵様……」
エイラの地を這うような低い声が響き渡った。
「な、なんだろうか……」
「御前試合に出るべきです」
「え?」
「出なければなりません」
「いや、私は」
「初戦敗退でもいいので絶対に出た方がいいです。
魔法もいりません。立っているだけでいいです。とにかくその顔を隠してはいけません」
エイラの勢いに気押されるヴェリタス。
「い、いや、でも、包帯があってこその私というか」
「まさか、そのご尊顔を見たのは私が初めてですか?」
「ご尊顔……? ま、まぁ、そうだが……」
「なんということでしょう!!!!!」
エイラは頭を抱えた。
勿体なさすぎる。これだけの美形であれば強い必要などもはやない。
ただ出場する、それだけでヴェリタスのファンクラブができるレベルだ。
「それを隠すのは人類の損失ですよ……」
「……検討はしよう。
それより、今はこちらだ」
脱線し始めたエイラを引き戻すように、ヴェリタスは左腕を持ち上げた。
「あっ……そうでした、すみません……」
今がヴェリタスにとって如何に緊張を強いられる重要な局面であるかを思い出し、神妙な表情で謝罪した。
ヴェリタスはゆっくりと左腕に手を伸ばし、シュルシュルと包帯を解き始めた。




