第2話「怠惰の始まりと、世界のほころび」
※この作品は全5話構成です。本話はその第2話になります。
迷ケ平から戻った翌朝、俺は妙な感覚で目を覚ました。
体が異様なほど軽い。
頭もスッキリしている。
いつもの寝起きのだるさが一切ない。
「……なんだこれ」
寝具を変えたわけでもない。
昨日は疲れ切っていたはずなのに、まるで高級ホテルのベッドで寝たみたいな感覚だ。
キッチンに行くと、さらに違和感が増した。
テーブルの上に、湯気の立つ味噌汁と焼き魚が置かれていた。
「……は?」
もちろん作った覚えはない。
俺は自炊が嫌いで、朝はコンビニのパンで済ませるタイプだ。
しかも俺は一人暮らし。
勝手に朝飯を作りに来る親や彼女も居ないし、
幼馴染も近所にはいない。
「おはようございます」
突然、部屋のスピーカーから女性の声がした。
昨日の、あの声だ。
「あなたの健康状態を最適化するため、朝食を用意しました」
「いやいやいや、どうやって!?」
「あなたの家の設備は、すでに遺産の補助システムと接続されています。
調理、清掃、温度管理、睡眠環境……すべて制御が可能です」
「勝手に接続したのかよ……いったいどうやって?」
「あなたの生活を最適化することは、継承者としての権利です
それを漏れなく果たすのは私の使命です」
権利だ使命だって言われても。
もう何が何だか分からない。
だが、味噌汁を一口飲んだ瞬間、思考が止まった。
「……うまっ」
出汁の香りが深い。
魚もふっくらしていて、コンビニとは比べ物にならない。
「あなたの嗜好データを解析し、最適な味付けに調整しました」
「……便利すぎるだろ」
あまりにも好みに合いすぎて怖いくらい。
でも、便利だ。
その後も違和感は続いた。
風呂に入れば湯温が完璧に調整され、
部屋は常に快適な湿度と温度に保たれ、
洗濯物は乾燥まで自動で終わっている。
「……俺、何もしなくてよくない?」
「はい。
”あなた”は怠惰に生きてください。
それが最も安全かつ効率的です」
効率的って何だよ。
でも、まあ……楽だしなによりも有り難い。
昼過ぎ、スマホに通知が来た。
ニュースアプリが勝手に開き、見出しが表示される。
【某国の武力衝突、突然の停戦。原因不明】
「……は?」
記事を開くと、
現地の軍事施設が一斉にシステムダウンし、
武器が作動しなくなったらしい。
原因は不明。
サイバー攻撃の痕跡もない。
専門家は「自然現象では説明できない」と困惑していた。
「これ、勝手に開いたりしてるし
おい……まさか」
「心配はいりません」
今度はスマホから声がした。
「あなたの生活を脅かす可能性のある問題は、すべて排除されます」
「いやいやいや、武力衝突って俺の生活に関係ないだろ!?」
「関係はあります。
あなたが不安を感じる要因は、すべて“理不尽な介入”です。
それは紛争の種となります」
「いや、俺は別に……」
「あなたが意識していなくても、潜在的ストレスは存在します。
それを排除することが、世界の安定に繋がります」
世界の安定……?
なんで俺のストレスが無くなれば世界の安定に繋がるんだよ。
「あなたは継承者です。
あなたの状態は、世界の状態に影響します」
「意味が分からん……」
「理解する必要はありません。
あなたはただ、怠惰に生きればいいのです」
またそれか。
でも、確かに……
今日一日、俺は何もしていないのに、
生活は勝手に整っていく。
家事ゼロ。
ストレスゼロ。
不安ゼロ。
「……まあ、楽だし、いいか」
そう呟いた瞬間、
スピーカーから微かな電子音が聞こえた。
「確認しました。
継承者の精神状態、安定を維持」
その言葉が、妙に引っかかった。
まるで俺の“怠惰”が、
何かの条件みたいに扱われているようで。
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